87.武神のヒドラ退治
本編はスタジオ内で神話のシーンから撮影を進めた。
演劇時代…リック監督が「キリエリア沖海戦」を撮影し、モンタージュ効果や合成処理等の無かった1503年以前は、いつしかそう呼ばれていた。
その演劇時代から、俳優の演技を見つつ、同時に観客の一喜一憂に神経をとがらせていたイナカン監督の、そして神々を演じた喜劇の巨人たちの視線は厳しかった。
「正直、戦場の敵の剣より恐ろしく感じた」
「逃げる訳にも行きません、覚悟を決めて演じました」
とは、アックス・セワーシャ夫婦の言。
全ての始まりとなる大陸誕生。二人が巨大な柱を廻って、再会し抱き合う。
「カーット!OK!!」
何と、一発OK。
「流石本当の夫婦だ。いいねえ、若々しくて」
何でも、抱き合った時、不安が消えて恍惚とした表情が良かったとか。
では当の二人だが。
「大変な撮影でした。妻の顔を見たら、芝居が吹っ飛んじゃいまして」
「ああ、これで終われる、そう思ったら嬉しくて」
三者三様であった。
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巨大な塩の柱のセットは僅か1日で解体。
怪物ヒドラの魔窟へと改装していった。
別のスタジオでは豪華メンバーによる、女神に捧げる裸踊りの場面となった。
神話の暴れん坊、武神が大地の女神の娘を攫って妻にしたことに怒った女神が地上に逃げ、これを慰撫せんと老婆が村の男女に裸踊りを舞わせる。
そこに天界の神々が参加して乱痴気騒ぎとなり、祠に籠った女神がそのバカ騒ぎに笑い出してしまうという一幕である。
と言っても本当に女性の裸を晒すわけにもいかない。
なので薄絹を纏って、男女の契りを思わせるダンスに時々助平な男心を交える喜劇仕立てにしてある。
後から祭りに参加する神々は、これまた演劇時代からの喜劇の大スターたちであった。
中心となって踊るのは、老婆、実は縁結びの女神、演じるはカオリン。
怒りのあまり閉じこもる女神は、東洋の美姫、コーラン。
「白蛇姫 愛の伝説」で圧倒的な美人度とヒロイン力でコーランがグランテラで人気を得た一方で、可憐さ、愛嬌で若者に大人気となったのがカオリンであった。
何しろ彼女は、もちろんコーランもだが舞踊は慣れたものである。
この舞踊もリック監督が取材した北方の舞踊とマギカ・テラの舞踊をミックスさせたものであった。
そして音楽もリック監督が異世界から引っ張って来た、謎の変調五音階の曲。
製作発表で演奏された音楽だ。
音楽に合わせて舞踊が行われる場面では、脚本やピクトリアル・スケッチを元に、監督を交え綿密なカット割り、時間配分を行って音楽が先に演奏され、この音楽に乗って舞踊場面が撮影される。
事前録音、これをプレ・スコア略してプレスコと言う。
この舞曲、リック監督曰く「神楽の一種でしょう」、神楽の音盤に乗せて撮影が進んだ。
なにしろ今まで人が聞いた事がない古代の音楽とあって、制作発表の前にナート師は事前の意見をイナカン巨匠に求めたが
「先生の言う通りにする」
と取り合わなかった。
それでもナート師は何度も打診し、助監督サンが往復した結果
「いいよいいよ、上手く行かなきゃ俺が恥かきゃいいんだ。でも絶対上手く行くさ」
と、リック監督が腹をくくった。
製作発表での神楽は好評で、ナート師はやっと安心したという。
余談だが、王立学院や音楽家協会は
「リック監督の音楽は音楽とは呼べない。
著明な音楽家の異質な旋律が土足で半裸で踊りまくっているかの様なものである」
と批判した。
その批判を聞いて思わずリック監督は噴き出した。
「不満であろう?」
学院長の心配をよそに
「いいえ、正しい批評じゃないでしょうかね?」
とリック監督は笑い返した。
どうも、北国やマギカ・テラに残る古い旋律は、今のグランテラ大陸の主流である7音階とその変音を含めた13音階ではなく、5音階であった。
「出来過ぎなのか、あるいは原初の音楽の形式なのか」
「監督ご執心のゴドランも基本が5音階や古旋律でしたね。
どこでそんな技法を学んだのでしょうか…」
全部異世界の記憶であるのだが。
その問題の神楽に乗って舞踊場面、そして助平な男達が女達の服を徐々に脱がしてしまう、これも良く計算された動きに合わせ、撮影は進んだ。
女神が姿を現す場面。
最初金粉を撒く予定だったが
「吸い込んだり目や鼻についたら健康障害を起こしかねません。
コーランさんは長旅で疲れた上での撮影です」
と、リック監督が金粉以上、紙吹雪以下の大きさの素材で散布物を作り、金箔の様な加工を施した物を作り上げた。
こちらの方がフィルム写りが良く、助監督たちが小型扇風機でコーラン嬢にかからない様苦心し、撮影を終わる事が出来た。
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この神話の場面で、東国の美姫、喜劇界の巨人たちは撮影終了となった。
撮影スケジュールの采配で主役級は兎に角、イベント的なキャスティングは優先的に撮影された。
一方で特撮陣は、神話での山場、武神によるヒドラ退治の撮影に入った。
神話の武神、そしてこの物語の主人公である古代の英雄はマイちゃんによる一人二役。
古代の英雄が尊敬する武神の最大の活躍、ヒドラ退治。
ここはマイちゃんを特撮班に招いての撮影となる。
まず、ヒドラ退治の場面全体の、ピクトリアルスケッチを簡略化した絵台本が書かれ、本編特撮両監督の意見で加筆修正、実現可否が検討され、決定絵台本が出来る。
それを元に先に特撮班がヒドラの場面を撮影。
毒を吐くヒドラの周囲には枯れ木が植えられたが、本編との合成を考えられて広く組んだセットに枯れ木が多数必要となった。
リック監督が高山地帯で低木を集めて輸入したが、ハードワークだった所為で
「監督が潰れたらどうすんだ!」と美術助手のキューちゃんから叱られたらしい。
「普通なら君達美術班がやるんだろうけど、こんな過酷な仕事させられないしね」
彼らは監督の厚情に泣いて、
「もう後は任せてくれ!お子さんのとこに帰ってくれ!」
と後を引き継いだ。
そのせいか、枯れ木を砕きながら進んでくるヒドラは中々の怪獣っぷりであった。
無論九つの頭は操演班の名裁きで別々の意思を持っているかの様に動いている。
そして武神に襲い掛かるヒドラの首。
後で演技指導しやすい様に角の色を変えてあり、首ごとに「赤」とか「青」とか名前を与えてある。
更に、スクリーンプロセスの際には左から右へ色を塗り、数字を書き込んだ板が合成画面の上に掲げられた。
そうしないと、度の首がどこにいるんだかわからなくなる。
中には曇天を背景に合成して全身を表す場面も撮影された。
その首の先には、奮闘する武神との合成が行われる予定である。
これらフィルムが本編班、イナカン巨匠とマイちゃんに亘り、いよいよ武神大暴れの場面になる。
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「俺はゴドランなんかにゃ負けねえぜ!」
「ゴドランじゃなくてヒドラなんだけどなあ」
かっこよく啖呵を切った(つもりの)マイちゃんは、ブルーバックに向かった。
一応、カット毎に剣を突き出す相手の首は番号で指示される。
「用意ー!スターーッ!5!1!7!」
流石世界の名優マイちゃん、助監さんの指示に従って敵の目を刺す様に剣を裁く。
魔窟のセットでは逆に
合成用素材は撮り終えた。
今度はセットで武神にカメラを向けての撮影である。
「特撮ってのは芝居が続かない、っつうか細切れだなあ。
ま、それに泣き言言ってちゃ俳優は務まんねえけどな!」
しかし、助監督の指示に身のこなし激しく応じるマイちゃんを見ていた見学者。
「あの男。戦士ではないが、芸人でもない。
中々の男気である!」
そう言ったのは身の丈3m、ミノタウロス族のマギカ・テラの将軍。
「本番では、是非死闘を演じたい!」
「アホか!」
是非見学にと頼まれた撮影所で、リック監督が案内役を買った。
その彼が飛んで頭を叩いた!
「痛ェ!」
「マイちゃんは中々の男だけど俳優だぞ?
今回アンタが無理いって起用したけど、ちゃんと演技しろよ!
決めごと守んなくてマイちゃんに怪我させてみろ!
俺がお前の首指先一本でねじ切ってやるからな!!」
リック監督の殺意に、休憩中の現場が怯えた。
「お、おう。そうだったな。これは映画、芝居、芝居、と」
「そうそう。頼みますよ、将軍」
一瞬で消えた殺意に、むしろ緊張感に心得のある一同はビビりまくった。
「おう!リッちゃん来てたのか!」
汗だくの男くさいマイちゃんが来た。
「邪魔したね。中々の気迫だよ」
「次は特撮班が作った尻尾との絡みか。
願う事なら、奴の首の二つや三つ、跳ね飛ばしてやりたいんだがなあ!」
無茶を言う。
しかし、リック監督は
「撮影が上がって、余裕があったらやってみるかなあ」
「おう!いい首作ってくれよ?」
と二人が笑いかけた瞬間。
「おいちょっと待てー!!勝手に決めるなー!!」
二人は巨匠イナカンに怒られた。




