55.白黒スタンダートモノラル音源「ゴドランの逆襲」
ゴドランは生きていた!
密かに行われていた他国の極大魔法が生んだ新怪獣アルモザスとの大決闘!
王国第二の港湾都市は二大怪獣の襲撃に灰燼に帰す!
ゴドラン対飛行機隊、北国を轟かせる激闘!
「新鮮味はないですなあ」
「いやいや怪獣決闘というのも集客力が期待できそうではないかな?」
「しかし今まで時代の先端を切り開いてきたリック監督が、数年前に戻るかの様な」
リック青年が急遽仕上げたピクトリアルスケッチと、新怪獣アルモザスの検討用粘土人形、台本を眺める役員たちであるが。
なにせ本作は白黒スタンダードの上に立体音響ですらない。
辛うじてトーキーではあるが。
しかし、とある役員の言う通りである。
「キリエリア沖海戦」では史上初のモンタージュ効果、ミニチュア撮影、合成、トーキーを。
「聖典」では作画合成に、試験的に立体音響を。
「ゴドラン」ではヌイグルミ撮影を。
「白蛇姫 愛の伝説」では天然色を。
「地球騎士団」ではパノラマスコープに未来空想という新世界を。
映画と言う劇場公演の再現に過ぎなかった世界に、色や音響や視覚の広がりを与えたヨーホー特撮映画が、ここに来て後退してしまった残念さが、「ゴドランの逆襲」にはあったのだ。
製作発表には肝心のリック監督が出席する事も無かった。
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「まさかの特技監督不在」
「出産のため欠席?問われる興行人の心得」
リック監督の不在は、わずかな間評論家の間ではちょっとした話題になった。
評論家の間、に限ってはわずかな間だった。
普段、評論家というものは「人間の愛」だの「男女の愛」だの「親子の情」だのを描いた演劇や映画を讃えるものである。
しかし現実社会で「妻を気遣い」「子供を気遣い」仕事を減らした途端、評論家は手のひらを返した。
これに噛みついたのは女性陣であった。
「夫が身重の妻を気遣うのが悪なのか?!」
「普段お題目の様に唱えてた社会の悪を抉る姿勢はどこ行った!!」
「馬鹿者!何を言うか!」
近年増えて来た女性労働者が、リック監督の悪口を書いて留飲を下げていた評論家に組した新聞社に乗り込んだ!
「リック様の行いは尊い事じゃありません事?!」
「そもそもあんたらの新聞だってリック様の発明じゃないの?!」
「恩を仇で返すとはお前達の事だ!」
この騒ぎ、普段から特撮映画に辛口だった連中を気に食わなかった新聞社が目を付けた。
「映画の使命は人の心の機微を描くだけではない。未来への考察を巡らす時代に達した。
そして映画人もまた未来のあるべき姿に思いを巡らすべき時代である。
此度、先端技術で映画界に無限の可能性を示した英傑リック君が目出度くも御夫人の御懐妊に併せ、これを気遣いて産休なる新制度を自ら実践したとある。
我が国の将来は新たに生まれ来る命によりて支えられ大いに栄うるものと我は信ず。
なればリック君の慈悲深き言動にこそ明日の労働者の進むべき道が見えて来るであろう。
この、来るべき明日の姿に目を背ける旧時代の人間こそ、新たな時代から取り残される哀れな敗者となるのでは、と我は危惧するのである」
かつて「ゴドラン」を絶賛した評論家の一文を掲載した新聞は、大いに女性の共感を呼んだ。
新聞上のお話しならまだ良いものを、この一節に大いに勇気づけられた女性労働者達は、妊娠しても休みを許さぬ雇い主へ非難の矛先を向けた。
「今や妻と子のため夫だって仕事を休む時代なんだよ!」
「何でつわり抱えて仕事しなきゃならないんだい!」
「国王陛下がお決めになった法ってのにも、出産時のお休みがもらえるって書いてるそうじゃないか!」
「そんなに休みたきゃヨーホーに雇って貰えよ!」
けんもほろろな雇い主に業を煮やした女達はヨーホー映画社の窓を叩いた。
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「どーすんのよ、リック君」
「ヨーホー本社の観光部門が人手不足です。読み書き計算できる人を早めに配備して、他の方々は教育指導期間を経て配備しましょう。
読み買いが苦手な人でも、診療所の助手は務まるでしょう」
戸惑うことなく答えた。
「呆れた!本社の人事まで掴んでるの?」
「新線延伸の都度相談を受けるんですよ。観光開発できないか、って」
「もしかしてだけど。
今度のゴドランの舞台って元々わかってたの?」
「実はウチの港で怪獣を暴れさせられないかって、特技部に先に打診がありました」
「参ったわね…」
こうして先の女工たちは雇い主の言う通りヨーホーに雇って貰えたのである。
無論、働き手を失ったその商会は仕事がストップし、数日後に商会を畳んだ。
この騒動をきっかけに、王国内では女性労働者が団結して産休を訴える事例が相次ぎ、財務卿が沈静化に走り回る事になった。
時に困った財務卿はリック監督に助言を求めるが。
「休みを認められない。休みの穴を埋める人材がいない。
なら、無理して商会を続けないで店を畳めばいいんですよ」
と、アッサリ。
「それじゃあ多くの商会が潰れてしまう」
「潰れませんよ。店を畳んでも商会主は食っていけるんです。
要は働き手に利益を取られたくないだけなんです。
働き手と一緒に何かしていこう、世の中を廻して行こう、そんな気持ちがない商会なんですよ」
「厳しいねえ」
「商売は三方良し。売り手よし買い手よし、世の中よし。
それがこの世の基本です。
大事な働き手への報酬を、利益を損なうものとしか見られないなら商売なんてすべきじゃあないんです」
そう言われて、財務卿は心当たりがあったのだろう。
「ありがとう。
商売の基本と正道に立ち返って処すこととしよう」
こうして財務卿ザナク公爵の仲裁で女性達は産休制度を渋る雇い主から権利を勝ち取る事が出来た。
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仕事を早く切り上げ帰宅したリック監督をアイラ夫人が迎えて言った。
「やりましたわね、リックさん」
「え?俺またなんかやっちゃいました?」
「うふふふ!やっぱりリックさんはこうでなければ」
日中気分の悪い中、ラジオが伝える報道で産休問題を聞いていたアイラ夫人。
まさに我が身に関わる報道の裏でリック監督が動いていた事を知らない訳ではない。
文字通り自分の事として嬉しく聞いていたのであった。
リック監督のアイラ夫人への愛情が、世の中の女性の権利を一つ守ったというちょっとした歴史の一幕の上で、ゴドランの続編の製作が進んでいったのである。
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ポンさんたち特美班が港町に向かい、助手のキューちゃんが大灯台を始めとする主要な建築を撮影し、図面を取り寄せる。
領主たる公爵の居城に招かれ、一介の映画屋とは思えない歓待を受けた。
その席で緊張しつつポンさんは特撮の苦労話を披露し、映画の舞台となる事を熱望していた公爵を喜ばせた。
そして彼らは居城の主要建築の図面を起こし、これをヨーホー鉄道駅の事務所で複製し、公爵家に献上して王都へ帰った。
一方の本編班は割とカラっとした都会の生活を描きつつ、映画の誘致を行った北国へロケへ飛び、雪の舞う北国王都の大食堂で大宴会の場面を撮影していた。
後に「特撮映画中最高の宴会シーン」と呼ばれる、リンコン監督ならではののびのびした本編場面の撮影をこなしていた。
特撮班はロケハン部隊を待たずに大洋上の孤島でのゴドラン対アルモザスの格闘を撮影していた。
アルモザス。アルマラザウルス縮めた造語だが。
を古代の化石の中で、犬の様な四つん這いのもので、背中は無数のヒレの様なトゲが並んでいる。
「うひひひ」と喜んでリック監督が粘土原型を作った。
背中に並ぶトゲは「地球騎士団」で使った素材で沢山作って背中の甲羅に張り付ける。
二足直立のゴドランに立ち向かう、猛犬の様なライバルが出現した。
世界初の巨大怪獣の決闘、その戦場となる南海の孤島のセットは撮影所裏の大プールに設置されている。
日中の撮影の指導はリックが行い、夜半を前に撮影終了。リックはすぐ近くの自宅へ引き上げる。
このセットはそのまま終盤の北洋の決戦場に流用され、雪と氷河に覆われる予定だ。
特美班が戻ると水魔導士と風魔導士が膨大な雪と氷を用意する。
ポンさん以下が模型製作に取り掛かる間に、ラストの空軍対ゴドランの戦いを準備して撮影開始。
屋外の方が気温が低くて氷が溶けずに済む。
反面、飛び交う新型飛行機の模型を吊るす極細の金属糸に色を塗って見えなくするのに気を遣う。
そんな中、ゴドランは周囲に設置されたスロープから雪崩れ込む雪と氷に徐々に埋もれて、遂には完全に埋没した。
「あっぶねえなあ。あん中入ってたら生きて出られなかったぜ」
氷雪に没した己が分身を見つめて、汗だくのアックスが呟き、特撮班一同が笑った。
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完成した公爵領の模型、そこで撮影が始まる。
夜間ながら月夜の様な明るさがある。
「あんまり真っ暗にしすぎると何が写ってるか解らないからねえ」
とのリック監督の判断だ。
何と撮影には現地の領主公爵様がやって来て、急遽セシリア社長が接待する騒ぎになった。
しかもこの見学風景も撮影され、ニュース映画として国内の劇場に配られる事になった。
「うわメンドくせえ。早くアイラのところに帰りたいよ」
そう思いつつ、港町に上陸したゴドランとアルモザスの格闘が始まった…




