香水令嬢と秘密の恋〜しがない子爵令嬢は、謎の貴公子から恋の相談を受けたのですが、恋の魔法をかけられたのは私だったようです~
「こんな香りを求めてたの! ありがとう!! これで好きな人に告白できるわ!」
「良い結果になりますように。またお待ちしております」
お客様は嬉しそうな顔で店を後にする。
そんなご令嬢を見送り、店前で深々とお辞儀をした。
私は元々子爵家の三女である。
一番上の姉は公爵家に嫁ぎ、二番目の姉はお婿様をもらい実家を継ぐことになっている。
それで三番目の私はというと、姉たちに「お姉ちゃんたちが家は守るから、あなたは好きなことをしなさい!」と言ってもらえたおかげで、街で香水屋を開いて過ごしている。
実家にはたまに顔を出すのですが、お父様とお母様には「もっと顔を見せなさい! 心配するでしょ!」と叱られているのだが……。
しかし、香水屋は私一人で営業しているため、なかなかお店を空けられない。
お店は来月までびっしり予約が埋まっているので、大忙しな状態。
お父様とお母様には申し訳ないけど、私はこの香水つくりのお仕事が大好きでたまらない!
こんな私は巷でこう呼ばれているようなのだ。
『香水令嬢』と──。
「ねえ、リリィ~! まだ寝てるの?」
「クラウディア、僕はまだ眠いから起こさないで~」
「そんなこと言わないで早く起きてちょうだい! お布団干せないでしょ!!」
そう言って私は精霊であるリリィの布団を取り上げる。
布団に引っ張られてそのままリリィは床に落ちてしまった。
「いたたた……何も無理矢理はがさなくていいじゃないか!」
「リリィが悪いのよ~ほら早くしないとお店の開店時間になっちゃう!」
リリィという名前ではあるが、彼は男である。
猫のような可愛い耳と愛らしく誘うような尻尾の見た目を見て、彼と初めて会った私は勝手に女の子だと思い込んで名前をつけてしまったのだ。
そんな彼とは幼い頃に森で出会い、泳げない彼が湖に落ちているところを助けてあげて以来の仲だ。
「恩を売ったままにしたくない」と香水づくりの助手として、私の「調香師になって香水でみんなを幸せにする!」という夢を叶える手伝いをしてくれている。
さて、そんなせわしない朝を迎えて、開店したお店だが、珍しく人が来ない。
予約は二日に一件ほどであるからいいとして、ふらりとやって来るお客様がいないのも珍しい。
「今日はマーケットをやってる日だし、お客様来てもいいはずなんだけどな……」
もう予約分の香水はつくり終えてしまったし、何もすることがない。
私は暇を持て余して思わずリリィで遊んでしまう。
「ねえ、リリィ」
「なんだ?」
「なんかおもしろいことやって」
「無茶言うなっ! それに僕は精霊だぞ、いつまでこき使うんだ!!」
「だって、私は命の恩人でしょ? 少しだけ助けてくれてもいいじゃない」
そう言いながら彼から「毛」を受け取った。
彼の毛をセイラード水に混ぜて私の魔法をかけると、私の香水の基礎成分である「森の成分」が出来上がる。
この成分が他の香水にはないものだと、ご令嬢たちの間で話題になり、たちまちうちの香水は大人気になってしまった。
新しい香水でも試作しようか、と思っていた時、店のベルが鳴った。
「あのーこちらにクラウディアさんはいますか?」
「あ、はい! いらっしゃいませ! クラウディアでしたら、私ですが……」
淡く青い髪と少し赤みがかった目をしたお客様はなんとも見目麗しい。
フードつきのローブを着ているが、隙間から見える洋服からどう見ても良家のご子息のように見える。
うちはメインターゲットを女性にしているので、男性のお客様は珍しい。
誰かへのプレゼントだろうか。
そんな風に思いながら、彼に尋ねてみる。
「どんな香水をご所望ですか?」
「あの……好きな人を振り向かせる香水が欲しいんですけど……」
どうやら彼は『恋成就の香水』をお求めのようだった。
『恋成就の香水』はうちの一番人気の香水で、自身につけて恋の相手に会うと恋愛が成就するという特別な香水である。
これには恋の相手のイメージを教えてもらう必要があるため、早速彼に質問してみる。
「『恋成就の香水』をご所望ですね! では、振り向かせたい方の特徴を教えていただけますか? 容姿とか雰囲気とか、好きなものとかわかりますか?」
すると、彼は少し考えた後で私にイメージを伝えてくれる。
「えっと……綺麗よりもかわいい雰囲気で、茶色い髪をしています。好きなものは、たぶん甘いものかと」
かなりざっくりとした情報ばかりだった。
もう少し深堀して聞いてみる。
「その方のイメージの色はありますか?」
「オレンジ……でしょうか」
「わかりました。これからおつくりするので、よかったらお席におかけください!」
そう言って私はソファに案内する。
彼に紅茶を出した後、早速調香に取り掛かる。
「リリィ」
私はベースの材料を溶かしながら、尋ねる。
「彼の魂って何色してる?」
「う~ん。彼は空色だな。髪色によく似た色をしている」
「わかった、ありがとう」
空色ってことはこんな感じで、このメギラの葉とトウの実をいれて混ぜて……。
ビーカーでそれらを混ぜ合わせ、森で汲んだ水を加えてひと煮たちさせる。
そして、最後に魔法をかける。
すると、一気に水は空色に変わった。
あとは出来上がった香水を冷ませば、完成だ。
紅茶を飲みながらお客様の彼は興味深そうにこちらを見ていた。
私は彼に声をかける。
「お客様、あとは待つだけです」
「そうですか! こちらで待たせていただいても?」
「もちろんです! よろしければ店内も自由にご覧ください!」
いくつかの香水を案内した後、二人でお茶をして待つことになった。
「好きな人はどんな方なのですか?」
私が尋ねるととても穏やかな表情をして、彼は答える。
「優しい方です。僕が前に街でこう……ごほん、仕事をしていた時に彼女は見ず知らずの僕に声をかけてくれて、そのおかげで仕事がうまくいったんです」
「へえ、なるほど~!」
お客様はとても所作が綺麗で美しかった。
やはりどこかのご令息であるのは間違いなさそうだ。
そんな時、彼と目が合った。
その瞬間、思わずドキッとしてしまう。
「あ、すみません!」
「いえ、私のほうこそ! お茶を飲む所作が美しいなと見惚れてしまいました……」
そんな風に言うと途端に恥ずかしくなって、頬が熱くなってきた。
「お、お客様っ! もう出来上がったようです!」
「そうですか! ありがとうございます」
そう言いながらこちらに向かってきて香水の瓶を私から受け取ると、そっと匂いを嗅ぐ。
「いい香りですね」
「ありがとうございます!」
プレゼント用の包みをしようとした瞬間、彼の手に止められる。
「え?」
「これ、ここで使ってもいいですか?」
「え、ええ……もちろんです!」
そっか、今からデートだったのかもしれない。
私は彼に香水の瓶を手渡すと、彼はおもむろに手首と胸元にかけた。
すっきり柑橘系の中に、ふんわりした甘さが私の鼻をくすぐる。
「気に入っていただけたでしょうか?」
「はい、とても!」
「想い人様へ、想いが伝わりますように」
そうして祈りを込めると、彼は私の前で跪いた。
「え?」
私が戸惑っていると、彼は私の手を取って告げる。
「私の婚約者になっていただけませんか?」
「え?」
どういうことかわからない。
私の頭が混乱していると、彼は申し訳なさそうにして言う。
「騙すつもりはなかったのですが、実は私の振り向かせたい人は、あなたなのです」
「え、私、ですか?」
「私は街であなたに助けられました。宝飾店不正納税事件で店内に居合わせたあなたが、私に領収書の偽装を見抜いて教えてくださった。あの時から好きで……」
その事件には心当たりがあった。
半年前にたまたま宝飾店に居合わせた時に領収書の偽装に気づき、彼の助言をしたのだ。
あれ……でも、その彼って……。
目の前の彼はフードを脱いで、深々と頭を下げた。
「クロリエ王国第一王子、セシル・グリーディンでございます。あの時は大変お世話になりました」
「セシル殿下……!?」
私の中でようやく記憶の中の彼と今目の前にいる彼が一致した。
そして、彼が殿下だということも……。
どうして気づかなかったのだろう。
そんな風に思っていた私は彼にある疑問をぶつける。
「でも、好きな人って……」
「あなたのことです。全てあなたに当てはまっていませんか?」
そこまで言われて初めて気づく。
確かに私は茶色い髪だし、甘いものもよく街でみかけて食べている。
甘い物が好きって知ってくださっていたんだ……。
そんなことも嬉しくてたまらない。
「だから、私の好きな人クラウディア嬢、私と婚約していただけませんか?」
「でも私は子爵家の三女で、今は香水をつくる調香師として身を立てています。とても殿下に釣り合うとは……」
「いえ、私はあなたがいい。あなただから恋をして、添い遂げたいと思ったのです」
私はそんな殿下に一つだけ条件をつけた。
「ですが、この香水屋はやめたくないです! それでも構わないのですか?」
到底無理な話だと思った。
これで諦めてくださるだろう。
そう思った私の考えは甘かったらしい。
「大丈夫です! 香水の研究室もなんなら王宮に新設しましょう。あなたがいつでも香水を作れるように、そしてこのお店もぜひ続けてください」
こんなに言われて真っ向から断れるわけはなかった。
私は殿下のお申し出を承諾し、お付き合いを始めて見ることにした。
そんな私が殿下を好きになって、王妃となるまであと三年──。
◇◆◇
クラウディアが王妃になった頃、セシルと精霊リリィが彼女の後ろで話をしていた。
「お前もなかなか一途だな」
「おや、なんのことですか?」
「お前がクラウディアに初めて会ったのはもっと前だろう? 不正事件よりずっと昔、五歳のお前が王宮を抜け出して森を抜け出してきた時だ」
「そんなこともあったかもしれませんね」
セシルはくすりと笑って昔を思い出す。
『ねえ、あなたはだあれ?』
『僕はセシルだ。お前は?』
『クラウディア。あなたは何をしているの?』
『疲れたからここにいる。お前は何をしている?』
『薬草をつんでいるの。この薬草ね、こうすい?になるんだって。お母さんがおしえてくれた』
『香水?』
『いい匂いがするんだよ。私、将来香水屋さんを開くから、絶対その時は来てね!』
『ふん、僕がそんなところに行くものか』
そして少女は少年にふっと笑いかけて言った。
『あなたにぴったりの香水を作ってあげる! それで香水が恋の後押しをするの。素敵だと思わない!?』
その純粋無垢な笑顔と夢を語る姿に、少年はすでに恋に落ちていた──。
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