魔法少女です。怪物も変な人も嫌になるんですが
夜の街を、黒い煙をまとった獣が疾走していく。 アスファルトを蹴るたびに、影が跳ねるように揺れた。
人の心の穢れが形を得た異形……『マジリモノ』。 聖なる力を持つ魔法少女のみが討伐できるという、厄介すぎる存在だ。
「……また出たの? 今日くらい休ませてよ、ほんと」
非常階段の手すりにひょいっと立った少女、神崎レイは、肩をぐるりと回してため息を落とす。
疲労は隠しようがない。とはいえ、逃げるという選択肢は最初から存在しない。
「はいはい。暴れたいなら、相手してあげるよ。……グレードチェンジ!」
その声が夜気を震わせた瞬間、銀色の光が爆発するようにレイを包み込んだ。 風が渦を巻き、長い黒髪がふわりと宙へ舞い上がる。
閃光が収まった時……そこに立っていたのは、さっきまで疲れた顔の高校生ではなかった。
艶やかな漆黒のドレスは星空みたいに煌めき、袖口や裾の銀糸の刺繍が淡く光る。 膝下まであるブーツが脚線美を際立たせ、胸元の三日月ペンダントは紫水晶を脈打たせるように明滅していた。
「煌めく星の使徒! 魔法少女、グレイス!」
凛とした声が冷気を切り裂く。 怪物が咆哮と共に突進してきた。巨大な鉤爪が闇を裂いて迫る。
「遅い! はぁっ!」
グレイスは微動だにしない。 マントがふわりと風を孕んだ次の瞬間、銀の短剣が閃光を放った。
怪物の巨体は、気づけば上下に分断されていた。 鮮血ではなく黒い煙が爆発的に噴き上がり、悲鳴を上げる暇もなく粒子となって砕け散る。
「ふぅ……今日、調子いいかも」
汗ばんだ額を手の甲で拭いながら、グレイスは小さく笑った。
異形が消えた跡に残るのは、割れたアスファルトとその破片だけ。 さっきまで巨獣が暴れていたとは思えないほど、街は静寂に包まれていた。
……が、その平穏はものの数秒で終わる。
通りの奥から、無数の足音がどどどっと押し寄せてきた。
「うわ、でたよ……」
記者たちがメモ帳とペンを構え、グレイスを取り囲み、眩しい光が彼女の顔を突き刺す。
「グレイスさん! 今回の被害状況について一言!」
「連続発生したマジリモノについての見解は?」
「市民の安全は保証できますか?」
「政府との連携は?」
質問の嵐。 グレイスは眉をひそめた。
(こいつら、ほんとこればっかり。命懸けで戦ってるのに「お疲れ様です」とか「ありがとう」の一言もないの? 追及ばっかりってどういう神経してるの)
「すみません。疲れてるので……」
そう言い残し、背を向ける。 「待ってください!」「最後に一言!」と叫ぶ声を完全無視して走り出す。 視線が刺さるように追ってくるのが、どうしようもなく不快だった。
人気のない路地裏に入ると、すぐに変身を解除。 制服姿に戻り、深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
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自宅アパートのドアを開けると、レイは小さく「ただいま」と呟いた。 もちろん返事はない。
スマートフォンが震え、SNSの通知が画面を埋める。 トレンドには「#グレイス」の文字。 スクロールすれば、賞賛のコメントが溢れていた。
『今日も救ってくれた! ありがとうグレイス!』
『動きが速すぎてカッコ良すぎ!』
レイは目を細めて画面を閉じる。良い印象を持たれていることは知っている。 それでも、胸の奥の重さは晴れなかった。記者とは別の厄介者がネットにはいた。
『グレイスたんのあのドレスよすぎwww』
『胸の膨らみと太腿のラインがヤバい』
指が止まり、顔が熱くなる。
(……またか)
怪物と戦っているのに、注目されるのは外見ばかり。 知らない破廉恥なグッズまで作られている。 怒りと悔しさが胸に込み上げる。
レイがベッドで天井を見つめていると、隣の部屋から声が聞こえてきた。
「ねぇ聞いた? 今度の非公式ファンクラブで『グレイスたん♡抱き枕カバー』出すらしいよ!」
「えっ、マジ? 絶対買うわ!」
(……は? いま、なんて?)
「みてみて! この顔してんの、解釈一致過ぎない⁉」
「わかるわ~! めっちゃいいご尊顔!」
どうやら隣人はオタク女子らしい。 よくアニメやグッズの話をしている声が聞こえていたのは知っていたが、まさか魔法少女にも目をつけていたとは。
「てかさ、この前の戦闘映像見た? あれヤバくない?短剣構えてる時の横顔が尊すぎてさぁ」
「わかる~! あのスカート靡くところとか、パンツ見えそうで見えないギリギリ感が最高なのよね」
レイは枕を頭に押し当てた。
(なんで私がこんな目に……)
しかし、会話は次第にトーンを変えていく。
「でもさ、グレイスちゃんって何歳なんだろうね?」
「あー、確か高校生って噂だけど」
「だとしたら健気すぎるじゃん。毎晩怪物と戦ってさ……怪我だってしてるはずだし」
「本当に尊敬するよね~。自分のことよりみんなを守ろうとしてさ」
「だからこそ応援したくなるんだよね。危ない目に遭わないように祈るしかないけど……」
「……まぁ、そんな感じだからこそ好きになってるわけだし」
涙が滲んだ。 嘲笑もある。 でも、こうして密かに見守ってくれる人もいる。
(……頑張らなきゃ)
布団の中で小さく決意する。……が、彼女たちはすでにオタクトークに戻っていた。
「ほんと、好きすぎてやばいんだよね~! グッズもこんなにあるし!」
「まじやばいよね! こんなフィギュアもあるし……おっ、白じゃん!」
声だけで何をしているのか、レイには知らなかった。知りたくもなかった。レイは枕を抱きしめ、泣き笑いになりそうな顔を隠した。
「てかさてかさ、抱き枕って私たちが抱きつくわけじゃん? でもグレイスちゃんなら、抱きしめてくれるよね!」
「……それな! んで、そのままベッドで……なんてw」
(なんなんだよぉぉぉぉぉ!!)
レイの叫びは、枕に吸い込まれていった。




