学園守護の指輪
大陸全土から選りすぐりの魔導才媛が集う、帝国随一の学府――ラプラス魔導アカデミー。
白亜の塔が立ち並ぶその広大な敷地は、未来の国政を担うエリートたちの揺り籠であった。
その頂点に立つ生徒会。
帝国中枢を担うランカスター公爵家の嫡男であり、次期宰相と目される生徒会長、セオドリック・フォン・ランカスター。
そして、かつて没落貴族と蔑まれながらも、圧倒的な魔導理論によって家名を再興させた、副会長のレイモンド・アシュクロフト。
学園の双璧と謳われる二人の信頼関係は、今やラプラス魔導アカデミーの秩序そのものと言っても過言ではなかった。
――だが、その秩序が今、セオドリックの衝撃的なひと言によって、音を立てて崩れ去った。
「…………は? ……今、何と言った?」
生徒会室の奥。山積みの書類に囲まれたレイモンドは顔を上げ、瞳をこれでもかと見開いた。
目の前では、セオドリックが碧い双眼を細め、優雅に小首を傾げている。
「いやあ、面目ない。どうやら僕は、『大切な指輪』を、どこかに置いてきてしまったらしいんだ」
レイモンドの手から、羽ペンが滑り落ちる。
恐る恐るセオドリックの右手に目を落とすと、そこにあるはずの学園の多重防衛結界のマスターキー――『学園守護の指輪』が、確かに消えていた。
「な……ッ!? お前……っ、正気か!? 失くしただと、馬鹿な!」
レイモンドは椅子を蹴立てて立ち上がった。漆黒の瞳に、戦慄が走る。
あの指輪は、ただの権威の象徴ではない。学園を覆う巨大な結界群の、唯一のコントロールユニットだ。
「あの指輪がなければ、外部からの不法侵入への自動迎撃も、結界の定時更新もできなくなるんだぞ! どころか、結界が突破された際の警告だって届かなくなる! もし……もし万が一、誰かが拾って悪用してみろ。学園の全施設への入館権限から、最深部の魔導炉の緊急停止コードまで、すべてを奪われるんだぞ!」
それだけではない。
あの指輪は、自分とセオドリックを繋ぐ媒体だ。かつて自分は右腕の魔導回路を失い、魔法を永遠に使えなくなった。
それ故、今のレイモンドは、自分の指輪をセオドリックとリンクし、直接魔力を受け取ることによって魔法の使用を維持している。――が、この学園内でそれを可能にしているのは学園守護の指輪だ。
セオドリックの魔力は強大だ。あの指輪の認証がなければ、厳重な結界が施されたこの校内で、セオドリックとの共有回路は他者への攻撃とみなされ、強制的に遮断されてしまう。
レイモンドは、自分の右腕を左手で強く抑え込んだ。
案の定、供給が止まっている。
血管を流れる熱い魔力の拍動が完全に消え、右腕は魔法の使えぬただの腕として、そこにあるだけだった。
(なぜ……なぜ、もっと早く気づかなかった……!)
仕事の忙しさを言い訳に、自分の半身とも言える魔力供給の切断を見逃していた。魔導師として、これ以上の失態はない。
「落ち着いて、レイ。そんなに怖い顔をしないでくれ」
「落ち着いていられるか! お前の指輪と、俺のこの指輪はペアリングされている! 強制共鳴しろ、お前なら逆探知で位置を特定できるはずだ!」
レイモンドは縋るように、自らの右手にある指輪を突き出した。
セオドリックはふむ、と頷き、集中するように目を閉じたが――数秒後、困ったように肩をすくめた。
「駄目だ。何の反応も返ってこない。……変だなぁ」
「……くっ、なら俺が以前、学園全域に張り巡らせておいた魔力波長監視網を最高出力で回す! 物理接続なら魔力がなくとも――」
レイモンドは、執務机のコンソールを狂ったように叩いた。物理キーボードの打鍵音だけが、室内に響く。
だが、ディスプレイに表示されたのは、無慈悲なエラーメッセージだった。
【ERROR:TARGET NOT FOUND(対象を認識できません)】
「……反応がない? 俺の構築したセンサーが、あの指輪の魔力を見逃すはずが――」
「無駄だよ、レイ。あの指輪自体が結界の一部、それも、マスター・キーだ。管理者であるあの指輪はシステムと同化して、認識から漏れてしまうのさ」
「……あ……」
確かにセオドリックの言う通りだ。マスター・キーがセキュリティに引っかかっては元も子もない。あの指輪は文字通り、学園の全権限を握っているのだから。
つまり、魔法的な追跡はすべて封じられたということ。
「…………いいだろう。魔法で探せないというなら、物理的な『質量』として特定するまでだ!」
レイモンドはふらつく足取りで、私物の魔導工具箱を机にひっくり返した。
目にも留まらぬ速さで、剥き出しの基板とコイルを強引に接合していく。
「これは……『銀の共鳴』。あの指輪のベースとなっているミスリル銀――お前がかつて教えてくれた、あの高純度の銀特有の固有振動を強制的に増幅させ、物理的な音に変換するデバイスだ。……魔法的な隠蔽など、物質の振動までは隠せまい!」
不気味に震える、剥き出しの配線だらけの機械。
「行くぞ、セオドリック。……言っておくが、もし指輪が戻らず退学処分にでもなろうものなら、俺は一生お前にたかって暮らしてやるからな。……覚悟しておけ!」
「おやおや、それは熱烈なプロポーズだ。……では行こうか、僕らの指輪を探す旅へ」
――こうして、学園全土を巻き込む、最悪で最高に騒がしい宝探しが、幕を開けた。




