59.ライバルは泣き虫だった!
アックスにライバル会社ショーウェイ社から俳優をやらないか、という勧誘があった。
俗にいう「引き抜き」なのだが、引き抜きに来た製作担当のキュリオス・トレート氏は
「もし受けてくれるなら、自分が公爵夫人に説明に行く!
ヨーホーで今の仕事があるなら、空いている時間だけでもいい!
どうか、あなたに星空を飛び回ってこの世の悪を打ち倒し、子供達に未来への夢を見せる英雄を演じて欲しいんです!」
という事を話したらしい。
「漠然とした話だなあ」
呆れるリック監督。
引き抜き話を明らかにしたその夜。
リック監督は「久々に行ってらっしゃい」とアックス邸に追い出された。
「俺はなあ!」
リックとの久々の酒とあって、アックスは結構酔っていた。
「今だって凄く楽しいんだよ。
魔王軍と命懸けで戦って死ぬのもなあ!運命だと思ってたんだけどさあ!」
面倒くさくなっている。
「いやよお!あんたが死んじゃうなんてえ!」
ベッタベタである。
「安心してくれセワーシャ。でもなあ。
思いっきり戦って、世の中の不安の種をやっつけてさあ、みんなが幸せになればいいって。
そう思ってたんだよー!」
大変面倒くさくなっている。
「そりゃ男ならみんなが見る夢だよ!
俺もそんなもんだよ!」
「そうかそうか!リックは立派だぞ!
俺にもやっと、映画の中だけどな、そのチャンスが来たんだよ!」
リックが相槌を打せいで、盛り上がる一方である。
「兄貴なら出来るよ!
宇宙を飛んで、地球を守って、凄いカッコイイ光線を放って悪をやっつけて!
子供達に悪い事をするなって教えてさ!
もしショーウェイがヒデェ映画撮る位なら、ウチで撮りゃあいいだけさ!」
「ありがとよ!ありがとうよお!!」
「手間かけさせてごめんね、リックうう!」
二人そろって面倒臭くなっている。
「近所迷惑な夫婦になりそうだなあ」
デシアスはクールに呟くが、この一帯が高級住宅街になった後年、リック邸の宴会が一番騒がしいと揶揄される事になるのであった。
無論その席にはデシアスもいたのだが。
******
まずはトレート氏の話を聞こう。
詐欺だったら許さない。いい加減な話でも許さない。
アックス邸で会談だ。
リック監督、英雄アックス、聖女セワーシャ、剣聖デシアスが揃って迎えた。
「リリリ!リック監督!」
ややふくよかで好人物っぽいトレート製作担当は凄く驚いた。
「まさかお会いできるとは!」凄く嬉しそうである。
「私は『キリエリア沖海戦』から監督のファンなんですよ!
お会いできてうれしいですー!!」
「あのー、今日はアックスの引き抜きの話ですよね?」
「引き抜きだなんてとんでもない!
アックスさんはヨーホー特撮に無くてはならないゴドランの人!」
目をランランとさせて食い付くトレート氏。
「ゴドラン、私大好きなんですよ!
あんな凄い映画を作った方にお会いできて、本ッ当にうれしい!
いつか私もあんな作品作りたいって思ってヨーホーを受けたら落ちましてね!
何とかショーウェイに入れたんだすよ!
こっちでもしかしたらゴドランみたいな作品作れないかって…」
圧がスゴい!話も途切れない!
もうムリヤリ話に割り込むしかない、リックは口を開いた。
「それで何で特撮班じゃなくアックスを引き抜こうってなったんですか?」
トレート氏は更にうれしそうに目をヒンむいて。
「アックスさんは正に正義の英雄なんです!
魔王退治の英雄でもありますけど、そんだけじゃない、未来世界を切り開く英雄なんですよ!
ゴドランの中や始めの男の、あの土の中に閉じ込められてた演技を思うと、アックスさんなら今まで見たことも無い活劇を見せてくれるんじゃないかって、夢が沸き起こるんですよ!」
「ちょちょっと!確かにアックスはどんな技だって繰り出せられるけど、見たことも無い活劇ってどんなものですか?
あまり危険な事を俺の兄貴にはさせられませんよ?」
結構ショーウェイは騎士英雄物語の撮影で無茶をする、怪我人も出している。
「先ずは空を飛べないかと」
「合成技師、ショーウェイに居るんですか?」
「これだけ色々な技術が出来て来てるんですから、ウチでも出来ないかと」
「出来なかったら元も子も無いじゃないですか!
そもそも未来冒険活劇撮るにしても、制作費一体いくらなんですか?」
「ええ。我が社としてはドンっと5百万デナリ」
「「「少なっ!!!」」」
過去リック監督が撮影した15分前後の教育映画といい勝負だ。
「ははは。ウチは貧乏でしてねえ、とても1千万単位なんて用意できず」
「いやいや!それフィルム代とギャラで消えますよね?
オプチカルプリンターなんて無理ですよ?
スクリーンプロセス装置あれば何とかなるでしょうけど画質落ちますよ?
それで空を飛ばすって無茶すぎるでしょう!」
「いえね、背景の空や地平は大聖堂の鐘楼に登って撮影して、それに色がついたフィルターを掛けて二本のフィルムを合成するって出来るそうで」
「それ結構な慣れが必要なんで、ウチでも断念したんですよ」
「そうなんですか?!」
目の前の人物の楽天的さ加減にリック監督は驚いた。
「それで、どんなお話しを考えてるんですか?」
「星空から遣わされた無敵の英雄が、地球を極大魔法で支配しようとする邪悪な軍団を叩き潰す物語です」
「それは面白そうですねえ」
「今色んな脚本家に相談してるんですよ!」
「でもショーウェイさんにも殺陣の凄い人もいるでしょう?その人…」
「いや~駄目です、全然ダメ。
みんな話を聞いたら下手物は御免だって逃げちゃいまして」
「酷いですねえ」
何だかんだで話に夢中になるリック監督。
「断る話じゃなかったのかしら?」
「いや、相手がしっかりした考えがあるならむげに断る事はないだろう。
それが俺が仕える英雄リックという人だ」
何故か剣聖デシアスが鼻高々に応える。
「…なんだか俺、責任重大だなあ」
「お前の話だろうが!」
英雄チームも楽しそうだ。
「兎に角1本作ってみましょう!
例えばこんな話で…」
ついにリック監督が自ら語り出した。
「地球より優れた未来の文明を誇る惑星が、極大魔法が増えていく地球の未来を心配して、惑星で最も優れた英雄、仮にフォルティ・ステラ(星の英雄)としましょう、彼を地球に派遣する」
「お、おお!」
「彼は宇宙を自力で飛び回る宇宙服に身を包んで地球に来る。
地球上で呪いの石、ウラニウム鉱石を集める謎の集団を感知して、撃退するが集団はキリエリア王国の地下に潜伏してしまう。
謎の軍団は強大な軍事国家の使節団に扮して、王立学院の権威ある学者を使ってウラニウム鉱石を集めさせようとするが正義感の強い賢者はこれを拒む。
業を煮やした軍団…仮にトレメンダ(恐怖の日)団としますか、奴らは賢者の孫娘を誘拐する。彼女を助けようとした子供達も攫う」
「「ふむふむ!」」
リックの話に聞き入るトレート氏とアックス。
「ホントリックってこういうのスラスラでるわよね」
「異世界の記憶があるとは言え、俺達が他国に行ってグランテラの昔話をこうも語れるかと言われると、難しいな」
「てか、この話面白いな!」
「その子供達は戦争孤児。フォルティ・ステラが悪人を追ってキリエリアに来た時、彼を道案内して地球を紹介してくれた、心優しい勇気ある子供達だ。
スターブレイブはこの子達に何かあったら呼んでくれ、とラジオ内蔵のペンダントを渡す。
少女を連れて脱出を図った子供達は追手から逃げながらペンダントを動かす。
そしてやって来たフォルティ・ステラ!彼は子供達を逃がすが、トレメンダの城には巨大な極大魔法発生装置が置かれていたのだ!」
「「「おおう!!!」」」
「もうデシアスまで!」
「賢者の孫娘の捜査を行っていた騎士団に、フォルティ・ステラは子供達を渡す。
そしてトレメンダの野望を説明する。
この優しく勇気ある子供達のためにも、この地球を極大魔法で破滅させてはならない、そう訴えるフォルティ・ステラに、騎士団は協力を申し出た!」
「「「それでそれで?!」」」
「強大な軍事国家主催のダンスパーティ、孤児院の女教師を伴って紳士然と現れたフォルティ・ステラ、国家使節が王国の征服を宣言するが、『ウラニウム鉱石が無ければ極大魔法は発動できまい!お前達の野望は砕かれた!』と宇宙服姿に変身する!」
「「「いいぞいいぞ!」」」
「みんな子供ねえ」
「トレメンダ団も正体を現し、突入した騎士団と大乱闘!
フォルティ・ステラは極大魔法装置へと向かい、敵の首領と決闘の末打ち破り、装置を破壊し行方知らずとなった!」
「「「死んだのか?」」」
「彼の無事を祈る孤児院の子供達の前に彼は現れ、平和で幸せな未来を作るよう願って星空へと去っていく。
彼のために祈りの歌を捧げる子供達。スターブレイブは未来の惑星へと去っていく。
どうでしょ?」
「「おお!」」
アックスとデシアスはご満悦だ。
「で、トレートさんは…」
何と彼は泣いていた。
「素晴らしい…」
「え?今の話で泣く程?」
セワーシャには今一つロマンが理解できていない。
「僕のこんだけの説明から、これだけの話を考えてくれるなんて…
監督はただ特撮をやってるだけじゃない!
星空や未来への夢をお持ちだ!」
「しかし大げさな…」
「この企画、誰もまともに取り合って貰えそうになかったんですよ!
こんな真面目に展開を考えて貰って…
有難う御座います!!
今日はお会いできてよかった…」
「俺も、このフォルティ・ステラ、演ってやる!
折角リックが考えてくれた物語を、見たことも無いアクションで演ってやる!」
「ちょっとリック!アックス!
今一番大事なのはアイラの出産だからね!!」
「勿論俺が助言できるのは少しだけ、限られた時間だけだよ。
後、アックスは新作のヌイグルミも演ってもらわないといけないし」
「それで結構です!
今のお話しをベースに台本を纏めます!」
「あと、デザインとかも出来たら持ってきてください。
俺の兄貴にヘンな恰好はさせられませんからね」
「わかりました!」
「それとウチの社長にも仁義切って下さい。俺達も一緒に行きます」
「何から何まで…
本ッ当-に!
ありがとうございますー!!」
大の大人がボロ泣きであった。
「ついにこういう時が来たかあ~」
またしても抱えなくていい面倒を抱えたリック監督は、心なしか満足そうだった。




