7.軍人さん、俳優さんいらっしゃい
海軍士官の見学は撮影の無い時間を調整して受け入れた行った。
これは、撮影が乗って来た時に見学が挟まれて勢いが削がれる事を、リック少年が危惧したためだった。
映画全体のピクトリアルスケッチも書き起こされ、ヨーホー社に展示された。
並行してキャスティング、「本編」の俳優が選ばれ、脚本の読み会いや役作りのための資料提供などが行われた。
リック少年曰く、あまりこれに力注いでも仕方ないとちょちょっと描いたそうだが、
「撮影終了後これを百万デナリで買いたい!」
と海軍卿に言われたらしい。
これは特撮スタッフ募集の良い原資になったそうだ。
更に。
「この部分、敵の艦隊司令は陸将だったというのは本当か?」
と尋ねた老人がいた。軍服は着ていない。
「ええ。亡命者の証言ですが。
陸将が上陸侵攻してそのまま我が国を蹂躙する作戦だった、そのため海将ではなく海に不慣れな陸将を司令にしてしまったという記録が残っています」
「ふむ、よく調べている様だな」
この老人は、王立学院の歴史学の長老であった。
「君が英雄リック君か。本当に子供なのだなあ…そうは思えぬが。
どうじゃ?王立学院で歴史を学ばぬか?」
「お断りします!俺は特撮がやりたいのです!」
少年は即答した。
これに学部長は満足した。
「ヌ…ふぉほほほ!そうかそうか!
では、何か歴史や神学で判らぬ事があれば王立学院へ来るがよい!
惜しみなく協力しようではないか!」
「では早速ですが」
リック少年は100年前の海軍の号令や船上生活、軍装など、今の海軍の記録から失われている部分を訪ね、資料協力を求めた。
学者様は目を剥いて
「そこまで拘るか!いやあの短い映像も中々よく再現できていた。
脚本にあった敵国ゴルゴードの実情も良く書けておった。
残念じゃのう、お主の様な少年が歴史を研究すれば、我が国の未来にとって大きな遺産を残すじゃろうに」
と感心し、そして残念がった。
後日、王立図書館から100年前の軍艦、軍装、行動指示書といった資料が撮影所に送られて来た。
これらは「絶対傷付けてはいけない国の宝だ!」とリック監督の命で厳重に管理された。
リック少年…もといリック監督、後年に曰く。
「歴史ものは正確性は必須だ。
前世で〇メリカ軍の鋳造砲塔戦車が〇イツの角ばった溶接装甲戦車として出て来た時はなんじゃこりゃー!って思ったし!
〇メリカ製の超大作で我が日本の戦闘機が開戦時に緑塗装で、監督曰く『その砲が悪役っぽいから』とか言った日にゃこの××がー!!とか思った物でした!
それでも映画の嘘は、時には必要ですが」
と興奮気味に話した。
異世界では、まあ色々あったらしい。
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陸軍も見学に来た。
リック少年と陸軍卿は魔王軍討伐戦での戦友でもあり、士官にも見知った顔がいて、先ずは互いの無事を喜び合った。
「お前が来てから飯が各段に美味くなってなあ!
余裕あったら戦時食の改良に協力してくれ!頼むぞ?!」
この後、陸軍の戦時食は各段に美味になり、災害時の救難食糧にも使われた。その長期保存の技術もまた彼の知識によるものであった。
陸軍卿曰く。
「しかし海軍卿も中々のものだな。
国威高揚の道具にしようと思えばできたものを」
それに彼はこう答えた。
「俺は歴史にあった事実を映画に再現するだけです。
いくら映画でウソをついても、そういうウソはいつかバレますって。
当時深く傷付いて死んでいった人々を、後世の俺達が「英雄だった」「讃えるべきだ」なんて言っても本人達はそんな風に思ってないかもしれない。
敬意は必要です。
だが、まず魂の安らかなることを祈り、彼らの証言を読み解くべきだと思います」
しかし、その時彼は言葉にはしなかったが、当時の戦争の実態について、もっと思う所があった様だ。
恐らく死んでいった兵達は、自国と家族の平和と同時に、敵国の民を殺し、敵国の女を犯し、敵の財産を奪う事も願っていたのではないのか。
きれいごとでは終わらない憎悪と敵視もまた戦争の実態とは切り離せなかったのでは、と。
そんな少年の表情を陸軍卿は見逃さなかった。
後日国王に
「彼は傑物ではあるが一人の人間です。
何卒、過ぎた重荷を背負わさぬ様に」
と進言したそうだ。
陸海軍が一人の少年監督を深く案じる程に、この映画は、そしてリック監督は王国にとって重大な意義ある物となっていった。
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リック監督にとって特撮の追加撮影よりも問題だったのは、先ずは本編スタジオの建築。
この世界で初めての映画専用スタジオについてリック監督はセシリア社長に注文を伺ったのだが。
いままで劇場で上演された演劇を撮影する事しか知らなかったスタッフに何が必要なのかも判断できず、全部リック監督に丸々投げ返される事になってしまった。
「俺は特撮ファンですけど劇映画にまで責任負えませんよ?!」
と言いつつ、彼は巨大な3つのスタジオを建てた。
スタジオには大道具小屋を隣接させ、スタジオの向かいには入り口となる門構えを兼ね、企画会議や進捗確認を行える会議棟、俳優達の化粧・衣装合わせ・休憩室となる城壁と宮殿を合わせた様な建物を土魔法で作り上げた。
門の左右は半円形の出窓が張り出し、門とスタジオとの間にはこじゃれた噴水、撮影機材を運ぶ車両が往来するためのロータリーまで設けた。
そして、既存の特撮用巨大スタジオと、その壁面に青空を描いた手前に広がる巨大な池、特撮用プール。
その奥には既に英雄チームのたまり場となったリック監督の自宅と、出来つつある英雄チームの宅地が並ぶ。
それを見たセシリア社長は感動に震えて叫んだ。
「これは未来の、いえ!これからの映画を世界に送り出す白亜の殿堂よ!」
「はい、3千万デナリでござ~い」
リック少年、秒で社長の感動をブチ壊した。
「ぶ、分割払いでお願いね」
「毎度あり~」
台無しであった。
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早速ヨーホーの馬車が連なって白亜の殿堂にやって来た。
「敵軍港撃砕」の長編化に当たって、「本編」を演じる俳優との面通しのためだ。
本社ではなく撮影所での面通しをセシリア社長が立案したのだ。
先ず先に降りたのは、海軍の英雄を演じる名優にして貴族の、スクリウス・ペルソナ男爵。
考証に基づきデザインされた100年前の海軍提督の軍装に身を包んでの参上だった。
撮影所スタッフは全員古い海軍式の敬礼で迎えた。
すると先方も、同じく海軍の敬礼を返して下さった。既に役に入っていた。
「おうおう!随分と辺鄙なところだが?あ…」
荒々しい声とともに馬車を降りたのは、提督の部下で荒くれの海軍士官役、マイト・スオード。
新人ながら体当たりの芝居が受けて早くも人気スターとなった、「暴れ馬」と呼ばれる名優だ。
他の役者達は普通の恰好で集まった。
「私が監督を務めさせて頂く、リック・トリックと申します。
若輩者ではありますが、一時間半、見て楽しんで頂ける映画を完成させたいと思っています」
スタジオ前の会議室でリック監督が挨拶した。
ピクトリアルスケッチを立て看板に並べて張った会議室で撮影スケジュールを説明し、質疑応答。
「銀幕の前での演技とありますが、演技する我々が銀幕に影を落としてしまいませんか?」
真っ先にペルソナ男爵がもっともな質問を放った。
「いえ、このスクリ-ンプロセスという、別に撮った背景の前で演技する場合、俳優の反対側から映写しますので問題ありません」
そう答えると俳優の皆さんは感心したのか声を上げた。
「面白くねえなあ」
マイトが声を上げた。
「本当の戦いだったら敵の玉が飛んで来る中戦ってんだろ?
本物の船に乗らなきゃ芝居になんねえぜ!」
マイトの付き人が慌てて説得を試みるが、聞いているそぶりはない。
色々問題の多いスターだと有名だったが、リックはそれも予想していた。
「はい、マイトさんの話はもっともです。
よって、本物の軍艦での撮影も予定しています」
「何?ホントか?!」
実際はわずかな部分ではあるが、嘘は言っていない。
「海軍保管の記念艦での撮影も予定しています。
実際に100年前戦った艦です。
しかし爆発させるわけに行かないので、爆発シーン、被弾シーンはスクリーンプロセスでミニチュア撮影との合成を行います」
「何でぇ!本物の軍艦を海に浮かべる訳じゃねえのか?!」
思い通りにならないとすぐカッとなる、血気はやる俳優だった。
「おや?それは劇場のセットでは演技が出来ない、そう仰ってます?」
それを承知でリック監督も煽って来た。
「テメえ俺を誰だと思ってんのか?!」
肉体派の迫力も物とせず、逆に少年が啖呵を切った!
「テメエこそ俺を誰だと思ってんだ!
監督だア!
危険な撮影でもみんなの無事に責任追ってる監督だ!
勝手な事言ってんじゃねえ!」
「何だと?!ブッ殺してやるクソガキ!」
おお!会議机蹴り飛ばして来やがった。
「およしなさい」
スクリウス・ペルソナ男爵が静かに言う。
場が凍った。
マイトも止まった。
「若いの。芝居では監督さんが絶対です。
一度引き受けたのなら、従いなさい」
その言葉は冷静だったが、物凄く怖かったそうだ。
「わ、解りました!」
マイトはこう言うや、席に戻った。
リック監督は動揺を一つも見せる事なく話を続けた。
「今の意見はもっともです。
撮影が終わったフィルムは順次現像し、皆様にお見せします。
技術が足りない、迫力がない。そう思った場面があれば教えて下さい」
「いえ、私達は監督の指示の通り動きます。
出来た芝居が迫力が無ければ、それは私達の力が足りないからです。
どうか、監督は私達を気にせずに」
ペルソナ男爵は、映画や芝居における俳優の矜持を語って見せたのだが。
実はこの時、より鮮明に二つのフィルムを合成する新兵器をリック監督は作っていたのだが、それよりもペルソナ男爵の覚悟の座った言葉に素直に応じるしかなかったそうだ。
そして彼曰く
「映画ってホント多くの人の力でできるもんだねえ」
と、愛する婚約者に当たり前の感想を漏らしたそうだ。
「何でも出来ちゃうリックさんが今更何を言うの?」
愛妻の問いに答えて言ったのは。
「だって俺、映画監督なんて素人だし」
流石の彼女も「どの口が」と言いそうになったそうである。
もしお楽しみ頂けたら星を増やしていただけるとヤル気が満ちます。
またご感想を頂けると鼻血出る程嬉しく思います。