教官の試し
放課後の学園は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
僕は一人、演習場の扉の前に立たされている。
「入れ」
低い声に押されて扉を開けると、そこは広大な石畳の訓練場だった。夕陽が差し込み、床に長い影を落としている。
中央にはヴォルフ教官が立っていた。腕を組み、鋭い目で僕を射抜いてくる。
「ルカ=ヴォイド。昨日の力、もう一度見せてもらう」
「えっ……あれは、その……」
「言い訳は聞かん。やれ」
獣のような眼光に射すくめられ、思わず背筋が強張る。
(ほらな、相棒。ついに本格的に試されるぞ)
腰のネメシスが楽しげに笑う。
「黙ってて……今は本当に緊張してるんだから」
ヴォルフ教官が片手を上げると、石畳に魔法陣が広がり、数体の訓練用魔導人形が現れた。鉄製の巨体が軋む音を立て、赤い目を光らせてこちらを睨む。
「お前にはこれを相手にしてもらう。全力でな」
「ま、待ってください! 僕はそんな……」
「始め!」
号令と同時に、人形たちが動き出した。鉄の脚が床を鳴らし、腕から火球が放たれる。
「うわっ!」
必死に転がってかわす。火球が壁に当たり、爆ぜる音が響いた。
「な、なんでだ……昨日みたいに、何も起きない……!」
(へっ。お前が“誰かを守る”気持ちになってねぇからだろうな)
「そ、そんな条件……!」
(あるんだよ、相棒。俺はそういう剣だ)
ネメシスの声が耳の奥で響く。だが人形は容赦なく迫ってくる。剣を抜く手が震え、足がもつれそうになる。
「しっかり立て! その程度か!」
ヴォルフ教官の怒号が飛ぶ。
その瞬間、一体の人形が火球を連射してきた。避けきれない――!
「っ……!」
無意識に剣を構えた瞬間、腰の奥から冷たい衝撃が走った。
バシュウッ!
火球が目の前で霧散した。まるで存在そのものを飲み込まれたかのように。
鉄の腕が振り下ろされるが、それも剣が触れた瞬間に黒い光に飲まれて砕け散った。
「……っ!」
僕は息を切らしながら呆然と立ち尽くした。
ヴォルフ教官が目を細める。
「やはり……虚無」
「きょ、虚無……?」
「すべての魔法を無効化し、存在を喰らう力。だが制御不能だな」
人形は一瞬で無残な鉄屑に変わっていた。僕は手の中の剣を見下ろし、背筋に寒気が走る。
(やっと本領発揮だな、相棒。ゾクゾクするだろ?)
「……全然、してない!」
膝が笑いそうになる。これは本当に僕の力なのか。危険すぎて、怖すぎて。
ヴォルフ教官が近づいてくる。
「制御できぬなら危険極まりない。だが……使いこなせば最強だ」
「僕に、そんなこと……」
「次の序列戦で証明してみせろ」
鋭い眼光に射抜かれ、言葉が出なかった。
「できなければ……この学園にお前の居場所はない」
突き放すようなその一言が、胸に重く響いた。
(ははっ、最高だな! 崖っぷちこそ俺たちの舞台だぜ、相棒!)
「やめてよ……僕は……」
握った拳が震える。だが、もう逃げられない。
虚無という力を背負わされてしまったのだから。
今回はヴォルフ教官による「試し」の回でした。
訓練用の魔導人形を相手に、ルカは再び“虚無”の力を発動。
偶然ではなく本物――それがはっきり示された瞬間でした。
ただし、力は制御不能。
発動の条件も不明確で、使えば周囲をも巻き込む危険さえある。
そのため教官から突きつけられたのは、「序列戦で証明しろ」という厳しい挑戦状でした。
崖っぷちに立たされたルカが、この先どのように仲間たちと向き合い、力を使いこなしていくのか――。
次回からは、いよいよ序列戦に向けた動きが始まります。




