86.バーサタイルは言い過ぎだ
各国元首や使節まで集まってしまった制作発表会、その後キャスト、スタッフ、そして来賓は懇親会となった。
「おう!リっちゃん!ようやく一緒に仕事出来たな!ヨロシク!」
とやって来たのは暴れ馬…いや、今では世界の名優となったマイト・スォード。
「はは!次の未来の戦争映画でも出て欲しいんだ」
「何ぃ?俺にあの宇宙の服着せるのか?!」
「いや、飛行機と鋼鉄船の戦争を描く、数百年後を想定した映画だよ。
飛行機を載せる艦隊の司令官を考えてるんだ」
「軍の司令官だぁ?はっはっは!俺も出世したもんだ!」
「頼むよ、世界のマイト様!」
「任せろ!世界のリック様よ!」
かつて喧嘩寸前に煽りまくった二者が談笑していた。
「私にもお役を頂きたいですな」
特撮映画の常連となった名優、スクさんことペルソナ・スクリウス男爵。
今回は我が子を守れず国を滅ぼしてしまった古代王国の、苦悩の王を演じる。
「全くです。私もご一緒したい物です」
「ゴドラン」以降、高位の学者として世界に警鐘を発する役を演じたゲオさん、ゲオエテ・アニマ。
「次回作が実現すれば、本作程の国際性はないものの超大作となります。
その時は、是非ご協力をお願いします!」
一同は笑顔で答えた。
「巨匠などと呼ばれている私も顔負けの人望ですな!」
と、イナさん。
何しろ演劇時代からの芸歴、大規模な舞台設定や俳優動員力が凄い。
映画の皇帝がセプタニマ監督なら演劇時代からの巨匠はイナカン監督である。
「いえいえ畏れ多い」
「今のヨーホー映画を作ったのはあなたですよ、リッちゃん。
私も色々合成で助けて貰ってますしね」
何だかんだとポンさん以下特殊技術部は依頼を受けて合成を多くの作品、多くの監督に提供している。
「この映画は、外交の舞台でもあります。最早政治ですなあ」
「そんなつもりじゃなかったんですけどねえ。
でも、社長がねえ」
「ははは。まあ大予算でやりたい様にやろうじゃないですか!」
肩に手を置かれて、何と言うか安心したと語ったリック監督だった。
「まあ。戦乱を数秒で収めた英雄かと思えば、映画の世界でも優れたお方なのですね?」
やって来たマキウリア女王陛下に、一同は跪礼を捧げた。
「さっきの踊りの音楽もリック君が?
流石ね。何か不思議な懐かしさを感じるわね。
この映画の完成が楽しみですよ」
そう言うと、今度はボウ帝国のコーラン嬢とカオリン嬢が挨拶に来た。
「白蛇姫 愛の伝説」で白蛇姫と従者のコンビを演じた二人だ。
「またご一緒できましたわねえ、リック様?」
「お久しぶりです、コーラン様、カオリン様」
と答えたのはリック監督ではなくアイラ夫人。
「おひしゃしうりえしゅー」
アイラ夫人の腕の中で挨拶するブライちゃん。
リック監督はアイディー夫人が引っ張って行った。
「まあ…可愛らしいお子様ですこと」
少々苦々しく答えたコーラン嬢に
「おうちゅくしー」
と讃えるブライちゃん。
「ま!あは!あははは!流石はリック様のお子様!お褒めに預かり光栄ですわ!」
「あああ!息子が失礼を」
「いえいえ!とっても幸せそうですわね。
これからも、ずっとお幸せに、ね?」
「はい」
「赤ちゃんであの誑し力、凄いですね」
と呆れるカオリン嬢。
「リック様のお子様ですもの、うふふ!」
何か満足気なコーラン嬢であった。
それから女王陛下はマイト氏にも
「世界の名優、マイト殿。
真迫の演技は我が国でも多くのファンがいますのよ?」
「は!畏れ多い!」
と、気さくに声をかけて歩いた。
和やかな空気の中で制作発表会は行われた。
しかし、いつもなら顔を出して来そうな神殿のミゼレ祭司の姿が無い事に、リック監督は一抹の不安を感じた。
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「マズい!これはマズい!
下手をしたら古代神話を元にした新しい宗教が生まれてしまう!」
お墨付きを与えた筈のキリエリア神殿で、ミゼレ司祭が胃痛と戦っていた。
「最低でも、神話の類似性を研究するヤツなんかが現れたら、ゼネシス教も長い歴史で生まれた一つの宗教に過ぎない、そう評価するだろう!
そうなれば!ゼネシス教の絶対的優位が失われる!
大陸の平安を司る権威に傷がつけば!
つかないとは思うけどなあ?!
でもなあ!
大丈夫かなあ?」
散々自問自答した挙句、彼は
「修行の旅に出ます」
とパクス枢機卿に告げて、大陸横断鉄道に乗ってボウ帝国へ向かった。
「うひゃ~!鉄道の旅、サイコー!!」
とりあえず胃痛は収まった様で、果てしない荒野を眺めつつリック青年謹製の発泡ワインを楽しむ日々であった。
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マギカ・テラとの通商会議や様々な国際交流、この製作発表すらもラジオ、ラジオビジョン「もうテレビでいいんじゃないかな?」リック監督の宣言でテレビジョン、テレビと改称。テレビでも放送された。
裕福な貴族達は既にリック監督の会社にテレビの購入を申し込んでいた。
彼等にとって最新情報を得るためには10万デナリなぞ惜しくはなかった。
これを原資に、リック監督は新型オプチカルプリンターの開発に取り組んでいた。
「普通に使ってる35mmフィルムを横に走らせて、大画面、大画素で合成を行う。
俺の記憶ではフィルムの同期が全然上手く行かなくて失敗してるけど、この世界にオックスベリーは無い。
折角金があるんだ、4ヘッド(4台の映写機が映写して合成可能)やるぞ!
完璧に仕上げてやる!一気に1200だ!」
1200というのが何かわからないが、リック監督によると異世界最高のオプチカルプリンターだそうだ。
「結構、フィルム噛んじゃうよ~」
「ここばっかりは記憶の歴史通りじゃ困るんだよ!冷静になれ俺!」
フィルム送り機構、同期機構等を見直し、幾度か作り直した。
勿論独力でも、アイディー夫人との二人だけの作業でもない。
自ら立ち上げた光学機器会社の技術者、そして魔導士協会の魔道具士が入れ代わり立ち代わりリック邸の工房にひしめき合って事に当たった。
やっと使い物になったのは、制作発表の直前であった。
「4重合成かあ~、すごいよぉ~!」
「これなら、マイちゃんも文句言ってこないんじゃないか?」
「でもすごくフィルム使いますね」
「だいじょぶよ、アイラちゃん。フィルム作ってんの、ウチだし」
「フィルムを自社製作にしてよかったよ!ありがとねディー!」
こうして、新型オプチカルプリンター、「ヨーホー・バーサタイル・プロセス」が完成した。
テストで撮影した、キメラ退治の場面、古代の武神を演じるのは例によってアックス。
水槽に絵の具を流した曇天の背景に雷が光り、キメラの頭に剣が当たると閃光が光る、そういった多重の素材がワンショットに収められ、しかも画質の劣化があまり感じられない。
「バーサタイル(万能)は言い過ぎかなあ?」
このフィルムは製作発表会の特報でも使用された。
それでもあまりこの新型オプチカル・プリンターを宣伝しなかったのは、万一途中で使い物にならなくなったらと案じたためである。
「ハア。コイツだけで1千万デナリかかったなあ~」
そう言いつつも、アイディー夫人を抱きしめるリック監督は満足そうだった。
「これで後々のオックスベリー騒動が起きなきゃ御の字ってもんだよ」
「これ、モンさんたちにも使って貰わないとね~」
「ああ。使い倒すのは現場だからね」
早速撮影所に移設され、その高性能さと、フィルム横送りという初めての機材に今度はモンさんが悪戦苦闘する事になった。
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いよいよクランクイン。
最初の場面は、特撮班。
天地が混濁していた世界の中、天界と地上界が別れる場面。
これは逆回転で、黒い背景に反射率の高い素材で星の様に輝く球体が一面に撒かれた背景に、白い煙がむくむくと広がっていく。
その煙は生き物のように渦を巻き、幾重にも重なっていく。
これを逆回転する事で、開幕から白い煙が天界から引いて行き、最後に天界には煌めく星空が現れる、という寸法である。
更に、朝焼けの雲を描いたグラスワークへ、その奥に、光輝く天界を映画いたマットアートへとオーバーラップされる。
この煙は様々な素材を舞台用に研究したもので、減圧冷凍した二酸化炭素を使っている。
後に保冷剤として魚介類の輸送に使われる、ドライアイスである。
王立学院と魔導士協会共同で行っていた、ロケットの研究の副産物だ。
液体水素の実験の過程で生まれたもので、神秘的な雰囲気を表すのに最適な更に簡単に消えてなくならないので保冷剤にも使える事が解り、色々と活用され始めているのだ。
但し使い過ぎると酸欠になるので、取扱注意とはしてある。
この場面、何しろドライアイスの煙という、どうにも扱い辛いものを生き物の様に演技させなければならない。
何度か撮り直し、都度吐き出させる角度を変えたり、風魔法の送り方を変えたりして渦を巻き起こさせたり、何回も撮り溜めた。
その中で一番煙のうねりが良かったものが天界のシーンとオーバーラップされ、やっとの事で1カット目が完成した。
「飛行機や怪獣の尻尾吊るすのと訳が違いましたよ!」
と、操演班。
「いや、お見事でした!」
労うリック監督。
そして天界をミニチュアで表現し、セット内で撮影される神々の誕生の場面へとバトンを渡す事になる。
完成したフィルムは本編班に渡され、俳優陣の演技の参考にされる。
開幕の天地開闢の場面は、10年近く前になる「聖典」とはまた違った空想的な物となった。
二人の男女の神が至高神の命を受けて混濁の世界に鉾を突き立ててかき混ぜ、大陸が生まれる場面。
塗料を配合し、下から熱してあぶくを生じさせ、仕込んでおいた風船状の大地、塩の柱に空気を入れて混濁の中から浮かび上がるかの様に見せた。
更に、夫婦の固めをした男女神によって大陸が生まれる場面。
黒絵具を混ぜた水の中に大陸のミニチュアを鎮め、それを一気に引っ張り上げる、それを最大限高速回転したカメラで激しい水飛沫を捕える。
「操演、準備!扇風機、始め!カメラ、回転!はいヨーイ、スターッ!!」
デシアスの掛け声とともに撮影が開始した。
「操演!引けーっ!!」
大陸のミニチュアが水しぶきと共に現れた!
表面の凹凸が流れる水を蹴立てる。
この場面が、大陸誕生の仕上げとなる。
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仕上がった特撮カットを見つつ、俳優陣は天界誕生、大陸誕生の場面に入る。
「迫力はあるけど、おもちゃっぽくもあるのよねえ」
批判的な意見はある。しかし。
「何だろうな、不思議だな特撮ってモンは」
「でも、面白いよなあ、よく色々考えるよなあ」
擁護する意見も漏れた。
「当たり前だ!俺達の仲間、天才リックだ。
宇宙だろうが神話だろうが何でも映画にしちまう。
それが、アイツが愛してやまない特撮ってもんだ!」
アックスが、自慢げに語った。
「アンタも負けないでいい芝居するのよ!」
「ああ!」
妻セワーシャに尻を叩かれて撮影に臨んだのであった。
大陸の神話は、カカア天下から始まったのであった。




