8.スクリーンプロセス対オプチカルプリンター
今回はお話しが専門的で地味すぎるので二話掲載します。
スター(俳優)とスタッフとの面通しで、売れっ子俳優のマイトは少年監督リックに年甲斐もなく喧嘩を売った。
まあ、これは彼一流の値踏みの様なもので、リック監督はそれにひるまずやり返した。
大俳優ペルソナ男爵の仲裁がなくとも、「暴れ馬」マイトとしてはどこか納得がいったと後年語っている。
多分ウソだ。仲裁が無ければ二人はケンカしていた筈だ。
それは兎に角、撮影は始まった。
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撮影は貴族の邸宅、百年前から変わっていない大豪邸の大広間や会議室を借りて海軍の訓示のシーンから始まった。元海軍関係者の公爵邸であった。
俳優たちは百年前の軍装に身を包み、百年前の海軍庁舎に見立てた豪奢な大広間の中で役作りに没入した、それは彼等も幾度か演じた劇場の舞台とは全く違う迫真感があった。
そして記念艦でのロケも行われた。
百年の歳を刻んだ背景の中での芝居は、演技に風格を与えた。
しかし岸壁に固定された船は波に揺れる事は無い。
リック監督はカメラの台座を揺らす事でこの問題を解決した。
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「大捷だ!大捷だ!」
今や聞きなれない言葉を、マイトの大将が叫んで廻る。
古い言葉だけど、大勝利を大捷とも言った。
しかし、ペルソナ男爵演じる英雄は不動の姿勢で戦況を見遣る。
場所は、記念艦ではない。その一部を再現したセット、撮影所の中だ。
セットの背景には、半透明の素材で後ろから敵艦隊炎上の場面を映した特撮フィルムが映写されている。
スクリーンプロセスという合成技法だ。
背景を映写する映写機と、撮影するカメラのシャッターが同時に作動しないと、背景が上下に分断されその間にフィルムの区切りが移ってしまうので、シャッターの同期を取るのが中々に難しい機械だ。
そして、仕上がったフィルムを試写。
ペルソナ男爵は黙して語らず…だが、やはり満足はしていない。
「暗いな…」
マイトが悔しそうにつぶやいた。
一瞬、スタッフがマイトに殺意を抱いた。
「だが、演劇の舞台よりは素晴らしい」
ペルソナ男爵もそう助言したのだが。
おそらくリック監督は両者の真意を理解したのだろう。
立ち上がって頭を下げた。
「皆さん、申し訳ありません。
別の方法でこの場面を取り直したいと思います!」
「同じ芝居をもう一回男爵にさせるつもりかァ?!」
マイトが徴発する様に怒鳴った。自分から言っておいて、である。
「はい。
もうすこし明るく明瞭な画面を背景に出来ないか、新しい技術を試させてください!」
これは特殊技術の責任であると彼は判断したのだ。
「監督のご指示とあれば、何度でも演技するのが役者です。
いいものになるのですか?」
「新しい技術なので未知数です。
しかし、いずれは試し、改善し、乗り越えるべき課題です」
恐らく若かったマイトには、リック少年の覚悟は理解できなかったのだろう、その態度が尊大に思えた。
「テメェ!上手く行かなかったら!」
マイトの怒鳴りに、またもペルソナ男爵が上手く取り成した。
「何度でも、予算と時間が許す限りお付き合いします。
ねえ、ディアマイ(マイちゃん)?」
男爵が真っ赤になったマイトに好々爺の様な笑顔を向ける。
「ま、マイちゃん?」
面食らってるな。
「マイトさん!お願いします。
あなたの不満がどこまで解消されるか、俺は戦いたい!」
リック監督はマイトのハッタリ含みの怒号にも誠実に答え続けた。
「リック!何でそんなペコペコすんだよ!」
友人に喧嘩を売られたアックスは納得いかなかったのだが。
「これは、折角全身全霊をフィルムに託してくれた俳優さんからの祈りなんだ。
だから、どこまで応えられるか試す。
それも特撮の意地だ!」
リック監督の決意は揺るがなかった。
しばし呆然としていたマイトが、ニヤっと笑った。
「吐いた唾飲むなよ!リっちゃん!」
「ああ!頑張るぜマイちゃん!」
「この…ああ!付き合ってやるぜ。
一丁イカシたヤツを作ってくれよ、リっちゃん!」
こうして、このクラン撮影所で「ディア(ちゃん)呼び」、すなわち役職の上下も、貴族か平民かの境界なく意見を言い合う風習が生まれたのだった
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実はリック監督はこの時点で特撮映画の要ともいうべき大問題、二つ以上のフィルムを合成する「オプチカル・プリンター」の試作に着手しており、これを好機と完成を急ぐことにしたのだ。
「これは難しい機械ですが…絶対できないなんて事はありません!
あんな凄い俳優さん達に認めて貰える機械を作るんですもの。
私、頑張ります!」
本来人体に漠然と治癒力を与えるのが専門だったアイラ。
彼女がリックの考える多くの精密機械を実現するのに協力したのは、他ならぬ自分が負った重傷を彼が治癒してくれたからである。
彼は治癒に当たり、人体の構造や破損部位を復旧する事を話して聞かせた。
治癒士にとって何がどう治っているのか理解させることは回復を早め、また自分の能力を高めるだろうという気遣いであった。
しかしそれを彼女は戦後の治癒活動だけでなく、魔道具製造にも応用し、1μの誤りも許されない機械工作を増産する事に役立てたのだった。
ネジ、歯車、ベアリング、シリンダー、どれも歪みがあればいずれ爆発したり分解してしまう。
このオプチカルプリンターも、僅かなずれが大画面に晒されてしまう。
「リっちゃああ~ん!あたしもがんばるからあ~!」
魔導士アイディーも必死だった。
そして姉の様に妹の様にアイラがアイディーを励ました。
「一緒に頑張りましょうね?」
「がんばるよぉ、アイちゃん!」
「ふふ!アイディーさんもアイちゃんですよね?」
「じゃあアイラちゃんで。あたしはディーでいいよ~」
この二人の親密さのお陰で、二つの映像を合成し新たなフィルムに印刷する「オプチカルプリンター」が完成した。
撮影済みのフィルム、俳優の後ろは黒い幕。
その陰影を反転させた、俳優の部分だけを黒くした、マスク用フィルムを作成する。
特撮シーンのフィルムに、マスク用フィルムを重ねて、俳優の部分だけ黒くした=感光していないフィルムを作り出す。
最後に、背景が感光していない俳優のフィルムと、俳優の部分だけ感光していないフィルムを新しいフィルムに同時に映し出し、二つの画面を合成したフィルムを感光させていく。
僅かなコマのズレが、合成の境界をボカしたものにしたり、不自然な枠を生じさせる。
スクリーンプロセスにしろプチカル合成にしろ、実際に軍艦を動員して撮影すれば一回で終わるものに膨大なフィルムを費やす様に思われる。
しかし、実際に軍艦を動員しても天候や遠く離れた敵艦の爆発なんかを思い通りに演出しようとすれば、膨大な連絡要員や複雑な信号が必要になる。
結果的にこの技術が映画製作に齎す恩恵は非常に大きい事を、リック監督は知っていた。
無論、この夢の合成マシンはもっと多くの可能性を秘めているのだが、今は先ず鮮明な合成画面を完成させねば、英雄チームもとい勇者チーム一同はそう決意したのだ。
この部分、リック監督は「上手く行かなかったら自腹で」と考えていた。
その費用、5百万デナリ。建設したスタジオやスクリーンプロセス、立体音響のヨーホー社からの支払いの終わっていない中の追加投資は中々痛いものがあったが、今度は逆にアックス達が
「いい酒が手に入ったぞ!」
「いい肉を貰ったわ!」
「実家の領の特産品だ!」
と食材を大量に持ち込んだ。
「ううっ!金が仇の世の中なのに、夢と友情を追いかける奴もいるもんだなあ!」
「お前から貰った恩に比べりゃ返し切れたもんじゃねえ」
「そうそう、家のお代も払わなきゃね!」
仲間達の支援のお陰で、何度かの失敗を繰り返しつつ、この世界初のオプチカルプリンターは形を成して来たのだった。
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