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「ここだって祐樹のおかげなのにね」と藤谷が少し残念そうに言った。
僕もそうも思う。そして、それも一つだ。
ルニは基本、複数人で空間創造すると、複数の空間が別々に創造される。しかし共通の願いがあれば融合することができるのだが、それについてをウェブサイトで見つけたのが祐樹だ。実際にやってみせた人が載せたブログを読んだとのこと。実験するのも、失敗したって、ただ別々に間創されるだけだから安全だという。
成功するのも簡単だった。
みんなに共通した願いがもう、二つもあったから。
この天山層建山脈の最上階。四県も五県も遠くにある、陸上の端までも望めるのは高度一千メートルを越えているからだ。そういうところにあるこのスケート場がお気に入りだったのに、去年の夏に閉鎖されてしまったのが本当に残念だった。
フィギュアスケートの公演が行われた場所でもあったし、中学一年の頃、芸術鑑賞の授業でその公演を観ることができた。PCゲームの舞台になったことだってあるのは、幸生の買ったゲームを貸してもらった時に知った。閉鎖される前に、遊びにだってきたことがあるが、僕は二回だけだ。
しかしである。祐樹は真向と藤谷よりも、春夏秋冬、何度もきたことがあった。
だから祐樹は、ここも、ここから望める景色も記憶してくれていた。
現実は冬だが、ルニ・オーソナーでは春である。
今では新京も多摩崎も、土地の七割が自然になっている。だから春には満開な桜が、河川のように続いているところがあるほど、たくさん見れる。
不規則に濃さの違う葉緑の海の、その中に馴染む桜色のグラデーションも不規則だ。葉っぱの落ちた枝木の乾いた茶色も点々とある。見上げるように顔を上げると海原の入口に到達する。
なんだか清々しい、そんな気持ちにさせてくれただけではない。次に同じ気持ちで観れるか分からない。その景色に元気付けられるかもしれない。感動だってするかも分からない。写真を見るのとは違う。なのに、諸行無常の現実でもない。恐らく永遠に変わらない現実として、これからもずっと同じ姿を、目の前に展開してくれるのだと思う。
それは嬉しいことだとも、僕は感じた。同じ姿にまた会えるのだから。
それほどのことをしてくれたのになんだあの「おーい」と祐樹が今、叫んできたような気がしたが気のせいだと思う。




