62.アイラの出産
リック監督の不在時間が長くなりがちの中、「空の大怪獣プテロス」の撮影は続いた。
炭鉱の町で起きる連続殺人、その犯人は何と古代の巨大昆虫、鋭い鎌を持つ大ヤゴだった!
大ヤゴを倒した青年炭鉱技師役のユーちゃんは、地下の洞窟で無数の大ヤゴと、巨大な卵を目撃する!
孵化した卵から巨大なドラゴン、翼をもつ古代竜プテロスだった!
何と凶悪な大ヤゴを一口で食べてしまう!
彼を救助した一行は、大きく育ったプテロスが飛び立つのを発見、空軍がこれを追撃する!
…と、本来なら大抵物語の順に撮影が進むのだが今回は違った。
物語の最後、プテロスの巣窟を陸軍が液体空気で大型爆弾を飛ばすロケット攻撃を行い、ついに活火山が大爆発する場面が優先された。
「火山からあふれ出る溶岩は、本当の溶鉄でなければ迫力が出ない」
という特撮班の結論に併せて製鉄所と調整した結果、製鉄所が協力できる日が限られていたからだ。
製鉄所から溶鉱炉を借り…これも実はリック監督が作った物を手本に増産したものなのだが、これで鉄を溶かす。それだけでも相当な重量物で、大型で強力な魔道車がクラン撮影所まで運んで来た。
撮影所では火山の巨大なミニチュアが作られ、この上から溶鉄が流され、途中の木々を焼き尽くしながら山筋を流れていく。
オープンセット撮影ながら、強い光を放つ溶鉄の存在は強烈なものだった。
そのため、危険な撮影を万全の注意を払って用意した。
また、複数の噴火口から突き出す炎の柱を表すため、膨大な火薬が準備され、点火用の配線も慎重に、何度もチェックを重ねながら用意された。
火山の中で焼け死ぬプテロスは全て操演用模型で撮影される。
そのためアックスのスケジュールはショーウェイのヒーロー映画撮影に向けられた。
いよいよ明日は撮影。
その夜。
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三人は、「フォルティ・ステラ」の制作発表を収めたフィルムを見ていた。
やや緊張しながらも、威厳に満ちた口上を述べてフォルティ・ステラに変身するアックス!
そして飛ぶ、跳ねる、敵を倒す!
友人の大活躍に三人とも大喜びだ。
「上手く行きそうですね、リックさん!」
とアイラ夫人に喜んでもらえた。
「色々仕事を抱え込んでゴメンね」
「いいえ、リックさんはずっと私の側にいてくれたわ。
まるで、初めて会った時の後みたいに」
「ご、ごめんねえ!あん時は先に帰っちゃってえ」
魔王討伐戦が終わった後、リック少年は戦場に残された人々、知性のある魔物すら治癒をかけ続けたが、アイディー夫人は王国軍の一員としてリック少年より先にキリエリアへ戻ったのだった。
「それもディーちゃんのお仕事よ。
その分、私がリックさんを独り占めしちゃったけどね?うふふ!」
「ぬう~、うらやましいかもぉ~」
その時。リック監督が冷静に声をかけた。
「アイラ、落ち着いてね。
お産が始まるよ」
アイラ夫人は息を整え、アイディー夫人は破水に備え布や器を用意した。
「あ!」
そう言うと、リック監督の言った通り、破水した。
用意してあった移動寝台にアイラ夫人を寝かせ、アイディー夫人は隣の聖女セワーシャに報せ、三人は魔道車で病院へ向かった。
セワーシャは撮影所のデシアス、ショーウェイのアックスに知らせて病院へ向かった。
デシアスは撮影延期を判断し、3日間待機を命じた。
「ここまで用意したもんだが…アイラちゃんと赤ちゃんの命がかかってんだ、またやりゃあいいさ」
仕掛けに苦労した美術班のポンさんも、特殊効果班一同も納得した。
各班も、製鉄所の技師達も無事な出産を祈る事にした。
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病院の待機室、分娩室は清潔に保たれ、アイディー夫人とリック監督は雑菌を振りまかない様に入浴し白衣に着替え、帽子を着せられた。
まだ胎児が子宮から出ていない状態なので、三人は待機室へ入った。
外では出産に苦しむ妊婦の声が聞こえる。
「リ、リックさん、あの人達に、何かあったら、助けて…うぐうっ!」
自分が不安と激痛の中にあっても、他人を気遣うアイラ夫人にリック監督は答え、医師に申し出て「いよいよの時はディー、教えて」と分娩室へ向かった。
何回か、新生児の元気な泣き声が聞こえた。
半日は過ぎただろうか。
「いよいよ私達の子供の番なのね…うぎいっ!」
「もうちょっと、もうちょっとだよ、アイラちゃん!」
かなり胎児が降りてきている。
「リックきゅん!来て!」
看護婦が診察に来て、分娩室に移動させた。
また元気な泣き声が聞こえると、リック監督が来た。
「待たせてゴメン!」
「もうすぐ生まれるよお」
看護婦は深呼吸を繰り返す様アイラ夫人に指導した。
リック監督はアイラ夫人の手を取った。
「あ、あなた!」
「みなさん無事に産まれたよ。次はいよいよ君の番だ、頑張って!」
「はい…ひぎぃ~ッ!!」
「はい、息を吸って、はい力んで!!」
「頭!頭見えて来たよ!もうちょっとよー!」
「いぎぎぎ!!」
リック監督の手を取る力が強くなる。
「アイラ!俺のアイラ!」
「もういやー!!」
アイラ夫人が叫んだ!
「リックに近寄らないでー!」「え?」
「あたし達の旅行なんだからー!リックさんを取らないでー!」
「これって、ボウ帝国行ったときの?」
「アイラちゃん、根に持ってたんだあ」「あー」
「リックさんもデレデレしないでよー!」
「してないよー!」
「「「ぷ」」」思わず笑ってしまったアイディー夫人と助産婦さん達。
「うぎいいー!!」
「はいその調子で力んでー!」
「きえー!!」
と、その瞬間、アイラ夫人に満ちていた緊張がふっと消えた。
「おきゃ、おきゃ」
「産まれましたよ!」
「おきゃあ~、おきゃあ~」
生まれた赤ちゃん、ブライちゃんが、小さな力で思い切り泣いた。
「まあ、元気な男の子ですよ!」
リック監督の言った通り、男の子だった。
産湯に浸かった生まれたばかりの子、ブライちゃんはお母さんの胸の上に載せられた。
「おきゃあ、おきゃあ」
「私の…私の赤ちゃん!!ううう…うわあ~ん!!」
「がんばったね、がんばったねえ…」
「立派だよお、アイラちゃあ~ん」
3人、いや、4人は泣いていた。
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アイラ夫人とブライちゃんは仲良く病室へ。
3週間の経過観察や育児指導の後退院となる。
実はアイラ夫人は出産時に傷を負った。
これを放置すると出血多量や化膿、感染症で命を落とす事になる。
しかしリック監督が即座に治癒魔法で回復させた。
そのため無事二人で病室に来れたのだ。
同時に出産していた5人の妊婦中2人が同様の傷を負ったが、これもリック監督が治していた。
勿論産褥対策、逆子対策、更には帝王切開まで、病院の産婦人科設立時にリック少年は指導していた。
流石に設立当初は帝王切開に手を付ける度胸のある医師はいなかったのだか、今は女医を中心に施術される様になって来て、多くの新しい命とその母親を救っている。
「本当、時代は変わったもんですね」
「ああ。平和になったからね」
「リックさんがいてくれたからですよ」
「リックさん!お願いです!」
言ってる先から帝王切開の依頼があった。
「アイラ、ちょっと行ってくるね」
「私からもお願いします、新しい命を守って下さいね?」
結局、アイラ夫人が退院するまでの3週間、リック監督は50組以上の母子を助けた。
しかし、赤の他人である自分が出産という生々しい場に立ち合った事が世間に知れ渡らない様、母親には口外無用をお願いした。
母親達は約束は守った。
しかしそれはもう神仏の様に感謝し、新聞から切り抜いたリック監督の写真を我が家に飾って、夫も子供も揃って拝んで過ごしたそうな。
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出産の翌日。
「皆さん!すみま…」
「「「おめでとうー!!!」」」
撮影所に戻ったリック監督を迎えたのは、特撮、本編両班の面々。
いや、その他にもセプタニマ組やハベスト組、リンコン組等の監督やスタッフ、キャストまでも。
女優のピティちゃん、シンちゃんが花束を渡してくれた。
アックスもショーウェイから駆け付けてくれた。
「みんな…すみません!」
「そこは『ありがとう』だろリっちゃん!」
暴れ馬から今や大俳優となったマイちゃんが酒樽を担いでドンと置いた。
「リック組特撮班は3日休業だ。今日は他の組のみんなも来てくれたんだ」
普段厳しいデシアスが、相変わらず厳しい表情ながらも嬉しさを隠せずにいる。
「こっちも封切りを待つばっかりだからな!」
そういいながら超大作「死ぬべきか」の追加撮影や深夜に及ぶ編集や音楽合わせをギリギリまでやっているセプさんがワインの盃を持って来た。
相変わらずこの人の差し入れは最高級品だ。
「ありがとう…ありがとう!!」
「おいアックス!リックを我が国に招いたお前が音頭を取れ!」
「え?!」
デシアスに小突かれるが。
「では。
俺達に新しい映画を教え、最高の日々を与えてくれた英雄リック!
苦しい出産を終えた聖女アイラと長男…ブライ君か?」
「そうだよ」
「未来を背負うブライ君の幸せを祈って!
乾杯!!」
「「「乾杯!!!」」」
この日、撮影所は開店休業となった。
更にショーウェイの馬車がやって来て、エールの樽や料理を運んで来た。
「リックさーん!おめでとう!本当におめでとう!!」
「おー!流石仁義を重んじるショーウェイさんだ!あんたも飲め!」
「アー!ダメダメ!トレートさんは飲んだら倒れちゃうんだよ!」
トレート氏は下戸だった。
「なんでえ!俺の酒が飲めねえってのか?」
それでもからむヨーホースタッフ。
「アルハラ、ダメー!!」
「すみません!リックさん、すみませんねえ!!」
リックの気遣いにまたも号泣するトレート氏。
「あらあら、ショーウェイのライバルさんは噂通りの泣き虫さんだったのねえ」
と、セワーシャとともにやって来たセシリア社長。
「今度こそご一緒させて頂くわよ?リックさん」
以前撮影所、いやそのすぐ側の騒ぎに呼んでもらえなかったのを地味に根に持っていたセシリア社長であった。
トレート氏の、泣きながら感極まった語りがツボに入ったのか、社長は飲んでゴキゲンであった。
この日以来、「泣き虫」とのあだ名がヨーホーにまで広まってしまった。
そしてこれを機に、スタッフ・キャスト合同の宴会「クラン同友会」が年1回、ヨーホー映画設立記念日に行わる様になった。
この日ばかりは俺様な監督たちも、不満を抱えたスタッフたちもしがらみを忘れて飲んで笑って過ごした。
ご予算は、会社持ちであったし。




