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悪役令嬢、旅に出る〜そして彼女は、伝説になる〜 シリーズ

悪役令嬢、旅に出る

作者: 黒木カイネ

悪役令嬢ものを書いてみたかった……!

ルクレツィア=ガブリーニはガブリーニ公爵家の第6子として生を受けてからと言うもの、ずっと何か違うと感じていた。


そのせいか少し気に食わないことあれば癇癪を起こして騒ぎ立て、諌めようとすればそっぽを向いて知らんぷり。

彼女の父親が現国王の腹違いの兄とあって強く諌めることもできない。

姿かたちは麗しいが、とんでもない悪童だと社交界デビュー前から話題になっていた。

では家族はというと、他の兄弟姉妹と同じようにメイドや教師をつけ、教育を施すように手配はしたものの愛ゆえか無関心ゆえか彼女を咎めだてすることはなかった。

年の離れた末っ子として生まれた彼女は6歳以上年の離れた兄や姉と顔を合わせる事もなく、その日も御付きの侍女と二人で過ごしていた。

魔力を帯びて自ら光を放つ銀糸の髪に、朝露に濡れた紫水晶のように艶やかな瞳、白磁の肌にバラ色の頬と僅か6歳にしてそこいらの淑女では太刀打ちできないような美貌を兼ね備えた彼女は侍女に髪を解いてもらいながら何とはなしに鏡台に映る自分を眺めていた。

自分と同じように動く、鏡の中の少女。

これだけの美貌を持っているのにもかかわらず、彼女は鏡が苦手だった。

鏡の中の自分を眺めていると胸の中のもやもやがどんどん大きくなって、飲み込まれそうになるから。

この得体のしれない不安を相談できる相手もおらず、かといって不安を押し殺して毅然と振る舞いきることもできず、ルクレツィアは侍女へ急な退室を命令するとギュッと目を閉じてベッドに横になった。

ふわりと香る甘いアロマに少し心が和らぐ。

今日の予定はすべて取りやめだ。どうせ私のわがままだってみんな受け入れてくれるから。

どこか投げやりな気持ちでゆるりと夢の中に落ちていく過程で彼女の意識の中にいくつかの映像が、走馬灯のように通り過ぎて行った。



始まりは12歳の社交デビュー。

そこでめったに会えない父親から婚約者としてこの国の王太子殿下を紹介される。

初めての同年代、それも紳士的な美少年とくればルクレツィアはすっかり浮かれてしまう。

少しでも彼に気に入ってもらえるように、彼女なりに努力するのだ。

突然王太子にべったりしてみたり、かと思えば淑女らしくしようとして素っ気ない対応になってしまったりと大体裏目に出るのだが。

王太子との婚約自体、それぞれに悪い虫が憑かないようにルクレツィアの父と王太子の父である国王が結んだ仮の婚約なのである。

互いに相手以上にふさわしい者が現れればあっさりと解消される様な繋がり。

真の意味では分かっていなくとも、何となく繋がりの細さを察していたルクレツィアは時に恋敵を陥れるような悪辣な手を使ってまで、何とか初恋を実らせようとするのだが、そもそもこれは彼女の物語ではないので、どれだけ努力しようともそれが報われることはない。

そう、これは王太子殿下であるジュリオと男爵令嬢であるアマーリエの恋の物語なのだから。



数多の映像を流し見ながらルクレツィアはひっそりと涙した。

ルクレツィア=ガブリーニとしてこの世に生を受けたこと、それそのものが理不尽で忌むべき運命だったのだ、と。

泣き疲れて起きたら既に日は高く、丸一日寝過ごしてしまったのだと気づいた。

控えていた侍女はいつものように表情もなく、外へ使いをやると間もなく、壮年の男性が部屋に来た。

あれこれルクレツィアに質問した後、男性は気分を楽にするという薬を彼女にくれた。

気鬱の病であると診断されたらしい。

ぼんやりとした視界の中で柔らかく煮た豆のスープを取りながらルクレツィアは思った。

私の初恋は実らないのだわ。

出会ってすらいない婚約者。

奇妙な夢によって初恋を知らされ、散らされた彼女にしてみれば、それはあまりに突然で、受け入れがたい記憶だった。

一方で、ルクレツィアの知る世界とは別の世界の記憶に翻弄されて本当に無心に殿下を慕っていたのかも分からなくなっていた。

ただ単に初めて彼女に微笑みかけてくれたのが、殿下だったので好きになったのは刷り込みの様なものではないのかと、別の記憶が問いかけてくるのだ。

余りに衝撃的な出来事を受け入れられずにしばらく部屋を出たくないという気持ちと、そんな甘えたことを言っていては何れ放逐されるかもしれないと叱咤する感情が波のように押しては返す。

自分がバラバラになってしまいそうな居ても立っても居られない感覚に、ルクレツィアは部屋を飛び出した。

驚き慌てふためく、使用人たちを蹴散らして走り続ける。

溢れかえり、制御できない感情をぶつけるように、今しがた屋敷の門をくぐって姿を現した父親に飛びついた。



アレッサンドロ=ガブリーニは先王の庶子と言うその出自ゆえに自他ともに厳しい人物であったが、滂沱の涙を流しながら腕の中で小さく痙攣する娘を引きはがして叱責するほど心無い親ではなかった。

彼は自分に良く似た銀髪を手櫛ですき、横抱きにするとルクレツィアの部屋に向かった。

そして彼は初めて自身が末娘の部屋を訪れたことに気づいたのだ。

貴族として当たり前の教育を施してきたつもりだが、一体何が悪かったのだろうか。

これまでの子供たちには見られなかった娘の尋常ではない様子に彼も当惑していた。


「お父様、わたくしは……わたくしは、この世に必要とされる人間なのでしょうか」


まるで自分は必要のない人間であることが受け入れがたいとでもいうような6歳の娘の悲壮な問いかけに、父親はとある決意をした。

幸いにしてこの子は家督を継ぐ必要もなければ、家のために政略結婚を強いる必要もない。

既に育ってしまった子供たちにはできなかったこと、歩むべき道をこの子には自分で決めさせようと。


「ルクレツィアよ、良く聞きなさい。私はその問いに答えてやることはできぬ。なぜなら、自らの価値を決めるのはほかならぬ自分自身なのだ。必要とされる居場所とは与えられるものではなく、自分で勝ち取るものだ。だが父親として、小さな娘にできる限りの支援を行うことをここに誓おう」


それでは不十分か? と問いかけてくる父にそろりと顔を上げ、真摯で不器用な父の期待に応えんと彼女は涙をぬぐって頷いたのだった。



「なぜ私はあの時、あのような誓いを立ててしまったのだろうか……! 」


年を召しても艶やかな銀髪を悩ましげに書き上げながら、重厚なテーブルに肘をつく男性。

男性の目の前には、彼の娘であるルクレツィアに関する報告書が山と積まれていた。

いわく、住民全員が不死者と化してしまった地域を浄化したとか、伝説のドラゴンと一騎打ちをして勝利したとか、もはや形骸化して消滅していた月の女神とその信仰を復活させただのとても公爵令嬢のやる事とは思えない、おとぎ話の勇者の様な報告書が山と積まれていた。

元々魔力の強かった彼の娘は「己の価値を示し、居場所を勝ち取る」ために、己の魔力・魔術を幼年期の限界まで鍛え上げ、長旅に耐えうる肉体を作り終えると冒険者ギルドに登録し、公爵家で雇った供の者とともに着実にクエストをこなしていった。

12歳の社交界デビューを目前にして、北方の暴れ鬼の討伐に向かうというやんちゃぶりである。

幸いにしてパーティでは社交界の華として、話題に上っていたが。娘ともども家に帰りつくまで気が気ではなかった。

可愛い娘の二つ名が白銀の暴れ牛なんて父としては知りたくなかったのである。

冒険者ギルドに苦情申し立てを行おうとしたことも一度や二度では済まなかったが、このようなことに権力を行使するのは褒められたことではないし、冒険者ギルドのルーシーと公爵令嬢のルクレツィアは別人と言うことになっているので下手に動けば娘の評判に傷がつくので断念したのだった。

この頃では食卓に牛肉が上ると娘を思い出しては何とも言えない気持ちになるのだった。

そんな娘ももう17となり、通っていた学園を無事に卒業する時期である。

将来の職業について何を言われても驚かないぞ、と覚悟を決めていた父親の耳に入ったのは予想外の珍事だった。



時は少しさかのぼって、貴族の子女が社交やお見合いもかねて、己が家では得られない必要な知識や技術を学ぶために通う学園での出来事である。

この学園は高位の貴族や王族の子供はたまに顔を出し、普段のパーティでは得られない目ぼしい人材や技術を求め、逆に商人や平民の子でも技術や知識などに優れているものはより良い就職先を求めて、それぞれの思惑で成り立っている学園である。

幼いころから色んな考え方や知識に触れることで得るものも多いとのことで、貴族や一部の選ばれた優秀な平民は通うことを推奨されている。

当然警備も厳重で、貴族同士の決闘も禁じられているこの学園では、表向き争いやいさかい事が起こることは少ない。

しかしながら、その日、学園は異様な空気に満ちていた。

太陽が空高く輝く、青空の下で4人の男性が一人の少女を取り囲んでいた。

さらに、5人とは少し離れたところに小柄な少女が佇み、集まった学生が遠巻きにそれを見ているという構図だった。

普段は活気にあふれ学生の憩いの場である広場には噴水の水音以外、吹き抜ける風の音が通り過ぎるくらいで常にはない静寂が満ちていた。


「ガブリーニ公爵令嬢、何か申し開きはあるか」


唐突に4人の男性のうち眩い金髪に紺碧の瞳の男性が、おもむろに口を開いた。

常に紳士の見本たらんとして穏やかな微笑みを浮かべている彼にしては珍しい、無表情であった。

それ故に事態の重大さを伺わせる。


「……申し開きとは? 」


学園を卒業する時期となって久々に顔を出したルクレツィアは、何故自分がこのような場所でさらし者にされているのか全く心当たりがなかった。

ルクレツィアはこれまで自分の力で自分の居場所を勝ち取るため、国内外を問わず、冒険者ギルドのクエストをこなしてきた。

その過程でおおくの友人や知人を得る事が出来たが、実家の知名度ゆえに国内ではあまり大っぴらな仕事は避けるようにしている。

実家のこと話しているのもギルドの中でも本当に親しい者たちだけだった。

故に、学園に姿を見せていない期間中何をしていたのかと問われれば答えに困るのだけれども。

冒険者ギルドのルーシーは平民には見られない強い魔力とその美貌ゆえに貴族の私生児ではないかとの噂があったが、転移魔法を駆使して非魔法使いが多い冒険者ギルドでは解決困難なクエストをいくつもこなしてきた功績もあって出自に関して追及されることはなかった。

だからこそ、これまで冒険者ルーシーを続けられたのだ。


「マリーのことだ。カリニー男爵令嬢であるアマーリエにこれまでしてきた行為に関して今一度その胸に手を当てて考えてほしい」


王族にしては直接的な言い回しで、心当たりがあるはずだと非難してくる王太子にルクレツィアも困惑を隠せない。


「カリニ―男爵令嬢とはどなたですか? わたくしとは面識がない方ですが」


何のことか分からないと言葉を続けるルクレツィアに王太子殿下を除いた3人の男性が気色ばむ。

彼らは口々に言葉を口にしたが、そのどれもがルクレツィアの理解の範疇外であった。

現宰相であるバレティ侯爵の嫡子である少年はルクレツィアがカリニ―男爵令嬢を卑劣な手段で陥れ辱めたと、ルクレツィアにはに見覚えのない証拠品まで提出し、英雄と誉れ高いベラルディ伯爵の二男はカリニ―男爵令嬢が受けた心の傷や階段から突き落とされた際におった傷について切々と説いてきた。

最後の一人はルクレツィアには見覚えのない少年であったが、今にもとびかかって首を絞めてきそうな様子であった。


「つまりわたくしは、カリニ―男爵令嬢に執拗な嫌がらせを行い、彼女の心身ともにそこなった卑劣な女として皆々様に追及を受けているというわけですの? 」


何事かと思えば呆れた、とばかりに手持ちの扇子で仰ぐルクレツィアに王太子殿下は底冷えのする瞳で言い放つ。


「ガブリーニ公爵令嬢、今ここにあなたとの婚約を破棄する。ガブリーニ公爵は文武に優れ、尊敬すべき方であり、そのつながりは王家にとっても重要であるとそう思ってこれまで静観してきた。しかし皆に道を示すべき貴女が、己の罪も購うことができないなど到底看過できない。爵位は低いながらも、卑劣な嫌がらせに耐え抜き、そのような状況にあっても他者を思い続けるカリニ―男爵令嬢アマーリエこそ、私の隣に立つにふさわしいと思うのだ」


静かな口調で言い切ってカリニ―男爵令嬢を呼ぶと、呼ばれた少女はおびえた目でルクレツィアを伺いつつもそろりと彼の横に並び立つ。

カリニ―男爵令嬢の伏せた瞳が映す愉悦の色をルクレツィアは見逃さなかった。


「何がそんなに愉快なのです? 」


ルクレツィアが問いかけるとカリニ―男爵令嬢は大きく体を揺らし、王太子殿下の陰に身を隠した。


「これ以上マリーを苛むことは私が許さない」


まるで魔王に対峙する勇者のように、こちらを見据える王太子殿下にルクレツィアは小さく息を吐いた。


「なんだかよく分かりませんが、皆様方で結論が出ているのならばそれは変わりはしないのでしょう。自分よりも下位の令嬢を執拗にいじめていたなど不名誉極まりない濡れ衣ですが、実家に咎めが及ばないのならば甘んじて受け入れましょう。まだ婚約が生きていたこと自体今知ったので、破棄で結構です。お幸せに」


ゆっくりとだがしっかりとした口調で言い切るルクレツィアに周りの生徒たちも沸き立ち、石を投げつけるものまで現れた。

報いを受けろだとか悪魔の令嬢など心無いののしり声に流石の彼女も眉をひそめたが、石は魔術で防御壁を築いていたためかすりもしなかった。

投げたものに倍の速度で跳ね返る高性能な防御壁だったが、興奮している少年少女達はそこまで目に入らなかった。


「さて殿下、これ以上この国にいるのも実家の害となります。わたくしは国外へ旅立とうと思うのですが、許可を頂けませんでしょうか」


ここは自分の居場所じゃなかったのだと、やはりこうなる運命だったのかと、少しさみしく思いながらも次こそは自らの居場所を手に入れるためにルクレツィアは旅立ちを決意した。

凛としたその声に王太子殿下は鷹揚に頷いた。


「許そう」


「つきましては王国の冒険者ギルドのルーシーも他国に籍を移します。公爵家の恥になってはいけないと、好奇の目を避けるためにも伏せておりましたが、移動には国王陛下の許可が必要ですので」


ルクレツィアの涼やかな声はざわめきに飲まれて良く聞こえなかったが、一仕事終えた王太子はルクレツィアと冒険者ギルドの組み合わせを意外に思いつつも合わせて頷いたのだった。

彼が頷いたと同時にルクレツィアの足元に大規模な魔方陣が展開し、青かった空には夜の帳が下りて月が煌々と輝いた。

漆黒の闇とそれを照らす満月はとある女神を象徴するものだが、この状況でそれに思い至るものは少ない。


「ルーシー! ああ、ルーシー私の愛し子よ! 汚名を着せられた挙句にこの仕打ちとは、なんたることでしょう」


降り注ぐ月の光のように柔らかで心地よい声の女性の嘆きは、聞いた者の胸を抉るくらい悲壮なものだった。

実際に胸を押さえて地面に崩れ落ちるものも幾人かいたほどである。

そうして月から涙のしずくの様な光が零れ落ち、ルクレツィアの隣に人型を作った。

彼女に良く似た銀髪に憂いを帯びた深い紫の瞳、そして人ならざる美貌に誰もが時間を忘れて見入った。


「ルーシー、人の子の仕打ちにさぞ驚き傷ついたことでしょう。安心なさい。痛みを知らぬ人の子にはわたくしが罰を与えましょう。貴女の心が癒えるまで夜のない世界で貴女への謝罪と祈りをささげ続ける事でしょう。ねえ、私の愛しい子、人の世に居場所を見いだせなければいつでもわたくしの所においで、そういったのを覚えていますか」


暗にルクレツィアが許すまで、王国から夜をなくすのだと恐ろしいことを告げる女神は穏やかで慈愛に満ちた表情をしていた。


「お待ちください女神よ! 悪いのは彼女です」


この王国にだけ夜が無くなればどのようなことになるのか、慌てた王太子が女神に追いすがるが女神は意に介せず、笑みを浮かべたままルクレツィアに手を差し出していた。

と、その時空に浮かんだ月が一瞬にして赤く燃え上がり、そこから真っ赤な火の玉に似た何かが急激に落下してくる。

ドラゴンだ―――そう口にしたのは誰だったか。

もはや伝説上の生き物であったそれは空中で器用に一回転し、燃えるように紅い髪に黄金色の瞳を持つ美青年に姿を転じて体重を感じさせない軽やかさで地に降り立った。


「ちょーっとまった! 嫁さん神界に連れてくんなら、まずは旦那である俺の許可を取ってからにしな」


まぁそんな許可世界が終ってもやらねえけどな! と荒っぽい口調の割に意外なほどやさしくルクレツィアの腕を取ると、流れるような自然な動作で口付た。


「相手が女神であれ何であれ、浮気はダメ絶対。地上に旦那置いて神籍に入るとかもっとダメだろ」


ん? と軽い言動を装って入るが、甘く揺れる糖蜜色の瞳と鼓膜を震わせる低く柔らかい声に、ルクレツィアは顔を赤く染め上げた。


「そもそもルーシーは学園に入学してから、まともに通ったことはねえし、いじめや嫌がらせをしていたと言っていた時期も遠征に出ていたはずだがな。半年前の洋服びりびり事件だっけか? のときはそこの女神の復活に力を貸していたし、その前の水ぶっかけ事件のときは動く死体どもを清めて回っていたしな。高々、一つの国の王子様と結ばれたいからって自作自演で人を陥れる女の方がいいとか人間の趣味ってマジ分かんねえ。つーか、冒険者ギルドSランクの嫁さんがそんなみみっちい嫌がらせするわけねーだろ。俺なんて出合い頭に立派な角をへし折られたんだぜ」


自身の頭部をさすりながら一度に言い切ると、名残惜しげにルクレツィアの服の裾を掴む女神にしっしと腕を振り、愛する彼女を抱き上げた。


「まぁ国を出るのは賛成だ。これで心置きなく、俺と住居を構えることができるな。人間の女は体裁を気にすると聞いてな。婚約者のいるうちは手を出せなかったが、これでようやく我慢せずに済む」


嬉しくてたまらないと喜色満面で、抱きしめてくる赤竜―――カルロにルクレツィアは困ったように身を縮ませる。


「……嫁なんて、冗談だと思っていたの」


「まあ、絶滅危惧種だからあまり知られてないかもしんねえけど、竜ってのは一途な生き物なんだぜ? 伴侶を失ったら生きていけない種族なの」


言いながら頬や肩口に頬ずりするカルロにくすぐったくて身をよじるルクレツィア。

断罪とはなんだったのか、周りを顧みることなくいちゃつくバカップルに声をかける勇者は存在しなかった。

そのまま転移魔法でカルロが密かに準備していた城に運ばれ、新婚生活を満喫していたルクレツィアは知る由もなかったが、女神の怒りを買った生国は元凶を断罪するまで夜を無くした。

王太子から継承権を奪って臣籍に降ろし、各子女を廃嫡して漸く闇が戻ったが、今度は月が姿を見せない。

カリニ―元男爵令嬢を戒律の厳しい修道院に入れ、毎日懺悔の祈りをささげさせることでようやく月昇る夜が帰ってきたというわけである。

また在籍していたSランク冒険者のルーシーとカルロの二人が一気に国を見限ったことで、隣国や海を渡った大国からいつ戦争を仕掛けられてもおかしくはない状況に相成った。

ルクレツィアの父であるガブリー二公爵はそれまでと変わることなく、いや、これまで以上に仕事に精を出さざるを得なかったが、ときおり女神がいるとされる月に向かって問いかけるのだ。


「あの子はもう泣いていないだろうか」と。


Sランク冒険者で、数多の伝説や逸話を持ち、竜に見初められた花嫁など前代未聞の娘を持ってしまった父親として、彼が娘にできることはおそらくもう何もないのだろう。

ただただ幸せであることを月の女神に祈るのみだった。

思ったよりもヒロインが空気になってしまった。

悪役令嬢(の予定だった)が旅に出ていつの間にか積み上げていく、主人公レジェンドをいろいろ考えたかったのですが、途中で力尽きてダイジェスト版に。

結果別物になった気はしますが、満足です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 王太子とビッチちゃんの主観もちょっと見たかったですねえ。ざまぁがフレーバーテキストみたいにサラリと流されたから、如何に苦しんで後悔して、でも報われずに一生を不遇に送ったか。
[一言] 悪役令嬢テンプレート物の骨子をふまえた上で疾走感のある短編として面白かったです。 最近は連載前提の様な落ちのない短編が蔓延っているなかしっかりとした物語になっていてgoodです。 楽しませて…
[一言] 短編なのが惜しいくらい面白かったです。 でもダイジェストだからこその疾走感もあるでしょうし、 連載だと間延びしてしまうかもしれませんね。 そう考えるとこれはこれで完成していると思えばいい…
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