裏切りのチェックメイト
「――ついに二人を追い詰めた!」
「副会長、覚悟! あなたの命令権で、私の卒論を完成させてもらうわ!」
ガラス越しに響く、数百人の熱狂。温室の入り口には、魔法で強化された強化ガラスを叩き割らんとする勢いで、生徒たちが群がっている。
「……くそっ、ここまでか……!」
レイモンドはセオドリックの膝から跳ね起きて、じりじりと後退した。
制限時間まで、残りわずか五分だというのに、体力切れで、もはやなす術はない。
だが、セオドリックは、まるで子どものように無邪気な声を上げている。
「見てよ、レイ。まるでハンターだね。ワイバーンの肉と、君という希少な獲物を前にして、もはや理性のリミッターが外れているよ」
「……言ってる場合か! お前もターゲットだろうが! 捕まればお前だって、何を命じられるか……!」
「僕はいいんだよ。誰に何を命じられようと、僕が『王』である事実は揺るがない。……だが、君は違う」
セオドリックは、レイモンドの耳に唇を寄せ、囁いた。
「君が僕以外の男の靴を磨かされたり、茶会で道化を演じさせられたりする……。……そんな不合理、僕の美学が許さない」
「……だったら、今すぐここから脱出する魔法を――」
「ああ、いい方法があるよ」
瞬間、セオドリックは優雅に指を鳴らした。パチン――と、乾いた音が温室内に響き渡る。
同時に、レイモンドの足元から、青白い魔導回路が、幾何学模様を描いて浮き上がった。
「――っ!? 拘束術式……!? セオドリック、貴様、何を……っ」
レイモンドの全身が、見えない鎖に縛られ、硬直する。膝から崩れ落ちそうになる身体を、セオドリックの腕が抱きとめた。
「おめでとう、レイ。……君を最初に『確保』したのは、この僕だ」
耳元で囁かれる、勝利の宣告。
レイモンドはその意味を瞬時に理解し、驚愕に目を見開いた。
「な……お前……っ、自分も逃げる側だろうが! ルール違反だ!」
「いいや。僕は、『生徒会メンバー同士で捕まえてはいけない』とは一言も言っていないよ。そして、最初に君に触れたのは、間違いなく僕だ。……君がダクトで僕にしがみついてきた時から、すでに勝負はついていたんだよ」
「――ッ」
セオドリックは、抵抗できないレイモンドの首筋に顔を埋め、深くその香りを吸い込んだ。
「これで、君に対する『命令権』は僕のものだ。……誰にも、君を触らせない。君の時間は、一秒たりとも他人に渡さない。……これは、僕が僕に誓った『正義』だよ、レイ」
「……この、卑怯者……ッ!」
レイモンドが毒づいた直後、バリン、という凄まじい音と共に温室の正面扉が砕け散った。
「「「肉だあああああああああ!!!」」」
なだれ込んでくる生徒たちの波。
セオドリックは、レイモンドをお姫様抱っこで軽々と抱え上げ、群衆の前に躍り出る。
「やあ、諸君! 素晴らしい執念だ! 制限時間まで残り一分……。だが、僕たちはここで投降しよう! 僕も、そして僕が捕獲した副会長も、今この瞬間、君たちの軍門に降る!」
わあぁぁぁっ! と、地鳴りのような歓声が上がる。
「ステーキだ!」
「ワイバーンだ!」
肉の勝利に酔いしれる生徒たち。その熱狂の渦中で、セオドリックは抱き上げたレイモンドを見つめ、至福の笑みを浮かべた。
「……ねえ、レイ。見えるかい? 皆、あんなに幸せそうだ。学食は豪華になり、生徒たちは満足し、僕は君を手に入れた。……誰も傷つかない、完璧なエンディングだと思わないかい?」
「……ふざけるな! 俺の、……俺の尊厳が、死んでいるんだよ……ッ!!」
夕闇が完全に学園を包み込み、時計塔の鐘の音がイベントの終了を告げる。
黄金の光に照らされた生徒会長と、その腕の中で絶望に身を委ねる副会長。
それは、ラプラス魔導アカデミーの歴史に刻まれる、最も美しく、最もくだらない『聖戦』の終結だった。




