生命の略奪
「――血圧、安定。心拍数、許容範囲内。魔導核、第十七出力系統、接続維持……」
学園の地下、普段は静謐なはずの大型魔導炉室。
そこは今、大陸中からかき集められた花の呼吸と、それらを強引に生かし続けるための術式が放つ、熱っぽい魔力の唸りに支配されていた。
レイモンド・アシュクロフトは、複雑な術式が投影された空中モニターの群れを、充血した瞳で凝視していた。
彼の周りには、数千もの鉢植えが整然と並んでいる。本来なら春の陽光を浴びて咲くはずの『真紅の薔薇』と『純白の百合』が、狂おしいほど鮮やかに、そして不自然なほど大輪の蕾を膨らませていた。
「……正気じゃない。個体ごとに魔導回路を直結して、成長速度を無理やり同期させるなんて。これは園芸じゃない、生命の略奪だ」
レイモンドは震える指先で、自身の右腕に刻まれた補助術式を調整する。
セオドリックが発案したこの『雪月花の冬至祭』。その根幹を支えるのは、レイモンドが設計させられた「広域生命維持・共鳴回路」だ。
学園全域を「疑似的な春」に保ちつつ、雪だけは魔法で降らせ、月明かりを増幅させる。その膨大な演算負荷は、すべてレイモンドの脳と、セオドリックから供給される「暴力的なまでの魔力」が担っていた。
「やあ、レイ。順調なようだね。まるで生命の神が庭を弄んでいるような、神々しい光景だよ」
背後から響いた、一点の曇りもない軽やかな声。
レイモンドは振り返る気力もなく、毒を吐く。
「……神だと? 笑わせるな。俺の脳は今、数千本の植物の『喉が渇いた』だの『光が足りない』だのというノイズを直接受信させられているんだ。……セオドリック、頼むからこの実験……いや、行事を中止してくれ。このままだと、俺が枯れる」
「ふふ、君はいつだって大げさだ。君が枯れることなど、僕が許さない。……ほら、少し魔力が足りていないようだね」
セオドリックは背後からレイモンドに近づくと、その肩に、熱すぎるほど熱い手を置いた。
瞬間、肺が焼けるような高純度の魔力がレイモンドの全身へ流れ込む。疲労で霞んでいた視界が無理やり明瞭になり、神経が強制的に覚醒させられる。
それは救済というよりは、「まだ倒れることを許さない」という、慈悲深い鞭だった。
「っ、……やめろ、セオドリック……! これ以上入れるな……!」
「いいや、足りないよ。生徒たちは楽しみにしているんだ。……そして何より、僕が楽しみにしている。君が創り上げる、この冬の奇跡をね」
セオドリックは、満足げに並んだ花々を見渡した。
そこには、輸送中にしおれた花など一本もない。レイモンドがその「完璧な実務能力」を駆使して、死にゆく命さえも魔法の鎖で繋ぎ止めたからだ。
「……リヴェールが言っていたよ。生徒たちは、自分たちが手にする『冬の花』が、副会長の血を吐くような努力で咲いているなんて、微塵も思っていないとね。素晴らしいじゃないか。君の献身は、誰にも知られず、僕の瞳の中だけで完成される」
「……お前、……最初から……」
レイモンドは戦慄した。
セオドリックは、生徒のためでも、伝統のためでもなく、ただ「レイモンドが自分のために、不可能を可能にし、疲弊し、自分に頼らざるを得なくなる過程」そのものを楽しんでいるのではないか。
「さあ、明日は本番だ、レイ。祭りの開始は、月明かりが最も美しくなる時間を設定しておいたよ。雪の中で、君が咲かせた花を……僕に見せておくれ」
セオドリックは、レイモンドの耳たぶに指先を這わせ、最後に甘い呪いをかけた。
「君という花を、一番美しく咲かせる方法は……僕だけが知っているんだ」
レイモンドの返答は、重く響く魔導炉の駆動音にかき消された。
明日、ようやくこの狂乱が終わる。
だが、その先に待っているのは「解放」ではなく、セオドリックが用意した、より個人的な「檻」であることを、彼はまだ、何も知らずにいた。




