微細な亀裂と不遜な拒絶
夜会が中盤を過ぎる頃、広間の空気は人々の熱狂と魔導灯の熱で、肺に張り付くような重苦しさを帯び始めていた。
そんな貴族たちの輪の中心で、セオドリックは依然として太陽として君臨していた。
だが、レイモンドの右腕――燕尾服の袖に隠された、かつて焼き切れたはずの回路は、先ほどからドロリとした熱を持って脈打っている。
(……魔力供給が、過剰だ)
レイモンドは眉を寄せ、自身の右手に嵌められた指輪を見つめた。
二人の魂を繋ぐ共生体の指輪。セオドリックの感情が高ぶれば、それはダイレクトにレイモンドへの魔力供給量として跳ね返ってくる。
この異常な魔力供給は、セオドリックが浮かべているあの完璧な微笑の裏側で、彼の独占欲と高揚感が制御不能なほどに膨れ上がっている、その証拠だろう。
「――おやおや。我が国の至宝が、お疲れのようだね」
会話の合間、セオドリックが流れるような動作でレイモンドの傍らに戻ってきた。彼は給仕から受け取った二つのグラスのうち、アルコールの強い方を迷わず自分の喉へ流し込む。
「おい、セオドリック。流石に飲みすぎだ。お前の魔力が逆流して、こっちの指輪まで鳴っているぞ。これ以上、この茶番に付き合わせるなら、俺は今すぐ帰らせてもらう」
レイモンドの低い、拒絶を含んだ毒舌。
だが、セオドリックはそれを聞き流すどころか、むしろ待ちわびていたかのような、不遜で歪な笑みを深めた。
彼はレイモンドの耳元へ顔を寄せ、周囲には社交的な囁きにしか見えない距離で、熱い吐息と共に告げる。
「ははは! 冷たいことを言わないでくれ、レイ。君に注目が集まる度、僕の魔導回路が歓喜に震えてしまうんだ。……見ろ、あの伯爵夫人の目を。君が僕の私物であることを理解し、嫉妬と畏怖に震えている。これほど愉快な光景が他にあるかい?」
「……正気か。お前は、俺を盾にして楽しんでいるだけだろう」
「その通りだよ。そして君は、僕という主君を支えることでしか、その右腕を動かすことさえできない。……酔っているのは、僕じゃない。僕という存在を拒絶しながら、僕の魔力がなければ立っていられない、君の方じゃないか?」
不遜。どこまでも傲慢な、支配者の論理だ。
セオドリックはレイモンドの腰に手を回し、強く引き寄せた。指輪を通じて流れ込む魔力は、今やレイモンドの視界を白く染め上げるほどの熱量を帯びている。
レイモンドは、目前にある男の碧眼を凝視した。
そこには、社交界の王としての仮面は微塵もない。あるのは、自分だけを見つめ、自分だけを檻に閉じ込めようとする、飢えた獣のような渇望だ。
セオドリックは、周囲には隙のある紳士を演じながら、レイモンドに対してだけは、その剥き出しの怪物性を叩きつけている。
「……セオドリック。お前のその善意は、いつかこの国ごと焼き尽くすぞ」
「構わないさ。その灰の中で、君と二人で笑っていられるならね」
セオドリックは再び、黄金の微笑みを顔に張り付け、次なる獲物――もとい、挨拶を待つどこぞの貴族の方へと歩き出した。
レイモンドはその背中を見送りながら、熱を持つ右腕を反対の手で強く押さえ、激しい眩暈に耐えた。
完璧な英雄。
その仮面の下で、セオドリックという名の怪物が、レイモンドという唯一の錨を求めて、音を立てて壊れかけている。
夜会という戦場において、真に致命的な傷を負っているのは、誰あろうあの無敵の支配者自身なのだということを、レイモンドは震える指先で悟っていた。




