猫と昼寝をしていたい
ふと気が付くと、見知らぬ田舎道に立っていた。
林の中の真っすぐな一本道。舗装されていない石ころだらけの路面の真ん中には轍が走っている。
道の片側は森へ続き、もう一方は大きな城塞都市へ続いているようだ。
『城塞都市だって!? 日本にそんなものあったっけ? それにしても、どうやってこんなところに来たのか』
夜が明けて少しくらいの時間だろう。辺りが少しずつ明るさを増してきている。
見上げた空の色は恐ろしいほどに鮮やかで、月だけではなく遠くの星々まで良く見えた。
見たこともない風景に、まだ夢の中なのかもしれないと一瞬思ったが、どうも違うようだ。
俺は戸惑いながらも、靄のかかった記憶をたどろうとした。
『ついさっきまで、誰かと話をしていた気がする。何か大事なことを教わっていたような……』
道のわきに突っ立ったまましばらく考え込むが、耳に残る優しい声以外は何も思い出せなかった。
「よぉ、あんた。どうしたんだい? 追剥ぎにでもあったのか?」
森から歩いてきたらしい一人の男が、目を丸くして俺に声をかけてきた。
男は固そうな古びた革の靴を履き、大きな荷物を背負っている。どこか時代がかった古めかしい服は、大昔の西洋画で見たことがあるようなデザインだった。男はどう見ても日本人ではないし、話している言葉も日本語ではないが、不思議なことに俺には男の話が理解できた。
男の心配そうな視線に沿って、自分の体を見下ろした。そうしてようやく俺は、自分が素っ裸であることに気付いた。
「あ……。あぁ、たぶんそうらしいな」
自分の口から知らない言葉が自然と出てくる。聞いたこともない外国語なのにスラスラと話すことができるのだった。
「そうらしいって、あんた」
その男は呆れ顔で俺を見る。
「大丈夫だ」
俺は道のわきに生えていた雑木から、豊かに茂っていた葉を枝ごと折り取った。
すると枝葉は手の中で形を変え、一枚の布になった。
「すげぇ!? あんた魔法使いなのか?」
「どうやらそのようだ」
「はぁ?」
俺の返事に男はマヌケな声を出した。
俺も自分のとった無意識の行動に内心驚いていたが、同時に当たり前のような気もしていた。まだ完全に目が覚めていないせいなのか、どこか他人事のような、夢の中の出来事のような感じがする。これが現実のことだと、上手く実感できずにいるのだった。
『俺がついさっきまで誰かから教わっていたのは、この魔法のことかもしれない。たぶんそうだろう』
良く分からないまま、とりあえず無理矢理に納得することにした。
枝葉から変化した布は、俺のイメージするまままにズボンになり、シャツに形を変えた。着てみると体にピッタリだ。
男はその様子を感心したように見つめている。
「見たことのない魔法だ! 私は仕事であちこちの街に行くが、そんなのは見たことないねぇ。実に珍しい! 金を払うから、私にも一着何か作ってくれないか?」
「ああ」
俺はまた枝葉を折り取って、布を作り、それから一着のマントを作った。
「これでどうだろうか」
「こいつは上等な品だ! いくら払えばいい?」
「さぁ」
「さぁって……」
男はまた呆れた顔をして言った。
「私は行商人なんだ。だいたいの相場は分かる。この品なら、たぶんこれくらいだと思うよ」
俺に銀貨を一枚渡してよこした。ずっしりと重い。銀貨の片面には誰かの顔が、もう片面には百を意味する数字が刻印されている。
銀貨がどれくらいの価値なのか見当もつかないが、行商人の言うことを信じることにした。
「そうか。じゃあこれと交換だな」
行商人の男は俺が作ったマントを手に取って、改めて細部を確認している。
「これには縫製の跡が全くないね。布目も恐ろしく細かくなめらかだ。いったい、どうなっているのか……。まぁ、何にしても良いものに違いない!」
そう独り言ちながらホクホク顔だ。
「あんた、街に帰るんだろ? 一緒に行くかい? また襲われないとも限らないしな」
「俺は……、ここで少し休んでから帰るよ」
「そうかぃ。私は行商人のハンスだ。また今度何か作ってくれよ。高く買うからさ」
「ああ。俺は……、タカシだ。たぶん」
「たぶんって何だよ。じゃぁ気を付けてな、タカシ」
ハンスは俺と握手をしてニッコリ笑うと、足早に街の方へ去っていった。
「ふぅ」
俺はため息を一つついた。
『魔法を使うとくたびれるな。そう、魔法を使うと魔力を消耗するんだった』
俺は道端の切株に腰を掛けて、魔法に関しての記憶を少しずつ思い出していった。
『物体を元素まで分解して、別なものに作り変える。確かそういう種類の魔法だ。あそこはあの世だったのか、それとももっと別な世界だったのか。そこで誰かからこの魔法を教わっていた、……ような気がする』
五年だったか十年だったか。それとも百年だったか。長い長い時間をあそこで過ごしていたはずだ。それにしてもあれは誰だったのか、顔を思い出そうとすると、ベールがかかって記憶が遠ざかってしまう。
『それは追々思い出してゆくとしよう。ともかく、魔法が使えるのは確かだ』
細かな記憶は飛んでいるものの、魔法の使い方だけは体が覚えているようで、ほとんど無意識のうちに使うことができた。
俺は道に落ちていた太い木の枝に魔力を込めて、木靴を作った。サイズはピッタリだったが、履き心地はいまいちだった。
『当たり前だが固いな。後でもっと良い材料で作り直そう』
俺はまた枝葉を折り取って、今度は靴下を作り出して履いた。これなら足が痛くならないだろう。
それから改めて自分の体を点検した。
何かが違っていると感じた。そこで突然、自分の過去が断片的に頭に浮かんだ。
たしか俺の体は、あばら骨が浮いた貧弱な胴体と枯れ木のような手足の、それこそミイラのようなものだったはずだ。自分の足で立つこともできなかったのだ。
『そうだ。長いこと病気で寝たきりだった。長い長い闘病生活。そのすえに、俺は……死んだはずだ。前の人生では何も成せず、むなしく死んだ』
俺はもう一度、自分の体を見下ろす。
『生き返ったのか? それとも生まれ変わったのか』
今の体は、かつてのものとは全く別物だった。
がっしりとした体格に分厚い筋肉。丈夫な足でしっかりと立つことができる。生前の俺がベッドの中で夢に描いていた健康な肉体だった。
俺は意識的に深く深く息を吸い込んで、鼻と肺で新鮮な空気を味わう。
『美味い! 空気がこんなに美味いとは! 経緯は良く分からないが、ともかく今、俺は生きている。健康な体を持ち、なぜか魔法まで使える。この新しい人生を楽しまなくてどうするんだ』
俺は期待を胸に勢いよく立ち上がる。
遠くに見える城塞都市は朝日に照らされて、白く輝いていた。
高い城壁だ。十メートル程はあるだろうか。
そんな城壁がぐるりと街を取り囲んでいる。城門もまた城壁に見合って大きく分厚い。
『街の外が危険ってことなのだろうか?』
それだけの備えをしなければならないほどの脅威があると。
しかし今、目の前の城門は大きく開け放たれており、そこを住民や旅人たちが自由に出入りしていた。
城門の両脇には番兵が一人ずつ立っているが、彼らは暇そうにあくびをしている。
俺は他の人に交じり、城門を通り抜けようとした。そのとき番兵の一人と目が合ってしまった。
「おい、そこのあんた。見ない顔だが、旅の者か?」
のんびりした声だったが、その目は油断なく俺を観察している。
「あっ……ああ、まぁそんなところだ」
まさか声をかけられるとは思っていなかったせいか、若干うろたえて少し目が泳いでしまう。
俺のその様子を見て、番兵の目に疑いの色が浮かんだ。
「ふぅん。しかしあんた、手ぶらで旅をしているのか?」
もう一人の番兵もこちらのやり取りに気づいて、近づいてこようとしている。
こんなところで面倒事はマズイ。踵を返して逃げようかと思った時に、行商人ハンスとのやり取りを思い出した。
「ああ、実はこの街に来る途中で追剥ぎにあったんだ」
俺は肩をすくめて渋い顔で言った。
「なぁんだ、また追剥ぎかよ」
番兵は緊張を解き、露骨に嫌そうな顔をして、もう一人の番兵に向かって声をあげた。
「追剥ぎに遭ったんだってよ」
それを聞いた番兵の片割れは少し顔をゆがめて、自分の持ち場に戻った。
「それでどうする?」
「……どうするって?」
俺の疑問に番兵はちょっとイライラした様子で答えた。
「被害届だよ。出すのか?」
「届を出したらどうなるんだ?」
それを聞いた番兵は大きくため息をつく。
「俺たちがしばらくの間、森を捜索することになるかな。あんたの荷物が無事に戻るかどうかは知らんが」
番兵はゲッソリした顔で答えた。
「そういうことか。なら構わないよ。取られた金も荷物も大したものじゃないから」
「そうか! 今度から気をつけろよ。命を取られなかっただけマシだと思うことだな」
嫌な仕事を回避できた番兵は、清々した顔で持ち場に戻ろうとした。
俺はついでとばかりに番兵に尋ねた。
「すまない。一つ教えてくれないか?」
「なんだ?」
「実は仕事を探しているんだが……」
「それなら職業斡旋所に行けばいいよ。そこで登録すれば仕事にありつける。登録証は身分証明書代わりにもなるしな」
「分かった。ありがとう」
「良いってことよ」
俺は番兵から住所を教えてもらって職業斡旋所に向かった。
俺は職業斡旋所までの道すがら、街で暮らす住人や街の様子を見て胸を躍らせていた。
『なんだか、ファンタジー物の映画みたいだな』
普通の人間だけではなく、ドワーフやエルフが当たり前のように存在している。
そして、鳥のような顔つきだったり、獣のような風体だったり、全身硬い鱗に覆われたトカゲのようなやつだったり、その他にもいろいろと良く分からない種族もいて、彼らも人と同等の扱いを受けているようだった。
その時、突然
「ふぁうがふぁぁぁあああ!」
俺の目の前を、意味不明の叫び声を発しながら男が走り去った。俺はぎょっとして立ちすくむ。
「おおい、誰か! そいつを捕まえてくれ!」
数人の男たちが、その男を追う。
『ひったくりか? 治安の方はどうもあまり良くないのかもな……』
「次の方、どうぞ」
受付嬢に呼ばれて、カウンターに向かう。受付嬢は、ごく普通の若い女だった。
愛想良くニッコリと俺に微笑みかける。
「どういったご用件でしょうか?」
「仕事を探していて、登録をしたいんだが」
「はい、冒険者登録のお手続きですね」
「えっ……ああ、まぁそうだ」
冒険者という言葉に若干の引っ掛かりを覚えたが、こういう世界だから用語も少し違うのかもしれない。
「それでは、登録料として50ギルいただきますね」
『しまった! 金が要るのか。……そうだ!』
俺はズボンのポケットから行商人にもらった銀貨を取り出した。銀貨の表面には百を表す刻印がある。
それを恐る恐る受付嬢に手渡した。
「これで足りるだろうか」
「はい、100ギルお預かりします。少々お待ちください」
俺は銀貨が通用したことにホッと胸をなでおろした。
受付嬢はカウンター横のキーを叩いて数値を入力する。チンと音が鳴って引き出しが開いた。
『こんな世界なのに、レジがあるんだな』
変なところに関心しながら受付嬢の仕事ぶりを眺める。
「お釣りの50ギルです」
カウンターの上には銅貨が5枚置かれた。銅貨の表面には十を意味する刻印があった。
俺は一つうなずいて、お釣りを受け取った。
『実に分かりやすい。普通に十進法の世界で本当に良かった! これが銅貨4枚で銀貨一枚だとか、十二進法の世界とかだったら、絶対混乱したと思う』
「ではこちらの水晶玉に左手を近づけてください。触れなくても結構ですよ」
受付嬢に言われるがままに、俺は左手を水晶玉に近づけた。すると水晶玉が淡い黄緑色に発光した。ヴォォンという低いうなり音がする。左手から何かを読み取っているのだろう。
『なんというか、無駄に格好良いなこれ』
俺が水晶玉に見とれていると、データの読み取りが終わったらしい。水晶玉の光が消え、音もしなくなった。受付カウンターの向こう側には、俺の名前とか年齢とかいろいろと表示されているようだが、俺の位置からは良く見えない。情報を読んだ受付嬢はちょっと驚いた様子だ。
「おめでとうございます! タカシ・トオヤマ様、冒険者適正試験、合格です!」
俺の後ろから「おぉぉ!」というどよめきが聞こえてきた。
『冒険者適正試験? 合格?』
ずいぶんと妙な単語が聞こえた気がする。
「あの……」
俺は戸惑いつつ、受付嬢に声をかけた。
「はい、なんでしょう?」
受付嬢は愛想良く返事をした。
「登録、だよね? 合格って、なに?」
「はい、冒険者登録は完了いたしました。冒険者に必要な資質をお持ちの方は、およそ10人に一人でして、こちらの診断機によって適性が判断されるということになっております。トオヤマ様は狭き門を突破された、ということでございますね。あらためておめでとうございます」
「なっ……、なるほど。どうもありがとう」
「それにしても、トオヤマ様はずいぶん遠くからお越しなんですね。記録によると、同じお国からのお越しは、実に50年ぶりとなっておりますが」
『俺以外にも日本から来た奴がいたのか!』
「その人は今はどこに?」
「10年ほど前から、行方知れずとなっております」
「……そうか」
「では、こちらがトオヤマ様の冒険者カードです。無くさないようにお気をつけください。再発行の際にはまた費用が掛かりますので」
「ありがとう。それで仕事は?」
「あちらの掲示板に依頼書が貼りだされていますので、お好きなものを選んで受付までお持ちください」
しばらく後、俺は掲示板の前で立ち尽くしていた。
『ナニコレ……。
・死の森 流星の雫団の討伐(生死問わず。恐らく50名程度) 報酬10万ギル 危険度★★★★
・ヤルタ島ミノス迷宮 ゴブリンの巣の殲滅(ホブゴブリンの存在を確認。総数不明) 報酬10万ギル 危険度★★★★
・デスバレー中央付近 サンドワームの駆除(複数の存在が確認されている) 報酬18万ギル 危険度★★★★★
・ヤンデス山脈 アンデッドドラゴンの討伐(配下に黒死龍が数頭存在) 報酬20万ギル 危険度★★★★★★
・運命の大迷宮最深部 アークリッチの討伐(呪われた死の杖の回収も含む) 報酬30万ギル 危険度★★★★★★★
』
俺みたいな素人が手を出せそうな、穏当な依頼が一つもない。
一番安い依頼でも、下水道内にいる人食いオオゴキブリ(数百匹はいるらしい)の駆除だ。そんなに高い報酬でもないのに、一歩間違えれば死ぬかもしれない。なにしろ人食いオオゴキブリだぞ。上の方の依頼にいたっては超人でもなければ達成不可能だろう。文字を追うだけでも寿命が縮む気がする。
それにしても、普通の仕事がないのはなぜなのか。
なんか他にあるだろう、荷物運びとか庭掃除とか皿洗いとか薬草採取とか、初心者むけの簡単な仕事が。
なぜ命がけの危険な仕事ばかりなのか。不思議だ。
『これは無理だ……』
俺はとぼとぼと建物を出て振り返った。
『この世界、思っていた以上に手強いのかもしれん……』
夢と希望が急速にしぼみ、不安と落胆が俺の中で大きくなって、空を仰ぎ見た。恐ろしく澄んだ空だ。
そこでようやく大きな間違いに気が付いた。番兵の教えてくれた職業斡旋所は、俺が出てきた建物のすぐ隣にあったのだ。俺は間違えて冒険者ギルドの門をくぐったらしい。
慌てて職業斡旋所に行き、登録手続きをしようとしたのだが……。
「ダメですよ。あなたはすでに冒険者登録をしているじゃないですか。多重登録は違反ですから」
斡旋所の職員が冷たくそう言い放つのだった。
職業斡旋所を追い出された俺は、無目的に街をさまよい歩いた。
『今の俺では、冒険者向けのあんなヤバい依頼は受けられんしな。どうしたものか……』
ぼんやりと今後のことを考えながら、足の向くまま気の向くままに街を歩きまわった。
いつの間にか、屋台が立ち並ぶ通りに出てきていた。いい匂いが鼻を刺激し、腹がぐぅぅと鳴った。
太陽は天辺をすぎており、昼をだいぶ回った頃だと思う。
『そういえば、まだ何も食べていなかった。腹が減っては戦は出来ぬ――飯にしよう!』
あちこちの露店や屋台をのぞいて、だいたいの相場がつかめた。たぶん10ギルが日本円で千円ってとこだろう。
ポケットには銅貨が五枚、50ギルある。俺の全財産はだいたい五千円だ。
『昼飯を食うには十分だが、明日のことを考えると心もとないな』
美味そうな匂いをさせている屋台で、ホットドッグのようなものを買った。飲み物と合わせて銅貨一枚、10ギルだった。
屋台の前に置かれたベンチに座り、遅めの昼食をとった。
『パンがもさもさしているが、味付けはなかなか美味いじゃないか。この飲み物はハーブティーか。贅沢をいえばコーヒーが欲しいところだが……』
頭の中でなんだかんだと言いつつも、俺は久々の食事らしい食事を楽しんだ。
屋台で物を買って外で食うなんてことは、前世では一度もやった記憶がなかった。病弱だった俺は外を出歩くこと自体、数えるほどしかないのだった。
最後の一切れをゆっくりと咀嚼して、ハーブティーで胃に流し込んだ。栄養が体に染みわたるのを感じた。
満腹になったことで、思考が前向きになる。
『金はあまりないが、俺にはこの健康な肉体があるじゃないか。それに魔法だって使えるんだ。そう、俺の魔法で何か作って売れば良いんだよ。行商人のハンスもマントの出来を褒めてくれたじゃないか』
「なかなか美味かったよ、ごちそうさん」
屋台の店主に声をかけて、立ち上がる。
「そうかい、また来てくれよな」
少し歩くと通りの外れに小さな広場を見つけた。
俺は芝の生えている一角に胡坐をかいて、魔法の練習をすることにした。
『なんとなく感覚で使えはするが、どこまで出来るのか試しておかないとな』
落ち葉を一枚拾って、紙をイメージする。そうすると落ち葉が消えて、手のひらサイズのわら半紙が一枚出来た。特に難しいこともなく大して疲れもしない。
もう一枚落ち葉を拾って、今度は段ボール箱をイメージする。しかし段ボールは、ほんの断片しか出来なかった。力が空転しているようで、非常に疲れる。
『やっぱり、材料が足りないか』
俺の魔法は無から物を生み出すことはできないんだ。あくまでも、材料に見合った範囲でしか物を作ることができないわけだ。
試しに銅貨を金貨に変えようとしてみたが、疲れるばかりで何も変化しなかった。
『さすがに元素転換は無理だよな。ようは等価交換だ』
自分の下手な冗談に、声を出さずににやける。
今度は周りの空気に魔力をこめて、水をイメージしてみた。すると俺の手のひらに、ほんのわずかな水滴が現れた。
空気に含まれている水分を抽出したわけだ。その分だけ空気が乾燥したと思うが、それは良く分からない。
『こんな量だとあまり使いどころはないか。飲み水くらいは作れるかと思ったけど……。だったら、これはどうかな』
俺は足元の地面に魔力をこめて、湯呑をイメージしてみる。すると地面からズルズルと湯呑が一つ出てきた。イメージどおりの姿形をした陶器の湯呑だ。湯呑の分だけ地面に穴ぼこがあいていた。
木の枝葉から衣類を作り出すことに比べるとだいぶ疲れるが、陶器を作ること自体は難しくなさそうだった。
作った湯呑を手に取り、ひねくり回しながら考える。
露店で売られている食器は、木を削って作った皿やお椀ばかりだったが、それでもなかなか良い値がついていた。
屋台のコップは出来の悪い素焼き製だったし。こういった陶器はそういえば、この世界では見てないと思う。
『これはひょっとして高く売れるのでは? 原価はほぼゼロだから、ウハウハじゃないか!』
俺は儲けの予感にうれしくなって、パッと顔を上げた。
そのとき俺の顔のすぐ横に、誰かの顔があることに気づいた。
「うぉっ!?」
「うにゃ!」
驚いた俺の声に、そいつも驚いて叫び声をあげた。
一瞬、若い女に見えたが、何かが少し違った。
よく見ると、そいつは獣人の女だった。
口の端から鋭い犬歯がのぞき、目は金色に光り、瞳孔は縦長のスリット状になっている。本来耳のある顔の側面には毛がもさもさと生えており、頭の上の方に大きな獣の耳がぴこぴこと動いている。顔の造作は可愛らしいが、見ようによっては恐ろしい猛獣のようでもある。猫と人間の娘を上手く融合したような顔立ちだった。
「何だお前、いつからそこにいたんだ?」
魔法に集中していたせいか、今までまったく存在に気が付かなかった。まさに虚を突かれたという感じだった。
「あちしたち猫族は気配を消す名人なんだにゃ。獲物にスッと近づいて、サクッととどめを刺すにゃ」
その猫娘は指先から鋭いかぎ爪をにゅっと出して、ニタリと笑った。
「俺が獲物ってことか? 近づくのは構わんが、とどめを刺すのはやめてくれよ」
「ニシシシ……」
「おいおい、否定せんのかぃ。それで、俺に何の用だ?」
「あちしはミケコという名前だにゃ。あんたが何か面白そうなことをしてたから、見物してたんだにゃ。あんたは魔法使いなのかにゃ?」
口調はぞんざいだが、ミケコからは特に悪意を感じなかった。単に興味本位で見ていただけなのだろう。
俺が猫好きのせいなのかもしれないが、ミケコには何だか親しみを覚えた。
「俺はタカシだ。まぁ、魔法使いみたいなもんだな。邪魔しないなら見物しててもかまわないよ」
ミケコは犬歯をのぞかせてニィッと笑った。
「じゃあ遠慮なく見物させてもらうにゃ」
ミケコは俺のすぐ隣にストっと腰を下ろした。ミケコからは猫そっくりの陽だまりの匂いがした。なんともいえない安心感のする匂いだ。
俺は首を軽く振って、雑念を振り飛ばす。そして、その辺の土を材料に陶器の皿やコップを魔法で作った。
出来上がった皿を手にして、ミケコが目を丸くして喜ぶ。
「すごいにゃ! 面白いにゃ! タカシは何でも作れるのかにゃ?」
「何でもってわけじゃないが……、何か作ってほしいものがあるか?」
俺の質問を聞いて、ミケコは寄り目になって考える。
「そうだにゃぁ……、じゃぁ、あちしをモデルに人形を作ってほしいにゃ」
「人形かぁ」
頭の中で複雑な形状をイメージするのは結構難しいが、モデルが目の前にいれば何とかなるだろう。
目で見えているミケコの姿と頭の中のイメージを重ねながら、魔法を土にこめていった。
すると地面から手のひらに乗る程度の人形が出てきた。色もイメージしてみたが、材料が足らないせいか着色はされず、ただの白い地肌の人形になった。形はまあまあ満足できるものにはなった。
「うにゃ! タカシは天才だにゃ!」
ミケコは出来上がった人形を手に、辺りを駆け回って喜ぶ。
それから、ミケコにおだてられて嬉しくなって、魔法であれもこれもと次々と物を作っていった。十個以上は作っただろうか。
そうしてるうちに、なんだかひどく目が回ることに気づく。目の焦点が定まらなくなってきた。顔を上げるのもおっくうなほど、体が恐ろしくだるい。 目に映る光景がぐにゃりとゆがむ。
「しまった! 魔力切れ――」
「ニシシシ……」
地面に倒れ込んだ俺の耳に、ミケコの忍び笑いが響く。そしてすぐに意識を失った。
暖かくふわふわと心地の良い感触。陽だまりの匂いに包まれて、俺は目を覚ました。
いつの間にか俺はベッドで寝ていたようだ。
ここはどこだろうと首を回すと、真横にミケコの顔があった。
大きな金色の瞳をこちらに向けて、ジィっと俺を見ていた。
「うわっ!?」
「やっと目を覚ましたにゃ」
俺はがばっと起き上がる。
「ここはどこだ?」
「あちしの部屋だにゃ。あんなところに放っておいたら身ぐるみ剝がされるにゃ」
「そうか、それは助かったよ。でもなんで俺は裸なんだ?」
そして横に寝ているミケコも真っ裸だ。体の前面には体毛が生えていないらしく、見た目は人間の女とほとんど変わらない。こちらの目のやり場に困る。
「男女が夜をすごしたんにゃから、当たり前のことにゃ」
「なっ!? 全く記憶にないが、つまり俺とお前は……そういうことなのか?」
無意識に何かやらかしたのかもしれない。俺は愕然とした。
「にゃははは、面白い顔だにゃ。冗談に決まってるにゃ」
ミケコは俺に背を向けて、さっさと服を着始める。ミケコの背や腕には短い体毛がふさふさと生えていた。名前の通り三毛だった。尾てい骨の辺りから、同じ毛色の長い尻尾が伸びているのが見えた。
「冗談だと? 本当だろうな。俺たちは何もなかったんだよな?」
「ニシシシ……。それは秘密にゃ」
「おい、大事なことだろうが! ハッキリしろ」
「大事なことだから秘密なんだにゃ」
ミケコは悪い顔でニヤッと笑った。
「何だよそれ……」
俺の服は小さな椅子の上に丁寧にたたまれていた。
口の中でぶつくさ言いながら服を着る。
部屋は朝の明るい日差しに照らされていた。俺が気を失ったのが昼過ぎくらいだったから、ずいぶん寝ていたことになる。相当疲れていたのだろうか。しかし、十分眠ったおかげで気力体力が充実しているのが分かった。
ミケコの部屋は小さいが、きれいに整理整頓されていた。小さなベッドと、いすが一つ。おそらく衣類が入った蓋つきの木箱。
窓辺には作り付けの棚があって、そこには昨日俺が作った人形や皿がきちんと並べられていた。
「ふぁぁぁ」
大きなあくびをしながら伸びをすると、背骨がバキバキと音を立てた。
「顔を洗えばしゃっきりするにゃ」
ミケコに手を引かれて部屋を出ると、目の前には長い廊下があった。ミケコの部屋は廊下の一番奥ということになる。
「あちしの部屋が一番上等なんにゃ」
廊下の両脇には扉が並んでいる。その扉のいくつかが少し開いて、ミケコと同じような顔の獣人が顔を半分だけのぞかせている。
真ん丸な瞳で、無言でじっとこちらを観察する様子は猫そのものだった。
「あちしのおとこに手を出したら承知しないからにゃ」
ミケコがどすを利かせた低い声で言うと、扉が音もなく閉まった。
ギシギシときしむ廊下の突き当りには便所があり、手前に洗面所があった。水道の蛇口はなく、その代わりに桶に汲み置きの水が溜められていた。
俺は顔を洗って、磨いた金属板でできた歪んだ鏡をのぞきこんだ。
『俺って、こんな顔だったっけ?』
鏡には懐かしいような知らないような顔が写っていた。黒髪に黒目のどこにでもいるごく普通の男の顔。少なくとも見惚れるような美男子でないことだけは確かだ。
「なぁ、ミケコ。なんで俺に良くしてくれるんだ? なんの得もないだろうに」
ミケコは俺に顔を近づけてひくひくと鼻を動かす。
「タカシからは変わった匂いがするにゃ。一緒にいれば、何かおもしろいことが見れる気がするんだにゃ」
「ふぅん、面白いことねぇ」
俺からするとこの世界は十分に面白いが、ミケコにとっては退屈なんだろうか。
「まぁ、それはともかく、腹が減ったな」
「だにゃ。朝ご飯を食べに行くにゃ」
俺はミケコの案内で、下の階に降りた。
ミケコが言うには、この建物は一階が食堂で、二階と三階が獣人専用のアパートになっているのだという。
「あちしたちは人間用のアパートには住めないんだにゃ。毛で汚れるとか言われて嫌われるにゃ。食堂も追い出されることが多いにゃ」
能天気に生きているように見えて、それなりに苦労もあるらしい。
「でもここは大丈夫にゃ」
食堂のカウンターの奥を見て、俺は凍り付いた。
そこに二本足の虎が立っているのが見えたからだ。
「え!?」
「ここのオーナーのティガ姐さんにゃ。おばさんというと怒られるにゃ」
ミケコが小声で教えてくれる。
「おはよう、ミケコ。旦那、よく眠れたかぃ?」
『虎がしゃべった!』
どう見ても虎に見えるが、彼女も獣人らしい。よく見るとちゃんと服を着ているし、靴も履いていた。
それに彼女はミケコよりもずっと流暢に言葉をしゃべった。これは経験の差なのだろうか。
「おっ、おはよう。おかげさまでぐっすり眠れたよ、ティガ姐さん」
ティガは犬歯をむき出して鼻先にしわをよせる。どうやら笑ったらしい。
「ガルルルル、そうかい、それは良かった。朝ご飯だね?」
「いつものやつを二人前頼むにゃ!」
俺とミケコは並んでカウンター前の椅子に腰かけた。
「なぁミケコ。お前も成長したらティガ姐さんみたいになるのか?」
「にゃはははは、ならないにゃ。なるわけないにゃ。ティガ姐さんは虎族にゃ。猫族とは違うにゃ、にゃははは」
俺の疑問がよほど笑いのツボにはまったのか、ミケコは腹を抱えて笑い転げている。
「そうか……」
俺は心の奥で少し安心した。
「ティガ姐さんは戦争の英雄にゃ。王様からご褒美をもらって、そのお金でこのボロ屋を建てたんだにゃ。すごい人にゃ」
「ミケコ、ボロ屋は余計だよ。ガルルルル」
「にゃははは」
ティガはミケコと軽口を交わしながら、その太い腕に見合わない繊細な手つきで料理を作った。
辺りに食欲を刺激する良い匂いが漂う。
「お待ちどおさま。モーニング定食二人前」
カウンターの上にはオムレツとスープとパンが並べられた。
「これにゃ!」
「美味そうだなぁ」
オムレツにはしっかり味付けした肉と野菜が入っていた。卵は焼きすぎずふっくら柔らかく、丁度良い火の通り加減だった。スープは濃厚なコーンスープだ。
「パンは固いからスープに浸けると美味いにゃ」
しみじみと美味い。ティガの料理の腕前が確かなことが分かった。
俺たち二人は朝食を堪能し、満腹になった。料金は二人で10ギルと安い。
昨日食べた屋台のホットドッグよりも安くて美味いとは。
「屋台はちょっと高いにゃ。観光客向け設定だにゃ」
「なるほどなぁ」
「それで、タカシ。今日は何をするにゃ?」
「俺は昨日作った皿やコップを売りに行くつもりだけど、ミケコはのんびりしていていいのか? 仕事は?」
「うにゃ。あちしはそれなりに貯えがあるから、大丈夫なんにゃ」
ミケコは何が楽しいのか、ニシシシと笑っている。
「旦那、猫族はだいたいこんな感じなんだよ。少し働いて金に余裕ができたら、その金がなくなるまでぶらぶらして過ごすんだ」
「そういうことにゃ」
ミケコはなぜか誇らしげにうなずくのだった。
「そ、そうか。ちなみに、どんな仕事をして金を稼いだんだ?」
ミケコは眉間に少ししわを寄せて、思い出しながら話す。
「あちしは、道案内とボディーガードと……、それから探偵をやったにゃ」
「探偵だって!?」
「そうにゃ! あちしは名探偵だったにゃ」
ミケコの口から、彼女に不似合いな経歴が出てきて驚く。
「旦那、あれだよ。逃げたペットを見つけたりとか、人探しとか浮気調査とか、そういう仕事だよ」
ティガが情報を補足してくれる。
「なぁんだ、そういうことか」
「なぁんだとは、失礼だにゃ。人探しも立派な仕事にゃ。あちしの鼻からは誰も逃げられなかったにゃ」
「あぁごめん、確かに失礼だったな。それはともかく、俺は古道具屋にでも行くつもりだけど、ミケコはどこかいい店をしらないか?」
「うにゃぁ、あまりよく知らないにゃ」
「旦那、この街の古道具屋はがめついのが多いから、買い叩かれるかもしれないよ」
「そうかぁ……」
あの陶器なら、1ギルでも値段が付けば利益は出る。
なにしろ原価がほぼゼロ、コストは俺の魔力だけだから。ガンガン作って大量に売りさばけば、一儲けはできると思う。
でもその先はどうだろう。俺が作る陶器の価値がどんどんなくなり、最終的には土くれと同じ価値になるのではないか。
作る物の種類を次々に変えていっても、結局末路は同じ。俺が作る物の価値が下がるだけじゃないか?
何をどうやっても、薄利多売地獄が待っているような気がする。
もちろん、そうなる前にひと財産作ってそんな商売から撤退すれば良い、という考えもある。後は野となれ山となれというやつだな。
ふと気が付くと、ミケコとティガが心配そうに俺を見ていた。知らないうちに自分の思考の沼にはまり込んでいたようだ。
俺はたぶん難しい顔をしていたと思う。
「おっと、すまない。まぁともかく、買い叩いてくるようなら売らないだけだよ」
「商人に仲介を頼めば、うまいこと行くと思うんだけどねぇ。私には商人の知り合いはいないから」
ティガがすまなそうな顔をする。
「商人か……、そうだ! ミケコ、人探しの依頼を受けてくれないか?」
「うにゃ?」
「行商人のハンスって男なんだけど、昨日街に着いたばかりだから、まだ街中にいると思うんだよ。どうだミケコ、探せるか?」
「にゃるほど、分かったにゃ」
「報酬は――」
ミケコは間髪入れずに要求した。
「あちしはあの人形が欲しいにゃ」
「昨日俺が作ったやつか?」
「そうにゃ」
「あれは試作品だけど、それでいいのか?」
「あれがいいにゃ」
「わかった! じゃあ報酬は人形ってことで頼む」
「ニシシシ、契約成立にゃ。あちしには大体の見当はつくにゃ。タカシも一緒に来るにゃ」
「よし行こう。じゃあティガ、また食べにくるよ」
ティガはまたあの恐ろしい笑顔を見せた。
「ガルルルル。またね、旦那。ミケコ、良いとこ見せるチャンスだよ」
「分かってるにゃ!」
俺たち二人はティガの食堂を出た。ここは街のかなり外れになるらしい。
話をしながら街の中心部に向かって歩く。
公共の交通機関のようなものはない。金持ちは馬や馬車に乗り、貧乏人は自分の足を使うのだ。
「なあ、ミケコ。ここって、俺が倒れた広場からだいぶ離れてないか? どうやって俺を運んだんだ?」
「人間の男一人を担ぐくらい、軽いもんだにゃ」
ミケコがニヤリと笑った。同時に、こちらに向けられた金色の瞳に朝日がギラリと反射した。俺は一瞬、獰猛な肉食獣に睨まれた気分になった。
「そっ、そうか」
「疲れたら、またおぶってやるにゃ。遠慮しなくていいにゃ、ニシシシ……」
ミケコは上機嫌な様子で、尻尾をゆったりと振って歩く。
「そういえば、猫族の男って見ないな。どこにいるんだ?」
猫族の女たちはあのアパートにもいたし、今歩いているときも何人もすれ違っている。
俺の質問に、ミケコはすごく嫌そうな顔をした。
「奴らは全員ぐうたらにゃから、ほとんどずっと寝てるんにゃ。どうしようもないクズどもにゃ」
「そうか……」
まぁ猫っぽいといえばそうだな。忙しくしている猫というのはあまり見ないし。
猫族の男たちは、そういう猫の性質を色濃く受け継いでいるのかもしれない。知らんけど。
ミケコが不意に足を止めた。
「どうした?」
ミケコは黙って、道の先を指さした。ミケコの尻尾が通常の倍ほどに膨れている。何か危険が迫ってきているらしい。
そういえば、さっきまでちらほら見かけていた猫族の女たちの姿が見えない。彼女たちはどこへ行ったのか。
ミケコが指さした方向から、3人の男たちがこちらに歩いてくるのが見えた。道いっぱいに広がって、体を横に揺らすような変な歩き方をしている。どう見ても、面倒くさい輩だ。
しばらくすると男たちの顔立ちが分かった。犬を思わせるシルエットだ。3人とも一様にニヤついた表情を浮かべている。
「もしかして犬族?」
「そうにゃ」
俺とミケコは小声で話した。
「犬族と猫族って仲悪いの?」
「いんにゃ。この街の犬族は、普通はあまり関わってこないにゃ。あいつらは他の街から来た連中だと思うにゃ」
ついに面倒くさそうな輩たちが、俺たちの目の前で立ち止まった。
俺は荒事には全く自信がない。そんな経験がないからだ。嫌な雰囲気に飲まれてしまい、口の中がカラカラになった。
「何の用にゃ」
ミケコが低い声で言った。
耳を伏せ瞳孔が開いている。ミケコは臨戦態勢だ。普段は指の奥に引っ込めている爪を、今はむき出しにしている。
「べぇつにぃ、俺たちはただ歩いてるだけだぜぇ。そんなことよりも、かのじょぉ、俺たちと遊ぼうぜ。いいだろぉ」
真ん中の男がいかにもなセリフを吐いた。他の犬族の男二人が、ニタニタと下品に笑う。
「おい、俺の連れにちょっかいをかけるのは止めてもらえないか」
俺はかすれた声を振り絞り、なんとか抗議した。
「人族の男に用はねぇよ。すっこんでねぇと、ぶった切るぞ!」
連中は腰に吊っていた短剣に手をかけた。緊張の糸がピンと張りつめた。
そのとき俺は、連中の背後に迫る影に、ようやく気が付いた。
振り返ってミケコを見ると、彼女は普段ののんびりした表情に戻っている。
「おめぇの彼女、なかなか別嬪じゃねぇか。俺たちで可愛がってやるからよぉ、ありがたく思――」
真ん中の男の肩に、恐ろしくデカい手がのせられた。そしてその指先から鋭いかぎ爪がにゅっと伸び、ガッチリと男の肩に食い込んだ。
「うげぇ!!」
さっきまで自信満々に話していた男の顔が苦痛に歪んだ。
他の二人の男たちも背後から肩を掴まれて、声もなく膝をついた。
「彼らは虎族の?」
俺の目には、彼らがティガと同じ種族に見えた。それくらいの大男だったからだ。
「いんにゃ。奴らは猫族のオスどもにゃ。来るのが遅いにゃ」
ミケコは猫族の男たちを冷たい目で一瞥した。
「なんかクセェと思ったらよぉ、イヌッコロじゃねぇかよ。おでたちの街でよぉ、何してるんでぇ」
グルルルルと喉を鳴らして、鋭いかぎ爪をさらに食い込ませた。
「ぎゃぁぁ! 待て待てまて、俺たちはただ話をしてただけじゃねぇか。何もしてねぇよ!」
「なぁに言ってんだか、分かんねぇなぁ。ごちゃごちゃウルセェから、バラバラにして豚の餌にしてやらぁ」
猫族の大男の瞳がギラリと光った。
「うわぁぁ! 待て! 待ってくれ。待ってください。金を差し上げますので、どうか命だけは……」
犬族の男は地面に頭をついて土下座した。
「金だぁ? いくらだよぉ。おめぇの命の値段はよぉ」
「有り金全部です。どうぞ!」
猫族の大男は金の入った袋を鷹揚に受け取った。
「ふん! おでにくれるってことなら、もらってやらぁ。あぁん? なんだ少ねぇなぁ」
「ひぃぃぃぃ……」
猫族の大男は、ニタリと顔をゆがめて笑った。
「おめぇら、なかなかいい服着てんじゃねぇかよぉ。この剣もなかなかのもんじゃねぇか、あぁん?」
「……全部、差し上げますので」
「なんだとぉ、おでにくれるってことかぃ? じゃぁ、もらってやらぁ。ありがたく思えよぉ」
「はいぃぃ! ありがとうございます!」
犬族の男たちが裸に剝かれていく。まぁ、あの犬族の男たちが始めた事だから同情はしないが。
「えぐっ……」
「だから言ったにゃ。奴らは本物のくずにゃ。蚤の血を吸うダニにゃ」
ミケコは不機嫌な様子で尻尾をぶんぶん振っている。
真っ裸の犬族の男たちが、走って逃げて行った。
「ぐへへへ、もうけたで」
「だなぁ。久々の獲物だぁな」
「おぉい、このズボン濡れてねぇかぁ」
「そいつぁイヌッコロの小便じゃねぇか。漏らしやがったんだ、ぎゃはははは」
「うんこでなくて良かったべ、ぐへへへ」
弱肉強食という言葉をリアルに表現すると、こうなるのだろうか。
俺は言葉もなく立ち尽くしていた。
「……」
「最低にゃ」
ミケコの彼らに向ける目は氷よりも冷たかった。
「おぉい、ミケコよぉ。たまにゃあ、おでに付き合ってくれよぉ」
「嫌にゃ! さっさと失せないと、ティガ姐さんに言いつけるにゃ!」
ミケコは鋭い犬歯をむき出してうなった。
「ぐっ、てめぇ。いつもつめてぇじゃねぇかよぉ……」
「あちしは真っ当な男にしか興味がないにゃ! しっしっだにゃ」
「くそぉ……。おめぇら、飲みに行くべ!」
「だなぁ。行くべ行くべ」
「ぐへへ、ただ酒ほどうめぇものはねぇってな」
猫族の男たちはどこかへ行ってしまった。
「ふぅぅぅぅ」
ミケコは深いため息をついた。
「なんで猫族の男はあんなのしかいにゃいのかにゃ」
「まぁ、なんだかんだで助けられたじゃないか」
俺はなんとか彼らを擁護しようとした。
「あいつらはああ見えて、腰抜けなんだにゃ。チンピラから金を巻き上げるのがせいぜいで、本当の戦闘じゃ役立たずなんにゃ。体が大きくて力が強くても、真っ当なことには使わないんだにゃ。ティガ姐さんみたいな英雄には、絶対になれないにゃ」
「そうなんだ……」
俺はすぐに擁護するのを諦めた。やっぱりミケコが正しい気がする。
俺とミケコは街の中心部にある商人ギルドにやって来た。
「そのハンスって男は行商人にゃ。商人なら商人ギルドに必ず顔を出すにゃ」
「なるほどなぁ」
ミケコは抜けているように見えて、意外と鋭いようだ。
「あちしは獣人にゃから中に入れにゃいけど、タカシなら大丈夫にゃ。タカシは中から獲物を追い立てる役にゃ。あちしが外で待ち構えて、とどめを刺すにゃ。完璧な計画にゃ!」
「ちょっと待て! あくまでも人探しだからな。暗殺とかじゃないから」
「にゃははは、分かってるにゃ。冗談にゃ。タカシはからかうと面白い顔をするから最高にゃ」
「まったく……」
俺は商人ギルドの玄関に向かった。玄関脇には入館をチェックする警備員が立っていた。
「ギルド証を」
岩のように無表情な警備員が俺を手で制止する。
「あぁ、すまない。これでいけるかな」
ポケットから取り出した冒険者カードを警備員に見せた。
「むむ。これは……、冒険者の方でしたか。どうぞ、お通りください」
警備員は俺に一礼して道を開けてくれた。
間違って作ったカードだが、50ギル分の価値はあったようだ。
商人ギルドの一階は大きなホールになっていた。
あちこちに机といすが置かれ、そこに商人たちが腰かけて、商談やら情報交換やらをしていた。
見たところ百人以上はいる。
俺は一人ひとり顔を確認して回ったが、ハンスはここにはいなかった。
ホールの真ん中で所在なさげにしている商人がいたので、ダメもとで声をかけてみた。
「すまない。人を探しているんだが……」
その男は俺の姿をちらりと見て言った。
「なるほど。どうやらあなたは商人ではなさそうですね」
「良く分かったな。俺はこういう者だ」
警備員に通用した冒険者カードをその男に見せた。
「ほぅ、冒険者の方ですか。タカシ・トオヤマ様、なんと家名をお持ちなんですね。失礼しました。私はゲオルグ・ド・アインボルトと申します」
「……もしかして、あなたは、貴族様とか?」
名前や態度からして、偉い人物なのかもしれないと思った。着ている服も高級な感じだし。
こういう世界だから、貴族から反感を買うと後々いろいろとマズそうだ。
「いいえ、そんな大層なものではありませんよ。お気遣いなく」
ゲオルグは薄く笑って否定した。
「そうか、それは良かった。俺はその辺の雑草だから、適当でいいよ」
話の分かりそうな相手だったので、ホッとする。
「そうですか。それで、人をお探しということですね」
「ああ、行商人のハンスという男なんだが、見かけなかっただろうか」
ゲオルグはハンスの名前を聞いて、スッと目を細めた。
「なるほど。私も一応、商人のはしくれですから、情報の大切さを存じております」
「確かにそうだな。情報は大事だ。時と場合によっては命にもかかわるしな。ようは、ただでは教えられないってことだな」
今までの言動からして、ゲオルグは何かを知っていると見た。
俺はポケットから銅貨三枚を取り出した。
「これが本当に全財産なんだが、ダメか?」
「ふぅむ、そうですねぇ……」
ゲオルグは考えるふりをして、俺の様子をうかがっている。
他にまだ何かあるだろうと、そんな雰囲気だ。
「そうだ! 今は手持ちがないけど、もし、アインボルトさんの情報が確かなら、後でもっと良いものをお礼するよ」
ゲオルグの目がキラリと光った。
「ゲオルグで構いませんよ。もっと良いものとおっしゃいましたね?」
「ああ、言った! この30ギルよりも、もっと価値のあるものをお礼するよ、ゲオルグ」
「分かりました。これは口約束ですが、正式な契約となります。絶対に破ることは許されません。絶対ですよ、タカシ」
「了解した」
ゲオルグは一つ頷くと話し始めた。
「行商人のハンスは、昨日の朝、この商人ギルドにやってきました。とある商会の悪事を告発するということでしたが、それには証拠が足りませんでした。ハンスは証拠を集めてくると言い残して、ギルドを出ていきました。それが昨日の昼過ぎのことです。それ以降は、彼はここには現れていません」
「なるほどぉ」
「はい」
「……それだけ?」
「はい」
ゲオルグはニッコリ笑ってうなずいた。
「それから、この30ギルですが、契約履行までの保証金としてお預かりします」
「あ……、うん。ありがとう」
「はい、お気をつけて」
「やっと出てきたにゃ。遅いにゃ」
ミケコはギルド前でじっと待っていたようだ。俺の姿を見つけるとグッと伸びをして駆け足でやってきた。
「実はな――」
ゲオルグから聞いた話をミケコに話して聞かせた。
「ふんふん、にゃるほど分かったにゃ」
「ホントかよ……」
「本当にゃ。あちしの推理が正しければ、ハンスは墓の中にゃ」
ミケコはいつになく真面目な顔で答えた。
「マジか!?」
俺は愕然とした。
「にゃはははは、面白い顔にゃ。タカシはすぐ引っかかるにゃ、ニシシシ……」
「てめぇ! たいがいにしないとティガ姐さんに言いつけるぞ。こいつは不真面目すぎて使い物にならんってな」
「ぎゃひぃ! それは困るにゃ。姐さんは怒ると死ぬほど怖いにゃ。見つけるにゃ! ハンスの野郎を見つけるにゃ。墓の下からでも見つけるにゃ!」
ミケコは縁起でもないことを叫ぶ。
本当にティガのことを恐れているらしく、ミケコの尻尾はしばらくの間フランスパンのようになっていた。
「まったく……。とは言え、なにかきな臭い匂いがするのは確かだな」
「そういえば、さっきからこの辺りでタカシの匂いがするんだにゃ。タカシじゃないけど、タカシの匂いなんだにゃ」
「なんだよそれ? ミケコよぉ、またつまらんことだったら、分かってるんだろうな?」
「分かってるにゃ! たぶんタカシの匂いが付いた物を持った奴が、この辺りを歩き回ったんだにゃ」
「そうか! ハンスは俺の作ったマントを持ってるはずだ。ミケコ、その匂いを追えるか?」
ミケコはしばらくあちこちで鼻をスンスンとやっていたが、方向が定まったらしい。
「分かったにゃ、こっちにゃ! たぶんこれがハンスの匂いにゃ」
ミケコは犬のように地面に鼻を近づけて、注意深く匂いをかぎ分けながら、ハンスが歩いたであろう道をたどって行く。
いつの間にか昼を過ぎ、そろそろ夕方と言ってもいい時間になっていた。
「ここにゃ! ここで間違いにゃいにゃ!」
「……ミケコさんよぉ、ここって――」
俺たちは、街はずれの墓場の前に立っていた。
「本当だろうな? マジで本当だろうな?」
「マジにゃ! やっぱり、あちしの推理は間違ってなかったにゃ。ハンスの野郎は墓の中にゃ。もう帰るにゃ!」
回れ右しようとしたミケコを押さえつける。
「待て待て待て! 本当にあいつが埋まってるのか、確認しないとダメだろうが」
「バラバラのグログロかもしれないにゃ。そんなの見たくないにゃ」
ミケコは本当に嫌そうな顔をする。
「とりあえず、どこに埋まってるかだけでも教えてくれ。掘り出すのは俺がやるからさ」
「……分かったにゃ」
ミケコは墓場の中をうろうろと嗅ぎまわり、すぐに場所を特定した。
「どうもこの下みたいだにゃ」
そこには墓石がなく、ただ土が盛られていた。
確かに土の色などから見て、昨日今日埋められた感じだった。
「何があったのかは知らんが、知り合いが亡くなるのは嫌なものだ」
俺は墓の前で静かに手を合わせた。
「そろそろ暗くなる。さっさと掘り返さないと――」
「……ぉぉぃ……ぉぉぃ……」
「ミケコ、なんか聞こえないか?」
俺はミケコを振り返る。ミケコは全身の毛を逆立てて、ガタガタと震えていた。
「ゾンビにゃ! ハンスの野郎はゾンビになってるんにゃ」
「ゾンビだって?」
B級ホラー映画でお馴染みのあのモンスターが、この世界にもいるのか。
俺にとってはあまりにもお馴染みすぎて、ゾンビといわれても全然恐怖を感じなかった。
だいたいあんなもの、生き物としておかしいじゃないか。まぁ、実際にそんなものが目の前に現れたら、走って逃げると思うけど。
「……ぉぉぃ……ぉぉぃ……」
「ふぎゃぁ! タカシ、逃げるにゃ!」
走りだそうとしたミケコをなんとか制止する。
「待て待て! これは人の声だぞ。誰かがこの下に生き埋めにされてるんだ!」
それを聞いたミケコがハッと我に返った。
「それは大変だにゃ!」
俺は辺りに落ちていた木の枝を使って、木製のシャベルを二本作り出した。
「ミケコ、急げ! 早くしないと窒息して死んでしまう」
「うにゃぁ!」
俺たちは必死で土をかき出し、木の棺桶を引っ張り出した。
ミケコの怪力があって助かった。俺一人では無理だっただろう。
棺桶の分厚い蓋をなんとかこじ開けると、棺桶の中にはハンスがいた。ボロボロになっていたが、まだ生きていた。
「やっぱりあちしは名探偵にゃ。推理通りだったにゃ、にゃはははは」
墓場にミケコの高笑いが響いた。
「助かった……恩に着るよ」
ハンスはよろよろと棺桶からはい出した。
「まぁあれだ、いろいろと運が良かったよ。あとはミケコの鼻のおかげもあるか」
「そっちの猫族の美人さんはタカシの彼女かぃ? 助かったよ、ありがとう」
だいぶ弱ってはいたが、大きなケガなどはなく、軽口をたたく元気はあるようだ。
「にゃははは、それほどでもあるにゃ。もっと褒めるにゃ」
ミケコは胸をそらして鼻高々の様子だ。
「それはそうと、何か危ないことに首を突っ込んでるようだな」
苦い顔をして、ハンスはうなずいた。
「まぁな。タカシはエンドルフェンって薬の名前を聞いたことはないか?」
「いいや」
「あちしは聞いたことあるにゃ。麻薬にゃ」
「そう、麻薬だ。もともとは眠気覚ましとか、疲労回復薬として売られていたんだが……そのうち乱用する奴が増えてきてな。ようは手っ取り早く気持ちよくなれる薬として使われるようになったわけだ」
「ああ、それで中毒患者が増えて、社会問題になったってことだな?」
前にいた世界でも全く同じことがあった。あったというか、ずっと繰り返されている問題だな。
「そうだ。エンドルフェンの製造販売は今じゃご法度だ。表向きにはな……」
「でも、ジャンキーはたまに街で見るにゃ。その辺を走り回ってるにゃ」
「そうなんだよ。この街ではまだ少ないが、王都なんかだと数がどんどん増えてきているんだよ」
俺はこの街に来たときのことを思い出した。
「あれかぁ! そういえば、意味不明な奇声を上げて走ってる奴がいたが、あいつがそうか」
俺の言葉にハンスは頷いた。
「それはまだ初期の症状だな。早めに麻薬から遠ざければ中毒から抜け出せるらしいが、たいていは無理だ。どんどん薬の使用量が増えていって、薬の毒に侵されて、最終的には廃人になってしまう」
「ふぅん。で、ハンスは麻薬撲滅の活動をしてるってこと?」
「撲滅というほど大それたことじゃないんだが……」
「ということは、あれか。どこかの商会が裏で麻薬の売買に絡んでいて、それを告発したいってことだな。なるほど、それで話がつながる」
「え!? なぜそれを知ってるんだ?」
ハンスが愕然とした顔をする。
「にゃははは、面白い顔だにゃ! ハンスもなかなか味のある顔するにゃ」
「こら、ミケコ」
俺はミケコの頭にチョップを入れる。
「うにゃ! ごめんにゃ」
「この話は、商人ギルドにいたゲオルグ・ド・アインボルトっていう偉そうな名前の男から聞いたんだよ。俺の全財産と引き換えにな」
「なっ!? タカシはギルド長に会って話をしたのか? あんたって、意外に大物だったんだな」
ハンスの驚いた顔を見て、ミケコが笑いをこらえている。
『なんだよゲオルグって、あそこのお偉いさんだったのか。どおりで暇そうにしてたわけだ』
俺は内心でゲオルグに毒づきつつも、話をつづけた。
「まぁ、ともかく、ゲオルグから買った情報からハンスの足取りを追って、今に至るわけだ」
「ニシシシ……、あちしの名推理のおかげにゃ。ハンスは命拾いしたにゃ。あちしたちに飯でもおごるといいにゃ」
「そういうことか……。礼はまた改めてさせてもらうよ。それにしても、タカシはなんで商人ギルドに? 商人だったのか?」
肝心のことをすっかり忘れていた。
「いや、違うんだ。そもそもはハンスに頼みたいことがあって、ずっと探していたんだよ。でも今はそれどころじゃない様だな。で、ハンスはこれからどうするんだ?」
「ああ、告発のための証拠はもう集まった。あとはギルドに戻って報告するだけだよ。タカシ達にもいろいろ証言してもらいたいから、一緒に来てほしい」
その後すぐ、商人ギルドの職員の一人と、某商会のトップが当局に逮捕された。ハンスを襲った実行犯たちは、闇から闇に葬られることになった。
「それにしても、あんた人が悪いな。大体のことを掴んでいて、泳がせていたんだろう?」
「さぁ、どうでしょうか」
ゲオルグは薄く笑った。
「そうでした、これはお返しします」
俺が預けていた30ギルだ。
「いいのか?」
「ええ。あなた達の働きのおかげで、ギルドから膿を出すことができましたから。十分です」
ハンスは商人ギルドから働きが認められて、かなりの額の報奨金をもらった。
ギルド内の地位、というか信用度も上がったらしい。今まで一介の行商人だったが、この街で店を構えることができるようになった。
ギルド長ゲオルグの計らいで、街の中心に近い店舗を格安で借りられることになったのだ。
開店前のハンスの店で、俺たちは今後の方針を決めることにした。
「商品は俺が魔法で作る。陶器や布製品なら原価はほぼゼロだ」
「タカシ、それはすごいことだぞ! 利益は無限大じゃないか!」
ハンスが興奮して声を上げる。
「でもなぁ――」
俺は以前に考えたことをハンスたちに話す。
「なるほど。安売りは出来ないってことだな。まぁタカシの作る物なら、高く売れるはずだから大丈夫だろう」
「そもそも俺の魔力に限界があるから、あまり大量生産はできないんだ」
「あちしとしては、タカシと遊べなくなるのは困るにゃ。馬車馬のように働かせるのは反対にゃ」
「うん。金持ち向けの商品を、ごく少量ずつ売っていくということにするか」
ハンスはうんうんと、うなずくのだった
「とりあえず、見本を作ってきたから見てくれ」
俺は商品見本を机に並べていった。
マント、シャツ、ズボン、靴下、肩掛けバッグなどの布製品。陶器の皿、カップ、壺、人形。
「こいつは……。」
見本を一つひとつ確認したハンスは、驚いたような困ったような顔をした。
「ニシシシ……、ビックリしてるにゃ。久々の味のある表情にゃ」
「ふぅむ……。しかし、これは店には並べられないぞ」
「えっ、どういうことだ?」
ハンスの意外な言葉に、こんどは俺が驚いた。
「すごいことはすごいんだ。でもこれは凄すぎるんだよ」
「凄いなら良いことにゃ。何が問題にゃ?」
ミケコが少し不機嫌になる。
「例えばこのズボンだ。これだけ立体的な形なのに、縫った後がないだろ? 他の布製品もそうだ。あまりにも出来が良すぎる。これだと世間の目を集めすぎるんだよ。面倒なのが寄ってくるかもしれない。タカシに最初に作ってもらったマントだって、結局売るのはあきらめて私が使ってるからな」
ハンスは一息に言うと、ふぅとため息をついた。
「魔法で作るとそうなるんだよ。一体成型されるからな。逆に縫い目を付ける方がたいへんだから」
ハンスの勢いに負け、俺は言い訳のようなことを返した。
「それにだ! 陶器に至っては……、タカシ、これらは国宝級だぞ。こんなヤバいもの私には扱いきれん!」
「そうなのか?」
「これを見ろよ。極彩色の壺とか、こんなもの王宮にもないぞ! 確かに素晴らしいものだし、私も欲しいが……。でもなぁ、これは持ってるだけで命を狙われるレベルなんだよ」
壺のふちを爪で優しく弾いて、ハンスはなんともいえない複雑な顔をする。
試行錯誤の結果、俺は陶器に色を付けることに成功していた。
嬉しくなってみっちりと細工を施していたら、どうやら凝り過ぎてしまったらしい。
「なかなか難しいもんだな。じゃあ、これくらいにするか?」
俺は見本に作った派手な皿を分解して、もっとシンプルな白い皿に作り変えた。
「あっ!」
ハンスはそれを見て、少し泣きそうなせつない顔をして、短く叫んだ。
横にいたミケコが、能天気に笑った。
「にゃはははは、新しい顔にゃ! 面白いにゃ」
「うぐぅ……。タカシ、国宝級だぞ。惜しいことを……」
ハンスはがっくりと肩を落とす。
「どうせ売れないんだし、誰にも見せられないんだろ?」
「しかしなぁ」
「で、この皿はどうなんだ?」
ハンスは新しく作った白い皿を手に持って、入念にチェックした。
「ふぅむ……。この皿は、良いものだ。これなら金持ち相手に高く売れるだろう」
「そうか。じゃあ他のもさっそく、作り変えてしまうか。このまま置いとくと危険だからな」
「ぐふぅ……ううぅむ。そっ……そうだな」
ハンスは断腸の思い、という表情で、俺に同意した。
それを見たミケコがまた笑うのだった。
「にゃはははは、良い顔にゃ」
「ふぅぅぅ……心臓が痛い。そうだ、タカシ。布地は作れないか?」
「なるほど、単なる布地なら問題ないのか」
俺は見本のズボンを分解して、一枚の布地に作り変えた。
「ふむ……。これなら大丈夫だ。普通の上質な布地として、結構高く売れるぞ!」
ハンスは太鼓判を押した。
「布地が売れるんだったら、紙も売れるのかな?」
「紙!? 紙も作れるのか?」
「もちろん。材料は同じだしな」
俺は見本の肩掛けカバンを分解して、紙の束に作り変えた。
「どうだ?」
「むむっ! これはすごく良い紙だ。しかし、良すぎるか……」
普通のコピー用紙をイメージしたのが良くなかったらしい。
俺は紙の束を一旦分解して、今度はわら半紙の束をイメージした。
「うん。これなら上質の紙として高く売れる!」
それから俺は厚みや色合いをあれこれ変えて、いろいろな紙を作った。
「なんと! タカシはいったい、どれだけの物が作れるんだ?
「想像の範囲であれば、何種類でも大丈夫だぞ」
「……そうか」
ということでハンスの店では、いろいろな種類の高級な紙や布地を主に扱うことになった。
店頭にはいくつもの見本を展示し、そこにないものはお取り寄せというていで、俺が後日作って持っていくというオーダーシステムも考えた。
そして金を持ってそうな客には、コッソリと陶器の皿などを売るということにした。昔の無修正ポルノビデオみたいな扱いはちょっと不満だが、それは致し方ない。
「それで報酬だが――」
ハンスの言葉にミケコが被せて言った。
「ハンスが1で、タカシが9にゃ! 商品を作るのはタカシだから当然にゃ」
ミケコはこういう判断が早い。
「待て待て! ここはハンスの店だぞ。接客もハンスがするんだし、普通は折半だろうが」
俺の言葉にハンスは嬉しそうな困ったような顔をした。
「実は私もミケコと同意見なんだよ。私が1で、タカシが9だ。売買の仲介をするときの比率が、そうと決まってるからな」
「いやでも、これは仲介とは違うだろ? 店を構えて商売してるわけだから」
「んじゃあ、ハンスが3でタカシが7にゃ! これ以上はまけられないにゃ」
なぜかおかしな状況になった。
それから交渉は揉めにもめ、1時間ほどかけてようやく取り分が決定した。
「あちしが1、ハンスが4、タカシが5にゃ! これで文句はないにゃ?」
ミケコが金色の瞳を見開いて、どすを利かせた声で宣言した。
「「……はい」」
俺の異世界での生活は始まったばかりだ。
ポケットには30ギルしかなかったが、何も不安はなかった。
終わり




