第三話 合宿にはハプニングが付きものだと言っても過言ではないのだ(part3)
数時間の列車移動の後、ようやく盛岡駅に到着した。
旅館自体は秋田県に位置しているのだが、秋田駅から行くよりは盛岡から向かった方が近いようで、優希は盛岡までのチケットを手配していたようだった。
実際、その方が料金としても安く済む為、建設的な考えだ。
「それで、盛岡まで来たのは良いんですが、この後はどうやってその『ふけ野旅館』って言うところまで行くんですか、先輩」
「鏑木さんは『レンタカーでも使え』って言ってたし、そうしようかと思ってるけど……。電車でも行けるけど、どうする?」
拓人と湊は駅の出入り口付近に居た。
現在の時刻は昼過ぎ。
車内で駅弁を食べてしまったので、それ程空腹と言う訳でもないため昼食はとらずにそのまま移動することにしていた。
拓人は湊に移動手段を提案した。
「うぅん……そうですね。それじゃあ電――はっ!!」
「和田アキ子?」
「誰も『古い日記』なんて歌ってませんよ……」
湊は『それじゃあ電車で』と言う寸でのところで言葉を飲み込み、ある事に思い至った。
電車での移動でもいいかもしれないが、車で――車内で二人きりの移動の方が良いのではないか、と。
電車では周りに人もいる。
しかし車の中はたった二人きりのプライベートスペース。
誰の邪魔も――入らない。
「ん?電車?電車移動?じゃあそうしよ――」
「車!車でお願いします!」
食い気味に言った湊に、多少面食らったような表情をした拓人だったが、
「そう?じゃあそうしようか」
「はい!」
ヒーハー!!と湊は心の中で快哉を叫んだ。
まだ見ぬ敵――橘香織に差を付けた、と。
「あ、あそこにレンタカーの店があるから行こう」
「行きましょう行きましょう!」
こうして、車移動が決まった。
「ところでレンタカーって和製英語なんだよ」
「え、そうなんですか!?普通に『レンタカーレンタカー』って言ってましたよ。『レンタカーレンタカー』って」
湊は『レンタカー』を連呼した。
「『レンタカーレンタカー』うるさいよぉ、法月さん」
「こんなにも、レンタカーのくだらない雑学に食いつく女子なんてそうそういないんですから、感謝されこそすれ、迷惑がられる謂れはありません!」
「元気だねぇ法月さん。何かいいことでもあった?」
「――っ!もう知りません!」
『二人旅』というシチュエーションに浮かれていた湊は、一瞬ドキリとしたものの、そう言って拓人を放置し走り出した。
「全くもう……はしゃいじゃってぇ、法月さんったら」
拓人は、子供を見つめる親の如く、微笑しながら『やれやれ』と言った表情で、湊を追いかけた。
*****
(ガーッ)
タイヤが路面を転がる音が、車内に響く。
「そう言えば、どれくらい離れているんですか、その『ふけ野旅館』」
拓人の運転の車内。
レンタカーを借りる前のことを忘れたかのように、湊が平然と助手席に座り、取りとめもない質問をする。
「そうだねぇ。大体70kmくらいかなぁ」
「この感じで行けば1時間ちょっとってことですかね」
「まあ、道の状況次第だべ」
「……霧島先輩、東北に来たからって周りに感化され過ぎじゃないですか?」
「そんなことないさぁ~。例え世界が滅びようと、僕のアイデンティティは永久に不滅さぁ~」
「……それ、東北弁ですか?」
「さぁ~」
「……はあ。なんか想像してた会話と違うなぁ……」
湊は、もう少し桃色空気になることを期待していたが、全くもってそんな展開にならないことに、小さな声で呟いて嘆息した。
「え?何か言った?」
湊の呟きを聞き取れなかった拓人が尋ねる。
「べっつにぃ~?なんでもありまっせんよ!」
「随分と刺々しい言い方だなぁ。何?便秘?」
「違います!」
「知ってる?何か隠し事をすると便秘になるんだよ」
「え、そうなんですか?どうしてです?」
「人間の身体って言うのは不思議なものでね、何か隠し事をしようとすると、体内からも物を出したがらなくなるんだよ。それで、便秘になる」
「へぇえ」
「人間の体の、無意識に行ってしまう不思議だね」
湊はここで気が付いた。
この空気、どうやっても甘い雰囲気にはならない、と。
ならばと、湊は方針を変えた。
「話が変わりますけど……橘先輩ってどういう人なんですか?」
「うん?」
「い、いや、先輩と幼馴染でって言うことは教えてもらいましたけど、それ以上のことって知らないなぁって……思いまして」
「そう言えば、そう言う話もしたねぇ」
「ほ、ほら!この合宿にだって来てもおかしくはないはずでしょう?なのに私は何も知らないなぁって!」
「香織かぁ……。一言で言うと『変わってる』かな」
「それって、霧島先輩よりもですか?」
「え、僕って『変わってる』?」
「変わってますよぉ」
「おお……ふ。なんか……照れるね」
そう言って、はにかむ拓人。
その表情に『くる』モノを感じながらも、湊は話を続ける。
「……先輩、照れる要素、どこにありました?」
「ええ?『変わってる』って言われて嬉しくないの?」
「嬉しくありませんよ!どうして嬉しいなんて思うんですか!?」
「自分が、他の人にはない強烈な個性を持っているって他人から言われているんだよ?今や人類は70億人居るともいわれていて、他者と自分のアイデンティティが被ってしまうことが多くなっている世の中――他人との差別化が出来ているのに嬉しくないわけがないでしょ?」
「……そうですか?」
「例えば芸能界で例えてみると分かりやすいかも」
「芸能界?」
「芸人なんかのキャラが被ってると、つまんないでしょ?」
「あ、なるほど」
「要は、『誰かに似てるね』って言われるのは『つまらない』と同義なんだよ。これからは自分にしか出せない個性を出していかないと」
「おぉ……って、ズレてますズレてます。話がズレてます」
「あれ、元々なんの話だっけ?」
「橘先輩の話ですよ!橘先輩が『変わってる』って話!」
「ああ、そうだったそうだった」
「それで、どう変わっているんですか?」
湊が呆れた表情で聞く。
すると拓人が『うぅん……』と唸る。
暫くの沈黙ののち、
「……変わってる?」
「さっきと言ってること変わってないですよ……解説をお願いします」
「うん、まあ、とにかく会えば分かるよ」
極めて軽く言う拓人に対して、未だ見ぬ隣人もとい変人、橘香織――謎が深まるばかりの湊だった。
*****
それから車が走り続けること約二時間。
気が付いた時にはいろは坂のような坂道が続き、それを登り続けると道路の両サイドに、いつの間にか数mもある巨大な雪の壁が迫っていた。
車に搭載されていた外気温を測定する機能によれば、外の気温は十度。
湊は普段と違う状況にほんの少し楽しくなってきた。
「雪の壁、凄い高さですね」
そう言って湊はパワーウインドウを下げる。
その途端に、冷気が車内に押し寄せる。
「除雪車が雪を横に寄せたんだよ。その結果がこれってわけ」
「なるほど」
湊はこの風景を、風邪を引いて来ることが出来なくなったと『信じている』優希に送ろうと、携帯電話を取り出す。
と、
「あれ、ここって圏外なんですね」
携帯電話の画面脇――アンテナの姿がなく、その代わりに『圏外』の文字が表示される。
「通じるところ通じないところあるらしいけど、基本的に八幡平の上の方は圏外なんだって」
「鏑木先輩に写真でも送ろうかと思ったんですけどねぇ」
「まあ、帰ったら見せればいいさ。……って言うか寒いよぉ、閉めて閉めて」
「そう言えば大分寒いですね。今閉めます」
「いや、別に、戒めるとか何もそこまで……」
「『今閉める』って言ったんです!なんですか!?私はドMですか!?」
「え、そうなの?でも……そうか、やっぱり……。薄々、そうなんじゃないか、とは思ってたんだよね。薄々……」
「だから違うって言ってんでしょうが!」
「分かった分かった。薄々分かったって。薄々……。全く、興奮しちゃって……。あ、ここ遠くの山まで見えるから外出てみようか」
「本当に分かってるんですかね……」
湊は拓人の心中を薄々訝しみながら、そう言った。
拓人は車を道路脇に止める。
二人は車を降りた。
確かにその場所からは、遠くの山々まで綺麗に見通すことが出来る格好の場所だった。
空気も心なしか綺麗な気がして、湊の興奮もさっぱりと収まっていた。
そんな湊を見て『単純だなぁ』と、拓人が思っていることを湊は知る由もなかった。
「うわぁ……良い景色ですね」
「確かに。僕もこういう場所があるって言うのは知っていたけど、ここまで綺麗だとは思わなかったよ。でも……」
そう言って拓人は湊の方へと顔を向けた。
「へ?」
湊は拓人の視線に気が付き、視線を風景から拓人に移す。
拓人の表情は真剣なものだった。
「(これは――)」
高鳴る湊の鼓動。
嫌でも期待してしまう、二人きりというシチュエーション。
『ここまで綺麗だとは思わなかったよ。でも……』という前文。
これに続く言葉はもしや――
「(やっぱり先輩も、なんだかんだ言って私のこと――)」
湊はそっと背伸びして、目を瞑った。
二人の周りは静かだった。
『すぅ』と拓人が息を吸う音が聞こえる。
湊の緊張もピークに達した。
拓人が言葉を、発した。
「でも……それにしても、法月さんの頭の上、ちっちゃい虫がいっぱい飛んでるよね」
「……え?」
そう言って湊は自分の頭上に目を向ける。
そこには大量の黒い粒が、右往左往浮遊していた。
「ぎゃああああああ!」
「……なんて色気のない悲鳴」
拓人は、にやけた表情で湊を見つめた。
「ちょ、ちょっと!私、無視苦手なんですよおおおぉ」
その瞬間。
湊の頭に電気が走る。
この状況を使って、拓人に抱きつくことが出来るのではないだろうか。
そして再びのひらめき。
『きゃーこわーい』→『全く、世話の焼ける子猫ちゃんだ』→『だってぇ怖かったんだもん』→『じゃあ僕が、その怖さを嬉しさに変えてあげよう』→『キス』という連鎖反応を湊はひらめいた。
「(……使える)」
そう考え湊は、
「きゃっ、こわーい」
と、拓人に抱きつこうと、手を伸ばす。
(ぱしっ)
が、湊の手は拓人に届かない。
――拓人によって退けられて。
「…………」
「…………」
見つめ合う二人。
しばしの沈黙の後、再び湊が拓人に手を伸ばす。
(ぱしっ)
それを再び拓人が、湊の手の進行方向をずらす。
次の瞬間、湊の手が、千手観音の如く、無数の残像を残して拓人に迫る。
右手左手――交互に拓人の腕や肩に伸びて行く。
ときたまフェイントも挟み、右手右手左手などの工夫を凝らすことを湊は忘れない。
しかし拓人は、その手を全て駆逐した。
湊の腕の運動エネルギーを、全てベクトルだけ変えて別方向へと誘う。
プロフェッショナルの動き。
拓人は何事もなかったかのように、
「じゃ、車に戻ろう。ずっと寄り道をしているなんて、公卿じゃないんだから」
そう言って踵を返し、車へと歩き始める。
「……なんだ、ばかやろっ!」
湊は拓人の後姿を見つめて、地団太を踏んだ。
が、すぐに
「もう、待ってくださいよぉ!」
拓人の後を追った。
*****
「ところでさっきの『公卿じゃないんだから』ってどういう意味ですか?」
「えぇ?」
再びの車内。
あと僅かで到着と言う時、湊が拓人に質問した。
「いやぁ、『寄り道、頼道、藤原頼道ぃ~』……なんちゃって」
「質問してすみませんでした。……霧島先輩のセンスが良く解らないです」
とてもくだらない答えだったため、湊はがっくりとした気分になる。
「そんな事言って、心の中では大爆笑してるんじゃないのぉ?法月さん」
そうとも知らず、拓人はニヤニヤとした表情で湊に言う。
「してませんっ!この顔見てくださいそして読み取ってください!」
湊はそう言って拓人の顔をじっと見つめる。
「嫌だよ」
「なんでですか!?」
「だって運転してるし」
「――ふん!」
拓人に打てば響くタイミングで一蹴された湊は拗ねた。
しかし拓人のいうことは至極当然のことだったため、この行き場のない感情をどうしてくれようか、と湊が目をつむって思案する。
「えぇ~?……あ、着いた」
突然、何の脈絡もなく言った拓人の言葉に、湊はすぐさま外に目を向ける。
湊の視線の先。
そこには古めかしい木造の建物があった。
「あ、あれですか?……言っちゃあれですけど、ぼろいですね」
湊のいう通り、はっきり言ってぼろい。
戦時中の小学校舎のような趣がある。
「ひょっとしたら中は豪華絢爛仕様かもよ?」
「全く想像できませんよ。適当に言ってません?」
湊は拓人に、訝しんだ視線を投げかける。
「うん、適当に言ってる」
「心にも無いこと言ってないで、もうちょっとちゃんとしてください!」
「ちゃんとしてるよぉ、僕は」
「えぇ~?」
拓人と湊を乗せた車は、ようやく、目的地へと到着した。
どーも、よねたにです。
なかなか執筆ペースが上がりません。
どうしたものやら……。
では、また。




