71.宇宙ロケット発進!
検討用台本を元に、本編特撮両班を集めてスタッフ会議が始まった。
「こういう作品はある程度学術的な知識を共有して取り組まないと嘘っぽくなる。
フォルティ・ステラが生身なのか宇宙服なのか、あれで宇宙を飛び回るのは…
ウチではああいうのは避けたいと思います」
開幕、セシリア社長が宣言した。
「既にリック監督が色々な考証を用意してくれていますが、制作陣一同も、何故こうなるのか、この描写にはどういう意味があるのかを理解する必要があります」
これにテンさん監督が
「幸い王立学院も魔導士協会も未来空想映画に関心を示してくれています。
映画の中で考証が必要な場面について質問し、助言を求めてはいかがでしょう?」
こうして映画製作の前にスタッフは学生の様にアカデミーの門を叩く事になった。
******
「とは言っても、そちらのリック君の知見に適うバケモノはウチにはいませんよ、はっはっは」
と、王立学院の天文学部長。
「人をバケモノって…」
苦笑いのリック監督に誰もが思った。
立派なバケモノですよ、と。
天文学部は最近拡張され、巨大で武骨な石造の建築が建てられた。
その背後には、月面の地図。
そこには巨大な平地や山脈、そして円形の窪地が描かれていた。
「この月面地図もリック君の助言で描いたものです。この巨大な円形の窪地は、月と流れ星、隕石がぶつかって出来たものです。
地球には空気があって、隕石は高速で空気に突入すると縮められた空気が高熱を発して燃えつきる。
月には大気がありませんので、隕石との衝突が多く、こういう窪地が無数にあるのです」
「「ほほー」」
「今回は月の裏側が舞台。
月は地球の周りを回っていますし、月自体も地球同様回転しています。
その結果、月の表側は常に地球に向き合う様に見えます。
裏側の方が隕石とぶつかる頻度は高く、地球から見える様な平地は少ないと考えられています」
「「へへー」」
頷くしかない一同。
それでもテンさん監督以下はメモを必死に取っていた。
デシアスも同様であり、おぼろげながら舞台のスケッチも描いていた。
******
一行は続いて魔導士協会の航空研究部へ。
「おお!やっぱり多段式ロケットになりますか!」
「美しくないですけどねえ」
考証が正確になって喜ぶ魔導士の部長と、またも苦笑いのリック監督。
「今作られた液体水素では地球を飛び立つ力は得られませんので、ここはリックさんのいう映画のウソで」
「燃焼効率の良いものと、安定して燃焼させる装置が出来たって前提で試算願います」
「それはそのまま現実に宇宙へ旅立つ目標数値になるのですね!」
「お金があればですけどね~」
「「あははは、はあ~」」
両者は笑って、現実に引き戻された。
「「「何いってだこいつ」」」
両者の会話を理解できていない他のスタッフにとってこの会話は謎以外の何物でもなかった。
しかし、その後の解説でなんとなく二人が何を言っているのか、おぼろげに解って来たスタッフ一同だった。
「あ、そうそう。長時間露光で出来た星雲の写真ですが」
部長が持って来たのは、真っ暗な中に星が光るだけの姿ではなかった。
「え?これが夜空ですか?」
テンさんが見たのは、虹色に光る雲の中に星々が輝く、夢の様な風景だった。
「宇宙空間に漂う、はるか遠い星の集まり。
または星として形をなす前のガスの光です」
ポンさん、キューちゃんが目をヒンむいて注目する。
「これは綺麗だ…」
「この写真、頂けますか?」
「これは責任重大ですね。
人が星空と向き合う、『地球騎士団』よりもう一歩進んだ映画になるね」
テンさん監督の言葉に覚悟が宿る。
「後、地球と月の周りに人工衛星を発射して観測を行う場面も追加しましたよ」
「ほほう!映画とはいえ、何だか嬉しくなりますな!」
「映画は未来への案内人になりますからねえ」
老練の高位魔導士と見た目10歳程度の子供監督の、異様に高度な会話。
何とかそれについてこれる様になったスタッフたちだった。
「俺達もオカシくなったんじゃなかろうなあ?」
ポンさんが天を仰ぐ。
そんな会話も気にせず、デシアス監督は撮影アイデアを書き留めていた。
「そういや、重量計算や軌道計算の機械は?」
「マルバツ科っていうのをつくりましてなあ」
「マルバツって?」
テンさん監督の質問に魔導士が答える。
「ラジオにしろ、今開発中の電子映像にしろ、物を信号化し遠くに飛ばすのは今は電気。
魔力だと余程の実力者でないと出来ませんからね」
「「「ふむふむ」」」
「電気が表現できるのは、電気が流れているか否か、〇か×か、1か0か。
二進法ですね。
俺達が使ってる数字を二進法に置き換え、足し算掛け算を人間の何倍もの速さで計算する機械。
重さ幾つの物を地球の外に打ち上げて、何万kmへ飛ばすか、どうやって地上の基地に戻すか、圧縮熱で燃えつきない角度、速度はどのくらいか。
これを高速で成し遂げる装置の開発をリックさんから頼まれていましてね」
一同が唖然としてリック監督を見る。
「あんたなんで特技監督なんてやってんですか?」
「そりゃ好きだからに決まってるでしょ?」
納得できない一同であった。
******
マルバツ科。
こここそが映画のセットの様な、計器や点滅する電球がズラリと並ぶ世界だった。
「これですか~」
リック監督の前には、机が二つ、タンスが二つ、併せて四つの家具が並んでいた。
しかし普通の家具と違うのは、机には近年開発された活字打鍵機、そして無数の電球が並び、タンスの中には黒く表面に無数の部品が取り付けられた板が立て四段、横に数十枚が治められていた事だ。
その周囲には多くの若い魔導士の男女がひしめき合って計算のテストを行っていた。
活字打鍵機が数字の羅列を打ち出すその卓上には、「MIPAC」と銀の文字が張り付けられていた。
「魔導士研究所、パラメトロン自動計算器1号。MIPAC1です」
「パラメトロン?」
「簡単に言えば、さっき言った0と1の計算の繰り返しを電気信号で高速に繰り返す物体です」
「なるほどわからん」
一応、この機械の概念図が掲示されていて、超カンタンに描かれている。
「目下パラメトロンに変わる高速計算が可能なトランジスタを開発中なので、この計算機は数年後にはお役御免になります」
「もう何と言っていいか」
「この映画はそういう未来を見せる映画と思って下さいね」
「「「ハードル高ぇ!!!」」」
スタッフ一同が叫んだ。
結局スタッフ一同は撮影所に戻り、数年前に作られた宇宙教育映画、リック監督原案、クッコ技師が作画したものを見直し、頭の中を整理した。
「俺達いつか本当に月に行けるんじゃないだろうなあ…」
誰かがそう言った。
「行くんだよ!そのつもりで映画作るんだよ!
そうじゃなきゃリック監督の言う『映画のウソ』なんて吐ける訳ないだろ!」
助監督が答えた。
******
キリエリア友好国の俳優陣が長期滞在の手続きを終え、いよいよクランクイン。
特撮班は最初の見せ場であるロケット打ち上げの撮影が始まった。
全長2mの模型がテストで操演された。
しかし。
「最初はゆっくりでいい。でも飛びあがったらもっと早く無きゃダメだ!」
キューちゃんはそう思い、操演班と掛け合った。
そして。
「ああ~」
リック監督は上を向いて口をあんぐり空けて、ちょっと笑った。
そして撮影所の管理者が叫んだ。
「誰だー!勝手に天井に穴開けやがったのはー!!」
ロケット打ち上げシーンのため、キューちゃんが天井に穴開けて上昇したロケットを思いっきり引っ張れる様に、天井に穴を空けてしまったのだ。
「俺だ!」
「誰の許可得たんだ?!」
「俺の許可得たんだ!!」
「ぶはっはっはー!!」
リック監督が大笑いした。
「あははは!撮影終わったら直しとくから、まあここはカンベンね」
カンベンも何も、このスタジオはリック監督が自費で建てたものだ。
「頼みますよ」と管理者は引き揚げた。
******
こうして打ち上げシーンの撮影が始まった。
王立学院、魔導士協会からも見学者が集まった。
MIPAC開発の設計に参加したアイディー夫人とアイラ夫人も、ブライちゃんと一緒に参加している。
天を衝くロケット工場から、精巧な鉄骨で組まれたアンビリカルタワーと宇宙船LSIS。それらを支える発射台が発射地点へ移動する。
いよいよ発射シーン。
「ハイヨーイ!スターッ!!」
デシアスの声がスタジオに響く!
爆発事故に備えアンビリカルタワーから水…という設定の煙が噴き出す。
推進力が噴き出されるため、ロケットの外周に空気中の水分が氷となって張り付き、発射の振動で剥がれ落ちる。
その場面は小麦粉を吹き付ける事で再現された。
ロケット噴射も煙を排煙水路に噴出して再現された。
この辺は元の世界の映画には無かった、「後知恵です」とリック監督は語った。
LSIS号の模型には特殊な火薬が仕込まれ、長く真直ぐな火を吐きつつ、猛烈な煙も生じるものが使われた。
ただ、それだけでは迫力がないと排煙水路からも煙を噴き出させた。
係留柵がLSISの外側に倒れると、操演班が最初はゆっくりと、そして徐々に早く、最後は思い切り引っ張ってLSIS1号機が飛びあがった!
その後ろでは縮尺の小さいLSIS2号機が噴射煙を周囲に噴き出しつつ、ゆっくりと飛びあがっていた。
「カーット!OK!!」
見学者から拍手が沸き起こった!
「うきゃーっ!」
ブライちゃんの声に笑い出す一同。
かくして特撮による宇宙旅行が始まったのであった。




