逃げても追ってくる声
プロローグでビビりまくったルカですが、第1話ではさらに“ある存在”に追いかけられます。
シリアスとギャグの間を行ったり来たりする物語を、気楽に読んでいただければ幸いです。
――倉庫から全力で逃げ出した僕は、まだ胸を押さえていた。
心臓が暴れ馬みたいに跳ね、呼吸はガタガタ。
あんなの、もう二度と近づきたくない。
「はぁ……はぁ……絶対やばい……。喋る剣とか、あり得ないだろ……」
幻聴かもしれない。いや、きっとそうだ。そうに違いない。
だって剣が人に話しかけるなんて聞いたことないし。
僕が壊れてきてるだけだ。そう思い込もうとした。
その時――。
『――逃げるな』
「ひゃっ!? ま、またぁぁ!?」
僕は飛び上がった。
声だ。はっきりとした声が、また頭の奥で響いた。
辺りを見回すけれど、廊下には誰もいない。
「ちょっ、やめてよ……外に出ても追ってくるの!? お前、ストーカー剣かよ!」
『……誰がストーカーだ』
「しゃ、喋った!? やっぱりお前かぁぁぁぁ!」
半泣きで叫ぶ僕の耳に、重々しい声が続く。
『我はネメシス。虚無剣ネメシス。お前を待っていた』
「……虚無剣……ネメシス?」
名前まで名乗ってきた。剣のくせに。
いや、逆に名乗られると、余計に怖い。
しかも“待っていた”ってどういう意味だ。僕を? なんで?
「……う、うそだろ……僕なんか待っても無駄だって……。だって、魔力ゼロだし、役立たずだし、家でも村でもバカにされ続けて……」
自分で言ってて情けなくなる。
でも、それが事実だった。
『――だからこそ、だ』
「へ?」
『虚無は空であり、余白。魔力を持たぬお前だけが、虚無を受け入れられる』
「……えーっと、難しい言い回しされてもわからないんですけど」
『すぐに理解せずともよい。いずれわかる。お前は器だ。他者の魔法を喰らい、己のものとする器』
「……なにそれ……説明聞けば聞くほど怖いんだけど!? そんな物騒なこと、僕には無理無理無理!」
必死に否定するけど、声は重く、静かに押し寄せる。
『選ばれようが拒もうが、お前の中に虚無は芽生えた。抗っても無駄だ』
「な、なんかストーカーのセリフみたいだからやめてぇぇぇ!」
叫びながら頭を抱える僕を、声は冷静に包み込む。
理解できない。怖い。
でも心臓の鼓動が、さっきとは違う意味で高鳴っていた。
――僕だけに語りかける、この声。
怖いけど、逃げ切れない。
きっと、もう後戻りできないんだ。
◇
翌朝。学園の最下層クラスに出席すると、いつもの日常が待っていた。
「おい無能、今日も雑用よろしくな!」
「モップ係はルカの専属だもんな!」
机に突っ伏した瞬間、同級生たちの声が飛んでくる。
平民の生徒からもバカにされる。名門ヴォイド家のくせに、魔力ゼロで、ただの足手まとい。
教師もまともに相手をしてくれない。
「……はいはい、わかりました」
僕は苦笑して受け流した。反論すればもっと笑われる。
それに、言い返す気力なんて最初から持ち合わせてない。
でも昨日の残響が、頭の奥でまだ鳴っていた。
『お前を待っていた』
『器』
僕だけに語りかけた、あの声。
本当に幻聴なら、こんなに胸がざわつくはずがない。
「……ああもう、やめてくれよストーカー剣……」
机に顔を埋めて呟いた。
誰にも聞こえないように、小さく、小さく。
◇
夜。寮のベッドに潜り込んでも、鐘の残響は耳から離れなかった。
「無能」と呼ばれた僕が、なぜか「虚無剣ネメシス」に選ばれた。
それが何を意味するのか、まだ何一つわからない。
ただひとつ確かなのは――。
「……ストーカー剣、マジでやめてくれ……」
枕に顔を押しつけて呻きながらも、心のどこかがほんの少しだけ、震えていた。
恐怖と、期待と、まだ言葉にできない何かで。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
虚無剣ネメシス(※本人はストーカー剣と呼ばれています)が、物語にどう関わるのか。
次回以降も楽しみにしていただければ嬉しいです!




