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【BL】高貴なる生徒会長は、今日も副会長を慈しむ  ~学園の貴公子と没落貴族のすれ違い救済ライフ~  作者: 夕凪ゆな
【悪の守護者編】叛逆のカウントダウン

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地下保管庫の闇


 記念祭まで、あと二週間。

 窓の外では、祝祭の到来を告げる装飾が日に日に増え、学園全体が華やいだ空気に包まれている。


 だが、レイモンドは心中穏やかではいられなかった。

 昼間、生徒会執務室に届いた「改修業者からの定期報告書」。その隅に記された、アシュクロフト家の紋章を歪めたような染み――ベルツから、招集の合図がかかっていたからである。



 深夜。学園北端、改修中の旧校舎。


 レイモンドは「進捗の抜き打ち点検」という名目のもと、灯りのない地下保管庫へと足を運んでいた。集合時間の三十分前には到着し、背後を壁で守れる位置に陣取る。

 念のため、入り口付近には侵入者の魔力波形を感知する簡易的な警報術式を不可視の状態で敷いておく。ベルツが自分を信用していないように、レイモンドもまた、この闇に潜む連中を微塵も信じてはいなかった。


 湿った冷気が肌を刺し、右の薬指に嵌まった『学園守護の指輪ラプラス・ガーディアン』が、正統な持ち主(セオドリック)とのリンクを維持しようと脈打っている。

 レイモンドは深く息を吐き、魔導演算による高密度の隠蔽(ジャミング)を起動させた。

 指輪の信号を一時的なノイズへと変え、自身の存在を学園の監視網から抹消する。その瞬間、魂を無理やり引き剥がされるような鋭い孤独感が彼を襲った。


 やがて、敷設した術式が微かな反応を返す。闇の奥から、数人の足音が響いてきた。


「……遅いぞ。俺を待たせるなと言ったはずだ」


 レイモンドは、闇の中へと冷たく言葉を放った。


 現れたのは、業者の作業着に身を包んだ三人の男たち。ベルツが「法規の維持」という名目のもとに飼い慣らしている、特務工作班の実行部隊だ。

 リーダー格の男は、レイモンドの正面で足を止めると、足元の床を見て薄笑いを浮かべた。


「昼間の下見にはなかったはずの、警報術式(アラーム)……。これほど精密なものを、この短時間で。流石は『生徒会長の懐刀』、副会長殿だ。お見それした」


 男は皮肉を交えながらも、レイモンドの技術力に確かな警戒の色を見せた。

 レイモンドは表情一つ変えず、懐から一枚の羊皮紙――第三結界塔のバイパス回路の仕様書を取り出し、男の胸元へ突きつけた。


「……これを閣下に。記念祭前日、俺がメンテナンスの名目で、警備ゴーレムを三十分間休眠させる。ベルツ閣下の言う『舞台装置』の設置は、その間に行え」

「承った。……それにしても、没落貴族の恨みというのは合理的で恐ろしい。これほど鮮やかに主君の城の喉元を差し出すとはな」

「……黙って計画を完遂しろ」


 レイモンドは冷たく言い放ち、翻った。

 彼らが設置する舞台装置が、セオドリックを救うための、そして陥れるための残酷な鍵となる。

 その矛盾に胸の奥が焼けるようだったが、足取りは決して乱さなかった。


 ――翌朝。

 生徒会執務室。


 レイモンドはいつも通りデスクに向かっていた。だが、昨夜の無理な隠蔽(ジャミング)の代償――魔力の逆流――によって、右手の指先には痛々しい紫色の痣が浮かんでいる。


「……レイ。おはよう。昨夜はよく眠れなかったのかい?」


 不意に、背後からセオドリックの声がした。

 碧い瞳が、書類をめくるレイモンドの、隠しきれない右手の痣をじっと見つめている。


「……業者の手抜きを見つけたのでな。徹夜で再計算をさせ、現場を叩き直していただけだ。……問題ない」

「そう。……けれど、不思議だね。昨夜、一瞬だけ僕たちの『繋がり』が、死んだように凪いだ気がしたんだ。まるで君が、この世界のどこにもいないような寂しい感覚。……学園の防衛術式が、雨の湿気でノイズでも吐いたかな?」


 セオドリックは微笑みながら、レイモンドの右手を取ろうとした。

 レイモンドは反射的に手を引く。


「……触るな。お前、ベニエを食べたあと、手を洗ってないだろう。油がつく」


「……副会長」

 その時、隅で控えていた書記のミレイが、震える声で尋ねた。


「あの……昨夜、旧校舎の方へ向かわれるのをお見かけしました。やはり、私たちのために、一人で全てを背負い込まれていたのですね。何か、お手伝いできることは……」


 室内の役員たちが一斉に、敬愛と申し訳なさを込めた視線をレイモンドに送る。

 レイモンドは冷淡に、だが有無を言わさぬ正論を吐いた。


「……見ていたなら話が早い。お前たちが祝祭の空気に浮かれ、チェックを疎かにするから俺が動く羽目になる。俺の手を煩わせたくないなら、招待客リストを今のうちに叩き直しておけ」


 ミレイは「やっぱり、私たちのために……」と顔を赤らめて頭を下げ、他の役員たちも活気を取り戻して作業に戻った。


 ――これでいい。信じろ、そして騙されていろ。


 レイモンドはデスクの下で、痺れの残る右手を、自らの罪を噛みしめるように強く握りしめた。

 

 その様子を、セオドリックだけが、射抜くような慈愛の瞳で見つめていた。


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