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第一話 合宿にはハプニングが付きものだと言っても過言ではないのだ(part1)

 四月二十日。

時刻は午前十一時。

一年生の法月湊が通う明成大学のキャンパス内は桜が散り始めていた。

はらりはらりと桜の花びらが舞う中、少し鬱陶しくも思い始めた背中まである栗色の髪を靡かせて、湊はとある場所へと向かっていた。

 学生会館――多くの部活やサークルと言った学生団体が拠点をなす建物である。

四階建てのその建物はお世辞にも綺麗とは言い難い形をしているが、ここしかないのだから文句は言えない。

 少し薄暗い建物内に入ると、エレベーターで三階へと登る。

その三階の廊下の突き当たり――

 湊は少し昂ぶる気持ちを抑えながら、学生会館内にある『人間行動研究会』の塒の扉を開けた。


「おはようございまーす」


 中は長机やパイプ椅子、冷蔵庫、本棚、液晶テレビ、パソコン等々の物品が鎮座しているが、それでも基本的に殺風景な部屋だ。

しかし、何故か落ち着くそんな室内には、一人の女性がいた。


「おはよう、法月」


 パイプ椅子に座り、本を読んでいた彼女はこの研究会の長――鏑木優希だ。

優希は湊の二学年上で三年生。

 しかし三年生ではあるが、黒髪のショート、身長も低め、顔立ちも失礼ではあるが『美系』より『親しみの湧くお顔立ち系』と言う形のせいもあってかあまり年上と言う感じがしない。

 そのおかげで年下である湊としては話しやすかった。

 そして、何事にも『我が道を行く』と言う有言実行の性格がゆえにこの『人間行動研究会』――一度聞いただけでは何をするのか理解できない会を設立させた。

 『人間行動研究会』――大層な名前を掲げてはいるが、やっていることは各個人のやりたいことだ。

要は、自由に趣味でも何でも勝手にやってくれと言う集まり。

それをまともに見えるよう漢字で覆い隠した結果が『人間行動研究会』である。

人数は現在5人。


「ええと……霧島先輩はまだですか?」


 湊はなるべく平静を装いながら室内を見渡し、優希に尋ねた。


「多分、あいつの今期の履修科目からすればもうすぐ来ると思うが……。何?ひょっとして――好きなの?」


「ち、違いますよぉ」


 いやらしい好事家にのような笑みを漏らす優希に対して、湊は内心の焦りを口調に出さないよう努めた。

このサークル唯一の新入生である湊は、一学年上の霧島と知り合ってからずっと彼の事が気になっていた。

別にもの凄く格好いいとか、話が面白いとかそういう理由ではない。

 自分でも分からないが、何故か気になっていた。

つかみどころのない性格、独特な雰囲気。

 いつの間にか彼を目で追ってしまっていた。


「ふうん……」


 優希は目を細めてうっすらと口の端を上げた。

……バレていないと思いたい。

湊はそう願った。



*****



「ふわぁ……」


 その頃霧島拓人は、今日の講義が全て終わったことに解放感を覚えていた。

教室からは続々と学生が流れ出ている。

残っているのは十数人の学生のみ。

 拓人は時計を確認する。

現在の時刻は午後十二時十分。

この後は昼休みだ。

 普段は学食を利用するところだが、今日は既にコンビニでおにぎりとサンドウィッチを購入済み。


「部室行くかぁ」


 正確には『部』ではないため『会室』と呼ぶべきなのかもしれないが、皆『部室部室』と言っているため拓人もそう呼んでいた。

 拓人は席を立って、外に出た。

 この大学は桜の木が随所に植えられていて、この桜並木がちょっとした名物となっている。

そして今は散り時。

桜吹雪が凄まじい。

少し風が吹いただけで、桜が舞い散る。


「そう言えば、アメリカシロヒトリとかいないな……」


 子供の頃は割と桜の木に『アメリカシロヒトリ』――所謂毛虫がこれでもかと言うくらいにへばりついていたが、ここ最近は全くと言っていい程見なくなった。

 殺虫剤ってすごい威力だなぁ。

拓人はしみじみとそう思いながら、部室へと足を進めた。


「おはようございます」


「おはよう、霧島」


「あ、おはようございます霧島先輩!」


 拓人が部室に入ると、既にいつもの二人の姿があった。


「霧島先輩は、今日はもう講義ないんですか?」


「うん、今日はもうないね。それでさっき解放感に包まれていたとこ」


拓人は後輩である湊の隣に座った。

と、


「はい、それではいつものメンバーが揃ったところでっ!重大発表をします!」


 拓人の着席とほぼ同時に、優希が立ちあがってそう宣言した。


「鏑木さん……なに、どうしたんですか、突然……」


「重大発表ってなんですか?」


 拓人は目を細めて訝しみながら、湊はほんの少しの不安をにじませながら尋ねる。


「今日は四月二十日。もう少しで五月です。さて、五月と言えば何がありますか――法月っ!」


 『ずびし』と湊を指す優希。


「えぇと……えぇと……」


 顎に人差し指を当てて可愛らしく考える湊。


「はい時間切れ!――それでは霧島っ!」


 視線を拓人に移し質問する優希。


「ん~ストッキングの日?」


「はい残念!残念残念~霧島も残念~」


「僕は残念じゃありませんよ」


「照れんなってっ!」


 そう言って優希は雑誌を丸めて拓人の頭を叩く。


「なんで叩くんですか!」


「うん?なんでだろうねぇ。なんかこう……棒状のものを持つと振りまわしたくなるのよね」


 そう言って丸めた雑誌をブンブンと振り回して拓人を殴る優希。

それを回避しながら拓人が言う。


「あ、前に聞いたことがあるんですけど、日本人には武士の血が流れているから棒を振り回したくなるらしいですよ?」


「えぇ~本当なの、それ~」


「本当ですよぉ~」


 拓人の根拠のない独自理論に優希は疑わしい目を向けた。

拓人の理論は、なんとなく納得できるようで、よくよく考えてみれば『なんだそりゃ』と言うものばかりだった。

そのため、過去に何度か同じようなシチュエーションを二人は経験していた。


「あの~話が変わってますよ先輩達」


 おずおずと二人の会話に割って入る湊。

湊は拓人の超理論を聞いたのは初めてだったため、心の中で『あ~なるほど』と納得してしまっていたことは誰も知らない。


「おおっと、そうだった。正解は――そう、五月と言えば『ゴールデンウィーク』!」


「「……ああぁ~!!」」


 拓人と湊が思い出したような抜けた返事を返した。

二人ともが素で忘れていたようだ。

そんな事は関係なしと、優希は話を続行する。


「そこで、二泊三日の合宿を行いたいと思います――って言うか行う!」


 そう言って優希は長机をバンと叩いた。


「え、決定事項ですか?」


 と、拓人。


「決定事項だ」


 と、優希。

 こういう場合、何を言っても覆らないことを去年一年間で学んでいた拓人は『はあ』とため息をついて、決定を覆そうとはしなかった。

その拓人の様子を見て、湊も『ああ、抵抗は無駄なのか』と悟って諦めた。


「行き先は何処なんですか?」


 湊が話を進めるべく、再びおずおずと挙手して聞いた。


「よくぞ聞いてくれましたっ!場所は――秋田県の八幡平!」


「秋田県……八幡平?」


 湊は聞き慣れない地名に首をかしげた。


「八幡平ってことは温泉か何かですか?」


 拓人が地名の意図を読み取り、返す。


「ピンポンっ!正解!10ポインツ!」


 拓人は基準が分からず苦笑交じりに『どうも』と言った。


「霧島先輩は知っているんですか?」


「八幡平って言うのは東北地方でも有数の温泉地帯で、奥羽山脈の北の方だったかな。その辺りに広がる山群だよ。多分この時期でも頂上付近だと雪が残っているんじゃないかな」


「へぇ~」


「相変わらずのハイスペックぶりだな」


「そんな事はないですよぉ。――それで何時行くんですか?」


「五月三日だ」


 今日は四月二十日。

あと二週間足らずだ。


「割とすぐですね」


「割とすぐだ」


「他の人達はどうするんですか?」


 拓人が聞く。

その発言を聞いた湊が今まで心の内に留めていた疑問を口にする。


「そう言えば私、このサークルに入ってから他の人合ったことが無いんですけど……」


 湊は今日この日まで、拓人と優希以外のメンバーを見たことが無かった。

サークルに入ってからの二週間足らずの間に、先輩である二人の会話を聞いていて他にも誰か居ると言うことは知っていた。

しかし、言いだすタイミングをつかめずに、ずるずるとここまで来てしまっていた。

 丁度いいタイミングだと思い湊がそう言うと、拓人と優希が顔を見合わせる。


「多分相馬さんは来ないでしょうね」


 拓人がぽつりと言った。


「そうだなぁ。私も最近会っていないし」


「となると……香織?」


「橘ね。でも……来るかどうか」


 拓人と優希は少し渋い顔をする。

そしてしばしの沈黙のの後、


「……まあ、僕の方から連絡しておきますよ」


「そうしてもらえると助かる」


 湊が一切関わらないまま、話が付いてしまったようだ。

湊は慌てて介入する。


「えぇと、すみません。その……相馬先輩と橘先輩って……?」


 拓人と優希、二人の顔をきょろきょろと交互に見て質問すると、拓人が答える。


「相馬さんは僕の先輩で、今は三年生。だから鏑木さんと同学年。で、香織は僕とタメ。だから二年生」


 簡潔な説明だった。

しかし大体の事情を湊は理解した。


「それだけじゃあないだろ?霧島ぁ」


 しかし優希が不敵な笑みを浮かべて拓人を小突いた。


「……別にそこまでは話さなくても良いんじゃないですか?」


「いやいや、法月としてはこの情報は重要なはずだぞ」


 優希は突然降って湧いて出てきた自分の名前に、頭を疑問でいっぱいにした。

すると拓人が、


「そうなの?」


 と、湊に尋ねる。


「『そうなの?』って私に訊かれても……どういう内容か分からないですし」


「ああ、そうだったね」


「霧島先輩って変なところで抜けてますよね。まあ、そう言うところが……アレですけど」


 湊はほんのりと頬を赤らめる。

それを見て優希がニヤリと笑った。


「って言うことで、私が代わりに言うと――霧島と橘は幼馴染って言う奴だ」


「お、幼馴染!?」


 予想の斜め上を行く優希の発言に、湊は素っ頓狂な声をあげる。


「しかも小中高と同じ」


「……へ、へぇ~。まあ、私には関係ありませんけどぉ?」


 優希から視線を逸らして知らぬ存ぜぬ興味なしと言うところを見せようとする湊。

しかしその声は上ずってしまっていた。


「……おいおい、私は解っているからさ、そんなに気を張らなくても良いぞ?」


 そんな湊の元へすり寄るようにやって来た優希が小声で耳打ちする。


「な、なんのことですか?」


 と、すっとぼける湊。

そんな湊を、優希はジト目で見つめる。


「…………」


「…………」


「…………」


「相手の戦力は?」


 結局湊の方が折れて、囁くように優希に尋ねる。


「そうだな。女子大生の平均戦力をハンドガンとすると、橘の戦力は――原子力空母だ」


「そこまで!?」


 湊としては絶望的な戦力差だった。

甘く見積もっても読者モデル程度。

厳しく見積もっても芸能人に毛が生えた程度だと考えていた湊は衝撃を受けていた。


「で、でも、その橘先輩は霧島先輩の幼馴染って言うだけなんですよね?べつに恋人とかっていう訳じゃないならそこまで気を張る必要はないんじゃないですか?」


「橘が霧島と居る所を一目でもいいから見れば分かるが……橘は霧島が好きで好きで仕方がない」


「…………」


「霧島がどう思っているかは知らないが、確実に、橘は霧島に対して恋心を抱いている」


「……かき氷を抱いている?」


「現実逃避するな!このサークル唯一のツッコミと言っていい法月がしっかりしないでどうする!恋心だ恋心!」


「でも、そうしたら私どうしたら良いんですか!?拳銃一丁でどうやって原子力空母を沈めれば良いんですか!?」


「……私は法月を応援しているぞ」


 打ちひしがれていた湊に、そっと言う優希。

その言葉の真意が分からずに湊は、


「え……ありがたいですけど、どうしてです?」


 と、聞き返す。

すると、打てば響くタイミングで、


「判官贔屓的精神だ」


 人差し指を立てて、優希はズバリ言いきった。


「そんな精神で応援しないでください!泣きますよ!?」


 判官贔屓――要は弱者の味方的な意味だ。


「まあまあ。あいつを見れば、誰だって自分の劣勢を認めるさ」


 湊の方に手を置いて、子供を諭すように言う優希。


「……そんなにですか?」


「ああ、そんなにだ。ただ、唯一の欠点は性格が――


 と、


「あの~、何の話をしているんですか?」


 ここまで小声で話していた優希と湊の会話の内容を一切知らない拓人が、しびれを切らして話に割って入る。


「ああ、気にしない気にしない」


「そっちが気にしなくても、こっちは気になりますよ」


 少し拗ねたような表情をする拓人を見て、湊も、


「まあまあ、先輩」


「……法月さんが言うんなら仕方がない」


「私に喧嘩を売っているのか?喧嘩のバーゲンセールってか!?」


 再び雑誌を丸めて拓人に迫る優希。


「いや、別にそこまでは言ってないじゃないですか……」


 そう言って拓人は優希を宥める。


「とにかく!霧島は橘に連絡頼んだぞ。私は一応、相馬に連絡してみるから。ただ期待はするなよ?」


「分かりました」


「じゃあこの話は終わりだ。後は自由に行動したまえ」


 そう締めくくって優希は湊に向かってウインクを放った。

何かの意思表示なのだろうが、この時の湊は知る由もなかった。

どーも、よねたにです。


恋愛とコメディーをテーマに置いたものを書いてみたいと思って、なんとか形になり始めたので投稿させていただきました。


まだ初回と言うことで、コメディー分が少ないかもしれませんが、追々増やして行きたいと考えています。


温かい目で読んでいただければありがたいです。


では、また。

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