60.アックス、俳優になる(なってた)
情熱と涙の人、ライバル会社であるショーウェイ映画社の製作担当トレート氏の話に乗っかる、というか乗っ取る感じでアックスの話をセシリア社長に持って行ったリック監督達。
「あなたねえ!これからが大事なのよ!」
やはり社長はアイラ夫人を気遣っていた。
「でも俺とアイラに『キリエリアに来い』って言ってくれた兄貴の夢は!
応援したいんです。
ヒドイ物にならない様、何か手伝いたいんですよ!」
「はあ…」
真剣なリック監督の眼差しに、セシリア社長はため息をつくしかなかった。
「わかりました。
一応、優先順位は解ってるみたいですし、ヨーホーに英雄アックスを縛り付ける権利はありません」
社長が認めてくれた事に安堵する一同。
「しかしこの際です、キッチリ文書で契約を交わしましょう。
ショーウェイの担当者を呼んできて下さる?」
「来てます」
「早っ!」
トレート氏が社長室に入って来て、平伏した。
「あ~、今は同じ映画会社同士、畏まる事は無きように」
「はっ!セシリア王女殿下、デミル公爵夫人に置かれましては…」
「ですから畏まらずに!」
「はっ!御無礼仕りました!」
「だからあ!」
「意外と頑固ねえ」
セワーシャが呆れた。
「空いている時間だけでも結構です!
アックス殿に、星空から私達人間に未来を見せてくれる未来の英雄を演じて頂きたい!
その有志をこの世の子供達に見せたいのです!」
平伏しつつトレート氏が揺るぐことなく陳情を述べた。
「話はリック君から聞きました。
しかし今一つ解らないのです。
そちらの俳優に相手にされなかった?本当にそうなんですか?
何でアックス殿を?
本当のお気持ちを教えて下さらない?」
「ああ…」
リック監督が溜息を洩らした。
しかしトレート氏は顔を上げて話した。
「私は、魔王軍討伐戦、帝国軍の生き残りです」
トレート氏の経歴を調べていたリック監督、セシリア社長は黙って聞いた。
「魔王軍を倒せば平和になる、正義の名の元に魔王軍を征伐する。
そう信じて死ぬ覚悟で戦いに身を捧げました。
しかし、結局それは嘘でした!」
セシリア社長、リック監督。
英雄チームもトレート氏を見つめていた。
「荒れ果てた故郷に戻っても、そこに正義は何もない。
言えと畑を潰されてしまった廃墟だけでした。
正義って、一体何でしょう?」
トレート氏の眼差しは力強い物であった。
「帝国を捨てて親を連れて王国のお世話になって、ここは別世界でした。
自由と未来にあふれていました。
そこで『キリエリア沖海戦』を見たのです。
勝った!万歳!キリエリアが正義だ…
そんな映画ではありませんでした!
戦争というものは恐ろしい、そんな事を教えてくれた人なんかいませんでした!
芝居もそうです、戦争というものは恐ろしい、命を奪う、廃墟しか残らない!
私はそんなお話をみんなに伝える映画を作りたいと思いました」
トレート氏は気が付けば涙を流していた。
「『聖典』も同じです!
今まで悪の愚王と言われていたバベル王が苦悩の果てに善良な人を預言者に託す。
『ゴドラン』だって凶悪なドラゴンすら極大魔法の犠牲者だ。
『白蛇姫』、とても素晴らしかったですねえ。化け物の姫と人間が結ばれる!
そして『地球騎士団』!素晴らしい力があっても心が伴わなければ戦争と侵略の繰り返しになる、そしていつか破れる。
こんな素晴らしい映画を作れるリック監督の映画、僕はねえ、本当に大好きなんですよ!
こういう…」
「ちょっとちょっと、で何でリック君じゃなくてアックス君なのよ?」
「そんな素晴らしいリック監督の作品を裏で支えて、ゴドランやゴレモルを演じて、キリエリアの軍船を自分で引っ張った英雄アックス!
その風貌、体躯、何より下手物と揶揄された映画に億すことなく率先して手助けするその姿にほれ込んだのです!」
「ちゃんと、彼を見てくれている様ねえ…
でも製作費5百万デナリって、どうなの?」
「それが我が社の、今の僕の力の情けなさなんです」
「リック君はどう思うの?」
セシリア社長の鋭い目がリック監督に向かった。
「天然色もパノラマも無理ですね。
せいぜい安価な騎士英雄物語に毛の生えたものしか出来ません。
でも、予算を倍にする事は出来ますよ?」
「「「え???」」」
一同が驚いた。
「正続2作、1時間弱の続き物にするんですよ。
正編の入りが良かったら続編にも5百万出させる。
これならギリギリで飛行シーンのスクリーンプロセスや敵の城のセット、後編のミニチュア爆発シーンなんかも撮れると思います」
「計算したのね…後でアイラさんに色々聞かせて貰うわよ?」
「ははは…できることはしているつもりなんですけどね」
幾度目かの溜息をついて、セシリア社長は宣言した。
「トレートさん、これはヨーホーとショーウェイの信義の問題です。
そちらにとってはスケジュール管理で不利な条件になります。
こちらの優位は譲りません。
別途アックスさんとの契約を確認させて頂きます。それでよろしいですか?」
「ありがとうございます!!!」
トレート氏は頭を床に打ち付けて平伏した。
「ありがとうございます!!」
英雄アックスも騎士の礼を捧げた。
その様子を呆れた様に眺めて曰く
「あなたの勝ちよ。いい作品を作ってね?」
「はい!必ず!!」
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「ライバルに加担し過ぎよ」
トレート氏が去った後、社長はリック監督に嫌味を言った。
「だって俺も含めてヨーホーで兄貴を主役に、って話が無かったじゃないですか」
「そもそもあんなにライバルに加担するなら何であなたが言い出さなかったのよ」
「だって俺、等身大英雄の活劇は特撮の出番じゃないって思ってるし」
またまた社長が、周りの英雄チームが呆れた。
デシアスだけはなんとなく合点がいった様だ。
「私にはその違いが判らないわねえ」
「ははは。微妙な線引きがありますよ。
極論すると、等身大の英雄が活躍する映画なんて、特撮が無くても成り立つんです。
特撮映画じゃない。
でもトレートさんは宇宙、星空から来た英雄を撮りたいって言って来たんで、手助けしたいなあ、そう思ったんです」
「ホント、あなたはお人好しねえ。アイラさんだったら『それがリックさんですから』って言いそうね」
「「「うんうん」」」
英雄チームが頷く。
「でもね、あなたの事だからそれだけじゃないんでしょ?
もしたった5百万の安物映画が何億か稼いじゃったら、あなたの特撮の予算も5百万に下げなくちゃならないのよ?」
「ショーウェイの劇場は少ないですから、大入り満員になっても精々数千万デナリ止まりでしょう。
ウチの劇場を借りて拡大興行すれば利益はコッチに支払う事になります」
「ちゃんと考えてるのね?よしよし」
「それに安価な等身大英雄活劇が金になると分かれば、こういう作品は増えるでしょう。
そうなれば安価な特撮技術が生まれて来て、切磋琢磨。競合が生まれます。
その利益を受けるのは、観客。
子供達ですよ」
「市場を広げる、って事?」
「はい」
「それも異世界の記憶?」
「一歩間違えると粗製乱造、本家であるウチが堕落する事にもなりかねませんが、そうならない様頑張りますよ」
「俺もがんばるぞ!」
「兄貴はウチとアッチと、両方でがんばんないとね」
「おう!」
「よし!アックス兄貴の、俳優としての初作品だ!」
「リック、アックスと私、始めの男と女演じた俳優なんだけど?」
「そうだったー!!」
「うふ、あははは!」
「「「はははは!!!」」」
笑顔の絶えない職場であった。
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「やっぱりリックさんはリックさんですね、うふふふ!」
「君がそう笑ってくれてうれしいよ」
リビングで顛末を聞いたアイラ夫人と笑いながら、リック監督はプテロスの企画を考えていた。
セット案や設計図を確認しつつ、ロケ地となる辺境伯からのリクエストへの答えを考えて筆を走らせていた。
と、そこに。
「ちょっとリック!」
そこに聖女セワーシャがやって来た。
「なんなのこのデザイン?!」
「うわあ」
ショーウェイの持って来たデザイン…
動きやすいショース(リック監督曰く、ピッチリタイツみたいなもの、との事)製の、感光しやすい真っ白な服。
しかも体の線がビッチリ出る様なもの。
そして背中にマント、頭に頭巾。
頭にはアンテナみたいなものが付いている。
未来感があるかどうか、腰のベルトのバックルに時計の様な機械が付いて、首とからから金色の甲冑?であろうか?布が重ねられている。
「私、旦那がこんな恥ずかしい恰好で映画に出るのイヤだからね!
これじゃあの人のアレが…」
「え?何だって?」
「ビシィ!」「痛え!」
夫婦(予定)の内情に突っ込んだことを後悔したリック監督であった。
「とにかく!言い出しっぺのあんたがなんとかなさいよ!」
「いや俺言い出しっぺじゃないんだけど」
「イ!ヤ!だから!ね!!」
「うひい」
リック監督はフォルティ・ステラ(仮名)のデザインや素材にも首を突っ込む事になった。
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結局、服地は布地にフィルムでも使うビニール素材を改良した素材を塗った「人口皮革」で、金色の甲冑はFRP製で設計した。
ビニール製の服地は『地球騎士団』のミステリー人のものを改善し、蹴りやら空中一回転にも耐えられる柔軟さを持たせた。
頭部もショースの頭巾からヘルムに変更した。
アックスの不在中でも撮影できる様に、顔が全部は見えない様に、顔に透明な覆いがかぶさり、口元も機械のマスクが覆う様になった。
「これ、宇宙服に着替える場面を見せ場に…
しちゃっていいかあ!」
これも宇宙服姿に「変身」する時、ベルトからヘルメットが飛び出し、顔を覆う透明部分、そしてマスクが口元を覆う仕掛け付きの物までデザインした。
質感を伴って描かれたデザイン画と、ヘルムの設計図等は先ずセワーシャとアックスに確認して貰い、セワーシャには泣くほど感謝された。
そしてショーウェイ社に持ち帰らせ、トレート氏が
「こんな立派なの作る予算が無いんです!」
と泣きが入った。
結局、結構な予算、これだけで数十万デナリがかかる部分だが、これはリック監督の持ち出しとした。
しかも撮影中の破損を考えて5着を発注した。
リック監督の話では、普通の人間が英雄の正体を現す「変身」の場面を見せ場にするのは十年近い空想活劇の歴史があった様だが。
「俺、昔の英雄活劇の頃って生まれてないんだよね~。
ああいう朴訥な英雄活劇が大好きな人達には、悪い事しちゃったかなあ」
だそうだ。
「リックさん、本当、嬉しそうねえ。ねえ、ブライちゃん?」
アイラ夫人は嬉々として企画を練るリック監督を眺めつつ、嬉しそうにお腹の子供に話しかけた。




