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第五話 合宿にはハプニングが付きものだと言っても過言ではないのだ(part5)

「あー寒い寒い」


「寒いです……寒いです……」


 夕方になり、拓人と湊は急いで旅館へと戻った。

日が暮れてきて、急激に辺りの気温が下がり、二人の服装では無理が出てきたからだ。

 旅館の中で、ほっと一息つく。


「そう言えばここは、結構標高高かったもんね」


「油断してましたね。まさかここまで寒くなるなんて……。この季節でこの気温って、本当に地球温暖化なの?って疑いたくなりますよ」


「……いや、ひょっとしたら、この寒さも地球温暖化が原因で――」


「私ゃ馬鹿ですか。さすがにそれは嘘だって分かりますよ」


 拓人が不自然なくらい真面目な表情で言うが、湊も今回ばかりは超理論に騙されなかった。

 と、湊は身震いをしながら、両腕で身体を抱きしめる。

身体に触れた手には、冷たさが伝わってきた。

拓人との二人での合宿に浮かれて、薄手のお洒落服を着てきたことの弊害がこんなところで出てきたようだ。


「あの……私、体冷えちゃってるんで、時間的に少し早いですけど温泉入ってきても良いですか?」


 湊は寒さに我慢が出来ず、拓人に言った。


「あ、うんうん。行ってきていいよ。僕は部屋にいるから」


「先輩は入らないんですか?寒くありません?」


「まあ、寒いけどさ、今日は晴れてるから、夜に星空を見ながら露天風呂なんて言うのも良いかなって思ってさ。だから入ってきちゃっていいよ」


「わかりました。……の、覗かないで下さいよ?」


「え、何を?」


 拓人は素の表情で返す。


「……ふんっ!知りませんよ、もう!」


「ええー?」


 こうして、二人は一度部屋に戻り、湊は温泉へ、拓人は部屋に残った。



*****



「はふぅ……」


 湊は露天風呂を堪能していた。

白く濁った温泉が、身体を優しく温める。

湊がふと遠くを見ると、山の向こうには、ゆっくりと夕日が沈む様子が見えた。


「絶ッ景!!」


湊は思わず叫んだ。

 辺りからは木々の葉が風でこすれる音しか聞こえない。

都会ではありえない状況だ。


「どうせなら……き、霧島先輩と入ってみても良かったかな……なんちゃって」


 と、湊が目をつむって一人呟く。

折角の遠出――しかも拓人と二人きり。

少しくらい大胆に攻めて見たくもあった。

 しかしながら、この温泉は男湯女湯が別々になっているため、どう大胆になろうが混浴はあり得ない。

そんなあり得ないことを、湊は僅かに想像した。 


(ガラッ)


 唐突に、何の脈絡もなく、建物と露天風呂とを仕切る戸が開く音が湊の耳に入る。


「え!?」


 湊が振り返る。

そこには、たった今、湊が想った人が優しい微笑みを浮かべて――そして、腰にタオル一枚と言う装いで立っていた。


「法月さん――いや、湊」


「え!?霧島先輩!?――きゃっ」


 湊は拓人を目の前にして、あわてて胸元をタオルで隠す。


「その……ごめん。覗くなって言われてたのに……我慢できなくて」


「え、いや、その……私は、別に……霧島先輩なら……見られても」


 もじもじと、そして頬を温泉とは関係なく赤らめる湊。


「……そっか」


 湊のその言葉を聞いた拓人は、屈託のない、安堵した笑みを湊に見せた。


「えっと……」


「…………」


そして、


「湊……入ってもいい?」


 拓人は、温泉を指さし、湊に恥ずかしそうに、おずおずと尋ねる。


「……は、はい」


 『一緒に温泉』というシチュエーションに、湊の心拍数は急上昇する。

湊は、小さな声で、かろうじて答える。


「じゃあ――」


 拓人は湊のいる温泉へと、そっと浸かる。

そして、湊と拓人は、互いに見詰め合うような構図になる。

その距離は僅か一メートル。


「…………」


「…………」


 沈黙が流れた。

しかし、決して、湊にとって不快なものではなかった。

逆に、ずっとこの状況が続けばいいとも思える、そんな沈黙。


「…………」


「…………」


 その沈黙を、拓人が破る。


「……湊。そっちに――行ってもいい?」


「――は、はい!」


 拓人はゆっくりと湯の中を移動して、湊の隣へとやってくる。


「この合宿さ――」


 拓人が話し始める。


「実は、鏑木さんが来られないって聞いて、嬉しかったんだ」


「え?」


「湊と二人きりだって思って――」


 湊は、拓人が自分と同じ気持ちだったと言うことを知り、身体の奥底から嬉しさがこみ上げて来た。


「その……私も、です」


「え?それって……」


「私も、霧島先輩と二人きりで……嬉しいです」


「……良かった」


 拓人は安堵したように笑った。

それに釣られて、湊も笑う。

 しかし、すぐに拓人の表情が無表情になる。

そして徐に深呼吸をした。


「どうかしましたか?」


「――もうだめだ」


「え、なんで――先輩っ!?」


 拓人は突然、湊を抱きしめた。


「ごめん、湊。湊が、その……可愛すぎて……我慢できなかった」


「先輩……」


 恥ずかしそうに言う拓人に、湊は、


「先輩。……別に、我慢しなくても……良いですよ?」


 湊はそう言って、そっと目を閉じた。

そして、僅かに唇を突き出す。

 牡丹の花弁が散るイメージを、湊は思った。



*****



 その頃、拓人は部屋でローカル番組を観ていた。

拓人が住む地域と比べると、圧倒的にチャンネル数が少ない。

その上、出演者も、拓人が今まで見たことがないようなローカル芸能人だった。


「まあ、こういうのも旅の醍醐味みたいなものだけどね……あははっ!」


 テレビを見ていて、思わず笑ってしまった拓人。

テレビの中では、ローカル芸人が『今までに体験したあり得ない話』を意気揚々と話していた。

 それを見た拓人が、言った――


「そんな訳ないじゃん」


 と。



*****



「――はっ!」

 

 湊は我に返った。


「……なんて妄想を私は……」


 どこからが妄想だったのか、自分でも覚えていなかった。

そして、その妄想の内容を思い出して、急激に恥ずかしくなる。

妄想の内容と、妄想してしまう自分に対して。


「のぼせたのか!?のぼせたのか私!湯あたりか!?湯あたりしたのか私!」


 若干キャラが崩壊してきた湊が、叫んだ。


「それにしても……後少しだったのに!なんでだ、私!なんで我に返ったんだ、私!」


 水面を手で打って、後悔する湊。

妄想とはいえ、どうせだったら最後まで――湊は自分の不運を嘆く。


「っていうか、私って、こんな妄想する程、先輩のこと好きだったの?」


 湊はふと思った。

あんな恥ずかしい妄想をしてしまう程、自分は拓人のことを好きだったのか、と。


「どうして……」


 湊は、拓人と出会ってからのことを頭の中で辿る。

そしてこの合宿。


「この旅行中も、別に優しくしてもらったりもしてないしなぁ。……なんか言ってて落ち込んでくるけど。それに、アイドルみたいに格好いいわけでもないしなぁ。……アイドル、別に好きじゃないけど」


 湊は、夕日が沈んだ方向を見つめて、考える。

自問自答する。


「一体私は、先輩のどこが好きなんだ?」


「どこだって良いんじゃないですか?」


「え!?」


 湊は、自分の、声に出した質問に返事が返ってきたことに驚き、すぐさま振り向く。

そこには、女将の佳代子が、若々しい服を着たまま立っていた。


「ど、ど、どうしたんです!?」


 挙動不審になりながらも、湊は質問する。


「いえね、お風呂の前を通りかかったら変な声が聞こえてきたんで、なにかなーと思って来たら、あなたがぶつぶつ自問自答していたので――つい」


 『ごめんなさいね?』と、ウインクをしながら舌を出して謝る佳代子。

湊は、古臭いと思ったものの、自分のことを思って来てくれたんだと考えなおして、ぐっと言葉を飲み込んだ。


「あなた、一緒に来てる彼のこと、好きなんでしょ?まあ、見てれば分かったけど」


 佳代子はそう言いながら、湊のいる温泉の淵まで行き、湊の傍にしゃがんだ。

 いつの間にか、タメ口になっていることに湊は気が付いたが、その方が話しやすいと思って何も言わない。


「ええ、まあ。で、私は先輩――彼のどこが好きなのか分からなくって」


「一緒にいて楽しい?」


「それは、もちろんです。一緒にいると楽しいですし、その……たまにドキッとしたりもします」


 現に、この旅行の最中、何度となく、湊は拓人にときめきを覚えている。


「陳腐な言葉で申し訳ないけど……好きなことに理由なんて要らないと思うわよ?例えば、好きな人がいて、その人の『ここ』が好きってなると、その人のことを好きな部分がそこしかないってことでしょ?でも、理由もなく、なんとなく好きっていうことは、その人の根本的な部分から好きってことにならないかしら。だから、その人しかいない――替えの効かない、大切な人だって思えるのよ」


「……なるほど」


 湊は、佳代子の言葉に、何か打たれるものを感じた。


「もしも、あなたが今、恋愛に対してもっとライトな――適当な関係を求めているなら、別の人でも探したらいいと思うわ。それ以上のことは何も言わない。でも、あなたの話を――あなたの気持を聞いた限りだと、逃がしちゃうのは勿体ないかもしれないわね」


「……でも、彼にはすっごい美人な幼馴染がいるらしいんです。私は会ったことないんですけど」


「だからって、あなたは諦めるの?」


 佳代子が湊の眼をじっと見つめて、何かを推し量るようにして言った。


「……まさか。諦めませんよ、勝つまでは!」


「その意気で頑張りなさい。まあ――」


 佳代子は『よっこいしょういち』と言って立ち上がる。

そして、こう締めくくった。


「彼を手に入れたら、また、この旅館にでも来て頂戴。お姉さんがサービスするから」



*****



「……お姉さんって……誰よ」


 少なくとも『よっこいしょういち』とか言ってしまう人間は、お姉さんと呼べる年代には存在しないだろう。

湊は、佳代子が去って行ったあとを見つめ、そう思った。


「でも、まあ、スッキリは――したかな」


 温泉の効果も相まって、心身ともに憑き物が落ちたような気がしていた。



*****



「先輩、お待たせしました」


 湊は温泉から上がり、浴衣に身を包んだ湊が部屋に戻って来た。

なんとなく、妄想を思い出してしまい恥ずかしい気持ちだったが、戻らないわけにも行かない。

必至で動揺に枷を付けて抑えつける湊だった。


「ああ、遅かったね。何かあったの?」


「ええ!?何のこと!?私は何にも恥ずかしくないよ!?」


 あっさりと動揺の枷が弾け飛んだ。


「……恥ずかしくないよ?どういうこと?」


「何でもないです何でもないです!何でもないですからね!?」


「あ!」


 拓人がパンッと手を打って、何かに気が付いたような声をあげる。


「え!?」

 

 湊は、焦る。

まさか、妄想がバレたわけではないだろうが、緊張で身体を硬直させた。

そして、拓人の言葉を恐る恐る待つ。


「――何とかですからね、の『からね』って、『ファラウェイ』に似てない!?」


「……そうですよね。先輩って、そう言う人ですもんね。緊張した私が馬鹿だったってだけの話ですよね」


 湊は、かつて体験したことがない程の脱力感に、立っていることが辛くなった。

ふらふらと移動し、よろよろと座椅子に腰を落とした。


「ところで温泉どうだった?」


「温泉ですか?まあ、なかなかでしたよ。露天風呂は景色も良かったですし、夜は星も綺麗に見れそうでした」


「ふむふむ。なるほど。じゃあ夕飯食べたら入ってこようかな」


 しばらくの間、そんな他愛のない話をして二人は時間を過ごした。

 その後はこれと言ったこともなく、山の幸と秋田県の地鶏が使われた夕食を食べ、テレビを見ながら談笑。

部室にいる時とはまた違った、のんびりとした時間が流れた。

 そして時刻は十時。


「――ああ、もうこんな時間なんだ。温泉行ってくるよ」


 拓人が時計を一瞥すると、そう言った。


「あ、はい」


 湊はそう言って、拓人が部屋を出るのを見送った。


「……なんか恋人みたいじゃなかった?今の」


 そんな事を呟き、


「――っと、また妄想してしまうところだった」


 なんとか自我を保った。

 そして、誰もいなくなった部屋に一人という状況の湊は、


「……うん、お花を摘みに行こう」


 部屋にトイレがないため、湊は部屋の外のトイレに向かった。

 そして十分後。

鏡で身だしなみをチェックしていたら時間が思いの外掛かってしまった湊は、いそいそと部屋に戻る。

 その途中。


「あ、こんなところにいたの?」


 女将の佳代子と廊下で遭遇した。

どうやら佳代子の反応からすると、湊を探していたようだ。


「どうかしましたか?」


「いやね、別に大したことじゃないのよ?ただ、部屋に布団を敷いておいたからってだけよ」


「あ、そうなんですか?ありがとうございます」


「いいのよ、サービスだから。サービス」


 そう言って湊の肩をバンバン叩く。

湊は痛みを顔に出さないように我慢して、笑った。

その笑顔は、誰がどう見ても作り笑顔だったが、佳代子はそんな事を気にも留めず、


「じゃあ、頑張って!」


 そう言って、湊と別れた。


「……頑張って?」


 湊は、その言葉を口に出して反芻したが、意味が良く解らなかった。

だが、その意味は、部屋に戻ったことですぐに解決した。

拓人と湊――二人の部屋には、確かに佳代子の言う通り布団が敷かれていた。


「そのことは――そのこと自体はありがたいけど!ふ、布団をくっつけることはないんじゃないかなぁ」


 湊の目の前には、二組の布団が、隙間なく並んで敷かれていた。

これはどう見ても――


「『頑張って』ってそういう意味……?」


 湊の体温はグンと上昇していく。


「いやぁーこれは近すぎじゃないかなぁ」


 ニヤニヤと照れながら、湊はそう言って、布団をグッと引き離した。

そしてそれを見て、


「うーん、これは遠すぎかぁ?」


 今度は距離を詰めて見る。


「……近すぎか、なぁ」


 湊は、リーマン予想を証明しようとする数学者のごとく熟考した。

と、


「何が近すぎなの?」


 浴衣姿の拓人が部屋に戻って来て、そう言った。

湊は拓人の侵入に気が付かず、突然のことにあたふたする。


「なななななんでもないですよ!?随分と早いお帰りですね!」


「え、もう一時間ちょっと経ってるけど?」


「え?」


 湊が時計を見ると、時刻は十一時を過ぎていた。


「いつの間に……」


「あ、布団敷いてくれたんだ。ありがとう」


 拓人は、湊の足元に敷かれている布団を見て、そう言った。

拓人の口から出た『布団』というキーワードに、男女の行為を想像してしまった湊は、自分が敷いたわけでもないにも関わらず、


「はい!」


 と、元気よく答えてしまった。


「じゃあ――寝ようか」


 拓人は湊の眼を見て、そう言った。

湊は思った。

ひょっとして、温泉でのあの妄想は、正夢ならぬ正妄想だったのでは、と。

 湊は布団にそっと腰を下ろす。


「その……私、初めてなので……優しく……」


「優しく?」


「え?あ、先輩は、その……ハードな方がお好きですか?」


「ハード?……ああ、そう言うことか!」


 拓人は何か納得したようにそう言った。


「そうだね、僕は……痛いのが良いかな」


「痛いの!?あ、先輩そういう人種ですか!?」


「人種って、そんな大げさなものじゃないと思うけど……。まあ、よろしく」


 拓人は、布団にうつ伏せになる。


「そう言うのも初めてですけど……先輩が望むなら、頑張ります!」


 湊は立ち上がって、拳を握りしめて、自分を奮い立たせた。


「うん」


「私のことは、今から女王様と呼んでください!」


「……え、女王様?なんで?」


 拓人は、顔だけ湊に向けて聞いた。


「え……なんでって?どういうことですか?」


「普通なら『先生』とかじゃない?」


「あ、そっちですか?先輩も好きですねぇー」


「――まあ、マッサージだしね」


「女教師なんてマニアックな――って……マッサージ?」


「うん、マッサージ」


 湊は、自分の中でパズルのピースがパチリと嵌る音を聞いた。

と、同時に、自分が凄まじい勘違いをしていたことにも気が付いた。


「法月さん?」


「あ、はい。マッサージですよね、マッサージ」


「うん。電車移動とか車移動で疲れてたんだ。よく気が付いたね」


「ま、まあ、私って、そういうの、よく、気が付くんですよね」


 湊は、なんとか平静を保つ。

 拓人に知られるわけにはいかなかった。

自分が、自分だけがエロい勘違いをしていたなんて。



******

 


 その後、なんとかマッサージを終えた拓人と湊は、床に就いた。

拓人は余程疲れていたのか、すぐに眠ってしまった。

湊は、次から次へと頭をよぎる妄想を、必至で振り払っていた。

 湊が眠りに就いたのは、二時間経ってからだった。

どーも、よねたにです。


結構間があいてしまいました。


週に一度くらいは更新したいと思っているのですが……。


読んでくれている方は、気長に待ってもらえるとありがたいです。


では、また。

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