51.光と熱の撮影所だより
未来空想映画、「地球騎士団」。
特撮は事前に予定していたスケジュールを消化していく。
本編の撮影開始と同時に問題になったのは、まず異星人要塞内部のセット。
「飛行機みたいに計器やスイッチ、ランプが並ぶんじゃないのねえ」
テスト中のミステリー人要塞のセットを見て、セシリア社長が感想を呟いた。
「それは地球側の空中戦艦の内装にします。
異星人は、コレです」
「これって、駅前大商店で使う予定の、ネオン?」
今より数年前、
「遠くへ、いっそ宇宙へ何かを飛ばすなら、魔力も石油も全然量が足りない。空気中の水素を極低温で液化させた液体水素を、安定して燃焼させなきゃ無理ですよ」
とリック少年が話したのを聞いた魔導士協会が「気体の液化」という技術に拘り出した結果、ヘリウム、キセノン等と続いて発見された「ネオン」という気体を使った、カラフルで管状の電気の光だ。
「これをスイッチや計器の代りに多数並べて、未来だよ~って雰囲気を出します」
「ホントは、未来ではどうなるの?」
「これ位の銀幕に、文章や図形が映し出されます」
「それだけ?」「ええ」
「それじゃあ面白くないわねえ」
「その通りです。『今』のお客さんに観て楽しんでもらうのが『今』の映画の役目ですから」
リック監督の言葉は正しく、この不思議なセットを前にキャストもスタッフも皆ノリノリで未来の戦争を演じた。
「しかし、この異星人の服装は暑いですねえ」
フィルムの素材、通気性が無い。
天然色の撮影のため、強い照明で照らされている。
15分毎に休憩し、水分と塩分を補給する事が撮影所内で厳命された。
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本編もキツかったが、特撮班はさらにキツかった。
「ゴドラン」で好評だった、熱線で鉄塔が溶ける場面。
今度は最新鋭兵器の戦車や巨大砲で、となった。
既に戦車はパイロット版でテスト済だ。
特美班が蝋で巨砲を作る。指令用の円盤状アンテナの電波車まで作る。
それを、撮影所の熱で溶けない様に氷を入れた箱で持ち込む。
この真上に、パイロットフィルムと同じ様に、高熱の電気照明を束にして低速度撮影。
「ヨーイ!スターッ!」
照明が光ると、真っ白に照らされた見る見る電波車が溶けていく。
特に車体や円盤アンテナが自重で潰れ曲がっていく姿は、単に溶ける以上に面白い絵だった。
この直前にドーム要塞からの光線を加えれば、さぞ「光線に溶かされた!」という絵が出来るだろう。
「はいカーット!全員退避ー!」
特撮班は1カット毎に照明班と操演班を天上から降ろした。
これはリック青年が王国に建白した「労働安全法」に従っている。
労働者の環境を安全にするための法で、王都保健局が職場検査に来た。
スタジオの熱さを指摘し、水分不足にならない様細かく指導した後に、照明班、操演班が天上近くにいる事に気付いた。
アルコールを細いガラス管に封じた寒暖計を持って上に上がると、80度。
皆、汗をかいていない。真っ白だ。
肌から汗じゃなくて塩分が噴き出している。
検査員が叫んだ。
「あんたら人間じゃねえ!直ぐ降りろー!!」
この後、リック監督は自分の決めた法によって、凄く怒られた。
このため撮影所には塩分やミネラルを含んだにがりと水が置かれ、休憩の都度体に入れる様に指導した。
そういう補給をするセワーシャやアイラも薄着だ。
スタッフ一同物凄い眼つきで食い入るように二人を見る。
ムっとしたリック監督は、服の一部に5cm程の小さい扇風機を付けて、服の中を涼しくする服を作った。
それを纏った二人は、雪ダルマの様に膨らんだ服を着て、水や塩を補給した。
この「送風シャツ」はスタッフにも配られ、皆仕事に専念できる様になったという。
ただ、言葉に出来ない不満は多かったそうだ。
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パイロット版でお披露目となった、巨大鋼鉄モグラ、ゴレモル。
地方都市を襲う場面の特撮側撮影。炎上する街のミニチュアは良く出来ていて、燃える家屋からは木ガスがスレートの隙間から沸き起こっている。
炎の中浮かび上がるゴレモルは、未来のゴドランの様である。
目が光り、ここにオプチカル合成で光線が書き込まれる予定だ。
「カーット!OK!」
「うわっち~い!!」撮影助手とセワーシャがスっ飛んで、ゴレモルの首を外し、水を飲ませる。
「軽くなってもやっぱ暑いなあ~!」
塩をかじりながらアックスが笑って言う。
そこに劇場設備の進捗を伝えにアイディーが来た。
「リックきゅ…むぼぁああ~~!!あっぢいいよお~~~!!」
「ディー!外で待っててくれー!」
「んにゃ、こりゃ中を冷やさなきゃみんな死んじゃうよお~!」
「わかった~。今更だけど、クーラー、作るかあ~」
「むにゃあ~」
目下アナモルフィックレンズや4チャンネル再生装置を作ってる工房の外に、撮影所や鉄鋼工場等に向けた室内冷却装置、クーラーの設計が始まった。
今や原理を教えれば基礎設計を終わらせられるくらいに魔導士達、特に魔道具部会は成長していた。
スタジオ裏の日陰で、果汁を凍らせた氷菓子をスタッフ一同でなめながら休憩した。
「学校や~、病院の~、暖房は~、も~行き渡ったしねぇ~」
「あれもいっぱい作るのぉ~、大変だったよぉ~」
「クーラーとなるとぉ、もっとぉ、大変ですねえぇ」
「取り急ぎチートで何とかしよ」
なんとかなった。
「うおー!」「すずしーぜー!」
熱交換の原理を機械でなくリック監督のチート魔術で代用した冷却装置が地獄の特撮スタジオを救った。
それでも肝心のリック監督が撮影に熱中すると…
「「「うわぢー!!!」」」
リック監督曰く「元の木阿弥」であった。
しかし、準備時間中が涼しくなるだけでも、スタッフの士気は上がった。
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そんな茹る様な特撮スタジオの中で、更に気温を押し上げるのが、特殊効果、火薬や照明だ。
パイロットフィルムで、宇宙に行くかの勢いで飛び立った翼の生えた巨大な円錐、ロケット。
中央部の膨らんだ部分には、「反射鉱石飛行熱線砲」が格納されていた。
空中で中央部が二つに割れて、中から熱線砲が飛び出す。
それは傘を逆さまにし、基部が四つ足、夫々の足に戦車が付いている途方もない機械だった。
この熱線砲とドーム要塞が激しく熱光線を打ち合うのが最終戦なのだが、単に光線を打ち合うだけでは無かった。
山脈を背にする森の中、光線が地面をも焼き尽くす、実際には森のミニチュアを爆発が走るのだ。
特殊効果、特効班が「リュート」を鉄筆でダララ~っと弾くと、ミニチュアの森の中に仕掛けられた花火が爆発して、大地を光線が焼き尽くす猛威が描かれる。
この効果も「ゴドラン」を皮切りに進歩している。
「ハイカーット!OK!」
勝手知ったスタッフに支えられ、鬼のデシアスの鉄拳が飛ぶことも中々珍しくなった。
「いや~、ポンポンうまく行きますね~」
助監督にデシアスの檄が飛ぶ。
「当たり前だ!リックが全部うまいやり方も失敗する原因も知ってて指示してくれてるんだ。
行き当たりバッタリじゃこうはいくものか!」
実際、ヨーホー特撮は紆余曲折、失敗の積み重ねではなく、成功一直線で驀進している。
作画班が独立した事すら、この世界でアニメーションの歴史を生み出すための一歩だと考えれば、リック監督の思惑通りと言えよう。
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その作画班。
上がって来た特撮フィルムに合わせ、光線作画が行われる。
既に過去作品での経験に加えパイロットフィルムで確立した技とは言え、特撮場面の殆どが熱光線が飛び交うのだ。
毎秒24枚の光線が作画される。
最後に登場する「反射鉱石飛行熱線砲」等は、発する光線が全体的に青白く、その中央に白い稲妻がドーム要塞に向かって飛ぶ。しかもこの熱線砲の反射鉱石は時間が経過すると段々勢いが劣化していく。
そう言った「作画の演技」も必要だ。
「こりゃ無駄に後の作業を待たせる事になるなあ」
そう考えたリック監督は、ウッコ技師のスタジオを訪れた。
案の定、閑古鳥であった。
「すみません、甘かったようです」
と軽く笑いながら応じてくれたウッコ技師。
曰く、手で書いた絵だけで1時間以上の映画など出来るものか、と世間では思われている、と。
そのため、出資を募っても反応がイマイチ。
ついて来てくれたスタッフの日当も厳しくなってきた。
「まあ、その場しのぎかも知れませんが…」
「何でもやります!」
「ちゃんと寝る時間は守ってね」
「監督がそれ言いますか?!」
こうしてベテラン作画陣が合成作画に加わった。
上がって来た作画を受け入れ、オプチカルプリンターの稼働率がハネ上がった!
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本編も順調に撮影を進める。
特にミステリー人にさらわれたヒロイン達を救うため、ユース・バンジョー、ユーちゃんが敵地に潜入、敵の熱線銃で基地内を破壊する場面。
「ヨーイ!スタート!はい、バリバリバリー!!」
助監督のちょっと間の抜けた掛け声に合わせ、ユーちゃんが銃を撃つ…フリをする。
ネオン管の束は耐熱プラスチックの円筒や半球に収められ、爆発させるの替りに内部で煙が巻き起こり、光を放っていた機材は真っ白な煙に満たされる。
これがオプチカル処理でラッシュとなって上がって来る。
「なかなかいい顔で撃ちますね」
「こういう有り得ない物語でもキッチリ演じる俳優さんは貴重ですね」
等と本編、特撮のすり合わせがリック監督とレニス監督の間で進められる。
細かい追加カットも撮影される。
本編、特撮ともクランクアップが近づいていた。