親愛が重すぎて死ぬ ――セオドリックの独りよがりな叙任式――
数時間前。
生徒会室の豪華な執務椅子で、セオドリック・フォン・ランカスターは一人、拳を握りしめて燃えていた。
彼には、公爵家嫡男としての立場ゆえの孤独があった。周囲にいるのは、彼を崇拝するか利用しようとする者ばかり。その中で唯一、皮肉を交えながらも対等に言葉を交わし、自分の理想を支えてくれるのが、副会長のレイモンドだった。
だからこそ、セオドリックは苦悩していた。
これほど気高く有能な魂を持つ男が、没落した家門の汚名を背負い、自分の後ろに控えるだけの影として、一生を終えていいはずがない。
(レイを、このまま日陰の副会長として腐らせておくわけにはいかない)
セオドリックにとって、レイモンドは拾ってやった没落貴族などではなく、熾烈な競争社会の中で唯一自分の本質を見抜いてくれた魂の半身だ。
そんな親友に相応しいのは、僕の背後ではなく、隣に並び立つ正当な地位であるべきだ。そう、セオドリックの独善的な正義感は、勝手に一つの結論を導き出していた。
「ならば、僕が彼を公に認め、ランカスターの庇護ではなく、対等な共同統治者として叙任すべきではないか?」
セオドリックの思考は、その眩しすぎる正義感ゆえに、常にレイモンドの予想のナナメ上を爆走していた。
最近、彼がレイモンドの首筋をじっと見つめていたのは、叙任式の際に授ける勲章のサイズを、目測でミリ単位まで計っていたからに他ならない。
「ただ発表するだけではつまらない。ここは学園の伝説に残るような、古風で神秘的な演出が必要だ……。よし、地下礼拝堂だ。あそこなら、僕と彼の絆を誓い合うのに最高の舞台になる!」
セオドリックは、古びた騎士道物語の愛読者でもあった。
彼は真剣な顔で、招待状をしたためる。
『深夜二時。学園北東の地下礼拝堂へ来い。二人きりで話がある』
(よし、簡潔で格好いいぞ! 隠密性もバッチリだ!)
次に彼は、当日の台詞を練習し始めた。
「レイ、僕は決めたんだ。……(副会長なんていう不自由な)影は、もう必要ない」
「君という存在は、あまりに有能すぎた。僕の隣(という光り輝く場所)にいるには……(今は)あまりに深い影(身分)を背負いすぎている」
セオドリックは、自らの完璧な台詞回しに陶酔し、鏡の前で不敵な笑みを浮かべる練習までした。
彼としては、頼もしすぎる主君を演じているつもりだったが、その顔はどう見ても獲物を追い詰める暗殺者のそれになっていた。
「仕上げは聖剣だ。これで彼の肩を叩き、叙任の誓いを行う。……ああ、レイ! 君はきっと驚き、感動のあまり言葉を失うだろうね」
彼は当日、より特別感を出すために、あえて冷たい態度を装った。驚きは大きければ大きいほどいい、という勘違いしたサービス精神ゆえである。
そして深夜。彼は埃まみれの礼拝堂に、わざわざ重厚なマントを羽織って現れた。
「……ふふ、暗くて何も見えないな。だが、これがいい。この暗闇から僕が光(聖剣)を持って現れれば、演出効果は最大だ」
彼は祭壇の前で、抜き身の剣を構えながら、愛する親友が罠とも知らずにやってくるのを、ワクワクを必死に抑えた冷徹なツラで待ち構えていたのである。
地下礼拝堂に響いたのは、レイモンドの悲痛な叫びではなく、セオドリックの最高潮に達した自己満足の咆哮だった。
「さらばだ、僕の影(副会長としての不遇な日々)よ!」
セオドリックは満面の笑みで、聖剣を振り下ろした――といっても、騎士の叙任式のごとく、レイモンドの肩を優しく叩くつもりで。
しかし、極限状態のレイモンドが恐怖でガクガクと膝をついたため、振り下ろされた剣の平が、偶然にも彼の後頭部を、羽毛のような優しさ――を装った絶妙な衝撃でパコォン、と直撃した。
「な……っ」
レイモンドは、親友が何かを叫びながら、物理的に引導を渡してきたと確信し、あまりのショックと脳への振動で、そのまま白目を剥いて卒倒した。
「ああっ!? レイ! 感動のあまり気絶してしまったのかい!?」
セオドリックは慌てて剣を投げ捨て、崩れ落ちるレイモンドをドラマチックに抱きとめた。
「ああ、なんて健気なんだ……! 没落した家門を背負い、たった一人で戦ってきた君に、僕との共同統治というあまりに重い栄誉を与えてしまったからね。……無理もない、君の心臓は喜びで爆発してしまったんだね」
数分後。
レイモンドが朦朧とした意識の中で目を開けると、そこには、セオドリックの顔のドアップがあった。
「……う、……地獄か。ここは、地獄の底か」
「いいや、天国(僕の隣)だよ、レイ。さあ、顔を上げて。僕の真のパートナー」
セオドリックは、混乱するレイモンドの手を強く握りしめ、高らかに宣言を続けた。
「さっきの続きだ! 影(副会長)はもう必要ない、君には僕と対等の地位――『アシュクロフト公爵』を名乗ってもらうよう、陛下に親書を書いておいた! 君の(孤独な)存在をここで終わらせ、僕との(運命的な)絆を世界に知らしめるんだ!」
レイモンドの脳裏に、先ほどのセリフの全貌が、最悪な形で補完されていく。
(君という存在は、あまりに有能すぎた。僕の隣……という光り輝く場所にいるには……今は……あまりに深い影……という不遇な身分を背負いすぎている……)
「……待て。セオドリック、待て。お前、さっき『掃除』って言ったよな? アシュクロフトを掃除するって……」
「ああ、それは君の家名についた汚泥を、僕の権力で完璧にクリーニング(清掃)してあげるという意味だよ。さあ、明日の朝刊には僕たちのツーショット写真と、『生涯を共にする誓い』の声明文が載る予定だ。学園の広場には、僕たちの友情を記念した銅像も建てよう」
「……やめろ。死なせてくれ。お願いだ、さっきの剣で今すぐ殺してくれ」
レイモンドは絶望のあまり、顔を覆って祭壇に伏した。
数分前の死の恐怖など、この社会的・精神的な公開処刑に比べれば、微々たる問題でしかなかった。
「ははは! 照れなくていいんだよ、レイ! さあ、礼拝堂を出よう。外には僕たちの門出を祝うために、吹奏楽部と騎士科の精鋭たちを待機させてあるんだ」
「……貴様、本物の悪魔か……ッ!!」
深夜の学園に、レイモンドの魂の叫びが虚しく響き渡る。
こうして、レイモンドが覚悟した高潔な死は、セオドリックが用意した叙任式という名の爆撃によって、跡形もなく粉砕されたのである。
To be continued.




