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第十話 言葉にしないと伝わらないと言っても過言ではないのだ(part2)

 香織は部室を離れた後、大学近くの小さな公園へと足を向けた。

子供向けの遊具が数個あるだけの、本当に小さな公園。

現在の時刻は正午。

多くの子供達は昼食をとるために自宅に居るか、幼稚園や保育園に通っているため、公園に人影はなかった。

 香織はバッグから携帯電話を取り出す。

そして電話帳を開いて、ある人物に電話をかけた。

数回のコール音の後、相手が電話に出た。

 電話をした香織にはその人物が電話に出る確証があった。


「もしもし、私よ。今から――」


 香織は淡々した口調で、相手を公園へと呼びだす。

そしてまた、相手が自分の元に来る確証も持っていた。


「――じゃあすぐに来て頂戴」


 香織は事務的に会話を済ませると、そう言って電話を切った。

何となく辺りを見渡すと木陰にベンチがあった。

香織はそこに座って、その人物を待つことにした。



*****



 十数分後。

香織が呼びだしたその人物――霧島拓人はやって来た。


「阿保面引っ提げてよく来たわね」


 香織は足を組んでベンチに座ったままの姿勢で、何様かと言うような態度で拓人に言った。

それに対して拓人は苦笑して、


「いきなり御挨拶だね……待った?」


「当然、待ったわ」


 香織は一切の気を使わずに言いきった。

その対応こそが香織の香織たる所以なのかもしれないが。


「それで?こんなところに呼び出してどうしたの?」


 拓人は香織の隣に腰を下ろす。


「来てくれて嬉しいわ……と言っても、さっきのあなたの状況ならば絶対に来ると思っていたけれど」


 そう言ってくつくつと笑う香織。

拓人には、香織が一体何のことを言っているのか分からなかった。


「……どう言うこと?」


「あら、意外と分からないものなのかしら。じゃあ、はっきりと言わせてもらうけれど……拓人、さっき部室で法月さんにうっかり告白されていたわよね」


 香織は滑らかに、聞こえなかったと言わせないような綺麗な口調で言った。

拓人の心臓は一気に血流速度を上昇させる。


「な、なんで知ってるの!?」


 打てば響くようなタイミングで拓人は驚く。


「聞いていたのよ、部室の扉を隔ててね。丁度私が部室に到着して入ろうとした時に聞こえてきたのよ。鏑木先輩が勘違いして法月さんの気持ちを言ってしまったのを」


「いや、あれは――」


 拓人はめったに見せない焦りを露わにして否定しようとする。

すかさず香織が、


「無かったことにしようとか、このまま何もせずにやり過ごそうとか考えていたら殴るわよ?」


 拳を握りこんでそれを拓人の眼前でちらつかせる。

ごくりと喉を鳴らす拓人。


「さ、さすがに、それは考えてないよ」


「なら、何よ」


 拳を握っては開いて、答えをせかす香織。


「…………」


「…………」


「……ごめん、考えてた」


「私に謝らないで頂戴」


 拳を握った腕を下ろして、香織は嘆息交じりに言った。

それを見て内心ほっとした拓人が言う。


「そうだね……そうだよね。ところで、どうして僕が必ずここに来ると思ったの?」


 あからさまな話題転換で、香織もそれが分かっていたが、拓人の話に乗る。


「告白されて部室内に甘酸っぱい、でも気まずい空気が流れているところに私が電話を入れて呼び出せば、その場を逃れるいい口実になるでしょう?」


 そう言ってにやりを唇の端を釣り上げる。


「変なところで頭の回転数上がるねぇ。まあ、実際助かったと思っちゃったけど。……それにしても、香織の方が僕より上の立場で話をするなんて、今までに殆どなかったよね」


 さらなる話題転換を図る拓人。

この時拓人は、香織から今までに感じたことのない空気感を感じていた。

香織と十何年一緒にいて、初めて感じる空気だった。

 しかしそれを許す香織ではない。

香織は口を開いた。


「じゃあ私が上の立場に居られるうちに、もう一つ話をしておきましょう。と言うか、こっちの方が本題なのだけれど」


「なになに?」


「私、拓人の事が好きだから。愛しているわ」


 さらりと、香織は言った。

危うく拓人は聞き逃すところで、


「……え?」


 思わず聞き返した。


「恋じゃないわ。愛よ。下心ではなく、中心に心があるから、愛よ」


「いや、違いとかは別に聞いてないよ」


「拓人には悩みの種を増やしてしまって申し訳ないけれど、私だって負けていられないのよね」


「え……ええぇ!?」


 拓人の頭の中では、香織の先ほどの言葉がリピート再生されていた。

ひょっとした別の意味が隠されているのではないか。

拓人はその可能性を必死で考える。

 句読点の位置を変えてみる。

発音を変えてみる。

漢字を変えてみる。

五十音表で照らし合わせて、一文字ずつずらしてみると別の言葉に。

 ――全ての可能性を考えてみたが、どれ一つ当てはまるものはなかった。

拓人は香織の言葉を口の中で繰り返す。


「……告白、ってこと?」


「それ以外に聞こえたなら脳を交換してもらうことをお勧めするわ」


 そう毒づく香織の頬は、赤く染まっていた。

それを見てしまえば、拓人も、先程の言葉を否定しようと考えることが出来なくなった。


「本気?」


「ええ、本気よ」


 香織はそう言うとベンチから立ち上がった。


「話はそれだけよ。面倒を増やしてしまったかもしれないけど、ちゃんと考えてくれると嬉しいわ」


「いや、面倒だなんて思ってないよ。素直にうれしい。……ありがと」


「そう。この場で答えを出して欲しいとは言わないわ。拓人の中で、答えが決まったら、私と法月さんに教えて頂戴」


 そして香織は拓人の元を去った。

少し小走りなのは、恥ずかしかったからなのかもしれない。

相当我慢して、無表情を貫いていたのかもしれなかった。

 公園には、拓人一人が残された。



*****



 拓人のもとを去った香織が向かったのは、部室だった。

その理由は簡単で、湊と話をするためである。

香織には、湊がまだ部室に居る確信があった。

 部室の前に到着すると、躊躇い無く、一気に扉を開けた。


「ごきげんいかが?」


「……恥ずかしくて死にそうです」


 香織が部室内に入ると、湊はソファにうつ伏せになっていた。

そして顔を上げずに、香織に言った。


「そう」


 香織は適当な椅子に腰を下ろす。


「……なんで恥ずかしいのか、聞かないんですか?」


 体勢を変えず、湊が聞いた。


「聞くまでもなく知っているから」


「そう、ですか」


 そして単刀直入に一言。


「私も拓人の告白したわ」


「ええぇ!?」


 湊はうつ伏せの姿勢からバネ仕掛けのごとく跳ねあがり、膝に手を置いて座った。


「――って反応した方が良いのかもしれないですけど、なんとなくそう言う予感はあったんですよね」


「女の勘?」


「女の勘です」


 湊は笑う。


「それで……どうなったんですか?」


 恐る恐る湊が聞いた。


「別にどうにもなってないわ。いつ答えを出すとか、そう言うのは全部拓人に任せてあるから。私はただ、自分の気持ちを言っただけよ」


「……どうなるんですかね」


 湊が不安な面持ちで心境を吐露した。

香織もそれに同意する。

普段の香織ならば、湊を馬鹿にして終わるところなのだろうが、この時ばかりはそうしなかった。


「そうね……それを最初に知るのは拓人だから、私達は何とも言えないけれど。私たち三人の関係を歪な三角形にするも、歪みない円にするも、拓人の答え次第ということだけは確かよ」


「……どう言うことですか?」


 湊が聞き返す。


「拓人の出した答え次第では、私とあなたの関係、私と拓人の関係、拓人とあなたの関係、それらが歪に、歪んでしまうこともあるし、逆に今まで以上に良い関係になることもあるかもしれないと言う事よ」


 拓人、湊、香織の三角関係。

これがさらに歪んだ三角形になるのか、あるいは角が無くなり円となって、ハッピーエンドを迎えるのか。

それらが全て、拓人の答え一つで決まる。

 湊は香織の発言を聞いて、ハッとした表情をする。


「……そこまで考えていませんでしたよ。私は告白して、受け入れてもらえるか、受け入れてもらえないか――そこしか考えていませんでした。……そうですよね、その後のこともありますよね」


 後先考えていなかった自分を責めるように言う湊に、香織が、


「全ては拓人の答え次第よ。まだ悲観することはないわ」


 と、フォローをする。


「そうですね……」


 湊の言葉の後、部室には沈黙が流れた。



*****



 その頃拓人が未だに公園のベンチに座っていた。

香織が去った後から一歩も動いていない。


「法月さんと香織、かぁ……」


 拓人の頭の中は二人のことで埋め尽くされていた。

そのため、背後から近づく人影に気が付かなかった。


「よっ、霧島!」


「うわああああああああああああ!」


「なんだああああああ!?」


 拓人の絶叫に、近づいて声をかけた方も絶叫した。

そして拓人はその人物の顔を見て、


「あ、鏑木さんですか。驚かさないでくださいよぉ」


「……私もこんなに驚くとは思ってなかったんだよ」


 近づいてきたのは、優希だった。

優希はそのまま拓人の隣に座る。


「どうしてここに?」


 拓人は二人のことを何とか脇に置いて、優希に聞く。


「ん?お前が部室を出るときに『分かった。あの公園だね、すぐ行く』って言ってたから」


「……ああ、なるほど」


 聞いた拓人自身が馬鹿みたいな格好になった。

一気に脱力感が拓人を襲った。


「で、何があった――って聞くまでもないな。……橘に告白されたんだろ?」


「な、なんで分かったんですか?」


「あのなぁ?今まで見てたら、橘がお前に好意を持っているなんてすぐに分かるぞ?気付いていなかったのは当の本人の霧島ぐらいだ」


「そ、そうだったんですかあ……」


 心底感心したように、拓人は言った。

本気で気付いていなかったようだ。

 その様子を見た優希が、少しあきれながら、


「それによって、霧島は悩んでいる、と」


 拓人の現在の状況をまとめる。


「はい……」


「なんで悩んでいるんだ?好きな方を選べばいいだけじゃないか」


 優希はそう、簡単に言う。

しかし拓人はそれに反論する。


「選べませんよ……。僕は、今の状況が好きだったんです。香織とは今まで通り幼馴染の関係で居たかった。法月さんとは先輩後輩の関係で居たかった。それくらいの距離感が、僕には丁度よくて、居心地が良かったんです……。それを崩すなんて、僕には出来ません……」


「なるほどなぁ」


 優希は相槌を打ちながら、頭の中で何と言おうか悩んでいた。

香織と湊は一歩進んだ関係になりたがっている。

対して拓人は今の関係で居たいと思っている。

 二人の告白を断れば、今の関係は確実に崩れる。

かと言って片方を取れば、もう片方との関係が崩れる。


「うーむ……霧島」


「はい?」


 優希は情報をまとめ、拓人に言う。


「もう二人から気持ちを聞いてしまった、告白を受けてしまった。この状況に変わりはない」


「……はい」


 拓人は小さく頷く。

それを見て、優希は話を続ける。


「そうなってしまった以上、どう頑張っても今の関係を維持し続けるのは無理だ」


「――そうですね。僕だって、二人の気持ちを知っても尚、今までと同じように話をするなんて無理です」


「しかし、だ。一か八かなんだが、ほぼ今の関係を維持したまま、今まで通り接することが出来る方法がある」


「――っ!そんな方法があるんですか!?」


 拓人は優希にぐいと近づいて息を荒くする。

拓人は藁にもすがるような気持ちだった。


「ああ、ある。――あるにはあるが、結果がどうなるかは私にも分からない。それでも、やるか?」


「…………」


 優希の最終確認を聞いて、熟考する拓人。

しかし、その熟考の結果は、すぐに決まった。


「やります」


「そうか……。それならその答えを教えよう」


 こうして、三人の今後の関係を決める魔法の答えを、拓人は優希から聞いた。

どーも、よねたにです。


クライマックスですね。


次回か次々回で終わる予定です。


そしてあるキャラを出そうか出すまいか悩んでいます。


では、また。

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