78.人魔再戦、秒殺
その年。
王都民の年収は非常に良かった。
夫婦、子供3人を養える水準となった。
共働きであれば親も養える。
養える、と言うのは単に冬から春に餓死せずに済む、というものではない。
学校に通わせ、月に一度は映画に買い物、外食という贅沢をし、年に1~2度は旅行に行ける。
無論衣食住にも困らず、冬も暖かく過ごせるという生活水準である。
今まで一生農村か街から出る事が無かった10年前と違い、ある程度の金を払えば安全で遠くの街、海や山を見に行ける。快適な鉄道に乗って。
それは王都や大領都の住民だけではなかった。
農村にも、税制が厳しく守られるようになり、私腹を肥やさんと重税を課す領主や代官に厳しい改易などの処罰が下される様になった。
そのお陰で大体3公7民という課税制度に落ち着いたのだ。
これは農村に改革を齎した。
村々は村営の商店を構え、往来する商人に快適さを提供した。
村には読み書きを覚えた子供が商人を手伝い、商人不在の時期も商売を続ける従業員となり、その稼ぎは親へ、そして商人へと還元され、流通の循環を生み出した。
その結果、一生農村以外を知ることが無かった農民もまた、海へ、山へ、大都市へと旅する事が出来る様になったのだ。
そんな旅行客が各地を潤し、鉄道会社を潤し、経済の歯車をゆっくりだが廻していく。
そんな、この世界の歴史で最も幸福な時間を、キリエリア王国始め各国の庶民が味わっていた。
そんな日が永遠に続く、もう魔王軍討伐戦争など起きない。
そう皆が信じていた。
******
ある日。リック青年は王宮へ意見具申をした。
受け取った王宮は使者をリック邸へ走らせ、王城へ招いた。
「戦争が来ます。後3~4ケ月で」
「以前君が言っていた、帝国のアホな勇者がやらかした、って事だな?」
「ええ。
今のところ奴は返り討ちにあってミンチです」
「ミンチ…」
「でも復活します。皇女の加護で。
そして、魔王麾下の将で、魔王と我々との和平に不満を持つ者があれば、アホを盾代わりに人間国へ『報復』と称して侵攻して来るでしょう」
「全く、迷惑なヤツだな。
同じ異世界から来た人としてはリック君とは大違いだ」
「国王陛下。俺はこの世界の父母から生まれた、立派なこの世界の住人ですよ?」
ホントか?いやいや、彼の父母の話は本当だが、でもホントか?
と言いたかったが、カンゲース5世陛下はグっとこらえた。流石は王である。
「不本意だが、戦の用意をしよう。先手を打って敵の戦意を挫こう!」
「先ずは魔王軍は帝国を襲うでしょう。助けますか?」
「うむ。民がいかに殺戮に遭おうが帝国の腑抜けどもは動く事も、他国へ知らせる事もすまい。
侵攻の可能性が高い辺りに我が手の者を潜ませ、侵攻が起こり次第自国民保護を理由に帝国に押し入る!」
「帝国が文句言ってきても、こっちの警告を無視したから自衛の措置をとる、と。
流石陛下です!」
「よせやい!」
ツーカーな国王陛下とリック青年であった。
「それにしても、本当に帝国は愚かになってしまったものよのう…」
かつてカンゲース5世陛下とテラニエ帝国グロリアス13世との間になにかあったのか。
遠い目を、しかも嘆く様な目をする国王陛下を前に、リック青年は沈黙した。
******
王国は帝国へ警告を発したが無視された。
そして、帝国の国境に魔王軍、いや魔国の不満分子の集団が現れた。
その報告は瞬時にキリエリア王国軍に齎され、国境地帯に配備された王国軍が出動…
するより先に、英雄リックが飛び立った。
目の前には、空を飛ぶハーピー、地を素早く進むラミア、そして彼女達を指揮するサキュバス。
まさに美女軍団であった。
「全員失神チェースッ!!」
「「「うきゃあ~!!!」」」
秒で皆気を失った。落ちて来るハーピー達はホイホイっと英雄リックが抱きかかえて地上に寝かせた。
遅れて到達するミノタウロス、ケンタウロス、キングオーガ等のマッチョむさむさ野郎軍団!
「もっぺん、チャイヨーッ!!」
「「「あがががー!!!」」」
瞬殺であった。
そこに、連合国軍の魔道戦車が押し寄せる!
「駄目だー!」
「あれが勇者リックの力なのかー!」
「勝ち目ねえー!!」
「そ!そうよ!あの糞ヒト族を掲げましょうよ!」
そう言って残存軍団が掲げたのは、勇者ツヨ…
「撃ち方始め」
戦車隊が一斉に砲撃を開始し、
「あべぷめんちょれ~」
ツヨイダは四散した。
「「「逃げろー!!!」」」
と、その時、魔国側から軍勢が殺到してきた!
「マギカ・テラ王国四天王、いや元四天王マトレグラ!」
甲高い女性の声が響いた。
「我、国王マキウリアは貴様を討伐する!
大人しく降伏せよ!さもなくば虚しくこの地の肥やしとなって死ね!」
「う、うるしゃああ~っ!!」噛んだ。こっちも若い女の声だ。
「お前にゃんか!魔王に相応しくない!
武を以てヒト族を制圧する者こそ魔王にふしゃあしい!!」
噛んでいる。
「よろしい。殲滅を開始する」
「ちょっと待ったー!!」
と、リック青年が叫んだ。
直後、反乱軍からやたらデカい鎧武者が浮かび上がった!
「え?にゃ?なにをするー!!」
「チェースッ!」
「ピャーッ!」
崩れ落ちる鎧の中身は、妙齢の美女。お姫様抱っこするは、英雄リック。
「「「ほんげー」」」
反乱軍は呆然と空を見上げるよりなかった。
「反乱軍に告ぐ!お前達の首魁はもう戦えない。
武だ?力だ?
俺の前にかかれば、お前達なんて1秒もかからず抹殺出来る!
だがそんな事はしない!
何故だか解るか?」
素直に言われたとおりに考える反乱軍。
「国王陛下、これ殲滅するチャンスじゃないですか?」
と意見具申する部下。
「馬鹿者!リック君が体を張ってるんだ。彼を信じずしてどうする!」
普段温厚な国王の厳しい叱責に身構える部下。
「今後のための勉強である。俺も、お前も、この行く末をよく見ようではないか」
「は、はっ!!」
暫しキリエリア軍、反乱軍、魔王軍の三者は沈黙した。
そして魔王が沈黙を破った。
「カンゲース5世国王陛下、そして英雄アックス殿、セワーシャ夫人。
英雄リック殿、アイラ夫人、アイディー夫人。
そしてまだ独身な剣聖デシアス殿」
「「「ぶわっはっは!!!」」」
王国軍は盛大に受けた。
「こ、婚約者はいるのだ!!」
「なら早く幸せにしてあげなさいな」
「「「そーだそーだ!!!」」」
王国軍は盛大に同意した。
「な、何でこんな目に」
「早く結婚しないからだよ」「ぐぬぬ」
「それは兎に角」「兎に角なのか?!」
「我がマギカ・テラ王国軍は休戦協定を守る。
愚かなミンチ勇者ツヨイダの件は、テラニエ帝国による単独の侵略として反攻を開始する。
後、この逆賊共は抹殺する。
捕縛した兵があれば買い取る。引き渡し願えぬか?」
「おのれー!インチキ魔王マキウリアー!私と勝負しろー!」
「愚かなりマトレグラ。既にお前が見下したヒト族、いや人間に囚われの実であろう?」
「ぐぬぬ!」
「お待ち願いたい、麗しきマキウリア陛下!」
ここでキリっとカンゲース陛下。
「この者達はこの地にいた我が国民を襲った故、反撃した。
先ずは我らの裁きを受けるべきである!」
「ふむ」
「加えて言うならば、先程の、我が!国!キ・リ・エ・リ・ア・の!!
英雄リック殿は!!」
思いっきりリック青年の所属を主張したのは、言わずもがなである。
「敵であろうとも女は労わり、ヤロウは問答無用の瞬殺ながら殺しはしなかった!」
「そこはブッ殺して貰っても問題ないのだが?てかお前達の同胞のツヨイダ?ミンチであろう」
「アレはクソなのでどうでもよろしい」
「同意する」
ボロクソである。
「我々はリック君とともにある。
元々貴国との友好を訴えたのも、リック君だ。
貴国の兵であっても女性を傷つけないのも、リック君の優しさ故である。
さらに言えば、この場で最強な物も、リック君に他ならない。
力も、そして心に於いてもだ!」
「「「おおー!!!」」」
カンゲース陛下、最早俳優の境地であった。
「余は、リック君のジェントルマンな魂に則り!貴国との関係回復を求めるものである!」
「「「おおー!!!」」」
「「「ああ~ん!!!」」」
「「「イカスー!!!」」」
魔国軍の者たちが歓声を上げた。
マキウリア女王は…俯いていた。
俯いて、笑いを堪えていた。
多分、こうなる。向こうにリック少年がいる限りは。
その通りになり、いやそれ以上にヘンテコリンな芝居がくっついて、目の前の困った不満分子もなんか理解を示している。
だが。
「キリエリア国王に感謝する。
しかし、逆賊には罰を、両国の和を破った愚物には死を下さねば、世の理は守れまい?」
女王の言葉にカンゲース王はリック青年をチラと見る。
「それでは。
侵略者マトレグアは我が国の魔力実験に無制限に協力して頂きます」
「無制限?」
「無制限か。まあ、よい。煮るなり焼くなり妾にするなり勝手にせよ」
「妾は要りません」
「え?要らないの?!」
「要らねーよ!!」
厚かましい敵にちょっと怒った英雄リックであった。
「ミンチはテラニエ帝国に責任をもって異世界に突っ返してもらいます。
この女はその研究のための魔力供給源として消耗させて頂きます」
「ええ~!!」
「宜しい」「宜しいの~?!」
こうして、人間と魔王軍の、再度の戦争はほぼ一瞬でケリがついたのだが。
******
反逆娘と正気を失ったミンチ勇者は転移魔法で王国の牢にぶち込まれた。
「はらほろひれはれ」
「イヤー!!こいつと一緒にいるのイ”ヤ”~~~~”!!」
「ゴルァア~~!ペテン皇女!勝太君にくっつくなー!早く私達を日本に帰せー!」
「「そーだそーだ」」
「醜いー!!ヒト族の女とはなんとも醜いー!」
「何だとゴルァ~!!」「来るなー!」「もーいやー!」
「めにめにねちょりんこん」
元皇女、勇者の取り巻き娘と一緒に狭い檻に放り込まれて仲良く暮らしていた。
異世界への返還魔法の研究は一向に進まず、その毎日は大変賑やかであったという。




