虚無の力、授業を救う?
王立レグナリア魔導学園の訓練室は、広さだけなら小さな体育館ほどある。
高い天井に吊るされた魔導灯が白々しく輝き、中央には半円状に並べられた台座。
その上に据えられた水晶球が、授業の課題を映し出していた。
「では、各自。魔力を水晶に流し込み、安定した球体を形成しろ」
教師の声が響くと、クラスメイトたちは一斉に集中の気配を漂わせる。
空気がピンと張りつめ、静けさの中に魔力のざわめきが重なった。
水晶球の中に、淡い光の粒が現れる。
やがてそれは丸い球体を形づくり、淡く脈動し始めた。
「ルカ、お前は記録をしてくれ。維持できた時間を正確に測ってな」
はい、と小さく答える。
僕に魔力はない。光球を作るなんて無理だ。
だからこうして、ペンと紙を手にして後ろから見守るしかない。
(……ゼロの僕にできることは、数字を書くくらい)
隣ではマルコが水晶とにらめっこしていた。
「うおっ、なんだこれ! 全然丸くならねぇ!」
「形が歪んでるわよ、集中なさい!」ティアがぴしゃりと叱る。
よく見ると、マルコの水晶の中には妙なハート型の光球がぷかぷか浮かんでいた。
「ちょ、ちょっと!? これ絶対笑わせにきてるでしょ!」
後ろの女子たちが吹き出し、訓練室の空気が少しだけ和む。
僕は苦笑いを漏らしながら、必死にペンを走らせる。
笑い声の渦の中で、ふと胸の奥が冷たくなる。
(……僕もああやって魔力を操れたら、笑い合えたのかな)
そのときだった。
「う、うわあああっ!?」
甲高い悲鳴が訓練室に響く。
前列の生徒の水晶が強く脈打ち、ひび割れた。
次の瞬間、光球が暴れ出し、バチバチと火花を散らす。
焦げた匂いが鼻を刺し、空気が一気に熱を帯びた。
「下がれ! 暴走するぞ!」
教師の怒声に、生徒たちが慌てて距離を取る。
机が揺れ、床に転がるペンの音がやけに響いた。
僕も思わず後ずさった。だが——。
(……行け)
腰の剣、ネメシスの声が頭の奥に突き刺さる。
(……お前の力なら、断ち切れる)
「っ……!」
気づけば、僕の足は前に出ていた。
震える腕を伸ばし、ひび割れた光球へ——。
スッ、と空気が静まり返った。
あれほど荒れていた魔力が、一瞬で消え失せる。
残されたのは焦げた匂いと、呆然と僕を見つめるクラスメイトたち。
「き、消えた……!?」
「嘘だろ……」
ざわめきが広がる。
僕は掌を見つめた。
さっきの感覚。
結び目をほどいたみたいに、魔力の暴れを断ち切った……そんな感覚。
(……ふむ。偶然ではないな。今のお前は、確かに“掴んだ”)
ネメシスの声が誇らしげに響く。
「ルカ、もう一度やってみろ」
教師の鋭い声に心臓が跳ねた。
「えっ……!? いや、今のは偶然で……」
「試す価値はある」別の教師が低くつぶやく。
「……だが虚無は諸刃の剣。失敗すれば全員が危険だぞ」懐疑の声が刺さる。
「興味深い……観察の余地がある」冷たい視線もあった。
教師たちの態度は三者三様。
けれど、どの目も僕から逸れなかった。
「……やるしかないのか」
(……赤子でも二歩目くらいは踏めるだろう)
ネメシスの挑発に、歯を食いしばる。
もう一つの水晶が脈動していた。
僕は深く息を吸い、掌を重ねる。
頭に浮かんだのは、さっきの「結び目をほどく」感覚。
スッ。
光が、消えた。
今度は、僕の意思で。
「……できた」
思わず声が震える。
その瞬間、教室は爆発したように歓声に包まれた。
「すげぇ!」
「やっぱ黒クラスの希望だ!」
「……調子に乗らないことね」ティアが冷たく言い放ち、マルコの肩を叩きつける。
ドタバタと笑いが戻る中、僕は胸の奥を押さえた。
(……本当に、僕でもやれたんだ)
不安と小さな自信が同居する。
(……勘違いするな。我が在るからこそだ)
「……ありがとう」
思わず口にした言葉に、ネメシスはふっと鼻を鳴らす。
(……ふん、分かればいい)
「ルカ! 顔赤いぞ〜!」マルコの茶化しが飛び、
教室は再び笑いに包まれた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
今回の授業で、ルカが「自分の意思で虚無を扱えた」瞬間が出てきました。
まだまだ不安定だし、本人も半信半疑ですが……小さな一歩が大きな違いになるんじゃないかなと思います。
ルカにとっては「やれた!」っていう喜びと同時に、「本当に大丈夫なのか?」っていう不安がこれからもつきまとうはずです。
どうか温かな目で見守ってください!




