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静寂の共有者


 雨音が、心地よいヴェールとなって世界を遮断していた。

 塔を震わせた先ほどの落雷と、それに反応して発動した隔離結界。扉は固く閉ざされ、魔導灯の淡い琥珀色の光だけが、自分とレイモンドを狭い円の中に閉じ込めている。


 セオドリック・フォン・ランカスターは、視界の端に映る、不機嫌そうに古書を睨む友人の横顔を眺め、胸の奥が静かに満たされていくのを感じていた。


(……ああ。ようやく、静かになった)


 学園の生徒会長として、あるいは公爵家の嫡男として、セオドリックは常に完璧な自分を演じ続けてきた。周囲が彼に向けるのは、眩い光への賞賛か、家門の力への期待ばかり。

 だが、隣に座るレイモンドだけは違った。


 彼はセオドリックを「お前」と呼び、不敬な言葉を投げ、時には呆れたように溜息をつく。その無遠慮な態度こそが、セオドリックにとっては、自分が一人の人間としてここに存在しているという何よりの証拠だった。


(君は気づいていないだろうね、レイ。君が僕に吐き捨てる毒舌が、どれほど僕の心を軽くしてくれるか)


 暗い室内、魔導灯に照らされたレイモンドの指先がページをめくる。その規則正しい音を聞いていると、日々の重圧が消え、肩の力が抜けていくのが分かった。

 レイモンドは没落という過酷な運命を背負い、一人で戦っている。その孤独と、自分が背負う期待という名の孤独。形は違えど、二人はこの嵐の夜、同じ質の寂しさを共有しているのだと、セオドリックは確信していた。


(この時間を、大切にしたい。君が僕の隣で、誰に遠慮することもなく、ただ静かに本を読める場所を守りたいんだ)


 セオドリックの中に芽生えたのは、独占欲というよりは、もっと素朴で切実な、守護の意志だった。

 レイモンドが壊れてしまわないように。この気高く、少しばかり不器用な友人が、自分を追い詰めすぎて倒れてしまわないように。


「ねえ、レイ。……この場所、気に入っただろう?」

「……別に。静かなだけだろ」

「なら、決めたよ。今日からここは、僕たちの専用書庫にしよう。……そうすれば、君もここに来れば確実に休めるだろう?」

「……は? お前、また何をバカなことを――」


 呆れたようなレイモンドの反応に、セオドリックは心から楽しげに笑った。

 雨が止み、結界が解ければ、また騒がしい日常が戻ってくるだろう。だが、この小さな光の中にいる間だけは、自分たちはただの友人でいられる。


(また、ここに来よう。僕が君の安らぎを、必ず守ってみせるからね)


 セオドリックは、レイモンドと同じリズムでゆっくりと古書のページをめくった。

 その瞳には、嵐が過ぎるのを惜しむような、穏やかで深い慈愛が宿っていた。


To be continued.

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