63.プテロス火山に死す
リック監督、アイラ夫人の長男誕生を祝っての、撮影所全体を巻き込んだ大騒ぎ。
その翌日は何事も無かった様にいつもの撮影所に戻った。
このバイタリティこそ映画人の凄さである。
幸い好天が続き、出産前日の状態で、火薬は一旦外したが、僅かな調整で撮影再開の準備が出来た。
「チャイヨーッ!」
自分の都合で撮影を止めたお詫びとばかりに、リック監督が瞬時に鉄を溶かし、いよいよ火山の大噴火の撮影となった。
オープンセット、大プールに建て特美倉庫の壁をホリゾントにしての撮影ながら、何しろ溶鉄を扱う撮影とあって結構な暑さだ。
これがスタジオの中だったら全員暑さで倒れたかもしれない。
昨日の大宴会の余波か、アチコチの組のスタッフやキャストが遠巻きに見学している。
「ハイヨーイ、スターッ!!」
カチンコが鳴る。カメラのモーターがうなる。
激しく燃え上がり、太陽光の下でも光を放つ火薬の炎、飛び散る火の粉!
「ノロ!落とせー!」
助監がセットの裏に隠された溶鉱炉に合図すると、火薬の柱の向こうからノロ、と言うより溶鉄そのものがセットに注がれた。
山頂部から黄色く輝く溶鉄が、セットの山肌、窪みを流れて来る。
デシアスが全体を、2カメ、3カメが山肌を流れる溶鉄を捕える。
「カーット!」
フィルムの尺と、火薬の勢いが弱くなったため一旦撮影中止。
火薬を新しい物と交換し、一旦流れた溶鉄を「チョイヤーっ!」とリック監督が溶鉱炉に戻して再度溶鉄にし、今度は溶鉄を先に流し、ある程度流れが広まったところで火薬に点火、
「ハイヨーイ!」
先程カットした場面より勢いを増したところで、
「スターッ!」
撮影再開。
セットの上部では二羽のプテロスが巣を逃げ出して羽ばたいている。
操演に使う細い鉄線は空色に塗られ、背景となる特倉庫の壁に描かれた空に溶けて凝視しても判別が難しい。
二羽は夫婦なのか、親子なのか、それはわからない。
その内の一羽が力無く落ちていく。
溶岩、いや溶鉄の上に落ちたプテロスはもがきながら燃えていく。
溶鉄は勢いを増し、山肌を駆け下りる。
もう一羽のプテロスが燃えつつあるプテロスの上をかばう様に降りるが、もう下のプテロスは燃え上がっている。
急ぎ羽ばたき飛び上がろうとするプテロス、しかし突然力を失い、木の葉の様に溶岩の上に舞い落りてしまった。
「スンマセーン!線が切れましたー!」
「何やってん…」
「このままカメラ廻せー!このままだー!
プテロス、片翼、もがいて!もがかせて!」
デシアスの怒号を制してリックが叫んだ!
スタッフも、見学者も皆が不安を感じつつ、一方で模型ながら必死にもがくプテロスの哀れな最期に注目していた。
しばらくもう一羽のプテロスももがくも、虚しく燃え上がっていった。
「カーット!OK!!上出来だ!!」
普段カメラマンのデシアスに号令を任せていたリックが叫んだ。
一同が溜息をついた。
不思議な表情のデシアスに向かってリック監督は
「世の中上手くできてるよね」
と、これまた不思議な表情を向けた。
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火山一帯の模型は修理された。
そしてプテロスが巣を飛び立つ場面、火山地帯へのロケット攻撃のシーンが撮影され、予定の撮影を終えて解体された。
そして今度は飛行機の視点から噴火口の模型が作られ、これもロケット攻撃で火山口が爆発する場面が撮影された。
プールの水を抜いて作ったミニチュア、太陽光による撮影は大変な現実感のあるものであり、迫力あるだった。
この場面は、ミニチュアを俯瞰する操演用の櫓の上にカメラを載せて撮影した。
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そうしている間に、辺境伯領都の城館、大商店と一体化した駅と鉄道の模型が出来た。
何と辺境伯自らクラン撮影所を見学するとあって、セシリア社長とザナク財務卿が案内する事となった。
その出来に感動し、更に同行した御子息も大喜びで鉄道の模型を引っ張って大はしゃぎであった。
ロケハンの成果、大商店駅の模型は凄い出来だった。
数年前と趣を変え、すっかり色とりどりの看板が立ち並んだ商店街の精密な模型も出来た。
辺境伯の城館は、上空を飛び去るプテロスの発する衝撃波で半壊する様が撮影された。
大型の扇風機が集められ、一斉に回転し、瓦や窓、周囲の樹木を吹き飛ばし、極細の鉄線で引っ張られて崩れる様が撮影された。
大商店駅はその屋上にプテロスが着陸し、戦車隊が砲撃を加えた。
砲撃に堪らなくなったプテロスは屋上から地上の線路に飛び降りると、その風圧で魔道車が商店街に吹き飛ばされ激突、周囲の瓦も機関車も横倒しにされた。
それらを部分毎に撮って、テンポよく編集していくことでプテロスの猛威が描き出された。
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撮影好調。
しかしながらリック監督はキッチリアイラ夫人への見舞いの時間を取って、早くも二週間でブライ君と一緒に自宅へ帰る事ができた。
例によってこの間、感染症を患った新生児を治癒したり、肥立ちの悪い妊婦の体力を回復させたり、施術のからくりを医師や看護婦に伝えたりと多忙だった。
「ホントごめんよ!」とアイラ夫人に詫びるも。
「詫びる事なんてどこにもありません!
あなたがいなかったら、何人かは命を落としていたのよ?
もしブライちゃんがそうなったら、考えるだけでも恐ろしいわ!
あなたはこの子の誇らしいお父さんよ!ね?ブライちゃん?」
「あー」
ちょっと笑顔っぽい感じでお手手をぱたぱた上下して喜ぶ?ブライちゃんであった。
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「大陸歴1508年9の月10日、空の大怪獣プテロス。
監督、テンダー・レニス、作曲、オスティ・ナート。ダビング音楽、正の1」
「ダビングの1、Mの1」
録音技師の声がサウンドトラックに刻まれる。
音楽も例によってリック監督の原案をナート師が譜に起こした。
前半の、巨大な古代虫の不気味な主題から一転してプテロスの主題を、鳥の鳴き声を思わせる金管楽器が叫ぶ!
更に飛行機隊が追撃する場面では疾走感と緊張感のある音楽、そしてチェンバロの内側の弦を鉄の刷毛が叩きつけるとい前代未聞の演奏が緊迫感を盛り上げた!
その画面はひたすら雲の上を追う、実際の飛行機から撮影した雲の上の映像だった。
プテロスが見える場面で音楽が止まる。
「あれ?この曲、空戦に付けられる曲じゃないんですか?」
と、ナート師。
「こん位ひっぱらないと、空の戦いに観客は付いてけないだろうね」
その感覚にナート師は理解が及ばないものの必死に記録を取っていた。
そして今、演奏の指揮を取りながら、ようやくその意図を理解したのだった。
特撮の撮影では最初だったが、音楽の収録では最後となった大噴火とプテロス親子?夫婦?の末路、終幕の場面。
そこには、ゴドランの時よりもよりはっきりとした哀悼のメロディ、それもプテロスの主題の変奏が奏でられた。
「何故、こんな作り物の怪物にこんな豊かな感情を込める事ができるんだろうか?」
ナート師は異世界の音楽家に畏れ、それを恐らく忠実に伝える事が出来るリック監督に畏れつつ、指揮を終えた。
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こうして「空の大怪獣プテロス」は徐々に完成しつつあった。
が。
「もうじき上がるぞ!」
「「「早っ!!」」」
と言ったのはリック監督ではなく、英雄アックスだった。
何とショーウェイ初の空想未来映画「フォルティ・ステラ」は撮影開始から1ケ月程度で撮影を終わろうとしていた。
「何ていうかなあ…全部雑なんだが」
「そりゃそうだろなあ」
「でも、とりあえず形にはなってるんだよ。
アチラのペトロス監督は中々器用だなあ」
ヨーホーみたいな「ちゃん」「さん」呼びはショーウェイでは絶対許されない様で、俳優でも看板俳優とその他では全く待遇が違う様だ。
「うぎゃあ。セプさんとか絶対許さないだろなあ」
ちょっと文句を言いにリック監督はショーウェイに向かった。
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だが。
「ほおほお!うほお!」
ラッシュを集めたフィルムを見ながら、リック監督はまんざらでもなさそう、いや食い入って見ていた。
「お恥ずかしい限りですが…」
対応したトレート氏が申し訳なさそうに答える。
「恥ずかしいも何も、この予算で出来る限りはやってるよ」
と、監督のペトロス氏が何事も無さげに言う。
「いえいえ、これはあの予算ではなかなか!」
全編45分、粗い編集で1時間強の音の無いフィルムを見てリック監督は率直に言った。
「でも格闘シーンがちょっと長いですね。
メリハリを入れるだけで変わるかも知れません」
「特撮じゃなくて、ですか?」
「例えばどんな?」
トレート氏とペトロス監督が詰め寄る。
「相手を殴る場面は敵の主観で拳が飛ぶ!フォルティの視点で敵がぶっ飛ぶ!
飛び掛かって蹴り飛ばす場面はジャンプするフォルティを映すだけじゃない、カメラのフォーカスをグっと近付ける!
敵にケリが決まるカットを半秒入れて敵が吹っ飛ぶ!」
まだ貴重品でもある紙にゲシゲシ絵を描いてリック監督は
「おおお…」
「でも今からこれやったら間に合わない。後編でやってみますか!」
「え?前編はもう封切ですか?」
「ウチは貧乏所帯なんでドンドン作ってドンドン回すんですよ」
「何ともはや」
意を決したトレート氏はペトロス監督に語った。
「リック監督はデザインやフォルティ・ステラの衣装や道具に、今演出技法の助言までして下さったんだ!
後は俺達でやらなきゃ恥ずかしくてやってらんないじゃないですか!」
「うむむ。その通りだ。
リック監督、失礼した。後は俺達の問題だ」
「いえいえ、兄貴のデビューです。金以外できる限り協力しますよ」
「もう結構協力して貰ってますよリックさん!」
そんなこんなで、この世界初の未来空想英雄譚、「星空の英雄 フォルティ・ステラ第一部」が封切られた。
行楽の時期でも、労働者の賃金が出るタイミングでもない、微妙な時期だった。
しかしヨーホーに比べ数が少ないショーウェイの劇場では、長蛇の列が生まれた。
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「何とも中途半端な様ね」
とセシリア社長。
「いえいえ!あれ実質製作費6百万デナリでしょ?
あの行列なら元の回収は充分、鉱業収入1千万デナリは固いですよ?」
「そう…なんか私まで商売敵の応援しちゃったかしらねえ?」
「そこは空想映画の市場を広げたと思いましょうよ。
あんまりヘンなの流されて子供達がヘンな方向に育ったら問題ですけど」
リック監督は既に完成試写を見ていた。
それは低予算作品とは思えない、前後編で1千2百万デナリ…第一部に増資した分二部か削られ合わせて予算微増という結果、なのでまあまあ予算を掛けた方なのだが、星空を飛び空を飛び、縦横無尽に飛び跳ねる活劇には少年であれば夢中にもなる。
星空の場面、陰謀団の魔城、そして色々テコ入れした極大魔法装置等もある程度よくできていた。
「このまま第二部、後半の撮影に入っているそうですね」
「なんだかウチのやり方とは全然違うわねえ…」
「ウチはウチ、他は他、ですよ社長」
「あなたがそう言うと反論できないわねえ」
「こっちも予定通り冬の祭りの前、辺境伯領への行楽の呼び込み時期には公開出来ますよ」
特撮大作7作、怪獣映画第3作?未来空想映画のゴレモルを入れたら4作?
アックス初の主演作「フォルティ・ステラ」に続いて封切りの「空の大怪獣プテロス」。
予算で倍の開きがある両作の興行収入やいかに?!




