85.古代の空気で「天地開闢」製作発表
リック監督の書いた検討用台本は、イナカン・ヒゲカン監督によって台詞の調整を行った。
「なるほど、でもこの言葉は変えないで下さい」
「拘りますね?でも不自然じゃないですか?」
「この言葉には英雄の無念がこもっています。
変えてしまうと、無念が消えてしまいます」
早速火花が飛んだ。
しかし
「本当ならあってはならない事だが…
これは半分はあなたの映画ですので、そうしましょう。
でも、前段の台詞を変えさせてください」
演劇時代から大演出家呼ばれたヒゲさんは時に争い、時に受け入れた。
ただ、やはり1本の映画の全てに責任を負うべき監督が2人いるというのは中々に受け入れがたい様ではあった。
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検討用台本は概ね各国に好評だった。
更にゼネシス教神殿からも
「本作は民間伝承と、学問的に確認されていない英雄伝説を活劇映画にしたものである。
また、異なる神への信仰を強要するものでも、ゼネシス教を批判する要素もみあたらない。
更に、いかがわしい表現も無く、民心を悪へと呼び寄せる様な描写も無い。
よって、神殿が意見するべき対象とは見なさい」
と、
「俺ぁ知らねえ」
というお墨付きを頂いた。
但し。
「グランテラ大陸を産む男女の神は、ゼネシス教との共通点を強調するために、アックス・ショーン氏、セワーシャ・ショーン夫人が演じる事を希望する」
と書いてあった。
もちろん書いた奴はミゼレ祭司である。
「ギャー!!!」
セワーシャ夫人が絶叫した。
「あたしイヤだからねー!もう30近いのよー!」
「何言ってるんだ、お前は美しいままだろ?」
「あらん」
「ノロケは兎に角」
「リックに言われたくねえなあ!」
「『快猿伝』との撮影を調整して出られない?」
「イ~ヤ~!!」
「い~あ~!きゃっきゃっきゃ!」
いつもお世話になってるセワーシャおねえちゃんの真似をして笑うブライちゃん。
「「「ぶっ!!!」」」
英雄チームが思わず噴き出した。
「いいじゃないか!女優としても箔を付ければ、アックスに言い寄る女優達も跳ね除けられるぞ?」
「またほとんど裸じゃないの!みんなの視線がネットリして嫌なのよー!」
「ははは!歴史に残る美しい裸体、って奴だな!」
「デシアスー!あんたこそ結婚先延ばし過ぎて溜まってんじゃないのこのムッツリがー!!」
「心外な!」
「どーだか!」
「むっち~ゅり?」
「「「ぶっ!!!」」」
またしてもブライちゃんの突っ込みが場を沸かせた。
結局、「女優」セワーシャの経歴に二作目が加わってしまった。
しかし元々聖女であった彼女は、祝詞の様に台詞を神々しく語り、持ち前の美声もあって、神話を演じる技量は素晴らしい物であった。
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その日を前に、マギカ・テラから豪華な列車が蒸気機関車に曳かれて到着した。
楽団が歓迎の音楽を奏で、迎えるのは外交特使に任命されたリック監督。
向かえる相手はもちろん、マキウリア女王陛下と、身の丈3mのミノタウロスの武将、その他王国から選ばれた「俳優」達。
「エスコート、宜しくね」
親し気な女王陛下。
「おう!また会ったな!お前と戦えないのが残念だ!」
脳筋なミノタウロスの将。
王城へ向かう道の上では、かつてリック少年が命を救ったハーピー達が紙吹雪を撒いている。
ちゃんと服を着て。
火を噴く騎獣が前後を守り、王城の門の前で左右に分かれ、上空に向け火球を噴き、それは花火の様に広がった!
王都民は思わずその統率の取れた演技に魅入り、喝采した。
完全ではないものの、魔物を率い、亜人を含むマギカ・テラへの警戒心は徐々に薄まって行った。
別の日に北国から続々使節や大臣が来る。
和平以来の他国の来客に湧く王都であった。
その歓迎の行列を眺めつつ、マキウリア女王陛下はリック監督に言った。
「人間の王都はここまで栄えているのか。
全面戦争となれば、確かにどちらかが亡ぶまで終わなかってであろうなあ」
「そんなのゴメンですよ」
事も無げに応えるリック監督。
「全くじゃ。しかしそれを成し遂げた英雄リック。
其方の功績は世々語り継がせよう」
女王陛下の視線には熱いものがこみ上げていた。
「いえいえ。
俺は映画を撮りたいだけなんで、新しい観客が増えて嬉しいだけです」
相変わらずな回答に、ガックリくる女王陛下であった。
「はあ。無欲は大欲に似たり、か」
「そちらの国にもその言葉があるんですね?」
「知っていてそう振舞うか…」
「リックさんはそういう人なのです」
付き添っていたアイラ夫人がそう言いつつリック監督を女王陛下から遠ざけた。
「チっ!」
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キリエリア王都レイソンに集まった連合国とマギカ・テラの首脳陣。
お試し的に始まった鉱山資源と食料の貿易は好評で、今後の発展は確実視された。
そこで産出量に応じた年間貿易量と関税、価格調整が行われ、問題なく通商条約の細目は決定した。
この様子はラジオ、ラジオビジョンで放送された。
そして外交行事をつつがなくこなし、流れるように映画の制作発表へと移った。
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ヨーホーの撮影所では、北国、そして南国であるキリエリアの古代画に描かれた衣装が縫製されていた。
白を基調とし、女性は淡い色で染められ、高位の者は古代の陵墓から出土した装飾品を復元したものが用意された。
ヨーホー中央劇場には、古代の神殿、白木のままの巨木を組んだ神殿が再現された。
現在グランテラ大陸に残る古代神殿は、大理石作りだ。
しかし先の旅行でリック監督は
「古代神殿も元々は巨木資源を使った物であり、今規模を縮めて残された木造神殿の周囲に残る礎石も、石材を支える力は無い」
と考え、神話時代の神殿は木造だったと推定して美術設計を行った。
そして、大陸歴1500年代の今とは違う、古代の空気が劇場の上に再現されていた。
「ぶっちゃけ前世の記憶にあった日本の古代なんだけどね」
そうぶっちゃけるリック監督を、ヤレヤレと言った優しいまなざしでみつめるアイラ夫人であった。
アイディー夫人は映像放送の準備に必死であった。
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ホールの中央は、古代の木造の神殿のセットが組まれていた。
ホールの照明が壇上に絞られ、セシリア社長が口上を述べた。
その姿は、大陸南部の古代の衣装。まるで女神の様だ。
「苦難を乗り越え、不幸な戦争を回避すべく尽力いただきました皆様をこの場に御招き出来た事を、無上の幸福と存じます」
ナート師が指揮する楽団が、優しく笛の音を奏でた。
「この度の逆賊鎮圧騒ぎの思わぬ成果として、今まで私達グランテラ各国が知り得なかったマギカ・テラ王国と、北方諸国の古代神話、更に私達南方諸国の伝承に多くの共通点がある事が判明しました。
これは、人が大地と共に生きていく上で共に分かち合う命の物語である。
私達はそう思いました。
これを映画とし、各国国交樹立の記念に、多くの人々の相互理解の切っ掛けにしたい。
そう願い、ここに記念碑的な映画、『天地開闢』の製作を発表申し上げます!」
演奏は止まり、照明が落ちると、社長の後ろのスクリーンにヨーホーパノラママーク。
噴火!洪水!そして九頭の怪獣!そこに「特報」「連合国 マギカ・テラ王国国交記念 『天地開闢』」の字幕。
続いて映るは古代の衣装をまとった俳優陣。
名優マイトを筆頭に錚々たるメンバー、古代の宴会の場面では映画より前の演劇で喜劇界の巨人だった人々も登場した!
そしてアックスとセワーシャも。
ボウ帝国の大女優コーランは大地豊穣の女神役。
更に各国の名優、マギカ・テラから来た俳優?芸人?ミノタウルスの将軍も!
そして俳優紹介の最後、神話の武神はマイトの二役!
リック監督が自費で作った九頭の龍のヌイグルミが迫る!
マイト演じる武神が剣を構える!
最後に「世紀の超大作『天地開闢』製作決定!」
2分程度の顔見世映像ではあったが、予算も無い中、リック監督は頑張った。
そして照明がともされ、名優陣が、これまた古代の衣装で登場したのであった。
特報のフィルムに続き、古代の祝宴を模した祭りが演奏され、ダンサーが古代の女神に扮して踊る。
演奏される音楽はリック監督が原案を描き、ナート師が編曲した歌唱だ。
歌唱も古代語で「ああ楽しい、妖しや、清け」と単純なものである。
登壇する俳優達も、古代の衣装である。
中には魔族と恐れられたマギカ・テラの将が英雄のライバル役に、そして美しき女優もヒロインとして参加している。
アックス・セワーシャ夫婦も古代神らしい白衣で登壇した。
身長3mの将軍は兎に角、女神にボウ帝国の大女優、ヒロインにマギカ・テラの女優、そして巨大な怪物ヒドラの操演もあって、制作発表は賑わった。
イナカン・ヒゲカン監督が挨拶する。
「各国の神話は正確な由来が不明な、一種のロマンです。
これをそのまま映画化するのではなく、史実の可能性が高い北国滅亡伝承と交差させた物語、これはリック監督の入魂の構想なのですが。
現在の信仰にも続く敬虔さ、率直に善良であろうとする心、そして古代も今も変わらない人の心を通わせたく思います」
事前の打ち合わせで監督は
「古代の心を今に蘇らせたい」
と言いたかったのだが、
「それは神殿的には問題があるかも知れませんね」
とリック監督が待ったをかけてこうなったそうだ。
リック監督は控えめに挨拶した。
「本作は、特撮が中心ではありません。
あくまで古代の英雄、伝説の神話の登場人物が主役であり中心です。
他の場所で撮影される人々のドラマを、別の特撮スタジオも彼等を中心に添える必要があります。
初めてお世話になる巨匠、イナカン・ヒゲカン監督に色々伺いながら古代の再現に尽力します!」
あくまで年上を立てるリック監督であった。
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こうして大喝采の中行われた新作特撮映画の制作発表は、ついに大陸各国にまで影響を及ぼすレベルになってしまったのだった。




