53.「地球騎士団」は失敗作か?
間もなくして史上初のパノラマスコープ、4チャンネル立体音響の「地球騎士団」は封切りを迎えた。
初日は例によって王城の外まで並ぶ騒ぎで、特撮スタジオでの上映会と特美倉庫の見学はセットで行われた。
冒頭、「4チャンネル立体音響」と銘撃たれた字幕が観客の期待感を高め。
虹色のヨーホーマークの左右に「パノラマスコープ」と現れ、激しいマーチが立体音響で演奏されると、早速拍手喝采が飛び交った!!
続く不気味なミステリー人の主題と共に敵宇宙基地、そしてタイトル。
食い入るように見る観客。
製作:セシリア・ザナクの字幕と同時に拍手喝采!
宇宙基地から画面が星空に移り、画面を横切る円盤状の飛行機。
ユーちゃん、アゲちゃんのクレジットでは黄色い声が飛んだ!
ゲオさん、スクさんのクレジットでも拍手喝采!
更に、特技監督:リック・トリックでは割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった!
タイトル画面だけでこの興奮である。
後は試写会同様、観客は立体音響と激しいマーチ、次々現れる未来兵器に釘付けである。
今回、陸軍はいいとこなしの様に見えるが、鋼鉄モグラ、ゴレモルを撃退する場面では最新装備の本物の陸軍が撮影のため出動していて、キビキビと未知の怪物を倒している。
兵達も、その家族もやって来ている。ミステリー人の主題とともに地方の街を焼き尽くすゴレモルに向かって魔道荷車の行列が到着、連射鉄砲や爆弾砲、火炎放射器を放つ場面では兵達の家族から歓声が飛んだ。
そして終盤。
宇宙へ行くロケットかと思いきや、それは空中で二つに割れ、中から飛び出した飛行熱線砲が炎を吐きながら着陸。
笠を逆にした様な巨大な半球がミステリー人のドーム要塞に向かうと…
今迄飛び交っていた熱光線を幾つも束ねた様な稲妻をドーム要塞に放った!
狂ったように演奏されるマーチが前後左右から響く!
管楽器が悲鳴を上げ、打楽器が弾ける!
ミステリー人の光線が大地を舐め、当たった場所の爆発が走る様に連鎖する!
幅広い銀幕の左右一杯を使い、右から、左から光線の応酬!
かたずをのむ観客。それはこの世界で初めて出現した光線同士の戦いであった!
更に新兵器「KSB電子砲」を搭載した新空中戦艦の攻撃で、ドーム要塞は高熱にならされ、ネオン管をらせん状に束ねた動力室が爆発する!
主人公は科学に魅了され地球を裏切った魔導士に救われ、ヒロイン達とともに要塞を脱出。
ミステリー人は星空へと脱出。魔導士は裏切った罪を背負って要塞と運命を共にする。
大爆発。
逃げる円盤を追撃しつつ、ミステリー人の轍を踏んではいけないと述べる老魔導士。
鉄琴が星空を表し、ミステリー人の宇宙基地が地球を去り、球形の人工衛星が地球の上を廻る。
そして、エンドマーク。
「「「うをー!!!」」」
観客は「地球騎士団」に拍手喝采を送ったのであった。
視覚が各段に広がり、音響も身を包むまでに進化した娯楽空間に酔い痴れた結果だった。
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初日の客の入りは相変わらずであった。
しかし、セシリア社長は悩んでいた。
「パノラマ化や4チャンネル化を終えた劇場に人が集中してるわね。
むしろ他の劇場がその割を食ってるわ」
冷静だった。
「他の監督たちも、風光明媚な景色や他国を題材にした映画の企画を出してるけど。
全部の劇場に左右拡大スクリーンやアナモルレンズが行き渡るのは…」
「あと半年後ですねー」
「前倒しは…できないわよね」
「例え劇場の4チャンネル化を止めても、製造工程が違います。
レンズ増産の助力にはなりません」
「あなた、こうなる事はわかってたの?」
「ええ。でもあの特殊なレンズを作るのは限界があります」
「はあ。あなたでも思うようにならない事ってあるのねえ」
「いいえ?思った通りですよ?みんなパノラマスコープを楽しんでくれているじゃないですか」
「でも全部の劇場でそれが出来れば…」
「今多くの劇場で上映されてるのはスタンダートサイズの映画です。
だから、普通サイズからパノラマサイズへ時間をかけて変えていく必要があるんです」
移行計画でリック監督はそれをずっと主張してきた。
「目の前のヒットを前に、目がくらんでしまいましたわ」
「それが経営者ってもんですよ」
「それじゃあ、予定通りがんばりましょうか!」
迷いを断ったかの様に、セシリア社長は笑顔をリック監督に向けた。
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「地球騎士団」はロングランに入った。
しかし最終成績は3億デナリ。「ゴドラン」に一歩及ばなかった。
「飽きられたオモチャ箱」
「奇天烈すぎる物語」
「下手物の限界」
「ゴドラン」の大ヒットを予測できず、大衆からバカにされた評論家たちは「地球騎士団」をバカにし返した。
しかし3億。
パノラマ化や4チャンネル開発費と実質製作費を加算しても倍以上の収益である。
決してバカにできるものではない。
それどころか、既にパノラマ立体映画の超大作の企画がヨーホー社内から、いや昨今の映画の人気から起業した新興映画会社からも寄せられているのだ。
「先行投資」
そう言いのけて私財を投じたリック青年の、その言葉に乗って彼の技術を買ったヨーホー映画の狙いは大当たりだった。
視野狭窄、自分の論への賞賛だけしか求めない評論家はそんな物に目を向けることは、殆どなかった。
ただ、数少ない評論家だけが
「飛行機の視点からの撮影、これは『キリエリア沖海戦』で試みられた俯瞰の技法の進化した姿であり、興奮を禁じえない」
「太古の巨竜が現代を蹂躙し、数万年以前から高度な文明を持っていた異星人が滅びる様は、正に現代の寓話であり、映画の良心の発露である」
「各作品はトーキー、立体音響、多チャンネル化、光学合成、天然色といった映像表現の限界を次々に打ち破る技術を広く残し、その投資も堅実に回収している。
『勇敢なる七騎士』を賞賛し『ゴドラン』を侮辱する輩は、まるで鶏を尊び卵を踏みつぶす様な、滑稽な愚者である」
等々、主流の評論家共をケチョンケチョンにコキ下ろしている。
結局、この反骨心溢れる評論家こそ後世の映画史を正しく指摘した事になるのだが。
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当然、リック監督への風当たりも強かった。
「あの下手物と言われた『ゴドラン』を下回る成績しか残せなかった責任をどう取るおつもりですか?」
「『聖典』の様な感動ある人間ドラマを放棄してヨーホー社に大損害を負わせた責任はリック少年にあるのでは?」
「妻を二人娶った事が失敗に繋がったのでは?あまりに倫理観が不足しているのでは?」
自分達が世論を導いてやっている正義の使者だ、たかだか10歳のガキが大きな顔で世間の人気を奪うなんて許せない、少しでも失敗したら揚げ足を取ってしつけてやろう。
印刷技術や製紙業を起こした大恩人であるリック青年の恩も知らぬ毛虫の如き新聞社がその揚げ足を取ろうとした。
しかし、彼は平然といなしていた。
「軍や神殿の協力なしにこれだけ見て頂いた事に、観客の皆さまには感謝しかありません。
次はもっとがんばらなければいけませんね」
「今回培った技術は、例えば家族の中で問答するとか、右と左で別々の芝居をして、妙にあってるんだかあってないんだか、そんな笑いを誘う芝居も出来るかと思います」
「特撮の未来の大仕掛けではなく、クスっと笑える舞台装置に活躍してこその映画技術。
そんな企画が数多く寄せられています」
「どうか、今後のヨーホー映画にご期待下さい!」
少年のころと変わらない笑顔が、悪意ある大人を退けた。
無論、王宮はこの無礼者どもを許さなかった。
これら記者の所属する新聞社は大手と言えども紙の供給を起たれ、数日後廃業となり大量の失業者を出し、内紛を起こし王都騎士団に鎮圧される事態を巻き起こした。
「そもそもアイツらはエラそうな事ばっかり書きやがってよー!」
「国王陛下を見下す記事もあったぜ?なんで魔王軍を皆殺しにしなかったのかとかよ!」
「そんな偉そうに言うんなら、てめーらで魔王軍討伐しやがれって言うんだ!」
「リック様の印刷を使ってリック様を侮辱した罰よ!」
酒場では潰れた新聞社への同情は全く無かった。
「あら、あんたたち魔王軍を皆殺しにして欲しかったんじゃないの?」
そう絡む客がいた。
「そんな事あるもんかい!」
潰れた新聞社を罵倒していた酔っ払いが答える。
「英雄リック様がだよ?
腹割って話した魔王様ってのがどんなヤツかは知らねえよ。
でもなあ、リック様が信じた相手だ。
あんな新聞社やら帝国やらよかよっぽど話が分かる奴じゃねえか?」
「何でもさぁ、時々行き先不明の列車が食べ物積んで帝国の東側へ向かってるって言うじゃなぁい?
魔王の領地で困ってる魔族への、救援物資」
最初に問いかけた客の眉間に皺が走る。
「な~んて噂もあるんだしい。
そのうち東のボウ帝国に続いて、魔王国と国交、な~んて話。
あってもおかしくないわよねえ~」
「相手は魔物よ?」
「獣みたいな魔獣とは流石に話は通じねえ。
でも、相手にはちゃんと話しが通じるヤツもいるって言うじゃねえか。
そんなら話して解決すりゃいいさ。
無駄な殺し合いなんざゴメンだな」
「見たかよ『地球騎士団』?!それに『ゴドラン』!
あんな他の星から来た連中や大怪獣にだって情けをかけるってのがリック様だぜ?」
「そうよそうよ!リック様、優しいんだからあ!」
その場は盛り上がり、問いかけた女も満足して一緒に飲んだ。
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しかして、この年のヨーホー社の最高の収入を得た作品は。
「『老商人の騎士道滑稽譚』に、特別報酬を与えます!」
古典文学である、田舎の老商人が自分を騎士だと思い込み、名馬と思い込んだ驢馬にまたがり売春婦を姫と見立てて旅に出て、散々コケにされながら理想を貫かんとする物語が4億デナリを稼いで、文字通り騎士の一番槍を果たした。
天然色映画であった。
「どんな特殊技術も、人の機微や笑い、涙には勝てないよ」
かつて自分が撮影法や編集、録音技術を教えた人達に拍手を惜しまずに言った。
そして、セプタニマ監督の新作「死ぬべきか」の公開が迫り、映画人口は既に王国人口の数倍、国民全員が年間何度も映画を見る時代に入っていた。
「映画全体が豊かになってこその特撮映画なんです」
無邪気に微笑むリック少年の笑顔を思い出し、セシリア社長は少々怖くなり、そして心の中で手を合わせて感謝した。




