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54.アイラの懐妊

「ねえ、アイラ」

「何でしょう?」

 映画の撮影も終り、次回作の構想もわりとそっちのけなリック青年がアイラを気遣う様に言う。


「体の具合、何か変わったところがない?」

「いいえ、別に…」

 しかしリック青年の眼差しを感じて。


「リックさんはお見通しですわね。

 もしかしたらですけど…」

 お腹を大事そうに摩るアイラ夫人に

「もしかしたら、じゃないよ」


 アイラ夫人は、花が咲いた様な笑顔を夫に向けた。

「私達の、子供!!」


「何々?アイラちゃあ~~!!」

 工房から転がる様にアイディー夫人が駆け付けた。

「ディーちゃん!私!わたし…!」

「赤ちゃんなの?赤ちゃん…」

「間違いないよ」

「ほわあ~!お、おめでとうねえ!アイラちゃああん!」


 二人の姉妹の様な妻達が、緩やかに抱き合った。


「ありがとう、ディーちゃおげええええ!」

 それまで抱えていた緊張や不安が解けたアイラ夫人は、つわりに襲われた。


******


 アイラ夫人はベットに寝かされ、三人で和やかな時間を迎えた。


 しかし、リックは心配を抱えていた。

「アイラ。気を強く持って欲しい。

 出産は親やじいさんばあさんの世話があってなんとかなるのが世の常だ。

 勿論俺は全力で君を守るよ。

 でも…」

 リックの不安は、そういう支えとなる人が自分の妻には無い、という点にあった。


「あなたは気にしないで。夢を追い続けて下さいね!」

「いや。映画の撮影が始まると君が苦しい時に駆け付けられない。

 俺は君のために全力を尽くすよ!」


「みんながあなたの映画を待ってますよ?」

「俺にだって、大事な物の順番はあるよ。

 一番は…」

 リック青年は、アイラ夫人のお腹を優しく撫でた。


「俺達の命を継いでくれる、俺達の命。俺達の子供だよ」


 そう言う彼の眼も、果てしなく優しい物であったそうだ。


「次に君、そして仲間。

 俺の夢はその次位でいいさ。

 だからこの子が育つまで、夢は休業だ」


「あなたは、本当にそれでいいの?

 あなたの夢を楽しみにしている人が沢山いるんじゃない?」

「子供がそこそこになったらまた始めるさ。時間の問題だよ。

 夢は時間を裏切ら…」

「それなんかダメな気がするよ~」

 何故かアイディー夫人が止めた。


「それでも是非ともって言われたら、今まで培ってきた技術で回せるようにしよう。

 今まで見たいな新技術を使わないで済む様にね」

「でもね、社長にはちゃんと説明しなきゃ、ね?」

「ああ。ディー。先ず皆に、それから社長に説明しようね」


 早速アックス邸、ではなくセワーシャ邸へ。留守だ。

 となりのアックス邸で、聖女セワーシャは英雄アックスの不摂生を叱り飛ばしていた。仲が良い。


「「妊娠??!!」」

 リック青年の説明に二人は声をそろえて驚いた。仲が良い。

「ちょっとデシアス呼んできて!」


 揃った三人の仲間に、リック青年はアイラ夫人のつわりが始まった事、そしてアイラ夫人の世話の為に暫く映画を休む意向を伝えた。

「気持ちは解るわ。でもねリック。

 正直ウザいのよね!」

 聖女は聖女らしからぬ言葉を発した。


「ただでさえ体調が苦しくて思うように体が動かないのに、年がら年中一緒に居られたら、どんな好きな相手でもウザいでしょ?」


「そ、そんなもんかな?

 戦場からここに来る時も、ずっと一緒だったのに?」

 ちょっとショックを受けるリック青年であった。


「その時はお互い先行きに不安があったから一緒で良かったのよ。

 でも今は落ち着いた暮らしがあるでしょ?

 それにアイディーだって一緒に住んでる。

 魔法で呼んでくれれば私もすぐ飛んでけるわ。

 女同士の方が気が置けないしね」

「女同士かあ…」


「社長への報告はちょっと待って。

 アイディー、アイラと話しましょ?」

「う、うん」


 竜巻の様に去った二人を見送る男三人。

「女は…強いな」

 呆然と空るデシアスに、頷くしかなかった二人であった。


 暫くするとリック邸から笑い声が聞えて来た。

「やっぱり…強いな」

 納得するしかない二人だった。


******


 4人纏まって…アイディーはアイラのお世話についている。一路ヨーホー本社へ。

「まあ!おめでとうリック君!国王陛下もお喜びになるわ!」

 思わぬ朗報に社長はリック青年を抱きしめ…ようとしてセワーシャが割って入った。


「えー、それで今後の事ですが」

「はっ!」


 セシリア社長は思い出した。


 国土復興の際、荒廃した村々や領都に病院を建て、それに感服した国王が王都や主要な街にも病院を拡大した時の事だ。


「出産に必要なのは清潔さ、そして産後の手当です。

 これに気を遣うだけでも産褥死は相当抑えられます」

 そんな発想が無かった当時、それを聞いた社長は感服したものだった。


「後、出来ればお父さんも立ち会うべきかと」

 これは意外過ぎた。


「お母さんがどんなに苦しんで子を産むか。

 その大変さを実感すれば、子供を蔑ろにする父親は減ります」

 しかしあまりにも生々しい出産の姿を男に見せつけるのはどうなのか。

 これには少々疑問を感じたのだが。


 少なくともリック青年は妻子を大事にする。

 それこそ付きっ切りで、仕事を辞めてでも!


 そう思いついたセシリア社長は優れた頭をフル回転させた。

「彼の好きにさせるべきだ」

 兄である国王の言葉も思い出し、そして覚悟を決めた。


「アイラさんとお子さんあっての事ですからね。どうぞ考えを聞かせて?」

 4人は安堵した。流石王女である。


「妻の面倒を見る時間を下さい。安定期までは様子を見て不定休をお許し下さい。

 安定している間は、遅出早上がり。お産が近くなったらお休みを頂きます」

「あら。ずっと休むんじゃないの?」

「え~、一日中家に居られると、ウザいと…」

 視線がセワーシャの方へ泳ぐ。


「いい判断かもね」ちょっと可笑しく思った社長が笑った。


「あと、アイディーが主にアイラの世話をします。

 新機軸の発明はちょっとお休みです」


「それは残念だけど仕方ないわね。

 でも、もし考えがあるなら魔導士協会に伝えて研究はさせるわよ?」

「そこは俺が…」

「あなたは人に任せるのよ。あとキッチリ我が社も噛みますからね?」

「さすがは社長…」

「当たり前よ!」


 そして。

「実はゴドランの続編を求める声が結構あるのよね」

「はあ、やっぱり」


「ただ、思ったほど予算が集まらないのよ。大体1千5百万デナリ程度」

「そりゃ厳しいですね。天然色は無理かなあ」

「後、舞台はさる公爵家から要望があって、王国第二の港町、そして北の友好国」

「うわあなんかバッチリ来たなあ」

「それと、陸海軍から、飛行機の活躍をもっと増やしてくれないかって」

「なんという弩ストレートな展開!」

 リック青年曰く、ゴドランの元となった異世界の映画にも、まさにそういう筋立ての映画があったそうだ。


「何かしら?予想してたの?」

「ええまあ。すぐ企画を纏めます」

「ちょっとリック!アイラの世話に入るんじゃなかったの?」

「ああ。そのため、この位の要望ならすぐ纏めるって事さ」

「まとまった構想は俺から特撮班に伝える。あとはテンさんか」

「テンさんは別の作品に取り組んでもらうわ。

 監督はリンコン監督に頼もうと思うんだけど」

「人情、喜劇畑の方ですね、いいと思います」


 こうして産休申請の筈が、次回作、その名も「ゴドランの逆襲」という実にストレートな物として着手された。


******


「やっぱり、こうなりましたわね」

「呆れたわホント!」

「でもでも、あたしは大丈夫だからね!ずっとアイラちゃんについてるからね!」

「ああ。

 今度の作品に使う技術はミニチュア、合成、飛行機、しかも白黒。

 今までの仕事の繰り返しだ。いっそデシアスが特技監督って事にしてもいい位だよ」

「それは無理だ!リック、お前の構想あっての特撮だろう!」


「まあ新しい試みと言えば、怪獣が二匹、取っ組み合うってところかな。

 後は、大洪水の代りに氷と雪が雪崩れ込むって位か」

「相手怪獣の役者は古巣に生きのいいヤツがいる。ソイツに声をかけてみるさ!」


 なにせ予算は「ゴドラン」の半分程度。

 それでも主役のゴドランのヌイグルミも、街のミニチュアのストックもある。

 ただ。

「前作みたいな緊張感や無常観は中々難しいかもねえ」

「無常観?」「なんとなくわかる様な…」

「ああ。あの物語は空前絶後みたいなものだからな」


「リンさん監督だと、本編が軽くなるんじゃないか?」

「喜劇の人だからねえ」

「だけどそれで行こうか、って思うんだ」

 リック監督は、前作の様な重みや深みを再現する事は考えていない様子だ。


「何だ、元の世界でもそんな感じだったのか?」

「ああ。飛行機乗りがゴドランともう一匹の大怪獣を発見して、最後戦争中の飛行士仲間達と北の孤島で大雪崩を起こしてゴドランを氷に閉じ込めるって話だ」


 まだ構想段階なのに、男三人は既に盛り上がっている。


「あんたたち、あんま根詰めるんじゃないわよ!

 一番大事なのはアイラと赤ちゃんなんだからね!」

「いいのよ、うふふふ!」

 思わずアイラが噴き出した。


「ちょっとそんなんでいいの?」

「いいのよ。みんな楽しそう!

 私の赤ちゃんは幸せ者よ。こんな夢のお城の中で大きくなっていくんですもの!」


 その笑顔に、男達は見惚れた。


「リック、アイラちゃんと赤ちゃん大事で行こうな」

「細かい事は俺達に任せるんだ!」

「あ、ああ。ありがとう!」


 その日は、いつもなら机に並ぶ筈の酒を振舞う事もなく、大人しく解散となった。

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