第七話 合宿にはハプニングが付きものだと言っても過言ではないのだ(part7)
「さて、どこ行こうか」
朝食を食べ終えた直後、拓人が二人――湊と香織に向けて言った。
「うーん……私はどこでもいいですよ」
「私もよ」
湊はじっくりと考え、香織はおざなりに答える。
「もとから特に予定も立ててなかったしねぇ、どうしようか……」
腕組みをしながら唸る拓人。
本当にこれっぽっちの計画も立ててこなかったようだ。
「鏑木先輩に電話して聞いてみますか?この辺りの観光名所のこととか」
そう提案したのは湊だった。
「そうだね、そうしようか。法月さんは役に立たないしね」
「え、どうして私が貶されてるんですか?提案したの私ですよ?」
「じゃあ早速電話しに行こうか。多分固定電話が受付とかにあるだろうしね――香織はどうする?一緒に行く?」
ローカルニュースを無言で見つめていた香織向けて拓人は言った。
「結構よ。私は部屋に一人でいるから」
「なんか死亡フラグっぽいですね」
「分かった。じゃ、法月さん行こうか」
「あ、はい。それじゃあお留守番よろしくお願いします」
湊がちょっとした反骨精神からそんな事を言った。
「ちょっとこっちに来なさい――口を縫いつけてあげるから」
足早に部屋を後にする湊だった。
*****
「あ、女将さん」
受付カウンターへ拓人と湊が向かうと、佳代子が書類を整理しているところだった。
その手を止めて、佳代子は返事をする。
「あら、なあに?」
「ちょっと電話を貸していただきたいんですが。良いですか?」
拓人はカウンターに設置されている、年季の入った固定電話を指さして言った。
しかしそれを聞いた佳代子は申し訳なさそうに、
「ごめんなさいねぇ?一年前から電話が壊れちゃってるのよ」
言われてみれば、液晶部分には何も表示されていなかった。
「そうなんですか?それはそれは」
と、納得してしまう拓人に対し、
「直しましょうよ……」
湊の反応は常識的だった。
「あれ、じゃあこの旅館の予約とかってどうしているんですか?」
そして湊はすぐさま疑問にぶつかり質問する。
佳代子は事もなげに言う。
「全て手紙で承ってるわ」
「なんてアナログな……いつの時代ですか」
昭和初期の香り漂う連絡方法だった。
「インターネットでもすればいいんじゃないですか?」
湊が代替案を提案する。
しかし、
「私インターネット分からないのよ」
佳代子の一言の下に切って捨てられた。
湊は呆れたように、
「現代とは隔絶されてますね、ここ……」
と、嘆息する。
「っていうことは、ここから外に連絡は出来ないんですか?」
拓人が聞いた。
電話も使えず、インターネットも繋がらない。
外部との連絡方法がないように思えた。
その質問に佳代子は、
「連絡だけなら出来るわ。外に公衆電話があるから、それで」
そう言って外を指さした。
二人がその方向に視線を向けると、確かにぼんやりと電話ボックス的なシルエットが確認できた。
「わざわざ外に出るんですか……。まあ、わかりました。ありがとうございます。――先輩?どうかしましたか?」
ひとまず納得した湊がふと隣にいる拓人を一瞥した。
しかし表情がおかしかった。
拓人の様子がいつもと少し違うことに気が付き声をかける湊。
その声で我に返った拓人はすぐさま応える。
「うん?いや、ちょっとね。何でもないから気にしないで」
「?そうですか。何でもないなら良いですけど……」
若干釈然としない気持ちを残しながらも、それが何と言えない湊はひとまず引き下がった。
『ところで』と佳代子が改まって言う。
「どうして急に連絡を?何か緊急事態か何かかしら」
どうやら香りがこの場にいないことを、病気か何かかと思ったようだ。
そのため急に連絡を取りたがっているのではないかと。
しかし湊はそれをすぐに否定する。
「いえ、そうじゃなくてですね。今日の予定を何も立てていなかったんで、先輩に電話してこの辺りの観光名所を調べてもらおうと思ったんですよ。ね、霧島先輩」
「そうなんですよ、この後輩が下調べをしていなくってもう困りものですよ」
苦笑を顔に張り付け、何のためらいもなく言い切った拓人。
「わ、私!?」
「まあまあそれはそれは。でも、いつの時代も使えない後輩と言うものはいるからねぇ。虐めちゃだめよ?」
そう言ってウインクを飛ばす佳代子。
「ははは」
「ふふふ」
「……ふんっ!」
何故か笑いあっている二人を見て、湊はあからさまに拗ねて見せた。
だからと言って、二人の湊に対する対応は変わらないが。
そして一通り笑いあった佳代子が、さらりと言う。
「でも、だったら私に聞いてくれればよかったのに」
この言葉が二人の脳に届くまでの数秒、沈黙が続き、脳に到達した瞬間――
「「……ああ!」」
二人は顔を見合わせ声をあげた。
「何で気が付かなかったの?法月さん!」
「だからなんで私!?さっきからちょいちょい気になってましたけどっ!」
「全くもう、法月さんは。だからいつまで経っても法月さんなんだよ?分かった法月さん!?」
と、『法月さん』をむやみやたらと連呼する拓人。
「分かりましたよ!法月さんは分かりましたから!話を先に進めましょう!」
明らかに『法月さん』を悪い意味として使われていることに、湊は声を荒げた。
「これだから法月さんは……」
「まだ言いますか」
「と言う訳で女将さんにお聞きしますが、この辺りの観光名所的なところってありますか?温泉以外で」
「そうねぇ。ちょっと離れるけど、安比高原はどうかしらね」
「安比高原、ですか?」
初めて聞く地名に湊は聞き返す。
「アクティビティとかバーベキューとか出来るわよ」
「他には何かありますか?」
と、拓人。
「あとは、近いところだとこの山――八幡平山の山頂に沼があるわ」
「沼……」
『沼』という言葉に『池じゃないのか』となんとなく思った湊。
本当に勝手なイメージではあるが、湊の中には『沼=ドロドロの水』『池=サラサラの水』という先入観があった。
そのせいで表情も一瞬だけ眉間にしわが寄ってしまった。
「八幡沼とガマ沼。で、今日は晴れているから、遠くに岩手山が見えると思うわ」
最後に佳代子はそう付け加え、説明を終える。
「ふむふむ。分かりました。ありがとうございます。じゃあ、部屋に戻って香織と相談しよう」
「そうですね」
と、突然拓人は湊の耳元に顔を寄せた。
急なことで何の心構えも出来ていなかった湊は、胸が高鳴る。
そんな事とはつゆ知らず、拓人は小声になって言う。
「そう言えば女将さんさ、昨日と違って急に馴れ馴れしくなってない?口調とか」
確かに昨日までは敬語を使っていたが、今日は使われていない。
そのことに拓人は気が付いた。
湊はその理由に心当たりがあった。
昨日、温泉でかなり込み入った話をして、恐らくはそのせいなのではないか、と。
「それは、まあ……気にしなくても良いんじゃないですか?」
湊は拓人から視線を逸らして、濁すようにそう答えた。
「あ、そう?」
拓人も拓人で、そこまで執着していた疑問ではないようで、あっさりと引いた。
「参考になったかしら?」
佳代子が言った。
「ええ、それはもう。――鏑木さんのお陰で助かりました」
拓人がにこやかに応える。
「そう?良かったわ」
それに佳代子も柔らかい笑みで返した。
湊は一瞬なにかに引っかかったような気もしたが、すぐに考えることをやめた。
*****
その後、部屋に戻った拓人と湊は、香織に二つの候補について説明した。
座卓には拓人と湊が隣同士で座り、香織が拓人の正面についている。
「――と言う訳で、安比高原と八幡平山頂。どっちが良い?」
「……失礼承知で言わせてもらうけれど……なんか微妙な二択ね」
香織が頬杖をついていた姿勢を崩して、座椅子の背もたれに体重を預けた。
それと同時に、『同感』と心の中で湊は香織に一票投じた。
確かに、京都などの全国区な観光地と比べてしまうと霞んでしまうのは否めない。
「そうね……じゃあこれはどうかしら。これから北海道に行きましょう」
「先輩だけど……馬鹿か!」
湊は声を荒げて怒鳴った。
ここまで声を大きくしたのは、このサークルに入って以来初めてだろう。
それ程までの大声だった。
「馬鹿ですか!?ここは八幡平ですよ?八幡平に合宿に来て『北海道に行きましょう』って、どれだけ我儘なんですか!子供ですか!?」
湊は一気に捲し立てた。
しかし香織は飄々と湊の言葉を受け流す。
「北海道は良いわよ?見るところが沢山あるわ」
目をつむって、まるで北海道の大地を想像しながら言っている――ようにも見える香織。
「あっても行くわけないでしょうが!」
「冗談よ」
香織はくつくつと笑った。
どこにツボがあったのかは分からないが、香織は本当におかしそうに笑っていた。
「……橘先輩の冗談は冗談に聞こえませんよ」
湊は嘆息しながらそう言った。
と、香織が突然表情を変える。
その表情は無表情でありながら、どこか怖さがにじみ出ていた。
「そんなことより、随分と言ってくれたわね法月さん」
「あ、いや、その……」
急なことに、湊は釈明出来ずにいた。
さらに香織は言う。
「知ってる?古来から続く謝罪の方法」
「……土下座ですか?」
湊はほんの少し考えて言った。
「死よ」
打てば響くように、香織は言った。
冷たい視線というおまけつきで。
「本当に申し訳ありませんでした!」
こちらも打てば響くように猛烈な謝罪をする湊だった。
「分かればいいのよ分かれば」
「二人とも、仲良く遊ばないでよ」
「霧島先輩の目はおかしい!これが仲良さそうに見えるなら、日本と北朝鮮はとっくに国交正常化してますよ」
湊がちょっとだけひねったツッコミを入れると、カモがネギをしょってきたと言わんばかりに拓人と香織が、
「お、なんか法月さんが真面目なことを言ってるよ?」
「本当ね。法月さんがなんだか無理して真面目なことを言っているわ」
「ぷぷーっ」
「ふふっ」
事前に打ち合わせでもしたのではないかと思ってしまう程の連携で湊をからかった。
もちろん湊が快く思うはずもなく、
「そこ!笑うな!」
「ぷぷーっ」
「ふふっ」
「――ふんっ!」
当然、湊の要求が聞き入れられることなどなかった。
数秒後。
「はい、じゃあ、本題に入ろうか」
「そうね」
さっきまでの笑顔が一瞬にして二人の顔から消え去った。
「なんですかこの温度差は……。熱帯魚ならこの温度変化で死んでますよ?」
湊がそう例える程の温度変化だった。
そのせいで、なんとなく飽きられたように感じた湊が少し淋しげな表情をした。
が、その表情を二人が見たかったために温度変化を作ったのだと言うことを湊は知る由もなかった。
「では、多数決で行き先を決めていいか多数決を取ります」
湊の淋しげな表情を確認した後、拓人がそう言った。
「は?」
呆気にとられる湊。
それをよそに進む状況。
「多数決で行き先を決めていいと思う人、挙手を」
拓人と湊が揃って手をあげた。
「なんて回りくどい……」
渋々手をあげる湊。
「僕と香織と……法月さん。と言う訳で多数決で決めます」
ぱちぱちと拍手をする拓人と香織。
湊はそんな事をする気にはなれなかった。
拍手が終わると、早速多数決が始まる。
「じゃあまず、八幡平山頂が良いと思う人ー」
「…………」
「…………」
拓人も香織も、湊も手をあげなかった。
「ゼロね。じゃあ次――安比高原が良いと思う人ー」
「うーん……まあ、はい」
湊は逡巡したが、手をあげた。
「…………」
「…………」
しかし他の二人は手をあげる素振りすら見せない。
そしてそのまま拓人が、
「法月さんだけ、ね。一人」
と、締め切る。
手をあげなかった二人に湊が物申す。
「なんで二人は上げないんですか?多数決で決めていいか多数決で決めた意味ないじゃないですか」
「え、決まったよ?」
「ええ、決まったわね」
拓人と香織が顔を見合わせて、当然のことと言わんばかりに毅然とした態度で言った。
さすがにそこまで言われてしまうと詰まってしまう湊。
「……どういうことですか?」
理解が出来ていない湊は質問する。
拓人はおほんと一つ咳払いをして、高らかに宣言した。
「と言う訳で、行き先は北海道に決まりましたー」
「ラベンダー見ましょう。あと時計台。それでジンギスカンを食べましょう」
次から次へと行きたいところを羅列していく香織。
その表情はここに来てから一番の笑顔だった。
「――なあ!?」
湊のあいた口は暫くふさがらなかったと言う。
どーも、よねたにです。
そろそろ合宿編がおわりそうです。
では、また。




