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第3話『シュウルヘイム王国 王は王であるために、聖女は聖女であるために』


シュウルヘイム王国の王都に到着すると、そのまま私は後宮入りさせられた。

帰還したのは日没ぐらいの時間であり、後宮に到着するとそのままアルヘイム王子の助けを得ながら私の為に作られたらしい神殿の中に入った。


神殿の出入り口には1人の侍女頭を筆頭に、侍女・執事や神官が待っていて、皆が口を揃えて跪き、頭を垂れた。



【聖女スルナ・アレクサンドリア様。お初にお目にかかります】


「我が、アリス・シオリーナを筆頭に、150名の者達が貴方の手となり足となり、そのお身体の療養、また日々の生活の助けになればと存じます」



目の前にいた、黄金色の髪のアリスという女性。いや――少女?


歳は18くらいと、アルヘイム王子と年齢が近いようにも見える。



「ん。ああ」



アルヘイム王子とアリスさんを比べてみていたら、その視線に気づいたアルヘイム王子が拳を自分の手のひらに置いて、教えてくれた。



「彼等彼女等は『リューク』の種族なんだ。今は怖がらせるかなと思って、角は閉まってもらっている。

君の国は人族の方が多いんだってね。でも、ここはシュウルヘイムは統べる王こそ人ではあるけど、臣下は多種族なんだ。『リューク』の種族は、今じゃあまり聞かないよね」

「……」



『リューク』。それは、青竜と人との間に生まれた、『癒しの竜人』と呼ばれる種族の者達の事。

『五竜』と呼ばれる古の神竜が、この世界にはいる。『青竜』『緑竜』『黄竜』『赤竜』『白竜』の五竜。そのうち、『青竜』はリュークという竜名だったらしく、そのまま『癒しの竜人』は『リュークの種族』と呼ばれている。


竜人は基本的に寿命が長い。人によっては、200年生きるリュークもいるのだと。



「初めて見ましたか? リュークは」

「……そう、です、ね」

「大丈夫です。歳若い者はここにはいません。聖女様にお仕えする身、裏切りなどないように、ここにいる者達は皆、『リューク』。竜は誓いを破ることはなく、我々の忠誠はこのシュウルヘイム王に捧げています」

「……」

「まぁ、そう言われても信じられないですよね」



そんなに疑いの目が全面に出ていただろうか。

今でヴェールを被っていて、顔は見えていないはずだが、それでもアリスさんはにこやかな笑みで私の心中を察してきた。



「すぐに信じてほしい、なんてことは言いません。でも、いつか。信じてください。私達は貴方の世話兼護衛を行ないますから」

「……わかり、ました」



こくりと頷くと、アルヘイム王子が「あ」と何かを思い出したような声を上げ、



「ちなみにだけど、君に仕える臣下だけど、俺、リード、ホルンヘイム、ウルヘイム兄上の四人だから」

「はい?」

「殿下。その説明は幾ら何でも飛ばしすぎよ……」



私は言われたメンバーに目が点になった。

俺。それは、アルヘイム王子のことだろう。で、リード。リードは後ろにいるリードさん。ホルンヘイム……。『ヘイム』の名がついてるから、恐らくアルヘイム王子の弟、つまり王族。で、ウルヘイム国王。

ほわーい???



「ここでは、聖女の方が位は上なの。聖女は王権よりも上の地位にある。ゆえに、そう簡単に君の臣下を多くさせるのもよくないし、君の病状を知っているウル兄上が君の癒し手になれる者達を選抜した結果」

「そうなった、と」

「正解」



ぱちぱちぱちーと拍手してきたが、それでもまだ分からん。



「君が望んだ相手も別に臣下にしていい。必要とあれば、ウル兄上にいえば何でもしてくれるよ」

「私は悪の女帝か何かですか……」

「ふふ。こんな可愛い子を悪の女帝にしたらそれはそれ面白そうだけど、兄上が悲鳴をあげるからご辞退お願いしようかな」



にこにこ顔のアルヘイム王子は私のことをそっと支えつつ、歩こうとすれば小刻みに足が揺れていることに気づき、普通のことのように横抱きにしてアリスさんに渡した。

さすが竜人、力がある。



「この子を頼む。この子を覆う包帯はとってくれ。必要とあれば、ウルヘイム王かオレに取り次いでくれ、すぐに来る」

「分かりました」



ぽかぽかする。アルヘイム王子の治癒魔法と似たような温かさが、アリスさんから香る。

流石、『癒しの竜人』なのだろうか。



「じゃ、スルナ様。今日はゆっくり旅の疲れを癒してくださいますよう、お願い申し上げます」



そう言って、アルヘイム王子は私の額に布越しで口づけをした。

ふわっと、また呪いの紐が解けるような感覚に合う中、すぐに呪いがその『穴』を塞ぎに来る嫌悪が襲う。

ぽかぽかして、ふわふわする。


王子とリードさんをお見送りしてから、アリスさんは的確な指示で私を浴場へと連れて行った。



「湯あみをしなければなりません、まだ、起きていられますか?」

「んー……。ぅん」

「これは……。完全に私達の霊力に当てられてますね……。でも、大丈夫ですからね」

「……ぅん」



もう頭がとろとろに溶けてしまいそうだった。疲労感からか、凄い眠気が襲うし、少しだけ身体が冷えている。


嗚呼、あったかいのに、寒いなぁ。


そんなことを想いながら、私はアリスさんの手によって湯あみさせられ、気づけば包帯も取られていた。

到着して1時間30分後には、アリスさんの手で私は聖女の寝室らしい場所に寝かされていた。



「おやすみなさいませ」



その声を聴きながら、私は意識を悪夢の中へと落とした。



※※※



「ーー帰ったか」


夜。未だ公務をしている兄の所に、アルヘイムは足を運んでいた。

アルヘイムだけではない、後ろにはリードが従者として仕えるようにして共に来ていて、王の執務室に入ればそこにはもう一人、歳若い少年がいた。



「うん。ただいま、ウル兄上、ホルン」

「おかえりぃー!アル兄上! リードもお疲れ!!」

「ウルヘイム様、ホルンヘイム様、ご無沙汰しております」



美しい艶のある金の髪を肩の位置まで伸ばしたその少年--ホルンヘイムはアルヘイムに真正面から抱き着き、兄の帰還を歓迎した。

ホルンヘイムはにこにことその深紅ルビーの瞳を細め、屈託のない愛嬌のある笑みを浮かべながら、奥の執務机に座って紅茶を啜っていたこの国の王に視線を向ける。



「ウル兄上も何か言いなよぉー。いつもの怖い顔がさらに怖くなってるけど?」

「俺はいつも、こんな顔だ」

「だから嫁1人も見つからないんだよぉー?」

「ぐっ……」



弟の辛辣な言葉に、ウルヘイムは眉間に皺を寄せた。

そう、今回後宮を聖女を守る砦として活用できたのは、このウルヘイム王の見た目に原因がある。


ウルヘイム・シュウルヘイム王。

この国の若き王であり、齢15で即位し、現在21。

普通、10代前半には許嫁か婚約者がいるものだが、なにせ、この顔である。


美形なのに、顔立ちは整っているのに、綺麗な銀の髪なのに、その先端は黒く染まり返っている。


黒は瘴気を象徴とするもの。


そのせいで貴族といえど、娘を差し出す気にはなれず、今は婚約者もいない孤高の王。



「……で。どうだった。スルナ嬢の容態は」

「ーん、ちょっとやばいかも?」


顎に指を添え、アルヘイムは後ろにいるリードと頷きあいながら、再びウルヘイムに視線を戻した。



「スルナ嬢の身体は全身の皮膚組織と筋肉組織全てに『天然の呪い』が罹っている状態になっております」

「よくあれで痛みがないと思うよ。多分、あっちの国で薬のようなものを服用して、苦痛を消していたんだと思う」

「口は回るのはそれは病的なものじゃなくて、呪いから来るものですから」

「でも、歩行するにも人の手は必要だったね。見てられなくてお姫様抱っこしちゃった」

「本人に何度もあのような死に生かすような処置しかされていない理由を問わせていただいても、国家機密だからと一点張りで…」

「護符代わりの包帯は呪いで蝕まれる身体を癒す魔法と同時に、呪詛魔法。つまり、『天然の呪い』が癒されないように癒しを跳ね返させる魔法が使われていたーー」



と、アルヘイムとリードが代わる代わる説明をしていると、バキッ!!と物凄い音がウルヘイムから奏でられた。

びっくりしてその場にいた全員がウルヘイムを見ると、顔こそ平然たる様子を保っているようだったが、壊れたペンを持ち、手にインクを滴りさせながら黙り込んでいた。



「物に八つ当たりするのは、よくないよー」



ホルンヘイムが窘めるように言えば、「そうだな」とウルヘイムは瞑目し、壊れたペンをゴミ箱に捨てて息をひとつ突いた。



「アリスに包帯は取ってもらうようにお願いした。『癒しの竜人』であるアリス達の持つ霊気に当てられれば、少しは呪いも収まると思う」

「ですが、私の治癒魔法やアルヘイム殿下の治癒神術でも、癒し終えることは出来ませんでした」

「そうか。お前達でも、か」

「はい。今の今まで、我々は魔王軍から民を守るため、様々な手を尽くしました。先代聖女様が残した『神聖石』の在庫はもうありません。スルナ嬢には酷ですが、今の病をすぐにでも取り除いていただく必要があります」



そう。それが、今のこの国の現状。

聖女なき今の今まで、国庫にあった神聖石を砕いて神聖力を吸収、それを元に戦闘を行っていたのだ、が。

それもついこの間、底を尽きた。


そこで苦肉の策として、有り余る霊石を必要とする皇国と交渉し、スルナを手に入れた。


最初は、臣下達から大批判があった。

体が弱く、病に犯されている聖女が来ても、国に瘴気が綻びるだけだ、と。



「そうだな……」



オルヘイムは考えぶかそうに肘掛に肘をついて、瞼を閉じる。



「明日、様子を伺いに行く。俺が行けば、ある程度取り除けるかもしれん。夜はアリスに伝え、代わる代わる竜人の癒しで呪いを押さえ込め」

「御意」



リードが頭を下げ、早々と部屋を後にする。

王族だけ、兄弟だけになった今。

オルヘイムは少しだけ呟くように言った。



「スルナ嬢は、あの時のことを覚えているだろうか」

「あの時って、スルナ嬢の聖女即位式のこと?」



目をぱちぱちと瞬かせるアルヘイムに小さく頷いて肯定する。



「そういえば、凄いスルナ嬢をここにいれることを推してたけどどうして?」

「アルヘイムも、見たら分かったはずだ」



こつ、こつ、こつ、と人差し指で肘掛けを軽く叩いてから、オルヘイムは言った。



「あの子はーー負の瘴気を自身の肉体に取り込むという能力の持ち主だ。聖女の力とはまた別の、彼女自身の特性と言ってもいい」

「……じゃなきゃ、あの子のあの状態は説明がつかない」

「『活ける聖女』『生き人形』『死に生かされる幼き娘』……。あちら側に行った際に、あの子に対して大人達が下していたこと。それを聞き、凛と佇むスルナ嬢を見て、どうして何もせずいられるか」

「つまり、兄上はスルナ嬢を助けるために?」

「……あの皇国の、国王陛下は狂ってる。静かに、その心中を察せたのは、数少ない重鎮とスルナ嬢のみだろう」



ぎしぃ、と椅子が揺れる。オルヘイムの脳裏に過るのは『聖女即位式』にて行われた『聖女の祈り』とその後の晩餐会でのスルナの表情。


誰が気づけないでいられようか。


誰が知らないふりでいられようか。



『初めまして。若き王様。此度は、オルベル皇国へと足を運んでいただき、誠にありがとうございます』



聖女の正装を纏い、公爵令嬢としての礼儀作法を完璧に覚え、女神のような微笑みで挨拶をする。

でもその微笑みの下には辛く苦しく呻く影があり、まだ10にも満たない子供が少しの化粧で血色を隠すなど言語道断。

それを許容している幼き婚約者や皇帝陛下は一体どのような思惑があるのか。



『……君は、君が死んでいいと思っているのか』



気づけば、聖女にそんな口を聞いていた。

それを聞いていたのは聖女の侍女らしい人物と聖女のみで、聖女であるスルナは驚いたような顔をしつつも、すぐに唇を引き結び、言う。



『はい。それで、民を守れるのなら』



ーー嘘だ。

聖女としては正しい回答。国のことを想い、国に忠誠を誓っているような発言。

試している、とスルナは思っていたのかもしれない。

自分の胸に手を当てて、百点満点の回答を述べると神官に呼ばれ一礼をしてどこかへと消えてしまった。



「修羅の道など、行かせてやるものか」



まだ幼い、まだ遊んでいい年ごろ。笑って泣いて、悲しんで。

三人いる自分の弟と同じように過ごしてほしいと、だけど――その背中はとても冷たく、歩みを進める道は暗く、険しい。



「協力してくれるな?」



長男の要望に、弟たちは拒否する理由はない。

アルヘイムとホルンヘイムは顔を見合わせ、共に頷きあった。



「「勿論―-っ!」」



シュウルヘイム王国の王は、王として民を守る以前に――王は王であるために、聖女の幸せを望む。


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