81.グランテラ北部の神話
麗しきマギカ・テラ女王マキウリア陛下が帰国された。
その翌日から、鉄道の行き先表示に「マギカ・テラ・カステルム」、魔王の王都行きと書かれた貨物列車が発車した。
今まで行き先表示が「臨時列車」とだったものだ。
さらに逆にマギカ・テラ発の貨物列車がキリエリアに到着する様になった。
そして新たに電池工場、モーター工場、磁石工場等が各地に建ち、求人広告が広まった。
帝国から逃れた亡命者は忽ち職を得て、工場周辺には商店が立ち並んだ。
電気製品が今まで以上に増えて来た。
電動ポンプ、扇風機、電動裁縫機。
更に未開の地に石油精製工場や発電所が建設され、ここでも求人が行われた。
学のない物は職業訓練や安全講習が並行して行われた。
所帯持ちの妻子は、母子揃って託児所に行き、母は保母としての訓練を受ける事になった。
電気需要は都市部を中心に増え、石油製品も軍の飛行機や戦車、魔道自動車ではない石油自動車へと使われ、軍制改革、更に石油自動車は都市交通をも変えていった。
莫大な富が各国間を循環し、鉄と油が富を生む様になった。
ラジオが、映像放送がその動きを伝える。
人々は戸惑いつつも、確実に稼ぎ、安心してその日を終える事が出来た。
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その一方で、マギカ・テラ国内で劇場が営業を始めた。
ヨーホー映画公社マギカ・テラ・カステルム劇場で、「勇敢なる七騎士」「キリエリア沖海戦」「ゴドラン」「地球騎士団」が上映された。
魔族の中でも人間とほぼ同じ種族はその存在を知っておいた。
支援物資授受のため各国に出向いていたのだ。
彼らの口コミが起爆剤となって、初日は超満員。
中には荒野から天然資源を採掘する仕事で懐が豊かになった者も多く、マギカ・テラ初のヨーホー大商会で映画に食事に買い物を楽しんだ。
「映画っての、面白ぇなあ!」
「俺はゴドランってヤツと戦いたいぜ!」
「人間の艦隊と戦いたいぜ!」
「バカだなあ、あれは作り物だぞ?劇場ってのに飾ってあっただろ?」
「なんでえ!面白くねえ!」
「そういうのを作るのが、面白えんだと」
「「そっかー…」」
「人間の料理、うめえ!」
「酒もうめえ!」
「人間、すごくね?」
「次のあの鉄道ってヤツでいってみるべ?」
魔族にも人間ブームが来た。
「俺は死を覚悟したんだ。
だが、人間の、凄い美女が俺の斬れた足を魔力でつないでくれたんだ!」
「英雄って、すげぇ強え奴がいた。俺は負けた。
でもあいつらは、怪我した俺達を治してくれて、一緒に飯を食ったんだ。
美味かったなあ…いいヤツラだったなあ」
「あたしはあの子大好きよぉ!
あたしらハーピーやラミアには、リックちゃんすごく優しかったたわよぉ!」
「絶対いい男になるわよ!」
10年前の戦いの事を今まで黙っていた者も話題にし出した。
彼等にとって、あまり悲惨や凄惨な事になる前に英雄達の手によって終わった戦いは、今となっては思い出話に替わりつつあったのだ。
それでもマギカ・テラからの列車が来る時は、結構な人数が怖がったり、逆に物見遊山で集まったり。向こう側でも同じ様な事が起きたり。
その様子もラジオと映像放送で各国に知らされたり。
「なんかエラい時代になったなあ…」
「それは我が魔力も筋力も通じぬそこのバケモノに言ってくれ…」
通商会議で来国したマギカ・テラの使節のミノタウロスの大臣とカンゲース王が、映像放送を前に頭を抱えていた。
「お互い何も知らない同士がいがみ合ってた頃よりよっぽどいいじゃないですか!」
と笑顔で応えるリック青年であった。
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「マギカ・テラ・カステルム劇場の興行成績、1千万デナリ行ったわ」
「単館でそれは凄くないですか?」
セシリア社長がリック青年の自宅を訪れていた。
すっかり懐いたブライちゃんを抱っこしている。
「魔こ…マギカ・テラから主要都市にも大商店出来ないかって声が上がってるわ。
ショーウェイが乗り気だけど、あそこ魔族退治の映画とか沢山撮ってるから問題もあるのよねえ」
「ははは…」
「で、どう?マギカ・テラ向けの映画、できない?」
「今は無理ですよ。向こうの事何も知らないし」
「あら?リック君でも知らない事があるものね?」
「無茶言わないで下さいよ。
今王立学院の歴史学や神学の研究員が飛んでってるんですよ」
「君が飛んでいけば数日で終わりそうなのに」
「あんだけ色々やったんです!これからは特撮映画に戻らせて頂きますー!」
リック青年も色々鬱憤が溜まっている様だった。
「そ、そうね。色々本当にありがとうね。
でも、いい商機だと思ったのにねえ」
「それに、戦勝記念に連合国、特に北部各国からも似たような話がきてます。
今回の騒動の前に、軍から飛行機時代の戦争映画を撮れって頼まれてますし」
「今は軍も映画どころじゃないでしょねえ」
戦争は終わったが動員した兵の解散や、恩賞やら予算の再編成やら。
特に新兵器を動員できると目論んでいた参謀部は秒でケリがついたので意気消沈しているらしい。
「人死にが出て深い遺恨を残す方が余程問題ですよ!」
「それは軍務卿も解ってるみたいよ。
やっぱり、北国との合作、かしらねえ」
「そうなると、神殿が怖いなあ」
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グランテラ大陸は、今や各国がゼネシス教を信じている。
その歴史、千年以上。
しかし、ここキリエリアも、北部諸国も、それ以前は様々な宗教を信仰していた。
そのほとんどが多神教で、自然崇拝が進化したものであった。
北部各国では民間伝承として古の神話が愛されている。
その大部分はゼネシス教と同化し、嘗ての神々はゼネシス教の天使や偉大な預言者に置き換わって崇拝されているが、中には原始宗教の色が濃いものがあって
「これ何教?どっからどー見てもゼネシス教に見えねえし」
って行事まであるという。
「いっそ寓話、民間伝承として、そういうおおらかな神話を映画にして、今の世の中の暗い気持ちをぶっ飛ばそうかな~、なんて思うんですが」
セシリア社長はしばし考えた。
「…悪くないけど、確かに神殿への配慮は必要ね。
で、どんな感じの話なの?」
「はい!!」「きゃ!」
ドン!とピクトリアルスケッチの束を差し出すリック青年。
「北と南で似た様な話がありまして、そういうのが南国でもウケるかな?と」
スケッチをめくる社長。
そこに描かれていたのは…
天から混濁した大地に突き立てられた剣と、それをかき混ぜる男神女神。
靄の中から浮かび上がるグランテラ大陸北部。
女神を奪い去ろうとする乱暴な軍神。
その母の大地母神が怒り展開を去る。
老婆がこれを引き留め、村人が裸踊りで持て成す祭り。
罰を受けた軍神が、9頭の龍と戦う。
最後、大噴火で軍勢を焼き尽くす溶岩、泉が溢れて谷底へ雪崩れ込む洪水。
「毎度の多芸さはさて置きまして。
天地開闢伝説はゼネシス教と似たものだけど、この大陸を生み出した神とかの下りは神殿の許可がいるかも知れないわねえ。
怪獣…あ!ヒドラ退治ね?特撮が難しそうねえ。
これは大地の女神出奔伝説ね。ちょっと描写が下品にならない様にしないと」
的確に要注意点を理解する。
「この人ったら、また夜中までこれを描き初めましてね」
アイラ夫人が発泡ワインを出す。
ご機嫌な笑顔で乾杯する社長。
「全く…で、これどんな物語になるの?
神話を映画化するの?
あまり物語性のない、取り止めの無い話の羅列にならない?」
「神話を主体にするのではありません。
実は各国の建国伝説を調べると、北方では数カ国に似た話があります。
建国後滅びた王朝なんですが…
救国の英雄を奸臣が謀殺し、その恨みで火山が大爆発、大陸が闇に包まれてその国は滅んだ、という」
「聞いたことあるわね。
聖典の大洪水と同じ様な時期だとか」
「実は大洪水の歴史の裏で繋がってたりするかも知れませんね。
それはさて置き、あくまで王朝滅亡を物語の主軸とします。
そこに謀殺された英雄が夢に見た理想の国というのが、神話の神々、特に暴れん坊の武神の活躍や、女神出奔を推し止めた老婆の猥談」
「老婆の猥談はイヤよ!」
「そこは美女の歌と踊りの大宴会にでも変えちゃおうかな、と」
「…イケそうかしら?」
「構想が纏まったら各国を回って感触を聞いてみます」
「神殿にも話しをするのよ?」
「ハイ、ソーデシタ」
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「で、よ。
全く公爵と来たら長男に甘いのよ!
そこはビシっ!と言ってやらなければ、色々欲深い連中に付け込まれて20年後とか国を傾けかねないでしょう?って!」
すっかり出来上がったセシリア社長だった。
「ハイハイ、アハハ」
「そしたらね、末っ子ちゃんがね、おにいちゃまだめでしゅ!
フォルティー・ステラがゆるしましぇん!って!アッハッハ!」
「ハイハイ、アハハ」
「全く、アックス君の結婚式以来フォルティ・ステラのファンになっちゃって!
リック君のせいですからね!!」
「ハイハイ、アハハ…え?俺のせい?」
「当たり前よ!あなたが色々入れ知恵しなかったらあの映画、あそこまで見られたものになったかどうか!」
「ハイハイ、アハハ」
「もうそればっかり!」「アハハ」
「ハア。ウチもああいう解りやすい映画を撮るべきなのかしらねえ?」
「やるんなら思いっきり立派なの作りましょうよ!」
「あら?やる気?」
この時、リック青年にはもう確固たる考えがあった。
「ええ。映画並みの予算を掛けて、ラジオビジョンで、世界中皆が見てくれる様な!」
「え”~?あれ、採算悪いわよ~?」
「…ですねー」
秒で意気消沈した。
「今回は各国の気分を上向かせて、恐慌や停滞を吹き飛ばすって意義があったけど。
各国が出資に賛成しなかったら。
あなた!全部自前でやるつもりだったでしょ?」
「バレテーラ」
「もう!本当にもう!ウチの養子になりなさいよ!」
相変わらずラブラブな社長と監督であった。
いつもであれば社長からリック青年を引きはがす二人の夫人なのだが。
「あ、あなた…お、お客様ががが!」
思いっきり動揺していた。
「賑わっておるのう?」
「「!!」」
やって来たのは、マキウリア陛下だった。




