夜明け
夜明け
♂
また、キミが死んだ。
「はい残念でしたー」
振り返ると、日輪が口元いっぱいに笑みを浮かべていた。願わくば、ボクはこいつを殴り殺してやりたい。
「さあ選んでくれ。ゲームオーバーなのか、リセットなのか」
ボクは二つ返事でリセットを選択する。途端、視界が真っ白になる。あまりの眩しさに、思わず目をぎゅっと閉じた。
再び目を開けた時、ボクはまた今日の朝日を拝むこととなった。二二回目の今朝だ。
「どうすれば、キミを救えるんだろう」
道路を渡れば車に撥ねられる。かといって歩道を歩けばガラス板が落ちてくる。歩道橋で落下する。家で籠城戦に持ち込んでやろうともしたが、火事だの地震だのによって、やっぱり必ずキミは殺されてしまう。
昼すぎ、キミと待ち合わせる。今日デートするのは二二回目だ。
「ごめーん!遅くなっちゃった」
「大丈夫。ボクも今来たところだ」
「君がデートにこんなに早く来るなんて珍しいよね。いっつも遅刻するのに」
「それは……申し訳ないとしか言いようがないです」
大げさに肩を縮める。
「よし、じゃあティラミスで許す!」
「なんだよソレ」
「さっき角のお店で見つけたの。すうっごーいおいしそうなんだよ」
「ホント!?じゃあ行ってみよっか!」
ボクは右手を出す。キミは左手を重ねる。キミの頬がほんのちょっと赤くなったことは、見なかったことにしておいてやる。
もちろん、ここでティラミスの店に行かない世界というのも何度も試してみた。しかし日輪の刺客が姿を変えてキミを殺してしまうんだ。
交差点にさしかかる。もしさっき手を繋いでなければ、「あそこだ!」と言って駆け出したキミは信号無視のダンプカーに轢き殺される。しかしこのままでも、洋菓子店から出た直後にガラス板が降ってきて、やっぱりキミは死ぬ。洋菓子店に入らない場合も……と繰り返して二二回目になる。
「……どうしよう。」
思わず口に出してしまう。
「えっ? 何を?」
キミの目はどこまでも真っ直ぐだ。油断してると見入ってしまうから、適当にはぐらかしてそっぽを向く。
信号が青に変わる。
――待てよ。新しいエンディングを思いついたぞ。もしかしてこれならキミを救えるかも。本当にうまくいくかは分からないし、とても怖い。でも、少なくとも日輪の裏をかくことはできる。日輪が予測してなかった事態になれば、ゲームは終わるかもしれない。よし、見てろ日輪。人間をナメるな。
「わ! ねえねえ、君も今のダンプカー見た? 赤なのに、ホンッと危ないよね」
洋菓子店へ。キミはティラミスを手に満足げだ。
ボクは覚悟を決め、キミの手を放す。正面から見据えて、
「生きるんだ」
返事は待たず、ボクは店の外へと飛び出した。上から何かが落ちてくる気配。見たか、日輪。プレイヤー死亡にてゲームは終了だ。
意識が永久に消える一瞬前、キミの顔が目に映った。なぜか、キミは寂しそうな表情を浮かべているようにも見えた。
日輪は、とても嬉しそうだ。
♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂
♀
「はい残念でしたー」
私の隣に、いつの間にか若者が立っていた。ガラス板がもろに刺さった君は、もう動かない。
えっ?
何が起きたの?
なんで君は死んでるの?
ねえ、どうして?
君は私の隣にいて手を握ってくれていた……はずだ。そして……そう、私はドア越しに太陽を見上げたんだ。今日は暑いねー、って言おうとして横を見たら、見たら……あれっ? それでどうしたんだっけ? いつの間にか、君はいなくなってた。そしたら、君はこの世からもいなくなってた。
「――あなたは、誰?」
止まった頭でなんとか言葉を吐く。
「日輪と呼んでくれ。そう、お嬢さんはゲームに参加しているんだ。さあ選んでくれ。ゲームオーバーなのか、リセットなのか」
「待って。全然意味が分からないわ」
何を言ってるんだこの人は。
「うーん、そうだな。実際にやってみせたほうが早いな。お嬢さん、リセットを選んでくれないか」
リセット、と一言つぶやいた。他に何をしたらいいのか、若者は誰なのか、なぜ君は死んでいるのか……。しかし私のものでないように思える口が、そう呟いた。
「ただね、これだけは言えるよ。このゲームを終わらせるのはお嬢さんだ。坊ちゃんじゃなく、あなたなんだ」
遠くで若者の声がした。しかし今の私の頭では何のことやらさっぱりだ。
次の瞬間、今日の朝日が私の顔を焼いた。
♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀
♂♀
ワタシは、もう終わらせたい。
いや……やっぱもう少しだけ。
♀
「運命を変えようとするプレイヤーが交代すると、もう片方はこのゲームに関する記憶をすべて失ってしまうんだ」
「ついでだから教えてあげるよ。どうせまた全て忘れるんだからね。このゲームが始まってから、お嬢さんが経験した今日の世界は今回でちょうど五十回目だ。記念品でもあげようか?」
「ゲームオーバーを選ぶと終了。お嬢さんの大切な人は帰ってこないぜ」
日輪は時々、思い出したように説明を加えてくる。
もう何回頑張ったことだろう。何回違うやり方を試したことか。でも君は遠くへ行ってしまう。
そういえばふと気づいたことなのだが、何十回も同じ今朝を迎えているのに、君が私にかけてくれる言葉は毎回違う。笑うタイミングも、からかってくるタイミングも、手を差し出すタイミングも。五十回ティラミス買いに出かけてるのに、同じ展開がない。
六十回目の昼すぎ、君にきいてみたくなった。
「ねえ」
「うん?」
「どうして君は、毎回違う言葉をくれるの?」
何も知らない君は少し戸惑っていた。
「デートの度にってこと? ……それはきっとさ、キミの表情だとか、声のトーンだとか、別に意識して観察している訳じゃないんだけど、そういう全部が毎回違うんだよ。たとえ同じような毎日でも、キミは毎回違うんだ。その変化を見るのが嬉しい。たとえば、今日のキミは少し疲れているみたい。今日はなんか、美味いもん食べよ?」
――やっぱり、君のこと助けたいよ。
「どけえ!」
誰かがそう叫んだ。声のする方を見ると、その正体を拝む前に一瞬にして私は吹き飛ばされた。
えっ? プレイヤーは私なのに?
……もしかして、私が死ぬことがクリア方法だったりして。もしそうなら――。
しかし残念なことに、ぶつかってきたのはダンプカーではなく中年の男だった。やや遅れて二人の警官が走ってくるのが見える。男は咄嗟に私を羽交い絞めにすると、おもむろにナイフを取り出した。
やっぱり、私が……。
「近づいてみろ。この娘の命はねえぞ」
男はひどく汗をかいていた。しかし私はというと、冷や汗すら出てこない。むしろ、大人しく人質になっていた。ほら、早く殺しなさいよ。
しかし、何故か私の拘束は解かれた。少し残念に思いながらその理由を探すと、息が止まりそうになった。
君が、男と組み合っている。男もそれに応戦する。警察官が到着するほんのちょっと前に、男の振り回したナイフが君をとらえた。
「はい残念でしたー」
リセットした私は朝日を思いっ切り睨みつけると、屋上から飛び降りた。
♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀
♂
日輪を殺す。
ボクが次に出した答えがこれだった。台所から新品の包丁をひとつ取り出す。朝日に向かって突き立てる真似をしてみた。よし、この世界でケリをつけてやる。
「どうしたの? 今日、なんかちょっとコワいよ」
待ち合わせた時の、キミの第一声。ゴメンな、今回だけ、キミに嫌われるかも。人殺しになるのだから。でも、キミの生きている明日がほしい。
歩きながら、必死に周囲に目を凝らす。どこにいる、日輪。
「あっ、智ちゃーん!」
――いた。
日輪は、同じクラスの大場智子に化けてみせた。何も知らないキミは、大場〈日輪〉智子と楽しそうに話し始める。畜生、日輪のやつ、もて遊びやがって。彼女から離れろ! オマエももう終わりだ。
「ちょっとどいてろ」
「えっ?」
仕込んでいた包丁を取り出す。
「大場さん。いや、日輪。これならどうだ!」
「!!」
包丁を前に突き出す。確かな手応え。ひとつ大きく息を吐いて、正面を確認してみる。
やった……か?
「……!」
キミの胸がみるみる赤く染まっていった。
「冷静な坊ちゃんなら、活発で友達思いのお嬢さんが止めに入ってくることぐらい分かると思ったんだけどなあ」
日輪はいつまでもケタケタと笑っていた。
♂
次の世界では、朝日のうちから街に繰り出した。全員が日輪に見えた。
「畜生! 終われ。終わってくれ! キミの生きる明日を!」
ボクは片っ端から刺した。オマエも、オマエもか!
殺人鬼少年という報道。気が付くと、警察に囲まれていた。やはり日輪にしか見えない。そのうちの一人に飛び掛かると、警官は怯えたのか、思わず引き金をひいた。
♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂
♀
「ねえ、このゲームの目的は何なの? いったい誰が得をするというの?」
一〇〇回目、キミが溺れている幼児を助けた直後に、河川の氾濫に飲み込まれた後。私は日輪に尋ねてみた。一〇〇回目にしてもなお、君が死ぬと涙が止まらないのは不思議だ。
「……さあな」
日輪は目を逸らした。なるほど。
もしかして、目的を見抜くことがクリア条件なのかも。
そういえば、こんなゲームができるのって、少なくとも地球人じゃないわよね。日輪、あなたは誰なの?
「日輪、あなたはうちゅうじん?」
しかしこれにはきっぱりと返答してきた。
「ワタシは至って普通の地球人さ。ただ、今は囚われの身でね。早く解放されて、新しい生活をしてみたいもんだよ」
日輪は真っ直ぐに私の方を見つめ言った。意外にもきれいな目をしていて、日輪の水晶体に私の姿が映っているのが確認された。日輪も、実はゲームの被害者なのかな。
「さあ選んでくれ。ゲームオーバーなのか、リセットなのか」
正直、万策尽きていた。どのコースに君を導けばいいのかわからない。
あ。まだ試していない選択股がある。
それは、あまりに突飛な出来心だった。
「ゲームオーバー」
もしも日輪もゲームの被害者なら。そうなら、この選択をしても、本当に君が消えたりしない。あえてパートナーの死を選んでみるというのが条件なのかも。
日輪は、にっこり笑みを浮かべた。――とても意地悪そうな笑みだ。
どこに持っていたのか、日輪の両手には計測器が握られていた。
「お嬢さんは覚えていないだろうけど、実は両プレイヤーがゲームオーバーを選択した回数を数えていてね。これを見てから、本当にゲームオーバーするかを判断するといい」
私のカウントは……一二!? 膝の力が抜けた。君のを確認すると……私は本当に膝から崩れ落ちてしまった。
「これだから、ワタシは女ってのが信用ならないんだ」
君のカウントは、ゼロだった。
♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀
♂♀
あーあ。また死んじゃった。
ワタシは小さくため息をひとつ吐いた。お嬢さんが自殺したから、今度は坊ちゃんのターンだ。
……坊ちゃんがお嬢さんのために自ら死を選ぶと、ワタシはこの上ないほど嬉しい。もっと、もっともっと狂っていってほしいと願わずにはいられない。
でも、ちょっと虚しくもなってきた。最初のうちは嬉しいだけだったんだけど、数を重ねるにつれて、所詮ワタシが坊ちゃんの意思をコントロールしているにすぎないという自覚が強まってきた。こんなんで狂われても虚無感しか沸いてこない。
お嬢さんに対しては、極めて複雑だ。お嬢さんがプレイヤーの時は、次こそクリアしろ、次こそは、って期待している。でも手助けはしたくない。坊ちゃんが狂う様をもっと見たいという欲求もあるから。だからお嬢さんが自ら死を選んだ時は、何してんだ馬鹿!と、よくやった!の気持ちが半々なんだ。
だからお嬢さん。すべてを救うのは、お嬢さんしかいない。それを知ってて手を貸さないのだから、ワタシは重度のへそ曲がりらしい。
♂
その日、日輪の刺客は襲ってこなかった。次の日も、また次の日も。日輪め、ボクをもて遊んでいるな。
ボクは毎日、キミの周りに日輪がいないかという作業に没頭した。キミは何も言わなかった。
♂ ♂ ♂ ♂ ♂ ♂ ♂ ♂ ♂ ♂ ♂ ♂ ♂ ♂ ♂ ♂ ♂ ♂ ♂ ♂
どれだけ経ったかはもはや定かではない。
しかし、ボクは完全に負けた。
負けた、と悟ったのは単にキミが死んだからではない。
今思うのは――。今思うのは、日輪など忘れてティラミスを食べればよかった。キミがずっと行きたがっていたヨーロッパ旅行にも行けばよかった。挙式は、ハワイで行えばよかった。子供もたくさん育てて、温泉にも連れていって……。キミのしたいことのほうが、日輪の刺客より何千倍大切であったことか。
キミは、老衰で亡くなった。享年七七。
ボクはしわくちゃの手で、キミのしわくちゃの手を握った。
「あの日に殺さなかったらどうなるかと思ってね」
後ろから若者の声がする。オマエはずっと若いままなんだな。
「このエンディングは満を持しての試みだったんだ。ワタシの切り札だった。この世界でクリアしたかったんだ。――なのに、いつもの世界より大失敗だ」
ボクは思いっ切り睨んでやろうと振り返った。そして、言葉を失った。
日輪は泣いていた。ボクを真っ直ぐ見つめて泣いていた。
「はい残念でしたー」
その声は、日輪自身にも吐き捨てているようだった。
でも、これが答えなのだとしたら。
「日輪、これはゲームオーバーなんじゃないのか?」
日輪は下を向いたまま答える。
「ああ、確かに詰んだ」
ひとつため息をつく。
「でも、これじゃあワタシは解放されないんだ」
「解放ってなん……」
ボクの口は急に言うことを利かなくなった。
おもむろに、日輪が人差し指を立てた。ボクの口が勝手に動きだす。
「リ…セッ……ト」
♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂ ♀ ♂
♀
日輪が泣いていた。
一三〇回目の昼すぎのこと。君と私の乗っていたバスが土砂崩れに見舞われた後のことだった。さて、どう声をかけたものか。私は日輪が落ち着くのを待ってみた。
日輪はまだしゃくり上げていたが、口元だけでなんとか笑みを作ってみせた。
「お嬢さんの目は本当に真っ直ぐなんだね。あなたの目を見ていると、何故だか温かい気持ちになってくる」
「あなたの狙い通りにことが運んだのに、涙を流すのはどういう訳?」
「ワタシのほうも手詰まりになってしまったんだ。このままだと囚われの夜が続く。日輪なんて名前だけどね、実情はまったく逆になっているんだ」
「日輪は、誰に囚われているの?」
日輪はしばらく視線をあちこちに移動させた。そして一旦俯いた。再び顔を上げた時、日輪は私を真っ直ぐ見つめてきた。
「坊ちゃんと、お嬢さんにさ。ワタシはね、本当はこのゲームの終わらせ方を知っている。物理的にはとても簡単な作業なんだ。でも心理的な方がなかなかついてきてくれない。坊ちゃんがお嬢さんを庇って死んでゆく様も、もっと見ていたいという欲求を封じることができないんだ。坊ちゃんがお嬢さんを想って狂っていく様が、たまらなく愛おしいんだ」
私は、日輪の放つ言葉の一つ一つを全身で聞き取った。日輪は泣き止んでいた。
「他人任せで申し訳ないんだが、お嬢さんが終わらせてくれ。確かにこんな虚妄をずっと続けていることがいかに愚かであるかは、ワタシも自覚しているつもりだ。でも、ワタシは囚われてしまった」
日輪は、君や私とは別世界の住民のはずだ。なのにどうしてだろう。時々日輪のことを君より近くに感じることがある。
一三一回目の昼、私は君にゲームの存在を打ち明けることにした。なんでこの切り口を今まで思いつかなかったのだろう。そういえば、今回の世界は日差しが少し弱いような。きっと本気にしてもらえないだろうけど、でも、一生懸命伝えた。日輪のことも、日輪の涙のことも含めて。
君はしばらく黙っていた。とりあえず私は君をベンチに座らせた。私はただ返事をまっていた。一秒がとても長い。君に告白した時の次くらいに長い。
ふふっ、と君は微笑んだ。
「こんなトンデモ話をした後でも、キミの目は真っ直ぐなんだな。とてもきれいだ」
君は私の手を握る。
「よし、じゃあ君にひとつ騙されてやることにしよう。ここは日輪の世界だ。明日を迎える方法を一緒に考えよう」
私は思いっ切り手を握り返した。ギューって握ってやったはずなのに、まったく痛がる素振りも見せないで笑われてるのが、少しくやしい。
「じゃあ、キミに一個だけ質問」
「なに?」
珍しく君は躊躇した。
「――。――すべての世界で、ボクはキミを愛していたか?」
私は一三〇個の世界に思いを巡らせる。一三〇回、私の左手は温かかった。
「それを聞いて安心したよ」
これまた珍しく、君は真面目な顔になった。
「今はキミのターンだ。ってことは、ボクはもうすぐ死ぬ。ボクが死んだらキミは……キミは、ゲームオーバーを選ぶんだ。日輪がどんな意地悪をしてきても、ゲームオーバーを頑なに主張するんだ。ボクを消してくれ」
何を言っているの?
そうしたくないから、一三一回目の世界でこうして座っているんじゃない。
「キミが一三〇回リセットしたってことは、ボクのためにゲームオーバーを選べなかったからだろう? キミは、今回それをボクに伝えてくれた。キミのあったかい気持ちにふれられて、ボクはとっても嬉しい。そんなキミだからこそ――」
生きるんだ。
君の声が全身を満たしていく。生きるんだ、の五文字が私の背中を押してくれる。でも……イヤだよ。視界がぼんやりとしてきた。
「今まではボクが勝手にコロコロ死んじゃってたみたいだけど、今回はボクの方から頼んでいる。ボクを、消してくれ」
私はなりふり構わず泣いた。でも、この手を放すもんか。
キミが倒れてきた資材の下敷きになった後私はリセットを選び、新しい世界で君にもう一度打ち明けてみた。いつもは毎回違う対応なのに、今回は同じことを言ってくれた。
♀ ♀ ♀ ♀ ♀ ♀ ♀ ♀ ♀ ♀ ♀ ♀ ♀ ♀ ♀ ♀ ♀ ♀ ♀ ♀
いやだ!
リセット。リセット!
でも君は消えようとするばかり。しまいには、私は待ち合わせの時点で泣き出している始末。そしたら、「手を繋ぐ」から「ギュッてしてくれる」へとグレードアップした。君、それは反則だ。
日照りからくる強い熱を和らげる、涼しい風が吹き抜けた。一四一回目の世界で、君は言葉を接いだ。
「キミの話を聞くと、日輪はボクを殺したがっているようだ。それが日輪の本当の意志だ。それでいて、この世界の意志なんだ。ボクは、キミにとっても、日輪にとっても有害だ。キミと日輪をこのゲームに拘束している鎖なんだと思う。だから、キミはボクを消さなくてはならない。明日を迎えるにはそれしかない。でないと不幸だ。――日輪に、朝を迎えさせてあげよう。日輪はまだ若いんだろ? なら、人生で楽しいことが起こるのはこれからじゃないか」
――君と歩めたなら、どんなに幸せだったろう。
でもその表情からすると……もう意志は変わらないみたいだね。
私は自分の下唇を思いっ切り噛んで、どうにか笑顔を作ってみせた。
君も笑ってくれた。
「だいじょうぶ。この、日差しの強い夏の日、ボクは確かにキミのことが好きだった」
君は手をほどく。私に君から離れるよう促す。君は立ち止まって待機している。
ガス管の爆発だと、後に業者から説明を受けた。
「ゲームオーバー」
「おい、ホントにそれでいいのか?」
「ゲームオーバー」
「カウントを見ろ。坊ちゃんはゼロなのに、お嬢さんは三〇だぞ」
「あなたもそれを望んでるんでしょう?」
日輪は、大きく深呼吸をひとつした。そして、真っ直ぐ見つめてくる。
「じゃあ、ワタシを納得させてくれないか。ワタシが納得しなくちゃあ、このゲームは終わりにならないんだ」
私は真っ直ぐ見つめ返す。日輪の水晶体に、私の姿が映っているのが確認される。
「彼と私の話はすべて聞いていたでしょう?」
日輪は、微かに震えているようだ。
「それなら、私が付け足す言葉はほんのすこしだけよ。あなたは……あなたが、明日からの主人公なのでしょう? もう目を覚ましてもいいのよ」
日輪は立ったまま涙を流し始めた。静かに、静かに泣いていた。きれいな目だ。……君がホメてくれるのも、ちょっと分かる気がするな。私は日輪の涙を拭いてやる。
「一六歳の私はあの夏の日、彼と過ごせて確かに幸せだった。それでいいんだって分かった。あなたは、明日を生きなさい」
♂♀
ピピピピピ……
目覚ましの音がけたたましく鳴る。
起きるとまず、洗面所で顔を洗った。
うん、あたり前だけど、鏡には一八歳の女の顔が映ってる。いやあ、何せ昨夜の夢はあまりにも壮大すぎたもんだから、つい不安になっちゃってさ。
カップスープを作る。この朝ポタージュが最高に美味いんだな。手に取ってみると、いつもより温かいみたいだ。
一息つく。
飲み干すと、「よし!」と一言つぶやいてケータイを開ける。電話帳検索で、二年間凍結していた名前を出す。
「さとる」。まったく、悟りすぎなんだよ、君は。名前の下には、「satoru-tomoko@........」のアドレスが表記されてる。削除ボタンを押し、メモリーカードの方のデータも一気に消した。
カーテンを開く。
さて、今日は何をしよう。
どうでもいいけど、実に気持ちの良い朝日だ。
―了―




