第一話
窓もない部屋。広さは正確には分からないが、八畳ある自室の四倍はあることは間違いない。ロウソクが辺りを照らしていて、常夜灯にて照らされているような明るさが保たれている。そして、床には幾何学的な模様が描かれていて、まるで何かを呼び出すかのような印象を受ける。その中心に青田遼は立っていた。
「どこだ?ここは」
静かな空間は遼の独り言を遮ることもなく響かせた。遼の記憶が正しければ自室にてノートパソコンとにらめっこをしながら、参考文献を片手に実験レポートを書いていたはずである。
しかし気が付くと、このどこか薄気味悪い部屋に立っていた。遼が放心しているところで何者かが近づいてくる気配を感じた。
「ここはゼントラル学園の召喚室ですよ」
後ろを振り向くと天井にある大きな照明が灯り、七十は過ぎているであろう老人が立っていた。その老人は黒いローブを羽織っていて、頭には大きな三角帽子をかぶっていた。いかにも映画に出てくるような魔法使いを連想してしまう。
暗い部屋がいきなり明るくなったためか、少しめまいがするがそのようなことは遼にとっては些細なことでしかなかった。なぜならば老人がその後に続けた言葉が衝撃的であるからである。
「あなたにとってここは異世界であることは間違いありません。」
目の前にいる老人が痴呆である可能性も捨てきれない。しかし、自分のいる場所が見知らぬ部屋であり、加えて知らぬ間に来ていたのだから、この老人の言葉にもどこか説得力があった。
「それはどういうことでしょうか」
「言葉通りの意味ですよ。ここはあなたが暮らしていた世界とは別のものです。前例があるので間違いありません。」
老人は遼の言葉に丁寧な口調で優しげに答えた。不思議と安心する雰囲気である老人の言葉には説得力を感じ、遼は警戒心を緩めた。そして、最優先事項であると考えられる状況把握に努めることにした。
「よろしければ詳しく教えていただけないでしょうか」
「少し長くなりますよ」
遼が頷くと老人は優しい笑顔になった。
「五年に一度くらいの頻度で異世界の方がこの世界に来ることがあるのです。しかし、この世界には危険な土地もあり、この世界に来てすぐに魔獣の餌になってしまうということがありました。対策として世界間のゲートをつなぎ、この学園のこの部屋に転移できるようにしたのです。」
「つまり、あなたはその異世界から来た人が危険な場所に飛ばされないように保護をしているという解釈でよろしいのでしょうか。」
「それで結構です。しかし、残念なことに私たちの力ではゲートをつなぐことは出来ても元の世界に返すことは出来ないのです」
遼はある程度想像できたために取り乱すことはなかったが、落胆する気持ちは隠せなかった。
「続きは応接室で座りながらにしましょう。」
そういうと老人は扉の方へと歩いて行った。遼は頷きくとともに老人の後をついていった。
これが遼の異世界での生活の始まりであった。