75.宇宙映画の思わぬ反響
暫くリック邸では、あのM32、迎撃戦の激しいアレグロが響いた。
「これ、子供の音楽教育にいいのかしら?」
聞こえる音楽に合わせてブライちゃんが躍っていた。
でも第一主題で拍子が替わる所でなんかたどたどしくなるのが可愛いやら可哀そうやら。
しかし質問した相手のアイディー夫人も朝食の準備をしながらウキウキであった。
長いアイラ夫人の世話の中で、アイディー夫人もある程度食事の腕を磨いた。
未だにお茶や酒の配膳をするだけでアックス氏とデシアス技師は驚き、セワーシャ夫人は涙を流すのだが、独身の時代の在り様が推し量られるというものだ。
しかし。
特撮サントラにのめり込む我が子をあまりに心配するアイラ夫人を前に、リック監督は言い訳するかの様に音盤会社に頼んで大陸各国の音楽を集めて、学校教材として音盤化する様指示したのであった。
後々音楽界からこの音盤は大変感謝される事になるが、それはずっと後の話であった。
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などとやっている間に編集も録音も終り、完成試写が行われた。
音源は三種。4チャンネル立体音響、2チャンネル疑似立体音響、モノラル音源。
「地球騎士団」はアナモルフィックレンズの普及がまだまだだったため急遽スタンダード版が作られたが、今度は無し。
この1年で旅商人の移動劇場用にも、貴族の家庭用にも、アナモルフィックレンズはそこそこの価格で行き渡る様になっていた。
ただ、幅広スクリーンの普及が末端にまで行き渡らず、上下幅を縮めて公開する劇場が多かった。
衝撃的な開幕の音楽、一転して静かな宇宙空間と、回転する宇宙基地。
そこにかぶさる「1530年」という字幕。公開年から20年後という大胆なものだ。
異星人の襲撃に激しい光芒を放ち四散する宇宙基地と激しいタイトルのマーチ曲!
思わず拍手する役員たち。
そこからは宇宙ロケットの説明や月と地球の関係の説明を若干挟みつつ、宇宙人の手先となった科学者の妨害工作、主人公ユーベンスと北国から来た主演ヒロインのロマンス等を挟みつつ、ロケット打ち上げ。
まだ実用化されていない映像通信機がズラッと並び、中央にはその巨大な受信機が三つ並ぶ発射指揮所。
緊張感を煽る秒読みと、それらしい状況報告。
「係留柵解除!」
激しくピアノを叩く様な演奏と共に、かつてスタジオの天井に穴開けてまで撮影されたLSIS号打ち上げ場面、綺麗に飛び立った。
その後ろで同様に飛び立つLSIS2号機。
MIPAC1が激しく打鍵し点滅し、数値が変換され巨大画面に地上からの位置を示す。これは線画アニメーションをフィルムで映写しているだけだが中々それらしい。
左右の画面にはロケット乗員室内部、発射の様子の画面がこれも映写されている。
試写会に招待された学者や魔導士がかたずをのんでその過程を見ている。
「原典には無い」とリック監督が解説したLSIS号の1段ロケット分離場面、監視衛星発射の場面に続き、管制室に地上の映像が映し出されると、
「「「うおおおーー!!!」」」
と歓声があがった。
無論、特撮による架空の映像である。
しかし彼等はまるで現実の様に興奮して喜んだ。
そして月面着陸。
ここも音楽が着陸を盛り上げる。宇宙空間で姿勢制御ロケットを噴射し、機体を180度反転させ、月に吸い込まれる様に垂直着陸させる。
着陸姿勢の操作等、細かい作業が画面の動線表示等でそれらしく見える。
敵の月面基地攻撃、音楽が盛り上がるがここは学者達はあまり関心ない模様。
むしろLSIS号が二段目を切り離して月面を去り、地球に再着陸する場面の方にご執心で、下部尾翼を切り離したLSISが下部を真っ赤に焼いて飛行機の様に着陸する場面に最後興奮されていた。
そして最後の迎撃戦。
音楽とミニチュア操演、更に光学合成が渾然一体となった興奮の場面には一同熱い視線を送っていた。
各国の著名な建築が宇宙魚雷で爆破される。
更に王都襲撃。
これは知恵と工夫の世界で、ミニチュア然としてしまった模型ながら上に浮かび上がると思っていなかった観客は驚いた!
そして最後、巨大熱線砲による殲滅!
警戒を解き、安堵する司令部。北国から参戦した司令官の妻子が迎えに来る場面、子供の吹き替えの声がイラっとするが、これは司令官と妻子役が北国の大使一家なので文句は言えない。
そして終幕。
一同が歓声と拍手を贈った。
ちょっとした騒動もあったのでセシリア社長も安堵した。
「あら?リック君は?」
「監督は撮影所で修正に入られています」
「修正?」
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「あ~!やべえ~!!」
「すみません監督、もっと早く出来りゃよかったんですが」
光学合成のモンさんが動画チェックする。
「こうも押すとは…監督の俺の責任だよ!」
終盤、スケジュールが色々押してしまったため、試写会に回したプリントをチェックしたところ、光線が幾つか出ていなかったり、警備兵が宙に舞い上がる場面の合成が抜け落ちてたりしていたのだった。
「うわー、録音に立ち合って踊ってる場合じゃなかったよー!」
「いやあ、あの音楽あってのヨーホー特撮ですからねえ、ホイ、このカットOKです!」
「じゃあオプチカルに回そう!次、偵察隊員が敵の光線で消えるカット!
うわあ!こんな事まで忠実に再現しちまうとはー!!」
リック監督曰く、異世界の記憶にも同じことがあった様だ。
こうして異世界の記憶とは異なって、公開直前にプリントを差し替える椿事こそなく無事封切りを迎える事が出来たのだが、極一部の劇場では試写会用プリントが誤って封切りで流されてしまい、リック監督は激しく落ち込んだという。
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怪獣映画2本を挟んでの、久々の天然色4チャンネル立体音響パノラマ大作、「宇宙迎撃戦」は製作費5千デナリを計上して封切りを待った。
内2千万デナリは王立学院、魔導士協会に加えて、映像放送装置を生産する予定のラジオ工場からの出資で、主に本編の計算機等のセットに費やされた。
「責任重大だなあ」
「学院や魔導士協会、それにあなたが作った工場からの出資で映画が作れるなんて。
凄い偉業ですよ?」
「しゅおーいねー」
妻子が父を慰めるが。
「だからヒットさせなきゃ。
空想怪獣映画ならコケてもゴメン!ですんだけど、学術や今後の研究開発が絡むと、開発計画そのものに悪影響を出しちゃうよ。
責任重大だよー」
「失敗してもやり直せばいいじゃないですか」
「そうは言っても…アイラはそれでいいって思うの?」
「ええ。全部リックさんが始めた事ですもの。
一回や二回失敗して、誰が責める権利なんてあるもんですか!ね?」
「あゆもんえいあー!」
必死に口真似して、言葉を覚えようとするブライちゃんに、リック監督は思わず噴き出した。
「そうだね、そうだよブライちゃん!」
「そうそう!ね?」「いぇ!」
「かわいいなあ!はっはっは!」
こういう時、励ましてくれる人が側にいると気の持ちようは大きく変わる物だった。
「電波送信、できたよー」
工房からやつれたアイディー夫人が出て来た。
「え!凄いよディー!」「お疲れ様です!」「えしゅー!」
「えへへへ~」
凄い一家である。
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試写会は不本意ながら一部カットの合成が抜けている0号試写となった。無論修正版と差し替えられたが、一部の劇場では返却されないまま二番館にフィルムが流れ、後年でも時々見かける失態を晒した。
しかし好事家にとっては「幻のバージョン」と重宝されたりしたのだった。
そんな試写会であったが、意外な反響を返して来たのが、海軍であった。
幾度か行われた試写会後の懇親会で、海軍卿がリック監督に話した。
「宇宙から異星人が責めて来る事はおとぎ話だとしても、いずれ鋼鉄艦と飛行機による戦争は現実になるだろう。
そういう未来、10年後か20年後かにはあり得る物語。
我々軍人が心掛ける未来の物語というものは描けない物だろうか?」
「出来ますよ」と即答するリック監督。
「但し、それが未来の軍隊、いや、国や世界にとって幸せな物語となるかはわかりません」
「それは、無論考えあっての答えなのだろうな」
「はい」
「君の言う、異世界の歴史であろうか?」
「その通りです」
「是非、話を聞きたいのだ。
どうも飛行機や鋼鉄艦さえあれば最強の軍隊が出来る、そう勘違いしとる者が多くてな」
「早速取り掛かりましょう」
こうして、綱渡り状態ながらもリック監督の次回作がもやもやと立ち上がり始めた。
まあ色々あって、この構想は数年持ち越しとなるのだが。




