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第四話 合宿にはハプニングが付きものだと言っても過言ではないのだ(part4)

「すみませーん。どなたか居らっしゃいませんかー……」


 拓人と湊は『ふけ野旅館』の中にいた。

中は拓人が適当に言ったことが的中し、まるで中世ヨーロッパの如く豪華絢爛な内装――と言う訳もなく。

外側同様、木造で、床を踏めば自然と軋む、まるで鴬張りのような仕様。

照明も、恐らく節電とは一切関係なく、薄暗い。

活気の欠片も、破片すら見つけられない――しなびた旅館。

 そんな空間に湊の声が響く。


「すみませーん」


 再び湊が、旅館の人を呼ぶ。

しかし一切合財の音沙汰がない。

と言うより、湊には人の気配すらしないように感じていた。


「……霧島先輩。この旅館、人いるんですかね?」


「いるよ」


 拓人は自信満々に即答する。

湊はその理由が分からずに、


「え、いるんですか?どうして分かるんですか?――それより、だったらどうして出てこないんですか?」


「いや、だってここに『押してください』って」


 拓人が指さすところには、金属のベルが置いてあった。

よくある一般的なベル。

恐らくこれを押すのだろうが。


「でもこれだけ大声で呼んでるのに、誰一人来ないんですよ?それなのにベルを押したって……ねぇ?」


「ま、押してみようよ。引いて駄目なら押してみろって、昔から言うし」


「いつ引いたんですか?」


「運命という名のカードは生まれた時に引くものだよ」


 訳の分からない講釈を垂れながら、拓人がベルを押す。

チリンチリンという透き通った高音が鳴り響く。

と、


「はいはい、いらっしゃいませ」


 受付カウンターの奥から割烹着を着た、年齢は五十代と思しき女性が出てきた。


「え、えぇ~?」


 納得のいかない湊だった。

そんな湊を置いて、拓人が言う。


「予約している『鏑木』と言うものですが」


「あーはいはい。鏑木様ですね。お待ちしておりましたよ、首を長くして。ようこそ『ふけ野旅館』へ。私、当旅館の美人若女将をしております、椿佳代子と申します。何なりとお申し付けくださいませ」


「『美人』……『若』……?」


「そちらのお嬢さん、何か?」


「……いえ、なんでも」


 妙なところが気になる湊に、佳代子は優しい表情ながらも鋭い視線を向けて黙らせた。

涼しい――むしろ寒いにも拘らず冷や汗が止まらない湊だった。


「それでですね。本来、三人で来るはずだったんですが、一人欠席になりまして」


「ええ、ええ。それは既に伺っておりますよ、あなたと出会うその前に。事前に、その『鏑木』様よりご連絡を頂いておりましたので」


「あ、そうなんですか?」


 優希の手の速さに、ちょっとばかり驚いた拓人。

佳代子は話を続ける。


「ええ。今から二時間程前に。それで二部屋予約していたのを一部屋にして欲しいと」


「ちょ、え、どういうことですか!?」


 佳代子の衝撃的な発言に、今度は湊が食いついた。


「さあ、どうしてなんでしょうねぇ。理由までは私も聞いていないので……今夜はお楽しみですか?性的な意味で」


 最後の言葉は、湊にしか聞こえない小さな声で呟き、ねちっこい笑みを浮かべる佳代子。

それを見て湊は、顔が熱くなっていく。


「ちょっと私、確認します!」


 そう言って照れを隠しながら、慌てて携帯電話を取り出す湊。

しかし、


「あ……圏外……」


 そう言えばここは圏外とか言っていたな、と湊は思い出した。


「申し訳ありませんね。ここ、電波入らないんですよ」


「いえいえ。僕は何回も『ここは圏外』って言っていたんですが、この子、ちょっと天然で抜けてるんで、忘れていただけですから」


「先輩にだけは言われたくありません」


 抜群の反射神経で、一切のタイムラグなしを作らずに返す湊だった。


「まあまあ、とにかく長旅でお疲れでしょうから、お部屋にご案内します。……二人のお部屋に」


 好事家のような笑みを顔に張り付け、湊をじっと見つめて言う佳代子。

そんな佳代子を見て、湊は、厄介な旅館に来てしまったと早くも挫けそうになっていた。


「ささ、どうぞこちらに」


 そう言って佳代子が受付のカウンターから出る。

すると、全身があらわになった。

湊は少し驚く。

 佳代子は、そこそこ年齢を積み重ねていて、容姿も決して若々しいと言えないにも関わらず、かなり短いスカートを履いていた。

はっきり言えば、ミスマッチだった。 

 そしてその、決して細いとは言えない足は、黒いストッキングで覆われている。

 それを目にした拓人が、


「あれ、随分と若々しい恰好をしていらっしゃるんですね」


 と、臆面もなく言い切った。

湊は『触れなければいいものを』と内心思う。


「――あ、この足ですか?ほら、今月はストッキングの日があるじゃないですか、あの有名な」


 一瞬、自分の足元に目線を落とした佳代子は、拓人が何を言いたいのかをすぐに理解して、言った。

 そして、湊は佳代子の言う『ストッキングの日』と言うものを、二週間程前に耳にしていた。

そう、拓人が、『五月と言えば』という優希からの問いに『ストッキングの日』と答えた時である。

その時に初めて湊は、『ストッキングの日』なる日の存在を知ったのだった。

 湊がそんな風に考えているとは露知らず、拓人は佳代子の返答に答える。


「15日ですよね。知ってますよ、有名ですから」


 『そんなにメジャーなのか?』とか『なんで知ってたんだよ』と問い詰めたい湊は、その衝動を押させる。


「だから今月はストッキング強化月間なんですよ。ふふふ」


「なるほどなるほど。それなら納得です。ははは」


 湊の心内を知らない二人が何故か盛り上がる。

何故この人のことを好きなんだろう。

この合宿で何度目か分からない自問に、答えが出せない湊だった。

 そんな二人と一人――拓人と佳代子、そして湊は、佳代子の案内で階段を上り、二階の、数部屋あるうちの一室に案内された。


「こちらでございます。――では、ごゆっくり」


 佳代子はそう言い残して、部屋を後にする。

 案内された部屋は和室で、広さはおよそ十二畳。

部屋の中心には座卓と二つの座椅子。

ごくごく一般的な調度品。

 ただ、年季が入っていることを除けば。


「なかなか、その、なんというか……アンティーク調で、こう、タイムスリップしたかのような錯覚を起こす不思議な部屋ですね」


「うん、ぼろいよね」


「……もう少しポジティブに考えましょうよ、折角の合宿ですし」


湊が一語一語厳選して感想を言ったが、拓人がそれを一蹴した。


「もう、触ったら崩れそうだよね」


「砂のお城じゃないんですから」


「いっその事、壊しちゃう?その方が土地も高く売れるかもよ?」


「バブル期の地上げ屋ですか、先輩は」


 しかし、確かに拓人のいう通りだった。

畳は擦り切れ、表面がふさふさしており、障子も黄ばみ、ところどころに修繕された跡がある。

さらに言えば、エアコンも二十世紀を感じさせる木目調。

 湊のいう『タイムスリップしたかのような錯覚』と言うのは、言いえて妙だった。


「まあね。とりあえず荷物置いちゃおう」


「そうですね」


 拓人と湊は部屋の中に入り、それぞれ部屋の隅に陣取り荷物を置いて行く。

しばらくして、


「わわっ」


 湊が突然声をあげる。


「どうしたの?」


 拓人が荷物整理を終えて、湊の元へ。


「見てくださいよ。聖書ですよ、聖書。こんなとこにもあるんですねぇ」


 湊は、手に持った聖書をぱらぱらと捲る。

そして、凄まじい文字量に、すぐさま読む気が失せる。


「まあ、誰も読まないけどね」


「私も読んだことありませんよ。……ところで、これってなんであるんですか?」


「確か、キリスト教の団体が寄贈しているんだよ。なんだかんだで世界で一番売れている書物だし、世界で一番多いのはキリスト教徒だし。それに、聖書があるだけで、なんとなくだけど『あ、このホテル、ちゃんとしてる』って感じするでしょ?」


「あ、確かに。聖書があるだけで真面目なホテルに見えますねぇ」


「と言う訳で、ホテル側のメリットもあるから置いてあるんだよ」


「なるほどなるほど。……まあ、この旅館においては聖書が置いてあろうが無かろうが、ぼろさは隠せてませんけどね」


「そこまで聖書は万能じゃないよ。……そう言えば今何時だろう」


 拓人はそう言って、腕時計に目を落とす。

それにつられて湊も時間を確認する。


「三時ですね」


「三時……そしてこの部屋も惨事の後のようなぼろさ……」


「誰が上手いことを言えと」


 拓人の、再びのセンスのない洒落に、湊が半眼で睨む。

しかし拓人は、そんなことはお構いなしに話を続ける。


「とりあえず、ちょっと時間あるし、外出てみる?」


「別に良いですよ。……何があるんですか?」


 湊にこの辺りの地理などの知識はなかった。


「そうだなぁ。……地面から水蒸気が出てたり?」


「水蒸気?……あーなんかイメージできますねぇ。如何にも温泉郷って感じの」


 湊は、ごつごつした地面から、白い噴煙がもくもくと立ち昇る光景を想像する。

辺りには硫黄の匂いが充満し、温泉地に来たんだと実感が出来る、そんなイメージ。


「そうそう、多分それ。箱根の大涌谷みたいな」


「あれがあるんですか?」


「確かね」


「じゃあ、行ってみましょう!」


「英語で言うとぉ!Let's……あれ?……やっぱ止そう」


 拓人と湊は、必要最低限の荷物を持ち、外へと出た。



*****


 

「うわぁ。温泉卵みたいな匂いが、凄まじいですね」


「当たり前だよ。温泉卵は温泉で茹でてるんだから」


 湊の感想に、至極真っ当なツッコミを入れる拓人。

普段とは逆の立場だった。

 そんな二人が今いるのは、『後生掛自然研究路』と言う、火山観察を行うための道だ。

この道の、両脇やその奥の至るところから立ち昇る噴煙を観察でき、火山活動を実際に目にすることが出来る。

辺りには二人の予想通り、硫黄の独特の香りが充満していた。


「じゃあ、霧島先輩なら、どんな風に感想を言うんですか?」


 自分の感想にケチを付けられた湊が、少し拗ねたように言う。

拓人は、


「えぇ~、そうだなぁ……」


 と、十数秒考えて、


「まるで、二時間サスペンスで旅行者の夫婦が偶然、死体を見つけそうな雰囲気だね」


「……それが正解なんですか?」


「待って、もう一回チャンスを」


「……ラストです」


 再び――今度はゆったりと三十秒程考えて、


「この雄大な風景を絵にして、丸めて食べてみたら、滑らかな口溶けでおいしかった」


「今度は共感すら出来ませんよ!っていうか、本当にそんな風に感動してるんですか?嘘ついてません?」


「霧島姓、嘘つかない」


「どこの原住民ですか!」


 『インディアン、嘘つかない』というフレーズを思い出した湊だった。

一体、どこで知ったのかは分からないが。


「それにしても、硫黄ってこんなに臭かったでしたっけ?」


 湊が鼻を押さえて、拓人に尋ねる。

心なしか、前に進むたびに硫黄の匂いがきつくなっている気がしていた。


「鼻をつんざく悪臭フルコース……」


「単品ですよ。硫黄だけですから」


「まあ、会議室と現場は違うっていう、いい教訓になったでしょ?」


「勝手に踊っててくださいよ、もう……」


「『ひとみちゃ~ん、お茶』って?」


「それは『あぶない』です」


 湊が言った。

その直後、一瞬の沈黙が空間を支配した。

 そして、それを破ったのは拓人だった。


「……なんで知ってるの?明らかに年代が違くない?」


 拓人は、あのドラマを一九八〇年代後半のモノと記憶していた。

湊の年齢からすると、どう考えても世代から外れている。


「霧島先輩も同じですよね?」


「…………」


「…………」


「……まあ、いいや」


「……そうですね」


 急にどうでもよくなった二人は、その話題を水に流した。

いや、湯に流したと言うべきか。

……温泉だけに。

 一瞬、拓人はそう言いかけたが、やめた。 

どーも、よねたにです。


第四話でした。


『合宿には』編、いつまで続くことやら。


では、また。

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