第九話 言葉にしないと伝わらないと言っても過言ではないのだ(part1)
五月七日。
この日、ゴールデンウィークも終了し、大学でも講義が再開された。
大学内の桜は完全に散り、葉桜と化していた。
その光景を見るだけで、なんとなく、すぐそこまで夏が迫っているように感じる。
その日の午前。
湊は、事前に待ち合わせをした拓人と部室へと向かうことにした。
何故なら、未だ優希に何の報告もしていないからだ。
あの、前代未聞で荒唐無稽な合宿の顛末を――
「おはようございまーす」
「おはようございます」
湊と拓人が揃って挨拶をする。
中に誰かいるか確認するまでもなかった。
確実に、優希が居ることを二人は知っていた。
一体いつ講義に出ているのか分からないが、湊と拓人がこの部室に来る時はどんな時間であろうと必ず居るのだ。
「おーおー、おはよう」
そう言って手を上げる優希。
その優希の口元は、にやけを必死に我慢しているのかピクピクとしていた。
「合宿どうだった?楽しかったか?」
優希は二人にそう尋ねる。
明らかに何かあったことを期待している顔だった。
それに応えるため、湊は言う。
「楽しかったですよ、北海道」
「……は?」
今までの優希の表情が一気に崩壊した。
今回の合宿で、優希の思惑に一番引っかかったと言っても過言ではなかった湊は、優希に対してちょっとした仕返し程度のつもりで言ったのだが、思いのほかその効果は高かったようで、ガッツポーズを心の中で決める。
「北海道?……合宿は八幡平だろ?」
優希は未だ信じられないようで、もう一度――今度は拓人に確認する。
しかし拓人は表情を変えずに、
「初日は八幡平でしたけど、二日目の午前中に北海道に行きました。あ、これ、お土産です」
と、北海道の市場で買ったラム肉を渡した。
「うわ、常温じゃねえか!」
「早く食べてください、腐っちゃうので」
「腐ってるわ、とっくに!食えるか!」
優希はラム肉を机に叩きつけた。
ドンと低い音を立てて机が揺れる。
「ったく……で?」
口調を改め優希が拓人に言った。
「で、とは?」
「結局合宿はどうなったんだ?」
「そうですね……。まあ、鏑木さんのお母さんとは仲良くなりましたよ」
無表情の拓人に対し、優希の反応は、
「はああああぁ!?」
驚愕に眼を見開く優希。
この展開は本当に予想外だったようだ。
「……わ、私のお母さんってどういうことだ?私にはさっぱり分からんな」
が、すぐになんとか体裁を保とうとする。
しかしそれは無駄だった。
「鏑木さんは、この合宿にちょっとしたイタズラをしましたよね?」
「……なるほどな、そういうことか。バレたなら仕方がないな」
「ぜーんぶ、霧島先輩が見破っちゃいましたからね」
そう言って、さも自分の手柄のように勝ち誇る優希。
拓人はそれを一瞬ジト目で一瞥して、優希に視線を戻す。
「だったら話は早い。法月、ちょっとこっち来い」
優希は湊に手招きをする。
どうやらすぐ近くまで来てほしいようだった。
湊は少し訝しむ気持ちがあったものの、とりあえず向かう。
「……進展はあったか?」
「あるわけないじゃないですか!」
湊は小声で叫んだ。
そして拓人の方を向いて、今のに気付かれていないか確認する。
拓人はクエスチョンマークを頭に浮かべていた。
どうやら聞こえていないようだった。
「じゃあ修羅場は?」
「……鏑木先輩は何が目的だったんですか?どうしてあんなことを?」
湊は優希の言葉を聞いて不信感を増したまなざしを向ける。
「私の目的か?まず一つ目はお前の為だ、法月」
「私の為?」
意外な一言にきょとんとする湊。
「丸一日霧島と行動を共にすることで進展を起こそうとしたんだ」
真剣な目で湊に語りかけるような口調で言う優希に、
「……先輩」
と不覚にも湊は感動してしまった。
優希はそんな湊を今にもため息をつきそうな表情で見つめる。
「朝は新幹線で隣同士、夜は布団で隣同士。進展ないはずがない――と思ったんだが、へたれやがって」
「……すみません。でも一つ目ってことは他にも目的が?」
優希は先程『まず一つ目は』と言っていた。
と言うことは何か『二つ目』の目的があるのだろう。
それがなんなのか問う湊。
「ああ、二つ目は――修羅場が見てみたかった」
「先輩だけどはっ倒しますよ!」
湊は吠えた。
流石に少しは悪いと思ったのか、優希が釈明する。
「いやな?少しはお前の為だ。橘と言うライバルを投入することで、へたれた法月に危機感を抱かせて無理にでも進展を起こそうと思ったんだ」
「……もう残りは?」
湊が白い目で言った。
「面白そうだから」
「半分くらい優しさで出来ていても良いじゃないですか!」
今まで小声だったが、抑えられなくなった湊。
外にも聞こえるのではないかと言う大声で言った。
「何の話?」
流石に気付かないふりも出来なくなってきた拓人がそっと話に混ざろうとする。
しかしそれをされると困るのは湊。
湊は慌てて手を振り、
「な、何でもないですよ!?ね、鏑木先輩!?ね、ね!?」
ウインクをして合図をする。
お世辞にも上手いとは言えず、顔をゆがめながらのウインクだった。
それを見た優希は、ポンと手を打ち、少し逡巡したような仕草を見せながら言った。
「法月が霧島の事が好きなのに、この合宿でへたれて何も出来なかったって話をしていたんだ」
「ちょ!鏑木先輩!なんで言っちゃうんですか!?」
鏑木に掴みかかる湊。
湊にとって予想外の展開だった。
「え、だって今のウインクは『言ってください』のウインクだろ?」
「違いますよ!『言わないでくださいよ』のウインクですよ!」
「……わり。気が付かなかった」
やっちまったという表情を優希は見せたものの、それは一瞬のことに過ぎずすぐに開き直った。
「無責任な!」
湊はそんな優希に見切りをつけ、恐る恐る拓人の顔を見る。
その拓人の表情は湊にとって意外なものだった。
口をパクパクさせ、頬をほんのり赤らめている。
湊の知る拓人ならば『へーそうなんだ、嬉しいな』程度の反応を示しそうなところだったが、拓人は純情な表情を湊に見せていた。
「あ、いや、その……ははっ」
拓人は首筋を人差し指で掻いた。
それは拓人が合宿中に言っていた『人間が照れている時に起こす行動』そのものだった。
こうして部室内には甘酸っぱい空気が流れた――
*****
その部室の外。
人間行動研究会の扉を一枚挟んだところに一つの人影があった。
部室自体が最奥部にあるため、ここに来る人間は限られる。
「……なるほどね」
その限られた人間――橘香織は部室内で起こった全てを知った。
優希が湊の味方をしていること。
今回の合宿が湊を後押ししていたこと。
そして経った今、偶然とはいえ、湊が拓人に告白をしてしまったこと。
「早急に手を打つべきかしら……」
香織はそう独り呟き、踵を返して部室を後にした。
どーも、よねたにです。
あと二、三話で完結予定です。
予定なので断言はできませんが……。
では、また。




