93.新たな喜び、未来の悲劇
ショーウェイきっての大作、ボウ帝国との合作「快猿伝」。
そのロングランが決まった夜。
リック邸では勇者チームに社長、コーラン嬢にトレート氏にザンキョ監督。
何故かマキウリア女王陛下。
更には「裏切り御免」の撮影を終えた「皇帝」セプタニマ監督、マイちゃん他キャスト・スタッフまで集まって大混乱だった。
「いやあ~!家が近いってのは気楽でいいなあ!はっはっは!」
自分のお祝いでも無いのに妙に機嫌がいい皇帝であった。
「何で皇帝がいるんですか!」とセプさんに恐縮するトレート氏。
「だってご近所ですから」とのリック青年の答えに何も言えなくなるのであった。
「アッちゃん!オメェも役者の顔になって来たな!」と大先輩のマイちゃんからエールを受けるアックス後輩。
集会場に入りきれない人数となって中庭に照明を立てて、まさにお祭り騒ぎとなったのだった。
「あー、ディー。無理しちゃダメだよ、今日はゆっくり休んでね」
「でも~、こんなお客さんが一杯なのにぃ~」
アイディー夫人を気遣うリック青年。
「「「え???」」」
同じような状況を知る者は、一瞬固まった。
「君の一番のお客様が、君のお腹の中に来てくれたんだよ」
「えええ~!!!」
驚くアイディー夫人、そしてアイラ夫人が彼女に付き添い屋内へと連れて行った。
「二次会は、撮影所を空けましょう」
とセシリア社長。
彼女の采配で、宴席は中庭と撮影所を結ぶ鉄道に乗って白亜の殿堂の集会所へと移って行った。
******
翌日、セシリア社長は再度リック邸へ。
今度は妊娠のお祝いと、見舞い品を届けに。
「三人とも、出産に向けて大事を取ってね。
リック君。あなたは特にアイディーさんをよく見てあげて」
「はい。それで次回作ですが」
「急がないで。特殊技術部もヨーホーだけじゃなく、他の会社や国外からも引き合いが来てるのよ」
「解りました。
自宅で妻を看ながら出来る仕事を…」
「それもダメ。
他のみんなが真似したら、あなたは多くの家庭を壊す事になるのよ?
安定期になるまで、何も持ってこないで。
アイディーさんのいい知らせ以外はね」
リック青年と、二人の妻はセシリア社長に深く感謝した。
親に倣って、ブライちゃんも。
******
「まあ、折角戦争が片付いてくれたんだ。
今急いで未来の戦争を話題にすることもなかろう」
御前会議で、陸海空三軍の卿は納得した。
「しかし、最初の頃にリック殿が残した幾つかのスケッチだが…」
「これを参考に、我々なりに未来を想定しておくか」
「企画が動き始めた時、我らの思う世界と、リック殿の知る世界との違いを知ることが出来よう」
国王陛下が意見した。
「リック君は常に一国だけではなく、世界の安定、悲劇に見舞われる人を一人でも救う事に尽くして来た。
本来、我が国の存続を命懸けで守る卿らにこれを命じるのは間違っておろう。
しかし、あえてその立場にあって、卿らの思う明日と、リック君が見ている明日との違い。
そこを考えてみてはくれぬか」
一同は応じてその場を辞した。
******
海軍卿は海軍宮殿に戻って
「人魔再戦以前にリック殿から預かった映画の構想。
それを分析した参謀を呼んでくれ」
「は、それが…」
「どうした?」
「急病を患い、休職中です」
「今度の戦いで海軍に出兵があった訳でもないのに…
別のものは?」
「馬から落ちて落馬したと早退しました」
「何?他には誰かいないのか!」
「後は、死んだ祖母が生き返ったので国へ帰るとか」
ここに来て、その「構想」の異様さが気になった。
******
海軍卿は新たに有能な者を集め検討班を組み、毎日報告を上げさせた。
すると。
「主人公は島国、ヒノデ帝国の海軍艦隊司令官。
敵はベスプタ共和国、大陸を征する強大な国。
時代は…今から200年後、か。未来の話だなあ」
更に、登場する兵器の資料についての記述と、スケッチ。
「40年型戦闘機?アルミニウムの合金、総金属製の格闘専用機。高そうだな。
千馬力、時速500km、航続距離1900km、20mm連射銃2門…
美しいが…しかし、化け物か?」
「39年型攻撃機、時速370km、800kgの、31年型水中航行爆弾搭載?
飛行機が積んだ爆弾が、鋼鉄艦を沈められるのか?いや、1t近くあるのだ…」
「飛行機輸送艦だと?
甲板が全部飛行機の発着に使われるのか。
排水量4万t…全長260、m…、タービン4基?!速力31kt?!
搭載飛行機60機?!」
リック青年の構想に描かれた、この物語の未来の軍の武装は、あまりに常軌を逸していた。
逸してはいたが、飛行機と鋼鉄艦を手にした今の海軍から見て、想像の及ばない者では無かった。
むしろ想像の範疇だったので、この数字は恐ろしかった。
「この強力な攻撃力を持つ飛行機輸送艦を10隻。
そんな強力な国が、一度の戦いで4隻を失う。
そんな酷い負け方があるものなのか?!」
「戦艦がこれか。
排水量…6万t?!全長260m、速力27ktか、飛行機輸送艦並みか。
46cm三連装砲塔3基?!最大射程42km??!!
こんな化け物が、何もせず敗北?
この軍は馬鹿なのか?!敵が余程凄いのか??」
提出した参謀が意見する。
「こちらの台本によると、索敵に失敗した上、目標を対艦攻撃から陸上攻撃に変更した隙に敵の接近を許し、更に即応せずに敵の攻撃を何の抵抗も無しに受けて壊滅。
残った艦が反撃するも、これも索敵能力の低さから十分な効果を発揮せず追撃され、残存戦力無し。
強力な戦艦部隊は前線のはるか後方に位置し、戦闘に一切参加せず、だそうです」
「国力差もメモがあります。総生産は額面で10倍、石油生産量は700倍、鉄生産量は15倍、石油自動車で400倍、飛行機で30倍」
「いや、生産量の単位が今の数百倍ではないか?
いやいや、そもそも何でそんな相手に戦争を吹っ掛けたのだ?!」
「執拗な外交工作で戦争に引きずり込まれ、国内の世論が誤った方向に傾き過ぎた、とあります」
「リック殿の資料を全部持ってこい!あとリック殿に連絡!許可を得て書き写せ、それを陸空軍卿と国王陛下へ持って行け!」
それから2昼夜、全ての公務を投げ打って海軍卿は資料を読み漁った。
「これは。
確かに、この状況に置かれて参謀の任を投げ出さないのは、常人には酷というものだな。
この台本にある様な、余程己の置かれた身を勘違いした連中でもない限り!」
******
リック青年は速攻で複写を渡し、それが陸空軍に渡り、国王陛下までも閲覧した。
その結果、4者に加え財務卿まで集って頭を抱える事となった。
「これは、彼の前世の知識にあった、事実なのであろうか?」
「嘘や空想にしては、数値が正確過ぎます。
映画に登場する各種兵器だけではなく、各国経済、生産量の差。
中には、今リック殿が取り組んでいる電波観測魔道具。
主役の国が開発しながら軍が有用性を認めず、敵国を救うという経緯まで細かく書かれています」
何と愚かな国であろう、各人は最初はそう思った。
しかし、限られた予算や固陋な思想があったとの但し書きを読むと、皆が
「我が国ではどうであろうか?
信用できるリック君の発明ならいざ知らず、そうでなければ真剣に採用するだろうか?」
と悩み始めた。
「あと、この年表ですが…
映画に出てこない、百年にわたる歴史や他国の戦争の経緯まで書かれています。
それが、主役の国の開戦の気運を高めた背景だそうです」
そこには、皇帝が象徴として君臨するが発言は許されず、大臣が政治を行う体制が書かれていた。
しかし戦争に反対する海軍に反抗し、陸軍が大臣を出さない暴挙に出て、行政が陸軍の言いなりになった過程まで書かれている。
「行政の欠陥。この様な失敗もあるのだな」
「海軍も一枚岩でなく、人事、予算、方針を掌握した公爵が戦争に賛成していた裏事情がある様で、現実を見据える人間が排除されたとあります」
「そんなの映画にして誰が楽しいんだよリック君!」
余りの緻密さに国王陛下は思わず声に出して突っ込んだ!
******
「へぶしっ!!」
「リックさん!風邪ならお休みになって!ディーちゃんに障ります」
「そ、そうだね」
「え~、さびし~よ~」
甲斐甲斐しくも、アイディー夫人の側にいたリック青年であった。
******
国王陛下が訪ねた。
「これは、映画にするべき内容であろうか?
それとも遠い将来に向けての研究課題として、軍事機密とすべきであろうか?」
「畏れながら、陛下」
最初に答えたのは財務卿だ。
「ザナク公爵!これは軍の会議である!」
空軍卿が諫めるが。
「いや、公爵閣下は、リック君が何を思ってこの膨大な資料を書き上げたのか。
それを指摘するのだ。聞こうじゃないか」
かつてリック少年と供に野営した陸軍卿が宥めた。
「彼の事です。
彼はこれをあくまで、娯楽作品としてとらえていると思います」
「な!」
「これは最高の叡智、予言の書ではないか!」
「観客の多くは、恐らく飛行機や鋼鉄艦の戦いを見て、凄いとしか思わないでしょう。
そして、この物語にある、勝てもしない戦争に勝てる勝てると向かっていく世論やそれを止められない政治。
ならばいっそ大博打に出んとする司令官。そして大敗北」
物語を正しくかいつまんでいるザナク公爵の意見を皆が聞く。
「奢った者、現実を正しく見ようとしない者の末路。
これは先のテラニエ帝国と何も変わらない、敗者の宿痾です。
架空の両国のどちらが正しいか、ではありません。
どちらが正しい現状認識が出来ているかの差でしかありません。
映画として作られれば、その本質は先の『天地開闢』とさしたる違いは無いかと思いますが、如何でしょう?」
「未来の、おとぎ話。そうなのか?」
「はい」
一同はしばらく考えた。
「成程」と言ったのは、空軍卿。
「空軍内に、大量の飛行機部隊を急ぎ編成すべしとの意見がありました。
その意見には、恐らくではありますが、他国やマギカ・テラに対してだけではなく、陸海軍への牽制という、空軍の優位を打ち立てんとする思惑もあったかと思います」
新設軍の長として優秀な若手から選ばれただけあって、身内の恥を臆することなく晒す空軍卿。
「力に頼る者の末路。
この映画にはそれが描かれるのでしょうか」
こうして、国王陛下と各軍、そして財務卿の内諾の元、映画「グランテラ大海空戦 大西洋の嵐」の製作は内諾を得た。




