70.電子映像放送、誕生!
宇宙を描く映画とあって、ちょっとした波乱がありつつ。
すくすく育ったブライちゃん。出産直後程の手がかからなくなってきてアイラ夫人もリック監督の手伝いを…
「小さい子は手を離すとどんな事するかわからないから、アイディーと三人で交代で見ようね」
これに新婚旅行から帰って来た聖女セワーシャ…今ではセワーシャ夫人も加わって交代でブライちゃんの世話をした。
しかしアイディー夫人が打ち込んでいるのは映画の支援ではない。
アナモルフィックレンズの製作は自らの手を離れ、リック監督の会社が進めている。
リック監督が自宅で映画の準備に打ち込んでいる工房とは中庭を挟んで反対側の工房に学院や魔導士協会がやって来ては「おおー!」とか「ぐぬぬ!」とか声を上げている。
時々破裂音がするので、リック監督も気が気ではなかった。
リック監督も時々アイディーの工房に立ち入って、「うわー!」とか「やったー!」とか色々声を上げている。
「パパは大変ですねー」「おおー!むにゅにゅにゅー!」
「ヘンな真似はしないでね…」
アイラ夫人は少々心配になった。
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「リックきゅ~ん!できたよ~!」
「早!」
リック邸の集会室でくつろぐ親子の元に来たのは、アイディー夫人と王立学院、魔導士協会の軍団。
持って来たのは、四角い大きな電球?
そして、その周辺に夥しい鉄の箱、電気装置に魔道具。
「電球ですか?」
「ああ。でもただ光るだけじゃないんだよ?」
板の上に物凄く沢山の小さな円筒や魔石がゴチャゴチャついた、「基盤」という物から幾つも電線が伸び、それが大きな電球の末端についている。
この「基盤」は、魔法陣や呪文、魔石の代りを果たすものだ。
そして、その向こうにはカメラ。
「このカメラは映画で使うものとは違うんだ。
レンズが捕らえた明暗を電気が流れるか流れないかの電気信号に変えて、景色を右から左へ、上から下へ、光がつくかつかないか、その膨大な信号に変えて、この大きな電球に送るんだ」
電球の電気を入れると、ブオン、という音がして真ん中から四角い光が広がっていく。
それは弱弱しい光から徐々に大きく明るくなり、1分程したら電球の平面部一杯に広がった。
そこにはモノクロでリック監督達の姿が映し出されていた!!
「まあ!」「おお!!」
「さぁ~ブライちゃ~ん、あなたがここにいまちゅよぉ~、ごあいさつ~」
「おんちーあ!」
ブライちゃんが頭を下げると、数秒遅れて電球に映し出されたブライちゃんがお辞儀した!
「きゃっきゃっきゃ!」大喜びのブライちゃん。
「すごい…」アイラ夫人も驚いていた。
「アイディー!学院と魔導士の皆さん!やりましたね!!
この世界はまた一歩前進しました!」
「でもね。ラジオみたいに簡単に使うのは、まだ高すぎるんだよ~」
「おいくら万デナリ?」
「受信機10万デナリ、カメラと送信機50万デナリ。
放送局建てる費用はまだ試算してないよ~」
「ラジオ放送局の10倍と概算しても、そこまで需要があるかどうかだねえ」
「今はあ、こんな事もできるんだよって事を、残して行こうよねえ?」
「ああ!」
リック監督はニコニコと笑顔を向けるアイディー夫人を抱きしめてキスした。
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電子映像カメラ、電子映像受像機は完成した。
光の明暗を電気信号に変えるには多くの魔道具、魔法陣を必要としたが、それもいずれ電子機器に置き換わられるだろう。より小さく、効率的に。
その原理や技術を開発した魔導士達には相応な権利料が支払われるとあって、彼らは必死であった。
次はラジオ放送同様、電波に変換して遠隔地へ飛ばす技術の開発である。
リック監督の設計指導する放送装置は、ラジオより高度で難しい周波数を必要とする。
完成はまだ先になるだろう。
しかし、この電子映像の完成のお陰で、宇宙船内部のデザインがガラっと変わった。
実際の飛行機や前作「地球騎士団」の時は計器が壁一面に並んでいたのだが、その半分はこの四角い電球に置き換わった。
とはいっても、高価な電子映像受信機ではなく、半透明な紙を貼ったガラスだ。
その後ろから文字や数字を小さい電球がフィルムの文字や映像を写す、簡単な仕組みだ。
だがそれだけでも随分と時代が進んだ様な、不思議な感覚に襲われた。
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本作の陣容は…
監督はテンさん、テンダー・レニスが続投。
本編撮影、美術はテンダー組から育ったチームが受けた。
ただ宇宙船や宇宙関係は全てリック監督、ポンさん以下特美班が監修する。
音楽はリック監督の原案をオスティ・ナート師が譜面に起こし演奏するいつものスタイル。
主演は「白蛇姫 愛の伝説」以来のユーベンス・センベリ。
学術用語が飛び交い、理性的な演技が必要との事で起用された。
「地球騎士団」で異星人の統領を演じたジニアス・デステナは、今回は宇宙人に操られ悲劇の最後を遂げつつ最後まで奮戦する青年飛行士役。
スクさん、スクリウス・ペルソナ男爵は今回も地球統合軍司令官。
出番は少ないが登場すると画面が引き締まり無上の安心感が生まれる。
またしても本人たっての希望との事だ。
ヒロインや若き飛行士を引率する熟練の科学者たちは、他国からキリエリアの、ヨーホーの映画を学ぶためやって来た舞台俳優達であった。
中にはボウ帝国から来た、「白蛇姫 愛の伝説」に参加した顔もあった。
「洪水の次は宇宙旅行ですか!」
さわやかな笑顔のユーちゃん。
「いいじゃないか、こっちは宇宙人の親玉から宇宙人の走狗に格下げだぜ?」
と笑いを呼ぶジニちゃん。
「二人共大変かもしれませんが、宇宙、月について色々勉強して頂き、演技に生かして下さい」
「リッちゃん監督の映画でしか生きない勉強だね!」
「いやいや!10年後にはもっと進んだ考証の宇宙映画が出来て来るかもしれませんよ?」
「そりゃ絶対リッちゃん監督が撮るでしょう?」
「もちょっと他の人も空想映画撮って欲しいんですけど」
「「そりゃ無理だ!!」」
その場は笑いに包まれた。
しかし本編班、俳優陣にも特撮に慣れて来た人が増えたのはリック監督にとっては嬉しい事だった。
脇を固める助演陣も、軍人役、報道陣役等々、お馴染みの顔ぶれが集まっていて安心感が高まる。
異星人だったり、村の若い衆だった役者がロケット発射を管制したり宇宙基地で観測業務したり。皆、器用である。
映画としては、宇宙を舞台とする新しい内容だが、共に旅立つ面子はいつもの仲間だという妙な安心感がある。
製作費は5千万デナリ、しかし内1千万デナリは王立学院、魔導士協会への協力謝礼金となる。
無論映画製作と並行して行われている電子映像技術への投資援助という意味もある。
リック監督個人の投資だけでも数千万デナリ。その原資はリック監督所有のフィルム会社、レンズ会社、玩具会社等々であるが、いずれリック監督の元に帰って来るだろう。
何倍にもなって。
更にヨーホー映画公社としては宇宙観測や航空技術の発展のために寄付したぞ、という意味合いもある。
最早映画製作と言うだけでなく、様々な産業が合同で成し遂げる一大イベントといった様相である。
「こんだけの陣容だから、考証は気合入れないとなあ…元の映画と随分変わっちゃうけど」
元の映画と変わる。これだけがリック監督の悩みだった。
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「出来たぞ!」「出来たねえ…」
リック監督とポンさんの目の前にあるのは、全長2m、人の背丈ほどの衛星間警備艇LSIS、ロキュス・セクリタス・インテル・サテリテの1号機と2号機である。
「リッちゃんの最初のデザインに比べると、ゴテゴテしたなあ」
「その方が正しいんですけどね。ロマンは無いなあ…」
「なんとなく、わかるなあ」
リック監督は前世の記憶に従って1段式ロケットをデザインしたのだが、その下に地球脱出用の大型ロケットを繋いだデザインにしたのだ。
更に上部は月面を離脱する際、下1/3を切り離し、翼を伴って大気圏に突入する設定に変えた。
当初銀色だった船体も下1段目は白、随所に2機の識別色である赤と青を入れてある。
また、記憶にない多段組立、ひき起こし、そして巨大な魔道車による工場から発射台への輸送場面、発射時の噴煙を減圧する水路、発射時に開放される係留具等が追加された。
宇宙人の円盤は前作のものを改造し、月面で建設される巨大な敵母船や、開幕で破壊される地球側宇宙基地、地球軍の迎撃宇宙艇多数も続々作られた。
宇宙迎撃艇も最初にデザインされた一段式ではなく、両翼の下に大気圏離脱用ロケットが追加された。
玩具会社を立ち上げたお陰でその職人たちが協力してくれていた。
その成果もあって結構な数の模型が短期間で完成した。
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本編班もセットの出来を見て驚きの声を上げていた。
「これは本当に未来に来たみたいだ…」
「これだけ多くの文字を一度に見て、俺達は理解できるんだろうかなあ?」
「キリエリア、スゴイ…」
宇宙艇LSISの乗員区画の中央の窓は青い。ここに宇宙空間が合成されるのだ。
LSIS号や最後の迎撃戦を指揮する中央司令部の広大なセットは更に凄かった。
中央に劇場の様な銀幕が三枚並び、その手前に階段状に要員が配置される席、まるで飛行機の操縦席の様に計器やスイッチ、そして例の画面が並んでいる。
「未来、ですか…」
「これを考えたキリエリアは凄い!」
他国の映画人が驚愕する。
「いやいや!私達キリエリアだってこんなの作れませんからね?!
おかしいのはリック監督だけですって!」
本編の大道具スタッフが慌てて訂正した。
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「人類、月に行く!」
「映画は歴史より先に人類を宇宙に導く!」
強烈な煽り文句で「宇宙迎撃戦」の制作発表が行われた。
発表の舞台は何と、月面!
そこに宇宙艇LSISが鎮座し、冒頭で破壊される宇宙基地が吊るされていた。
楽団が本作の主題曲を力強く演奏し、キャスト、スタッフの登壇となった。
登壇するのは各国の女優陣、それも各国の伝統衣装を纏って!
続いてキリエリア貴族の衣装を纏ってセシリア社長、そして男優陣と本編特撮両監督が…
宇宙服を纏って、電子光線砲を手に取って現れた!
「「「おおー!!!」」」「「「ははは!!!」」」
感嘆と笑いが混じったヨーホー本社ロビー。
会場の両側の幕が外されると、本編のセットに似せた司令部の壁面、そして撮影用模型が展示されていた。
セシリア社長が声高に宣言した。
「私達が宇宙へ行くにはまだ時間がかかります。
しかしヨーホー映画は一足お先に皆様を月の世界にご案内申し上げます!」
楽団は今度は迎撃艇発進のアレグロを演奏し、場を盛り上げた。
その場には幼いブライちゃんを抱いたアイラ夫人もいた。
ブライちゃんは軽快な音楽に「あばばばーあばばばー」とゴキゲンに踊っていた。
こうして、原典となるリック監督の記憶とは色々と違ってしまった映画「宇宙迎撃戦」は撮影開始、クランクインしたのであった。




