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94.二度目の産休

 アイディー夫人のつわりは重かった。

 アイラ夫人の時と同様、リック青年はお腹の子に障らない様気遣って苦痛を和らげたのだが、それでも辛さが収まりきらず、二人で掛かり切りになった。


「ごめんねぇ。あたしばっかりこんなんでごめんねぇ」

 申し訳ない気持ちで一杯のアイディー夫人に二人はとても優しかった。


「君は今一番大事な仕事を頑張ってるんだ。

 俺たちは応援するよ!」

「お腹の赤ちゃんを守ってあげてね!」

「まもっちぇ~」


 申し訳なさと、二人の優しさ、そしてブライちゃんの様な可愛い赤ちゃんが自分にも来てくれた事の嬉しさで、彼女の気持ちは纏まらず、ただただ泣くだけだった。


 それにしても、それだけじゃないな。リック青年はそう思い、改めて感謝の気持ちを伝えた。

「ディー。

 俺の事を好きでいてくれてありがとう。

 君の想いが今の俺達を幸せにしてくれたんだよ」


 だがアイディー夫人は、顔をゆがめた。

「それはね、あたしが魔道協会に顔が効いたからなんだよ。

 あたしが魔法を使えて、魔王討伐軍にいたからなんだよ。

 それとリックきゅんがすごい人だったからなんだよお~」

「ぱぱすごいの?」

「すごいよ~」


「凄くても凄くなくても、俺もアイラも根無し草だったんだ。

 アックスが、君が来てくれって言ってくれただけで、俺は居場所を貰えたんだよ。

 何度でも言う。魔導士だから、英雄チームだからじゃないよ。

 君が君だから。俺は好きだ」


 アイディー夫人の目から涙がこぼれた。

「うれしい…うれしいよお。

 あたしはね、ずっとダメだったの。

 魔法使えるから、力があるからやってこれた。

 魔法も魔道具も使えなくなっちゃったら、役立たずって思ってたのよお!」


 リック青年とアイラ夫人、そしてブライちゃんは、涙が止まらないアイディー夫人を抱きしめた。

「よちよち、いーこいーこ」

 ブライちゃんに頭を撫でられながら、アイディー夫人は泣いた。

「でも違ったの、ちがったのよお~!

 ちがったのお~!!」


 彼女は、見た目や呂律のせいで子供の頃に内気に育った。

 そのため、魔法の力が認められた後は、自分を人としてではなく、魔法戦力として価値がある物だと思い込んで頑張り続けた。

 その悪癖は、昨今の新技術開発の時も、寝食を忘れて没頭させる事にも繋がっている。


 しかし彼女は、戦場にあって自分そのものを大事にしてくれるリック少年を愛した。

 戦後、まさかの妻として来たアイラ夫人も、ずっと同居する自分を姉妹の様に接してくれたのが嬉しかった。

 使命がなくなった後も、仲間として共に居てくれたセワーシャ、アックスとデシアスと居て、本当に楽しかった。


 今、新しい命がその幸せの輪に加わろうとしている。


******


 そんな中でもアイディー夫人が休んでいる間に、ブライちゃんと遊びつつ学ばせつつする合間に、リック青年は次回作の構想を書き溜めていた。


 記憶にある異世界の戦争の歴史は様々であったが、中でも今回の映画の題材は大変難しく、悲惨な物であった。

 その悲惨な結末に向かう物語は、仮に三時間を費やしても描き切れず、90分に収める為に苦心した。


 その結果、産休に入る前にヨーホー映画社に提出した様な政治・軍事大作としての検討台本になったのだが。

「これじゃ嵐じゃなくて鷲だなあ…知らん国の歴史見てて、面白いもんかなあ?」

 リック青年は悩んだ。


「観客は何を楽しんで…まあ飛行機と軍艦の戦いだが。

 見て貰って、何を感じて貰うべきか。

 少なくとも、懐かしさや無念、後悔、なんかは存在しないしなあ」


 等々悩みつつ、結局。


「奢れば負ける。どんな武器を持ってても、判断が悪ければ負ける。

 古代も、未来も変わらない。

 そして下々はそれに巻き込まれるだけ。

 それで行くかあ」

 と、現場目線で勝利と敗北を描き、大局の甘さや驕りはその合間に挿入するにとどめた。

「和尚さんは、偉かったんだなあ。でも、鷲の方も拾いたかったなあ~」


 和尚さんというのは誰なのか、それはこの世界ではリック青年だけが知っていた。


******


 リック青年が妻を気遣い娘を気遣う日々。


 軍部内ではリック監督の近未来の予言書を元に短期、中期の兵器開発をどうすべきか、三軍共同で論議する事になっていた。


 途中、

「ここはリック殿の先進の技術を伺うべきではないか?」

「この台本や資料を書いた以上、我々より未来の軍に明るい筈だ!」

等々、結局リック青年に頼ろうとする意見も出た。


 しかし、陸軍卿が反対した。

「それではあまりに脳が無い。国の未来に責任を負っているのは我等軍人だ。

 先ずは自分で考え、それで不安に思うならば答え合わせを頼もう。

 なあに、考えるだけならタダだ。

 例え間違っていても、恐らく世界で最も最先端を行ってる間違いだろう。

 考えてみよう、なあ」

 そう励まし、論議を促した。


******


 当初は縄張り争い的な牽制があった。

 飛行機の生産量、自動車の生産量から逆算してどの軍がどの程度配備するかと言う分捕り合戦など正にその最たるものだった。


 しかし、あの「予言書」を読んだ後では皆が自然と意見を収斂させていった。

 

「そもそも、我等三軍は国防のための存在だ。

 国防即ち、何を敵とし、何に対抗しどう戦うか。

 目的は何か、手段は何か。

 そこから始めねば子供のおやつの分捕り合いと変わらぬ」


 空軍卿の意見から国防そのものについての再認識が始まった。


 魔王軍とも国交が生まれ、帝国も解体したので、今までの主敵がいなくなったではないか。

 よって万一の反乱再発への備え、元帝国地域の治安維持を国境の陸軍が、グランテラ内海から概要部の警戒、そして遠洋探索を海軍が、そしてそれらの制空権維持を空軍が行うという結論に達した。


 更に

「これバラバラに動いたら駄目じゃん」

と尤もな意見が出された。


 一同は、リック青年の台本にあった悲劇を思い返していた。


 陸軍と海軍がてんでバラバラに動いた。

 東で陸軍が弱兵相手に無双する間、西で大洋の諸島で敵と戦うことも無く餓死病死。

 海軍は戦力を小出しにして1年持たず主力を喪失し、以後まともな戦いなぞせぬまま自滅戦を繰り返した愚。


「改めて考えれば、陸海空、誰をどう動かすか。

 全体を広く見る目と三軍の上に立つ権限が必要ではないか?」

「それはもう政治の世界だ」

「それを行うのは王ではないか?」

「では王直属の命令部門を…」

「そこに君側の奸が居座れば国は終わりだ!」

「まあここは意見する場だ。どう統制すべきかは政治の問題としよう」


 まずは機能する前提で情報軍の新設が意見具申された。

 三軍は情報軍に情報を上げ、命令に従って動く、そのため情報軍は王直属となる。


 そうなると今度はそこから必要な兵器が逆算され、理想とされる海軍艦載機、空軍戦闘機や爆撃機の航続距離と実現可能な銃弾・爆弾搭載量が算出された。

 何と計算に尽力したのはMIPACと、孤児院出身の若者だった。


 その結論は…


・海軍:

 長期的には制海権と敵地攻撃を可能にするため巨砲と航空戦力の充実を志す。

 向う3年は巨砲や航空機を搭載できる鋼鉄艦の技術習得に尽くす。

 可能であれば連合国の協力を得て正確な地図の作成、周辺地域の探索を並行して行う。


・陸軍:

 長期的には防衛戦、敵地制圧戦の観点から戦車、自動車部隊の増強を志す。

 向う3年は連続発射可能な機械式銃の普及、自動車の増産に尽くす。


・空軍:

 長期的には陸軍支援、海軍航空戦力の併合を志す。

 向う3年は、航空機の事故率を現状の3割から1割以下に抑える。


・情報軍:

 長期的には三軍に対する命令権を確立する。

 向う3年は、無線通信の三軍配備率8割、電気探索または探索魔動機の配備率5割を実現する。

 可能であれば連合国の協力を得て正確な地図の作成、周辺地域の探索を海軍に協力して行う。


 向う三年の計画でもかなり無茶な話ではあるが、「先ずはやってみようじゃないか」との空軍卿の激励で決定した。


 この場で論議を戦わせ、試算に頭脳を回転させた若い参謀たちの「やる気」に、陸海軍卿は自らの権限を失う事も構わずに、心の中で拍手を贈った。


******


 三軍が国の未来を熱く語っている間、アイディー夫人は戦っていた。

 アイラ夫人、セワーシャ夫人、そして我が子の様に可愛いブライちゃんに支えられて体調不良、そして自分の不安定な気持ちと戦っていた。


 勿論愛するリック青年も、更には「フォルティ・ステラ第7部、8部」の撮影と、ボウ帝国で大好評だった「快猿伝」次回作の企画の合間を縫ってアックスも、妊婦に良いという果物や乳製品を持って見舞いに来た。


 乳製品の普及と子供達の栄養補給、これもリック青年が学校建設を進めた時の成果の一つだった。


 甘すぎず、塩分を取り過ぎず、難しい配分をどう調整したのか、それはもちろんリック青年の入れ知恵であった。


 なおデシアス技師は。

 リックが留守の撮影所で特殊技術部を仕切り、検討用模型や敵軍港の設計、撮影イメージのテストを行っていた。

 後、他の監督たちから寄せられた応援依頼も、極力自力で裁いていた。


「俺がいなくても、廻ってるなあ」

「何言ってんだ!

 お前の今までの頑張りがあったからだろ?

 今デシアスが仕切ってられるのもそのお陰だよ!」

 アックス氏が笑顔をリック青年に向ける。


「ダンナの今があるのもリックのお陰よ」

とセワーシャ夫人。


「ありがとうね二人共。でも、もうすぐ安定しそうよ」

 アイラ夫人が三人に酒を振舞いつつ言う。


「それでもアイラの時より大変そうだし、復帰しても家重視でそこそこ頑張るよ」

「ふふっ!頼もしいわね!」

 笑うセワーシャ夫人がアックス氏を見遣る。


「俺達も、今の撮影がケリついたら、頑張るかあ!」

 と笑顔で答えるアックス氏。

 コイツを全力ビンタでぶっとばすセワーシャ夫人だった。


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