57.出産前の仕事をどう断るか
アイラ夫人のお腹の子は大きくなっている。
アイディー夫人はアイラ夫人のため食事やお茶、栄養を気遣いつつも自宅の工房で天然色フィルムの感度と発色を向上する実験をちまちま繰り返していた。
いつか自分が、大好きな姉の様なアイラ夫人の様に子供を授かった日を夢見つつ。
「そんな遠い日の事じゃないかもよ?」
「うひゃあ!しょしょしょ、そんなあ!」
時々二人を見舞う聖女セワーシャ。
初めての妊娠という喜び半分不安半分の中、出産の立ち合い経験が多い聖女の助言はアイラ夫人にとってまさに福音であった。
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そんな女同士でにぎわう自宅から見える距離の撮影所に、リック監督はいた。
手を抜いた訳ではない。
しかし、最先端技術を注ぎ込む訳でもない、そんな「ゴドランの逆襲」が利益率の高いヒットを上げた。
今のところ次回作の予定は…
色々な貴族から「次は我が領で大怪獣を!」「我が領の大寺院をガバーッと!」
等とバチ当たりな陳情をよせているらしいが。
そこに、今まで何かと特撮をバカにするセプタニマ監督がやって来た。
「そっちの仕事にケリ付いてからでいいんだけどさ」
これはすぐにでもやって欲しい、って事だな、とリック監督は思った。
「森を動かしたいんだよ」
「動かしゃいいじゃないですか」
「いやね…」
只今絶賛撮影中、予算ガンガン消費中の超大作「死ぬべきか」。
謀略、裏切りの限りを尽くし、領主となり王を目指す男。
その裏に、預言を放つ老婆。その老婆が男の破滅を預言する。
終盤、森が動き、男の勝ち取った城に殺到する。
男を見限った部下達が一斉に反旗を翻す。
「その、森を動かせねえか?」
「うわあ」
これもリック監督の記憶にあった様だ。
「やるなら今の作品の編集が終わった後。
2m位の木を200本くらい用意して、朝霧を模した煙を炊いて、木々の足元に車輪を付ける。
凹凸をゆるく付けた斜面でそれを引っ張って、高速度撮影する。
それでそうでしょう?」
「物はこっちで用意する。撮影は中(スタジオ内)か外か?」
「煙を考えればスタジオ内がいいけど…」
「それで撮ってくれ」
「お、おう」
翌日ヨーホー本社で「生きるべきか」に参加しますよ、とセシリア社長に報告したら。
「あんの金食い虫がああ~!!!」
「でも金稼ぎますよ?」
「何言ってんの!!
今が大事な時のリック君相手に仕事ぶっこむなっていってんのよ!」
セシリア社長、結果は兎に角セプさんが苦手なご様子。
「まあまあ。『ゴドランの逆襲』もそこそこ成功しましたし、特技部そちらに回しますよ」
「来ちゃってるのよ、次の希望が」
「お断りします」
即答である。
「聞くだけ聞いてくれない?」
「聞いたら引き込まれますから」
「そうね。スケジュール感は任せるから」
「1年後撮影開始でもよければ」
リック青年は条件付きで話を聞いた。
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「王国西南部、今では風光明媚なんて言ってられるけど、元は人の少ない、海からどんな敵が攻め込んでくるかわからない土地だったのよ。
なので海戦の得意な将軍を辺境伯に封じた訳」
「「「ふむふむ」」」
一応リックが暴走しない様にアックス、セワーシャ、デシアスも付いている。
「今の辺境伯が鉄道に目を付け、ただの軍港だけじゃなくて貿易港としても広げ、手つかずだった景勝地にも鉄道を伸ばして観光地化を進めているのよ」
「いや、中々開発に積極的じゃないですかその辺境伯」
「王家としても恩を売っておくのと、鉄道網はヨーホーがしっかり押さえて持ちつ持たれつの関係を強化したいのよね」
「それで観光映画を?」
「怪獣映画がお望みだそうよ」
「なじぇ?!」
「『地球騎士団』や『ゴドランの逆襲』の成功で怪獣が暴れた町に観光客が増えてるみたいなのよ」
「はあ~。『ゴドランの逆襲』はハナからそれ狙いでしたものねえ」
「辺境伯領には炭鉱もあるわ。
地下から怪獣が出て来て領内を駆け回って、景勝地を一通り天然色画面に収めて、最後は領都の鉄道駅と大商会が合体した建物で領軍と激闘。
飛行機も導入したいとか言ってたわ」
「じゃ怪獣も空飛ぶヤツにすれば一風変わっ…」
「ちょっとリック!あんた今はアイラが大事でしょうが?!」
前のめりになりそうなリックを抑えたセワーシャであった。
「アイラさんが落ち着くまでは企画案とかデザインを作るだけもいいわ。
そういうのがあれば先方への時間稼ぎはこっちでやるわ。
あ、セプさんの方はやんなくてもいいから」
セシリア社長、バッサリ。
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自宅のリビング、机とニラメッコのリック青年。
「いい機会じゃないですか。セプタニマ監督に恩を売ればよいのでは?」
「いやああの人、気に入らないと何度でもやり直しするからね。
『勇敢なる七騎士』なんて気に入った場所を探して国中5、6ケ所の村で撮影してるし」
「凄い執念ですね…」
「そんなのに巻き込まれると明日の事なんてわからなくなっちゃう。
いっそ2m位の木で森を作って、その木々の足元に車輪付けて…」
「すぐに具体的に考えつくのですね?」
「これも別の世界の記憶だよ」
「いつもながらですけど、その世界ってすごいんですねえ」
「その代わり世知辛い世界だったみたいだよ?」
「どんな世の中だったのでしょうね…」
そんな会話を交わしつつ、出来た構想をポンさんと一緒に作成。
木々を動かす台車には、木がうねる様に動くギミックを噛ませている。
木々の合間に煙を炊き、テスト撮影。
足元の台車も、それを引っ張る縄も煙に隠れて見えない。
これにはセプさん監督も乗り気になり、この案で撮影が行われた。
セプタニマ監督とリック監督、ヨーホーの看板監督両者の立ち合いの元…
水を抜いたプール全面にスロープが設けられ、なんとオープン撮影、しかも朝もやの時間に撮影が行われた。
テスト撮影の数倍の木々が用意されて。
「どうしてこうなった」
2m大の木や、それを動かすギミック、更にはそれらを引っ張る人員が急遽かき集められ、リック監督もまさかの早朝からの撮影に付き合わされた。
それでもテストで一度やっているだけあって特撮班は難なく撮影を終えた。
「森が動いていない、って事はないですよね?」
「ああ…でも動きがチョコマカしてないか?」
「高速度撮影してますんで。仕上げはラッシュのお楽しみ」
狙い通り、完璧主義者のセプタニマ監督をうならせる出来であった。
ただ、帰宅したリック監督を待っていたのは、やや機嫌が悪そうなアイラ夫人と、更に機嫌が悪いアイディー夫人であった。
「ごめん!悪い事したね!」
「ちゃんと取れるものはしっかり貰ってきてくださいね!」
どうやら二人は厳しさで知られたセプタニマ組にリック監督がこき使われた、それをリック監督が断り切れなかった。そう思っていた。
後日一発でセプタニマ監督を黙らせたと聞いて、必死に詫びたそうだが。
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さらにリック監督は自宅でアイラ夫人を気遣いつつ、病院の定期診断に送り迎えしつつ、温泉を入念に掃除しつつ、次回作の構想を練った。
撮影所に行くのは日中。
デザインした物を特美で問題なく作れるか、ピクトリアルスケッチの画面が合成できるか、費用面を含めて細かな打ち合わせを特殊技術部と相談を重ねた。
また、王国西南部の辺境伯領への慰安旅行も企画した。
実際はロケハンなのだが、身動きできない間のスタッフへのせめてもの手当代わりだ。
セシリア社長も乗り気で汽車代、ヨーホー公社直営旅館の費用を供出した。
しかし心得たもので、ポンさんキューちゃん以下美術班は製図用具持参の慰安旅行となった。
デシアスはアイラ夫人の付き添いの為辞退。撮影助手がカメラとフィルムを持って行こうとしたが
「実際撮影となったら怪獣から逃げる人を取らなきゃダメだろう。
現地でどう構図を取るか、それに合わせて避難民をどう走らせるか、その程度のアタリを付けといてくれ」
と、これも厳しいロケハンとなった。
アイディー夫人と交代で短時間出かけて戻る。
アイディー夫人も天然色フィルムの発色や感度を向上させるため、近くの会社で感光剤の改良に取り組んで、ハマりそうになると助手たちに担がれて家に送り返される。
その姿を見てリック監督とアイラ夫人は笑って迎えるのであった。
次の大怪獣は…
鉱山の地下と、少々離れた活火山地帯の間にある古代洞窟で生まれた、巨大翼竜。
王国の対岸で行われた極大魔法実験のため活発になった火山活動と流れ込んだ放射線のため異常に発育し、ゴドラン並みの大きさになった「プテロス」。
そのヌイグルミが作られ、アックスが中に入って暴れて見せる。
「段々軽くなってきてるなあ」と、ちょっと好評。
しかし今回は観光アピールもあって予算上乗せの天然色映画である。
「やっぱ、暑っちいなあ~!」
アイラ夫人の面倒を見ている聖女セワーシャに替わって助監督が水分補給を行う。
柑橘果汁、塩、砂糖入りの冷水だ。
帰って来た慰安旅行、もといロケハン組の情報と合わせて撮影計画や予算組みが行われる。
ただ、話が乗って来ると、もうリック監督が帰る時間だ。
「カントクの身分だからでしょうかねえ?」
不服そうなキューちゃんにポンさん曰く。
「んな訳ねえだろ、あの坊ちゃんは俺達にも手本を示してんだよ」
「手本?」
「俺達も家族を労わって休みを取れよ、って事だ」
特技部には班別のスケジュールを表した板がある。
そこには出席、欠席を表す鋲があり、誰がいついないのか、休みを取っていない者はいないかが目で判る様になっている。
「大した坊ちゃんだぜ。その気になりゃ全部俺達任せでもいいのによお」
「アラさん達も、ヨーホーにいりゃあ良かったのになあ」
遅々としつつ、しかし確実に次回作の構想が勧められた。
そして、アイラ夫人のお腹の中の子供も、すくすくと大きくなってきた。




