98.敵軍港空襲!
製作発表会の感触は好評であった。
イケる!と社長もリック監督も手ごたえを感じた。
オショさん監督は、内心に疑問を感じていた、と後に語った。
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特撮班の最初の撮影は、大プールの敵軍港攻撃シーンであった。
三軍の参謀たちが見学に訪れる騒ぎとなったが、リック監督はもう何度目かと意にも介さず撮影をはじめた。
最初の撮影は、飛行機の主観から敵戦艦列へ迫る場面。
これは左右の操演櫓に鉄の綱を渡し、そこからカメラを載せたゴンドラを吊るして撮影する。
「地球騎士団」で異星人の要塞に肉薄するカットと同じ、いやもっと目線を海面に近づけた、迫力あるワンシーンであった。
巨大扇風機がうなりを上げる。
何しろ軍港という大スケールのミニチュアである。当然そこに生じる波も平すら小さいものとなるのだが、これは扇風機も強すぎず、弱すぎずで波を調整し、やっとOKが出た。
「『キリエリア沖海戦』もこうやって撮影したのだろうか?」
「あの時の模型も凄かったが、これはその倍以上だな」
見学者は早くも興奮し始めた。
「準備確認!」
ゴンドラに乗るのは撮影班長デシアス技師本人。
「波よし!」「櫓進路よし!」
「カメラ!」
カメラが回る。
「ハイヨーイ!スターッ!」
魔道車が走り、櫓が移動し、ゴンドラが動く!
カメラは敵艦の頭上を飛び去った!
「デシさん、怖くねえのかなあ」
撮影助手が呆れた様に言う。
しかし相手は何しろ剣聖、更には溶鉄に飲まれかかったカメラバカである。
この程度で肝が縮むタマではない。
「カーット!OK!次ヨーイ!」
「すぐ次かよ!」
敵軍艦に水柱が上がるカット、敵軍港地上施設が爆発する場面は別に撮影する。
それらの仕込みが終わり、雷撃機二番機が進路に入る場面の撮影。
一番機と同様の撮影ながら、カメラの手前に攻撃機を描いたガラスを挟んでの撮影だ。
そして敵艦の水柱、爆発、地上基地の爆発場面が撮影された。
「おおー!」
見学の参謀陣が歓声を上げた。
「大したものだ!」
「しかし、なんか早くないか?」
「知らないのか?今のを何倍かの速さで撮影して、上映する時はゆっくりと再生する事で動きの大きさを再現するんだぞ」
「「「成程」」」
軍の頭脳たちは子供の様に夢中になってミニチュアの爆発に注目していた。
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耳目を集めた敵軍港のミニチュアは、結局僅か数日で撮影を終え、解体された。
その後僅か数日で二度目の決戦の地、ミドル島の滑走路に早変わり。
今度は爆撃で大爆発を起こす敵基地の爆炎の中にゴンドラが突っ込んでいく!
「デシさん、頭のネジが何本かブっ飛んでるなあ…」
「他人事じゃねえぞ。
あの人が監督になったら、俺たちがアレやんなきゃなんねえんだぞ!」
爆炎を被って尚撮影の指揮を取るデシアスに、一同は怯えていた。
更に今度はミドル島基地が外され、機送艦隊が敵の空襲で爆発する場面だ。
ガソリンを満載した艦が爆発するので、巨大な火炎が立ち上る。
特効班苦心の作、ゼリー状に加工したナパーム燃料だ。
「武器にしたらえげつない事になるぞこれ」
「だからそうならない様に特許料マシマシ、軍隊の使用厳禁にしたんだよ。
まあ、そんなの敵勢力に製法を盗まれたら何の歯止めにもならないけどね」
などと、特殊効果の若手ナーベン技師、ベンちゃんと話しつつ機送艦にセットしていくリック監督。
大プールの撮影は天気が鍵となる。
暫くの晴天の後、曇天が続くとリック監督は言う。そのため一気に撮影する事にしたのだ。
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オープン撮影が終わった次は、0番スタジオで艦載機発艦シーン。
巨大な機送艦の甲板の上に十数機の飛行機のミニチュアが並べられる。
全て内部にモーターが入っていて、プロペラが回る。
そしてミニチュアに操演用の金属糸が付けられる。
その糸に色が塗られ、パっと見ても糸がついているとは見えなくなる。
テスト撮影を経ていたお陰で危なげなく撮影出来た。
特に、重い魚雷を抱えた雷撃機が甲板を離れた後、少し重さで沈む様に工夫し、それが上手く行ったのでリック監督はゴキゲンであった。
この場面、甲板脇に無数の人形が配され、クランクで一人ひとりが不規則な動きをして飛行機に手を振るという優れものだ。
「記憶にある『特撮の神様』が人形好きでねえ」とリック監督。
「天地開闢」でも、英雄の船を漕ぐ人足を模型で動かして撮影しているが、頭身や布の動きの調整に相当苦労したそうだ。
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撮影は続く。
「ゴドラン」以来、飛行機の操演にはなれたものとは言え、数十機もの飛行機が編隊を組んで飛ぶという試みに、操演班は苦心していた。
「飛行機は真直ぐ飛ぶんじゃないですか?」
「申し訳ないけど、この時代でも真直ぐは飛ばないよ。不安定に上下左右にぶれるんで操縦士は調整しながら飛ぶんだ」
リック監督から助言を受けたものの、難易度が高まっただけだった。
大量の飛行機に「演技」させるため、一人一機操作するのでは人手が足りない。
一人で複数機操作できる様、シーソー状の吊り下ろし機を用意して、何とか数が足りた。
更に後方の飛行機は小さい物を多く用意してあり、奥行きを感じさせている。
最期はカメラ手前にグラスワークで編隊の下に雲海を描く。
「ハイヨーイ、スターッ!!」
現実の空軍でも海軍でも成し得ない、数十機の編隊飛行が撮影された。
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アイディー夫人出産の時が近づいた。
その前にリック監督は10m機送艦のミニチュアを使った、本当の海での対空砲火撮影や爆破撮影に臨んだ。
リック監督はデシアス技師や他の助監に何をどうすればいいか、どう指示するかを伝えはじめた。
皆は「産休、近いな」と、監督不在でも撮影を続ける責任の重さを感じつつあった。
リック邸では、3年前ブライちゃんが使った乳児用品を引っ張り出し、キャピーちゃんを迎える準備が進んでいた。
それが一息つくと、リック監督が言った。
「そろそろ、一旦休みを頂かなきゃね」
すっかりお腹の娘と仲良くなった感じのアイディー夫人だが、お産が近くなって再び不安に陥っていた。
「あたし、体ちっちゃいから、ちゃんと産んであげられるかな?
もしキャピーちゃんになんかあったら、あたしのせいだ…」
生まれてこの方染みついた自虐志向は、そう簡単に克服されるものではない。
時間をかけて励まし、癒し、成功体験を重ねて、愛を感じて貰うしかない。
夕食後にリックが音楽を演奏し、アイラが歌って、ブライちゃんがお腹を撫でる。
アイディー夫人は静かに涙を流しつつ、家族に感謝するのだった。
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不在がちになるリック監督に代わって、演出プランに従って空戦シーンの指揮をデシアス技師が取る。
しかし不器用で短気なデシアス技師である。
一同は先行きに不安を感じた。
「そういう時は、人に任せるに限るよ」
「それで何かあったら、主に合わせる顔がない!」
「そういう時はね、俺がやっても同じ。そう腹を括るしかないさ」
デシアス技師は、リック監督の助言に従った。
朝からリック監督が不在となった日、デシアスは全員を集めた。
「みんな、リック監督の演出プランは読んだか?」
一同が答えた。
「午前中に最初の格闘戦。午後に編隊飛行での格闘戦とヒノデ軍被弾墜落、アップとロング。
特美班、ポンさん、セッティングを宜しく。
そこから操演テスト、OK後撮影に入る。
助監チームは連絡係。各班に問題が起きたら俺に教えろ。
各班の班長は無理するな、何かあったら助監経由で俺に報告、相談。
以上!」
その時、スタジオ内の一同は呆然とした。
「あのデシさんが…報告…相談?」
「なんか言いに行った途端ブン殴られるんじゃなかろうなあ!」
と、誰もが口にせず思った。
「以上!各員かかれ!ボサボサすんな!!」
「「「はっ!!!」」」
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「特美班より、準備よし!」
「早いな。操演班準備は?準備出来次第操演テスト」
「操演テストに入ります!」
助監が飛んで行った。
「撮影班より、奥のミニチュアの鉄糸丸見え」
「特美班に消してもらえ。照明班の移動が必要ならその旨言え」
「指示します!」
若干のタイムラグがありながらも、各班は連携して動いた。
「リッちゃん監督なら先を見て指示するけど、デシさんは一つ一つ噛み締めて動くなあ」
「そっちの方が解りやすいかも知れねえぞ?」
「リッちゃんは天才だからなあ」
デシアスは額に青筋を立てながらも堪えた。
堪えて考えて、指示した。
これは良かった。
今まで檄が飛ぶことを恐れたスタッフが、より身近な班長を頼って相談し、精々班長の小言で済んで、やりやすくなった。
特に一発勝負の操演班、特効班は余計な緊張がなくなり、伸び伸びし始めた。
かくして飛行機隊飛行機のシーンは数日で撮影を終え、ラッシュを見た一同はその仕上がりに興奮した。
「デシさんも丸くなったなあ」
とはポンさん。
「主から、神輿は担ぎやすい方がいいんだよ、って言われたんだ」
「はっはっは。そりゃいいや!」
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「デシアス君も頑張ってるみたいねえ」
「そりゃ彼は背中を預けられる戦友ですから」
セシリア社長に誇らしげに応えるリック監督。
「ではリック君。産休を命じます」
1ケ月、長ければ2ケ月。産後の世話にもう1ケ月
小柄なアイディー夫人の事である。社長は3ケ月の産休を命じた。
しかし本編とのすり合わせは、監督の祭司さんとの間合いが取れるリックでなければできない。
スタジオ内での艦隊ミニチュア撮影をこなしつつ、各国から来る見学者を裁きつつ、まさに「時間稼ぎ」に必死になるデシアス技師であった。
この数日間、各班の調整を深夜まで続けるデシアス技師は祈った。
「神よ、我が主リックに、我が友アイディーに、新たなる命と無上の幸福を齎し給え!
できればなるべく早く!」




