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9.完成?オプチカルプリンター

 とは言え、細かな調整は多くの運用上の失敗の上に成り立つものだ。


「光が漏れてます。変なところが感光してます」

「ぐぬぬ!動きがズレちゃってる!頭が半分消えてるうー!」

 4~5回失敗した。結構なフィルムが無駄になった。

 この世界、まだフィルムが、そもそも化学製品がそんなに普及していない。

 鉄道敷設、自動車や飛行機を試作する際、工業生産かなり改善され、生産力も強化されたが、映画用フィルムはまだまだ贅沢品だった。

 1回の失敗が予算を圧迫するのは事実だ。


 しかし苦戦する二人に、リック監督は「何度でも、じっくり、ね」と励ますだけだった。


******


 その一方、リック監督は特撮の無い本編シーンをカメラマンのデシアスと共に取り組んでいた。

 二人だけではない、今まで劇場中継撮影しかやってなかったカメラマンがデシアスに必死に学んでいる。


 いずれ、彼らが特撮とは異なる、大迫力の演技を銀幕に叩きつけていく事を願って、本編と特撮が上手く絡み合う映画が撮れる様に、と願って。

「そうなりゃこっちは特撮に専念できるしね」と監督はホンネを語った。


 しかしこの時撮影に参加し、デシアスとともにファインダーを覗いたカメラマンたちはこの世界の映画の歴史を変えていったのだった。


 更には劇場公演の大監督たちも続々見学に来た。

 これはセシリア社長の勧めもあったお陰だが、ひそかに話題になっていた「敵軍港殲滅」というフィルムの評判が演劇界にも及んでいたのだった。


「シーン25ヨーイ!スターッ!」バチン!

 シーン番号、撮影日などを書いた黒板と、その上に縞模様の、木のハサミというか拍子木というかを付けた板=カチンコが打ち鳴らされた。

 このよく響く音が撮影開始の合図となった。

「はーい!OK!!」


 カット毎、アップ撮影、ロング撮影など複数のカメラが捉える演技、寸断され場面ごとに化粧や照明が変えられる。

「あんなんじゃ芝居に専念できないじゃないか!」

 そう笑う演出家もいたが。


 その光景を後年、

「あの使い勝手の良い、場面ごとにカメラや照明を変更できる演劇の手法に気付かなかった奴は本物の馬鹿である。

 笑っていた者の何人かは、笑いながらも演劇が映画にとって替わられる事を畏れていたのだと推測する。


 私はと言えば、今すぐにでも自分で撮影を代わり、場面毎にどうカメラを構えるべきかを試したかった」


 と、世界に極端なリアリズムと、高度に計算された娯楽性を兼ね備えた大監督となるブライト・セプタニマが懐述した。


 リック監督が異世界から齎した映画技術は確実この世界の映画を飛躍的に進化させていった。


******


「今はこれが限界だよぉ~」

 いつも死にそうな顔してるアイディーが、一層死にそうな顔で言った。

「これ以上は、予算も期日も越えてしまいます」


 出来上がったフィルムは…

 俳優の部分と、背景の海戦部分の境界に、線の様な「マスクのズレ」ってものが見えている。


  二つのフィルムを合成するためには、人物の演技のフィルムには、拝見が真っ黒で感光していないフィルムを。

 背景となるフィルムには、人物の部分が黒く抜かれて刊行していないフィルムを作る必要がある。


 人物のフィルムを見て、人物の部分の輪郭を丁寧になぞり、内側を黒く塗りつぶした絵を、毎秒24枚描く。

 それを撮影し、人物部分が黒くなったフィルムを作る。それと重ねて背景の特撮シーンと合わせてフィルムを焼き増しして、人物部分が感光されていないフィルムを作るのだ。


 そして先に出来た人物部分以外が感光されていないフィルムと合わせて、二つの場面を合成するのだ。


 この膨大な作画のために、美術家志望者が集められた。

 最初は絵を描くのでなく、只の黒塗りの影絵を描くのかとやる気を失いかけたが、描いている内に、人間の細かな動きや爆発の動きなどを学ぶことができ、新たな発見に画家の卵たちは必死に取り組んでくれた。


 オプチカルプリンターは完成した。

 フィルムから必要な部分を抽出するための「作画マスク」も仕上がった。


 しかし、微妙な調整が大変だった。

 これは相当な熟練者でもそうそう消せないものだ。

 それを、リック監督を慕う二人の女神は限りなく消そうと挑み、ある程度の域に達していたのだ。


 この、二人がまだ満足していない完成フィルムをみてリック監督は叫んだ。

「アイラ!アイディー!

 有難う!君達はこの世界の映画の歴史を数十年進化させてくれたんだ!」

 そして少年は思わず二人を抱きしめた。


「よかった…」

「今夜は三人いっしょよぉ~」

「ああ。皆で休もう」

「え!このまま…寝て…たまるもんかぁ~…ぐ~」

 結局この夜は三人とも着の身着のまま寝た、と恥ずかしそうに教えてくれた。


******


 試写室で、スクリーンプロセスによる勝利確信の場面と、オプチカルプリンターによる場面を比較した。

 特撮チーム一同と、主な俳優達。


「…畜生!!」

 マイトが叫んだ。

「わかる!わかるんだけどよお!

 大写しになると、揺れるんだよ!」


 その叫びは、特撮人をなじるものではなかった。

 彼等の苦労を解った上での、それでも完全には納得できなかった、悔しさの叫びだった。


 ペルソナ男爵は黙っていた。

 そして、覚悟して発言した。


「僅かな時間で、新しい技術をよくぞ磨いて下さいました。

 しかし演者の顔を大写しする場面は、やはり違和感があるかと意見します。

 監督の苦労を否定する発言をお許し下さい」


 貴族の爵位を持ちながら、平民である監督に配慮しつつ、やはり技術の限界を指摘せずにいられなかった様だ。


「しかし遠くから写す場面は、そのオプチカルプリンターのフィルムがよいと思います」


 天下の名優の示した妥協点は、リック監督の予想と一致した。


「演技を大写しする場面は、スクリーンプロセス。

 演者と背景が半々か、演者が小さく背景の特撮映像が大きい場面はオプチカルで、それでどうかと思います。

 そうでしょう?リっちゃん?」


 この問い掛けに、吹っ切れたかの様にマイトも頷いた。

 リック監督はこの判断を受け入れた。


「皆様に再度の演技を求めながら期待に応えられず申し訳ありません。

 今頂いたご意見が、私達の、現時点での最適解だと思います。

 それで行きたいと思います。

 宜しいでしょうか?え~、ペルさん?」


「スクちゃんでいいですよ、監督」

 

 一瞬唖然とした場に。

「はっはっは!こりゃいい!男爵様が、スクちゃんか!」


「いやいやいや!」

 リック監督は慌てた。


「やはり爵位ある方です!マイちゃんには悪いけど、そんならスクさんでどう?」

「おう!そうだな!やはりそっちの方がしっくりくる!

 我らが英雄は、スクさんだ!」


 居合わせた一同が頷く。


「では、僭越ながらそう名乗りましょうが!マイちゃん、リっちゃん!」


 こうして、オプチカルプリンターのデビューと同時に、撮影所のあだ名呼びの基本ルールが決まった。

 爵位持ちはもちろん、年長者や監督は「さん」呼びとなった。


 しかしリック監督も、アイラ夫人もアイディー夫人も、オプチカルプリンターの出来をそれでよしとは微塵も思ってはいなかった。


******


 オプチカルプリンターの件で遅れた撮影も、各カットの仕分けが速やかに行われ、遅れを取り返した。


 オプチカル合成の方が良いと判断されたロングショットが増え、そのためマスク作画も追加が必要となった。

 作画要員の追加で予算は膨らんだ物の、これもリック監督の持ち出しで賄われ、スケジュールは守られた。


******


 本編撮影も終盤に差し掛かった。


 国王陛下の許可を得て、何と王宮の対面の間で司令官任命の場面、そしてそのまま続けて戦勝報告の場面が撮影された。


 任命後の緊張感と、戦勝後の周囲の高揚感を盛り上げる演技、そしてそれに対して戦いのむなしさを静かに訴えるかの様なスクさん、ペルソナ男爵の無常観溢れる報告の演技。


 映画技術とは別の、長い歴史で培われた俳優の演技の世界がそこにあった。

 同時に、複数のカメラで俳優達をロングにアップに撮影し、細やかな感情を見せる演出も施され、演劇の世界に無い新たな表現も行われた。


「カーット!よし!」

 デシアスの号令が降りてもなお、俳優や撮影に参加した騎士団の緊張はしばらく解ける事は無かった。


「なんだよ余も出たかったぞ」

 とリック監督のとなりにヒョイと現れた国王のお陰で、緊張は解けた。


 国王陛下の宣うに。

「映画が普及すれば、民と国の間も近くなろう。

 余はいずれ映画を通して民と語り合うのだ。

 遅かれ早かれってヤツだろう?」

 一理あるが性急過ぎる。


 これにたまりかねた海軍卿が国王を撮影現場から連れて行った。

「ははは、お疲れ様でした!」

「「「お疲れ様でした!!!」」」


 前代未聞の超大作は、最新の特殊技術を多用しつつ完成が近づいていた。

 もしお楽しみ頂けたら星を増やしていただけるとヤル気が満ちます。


 またご感想を頂けると鼻血出る程嬉しく思います。

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