49.鋼鉄怪獣、円盤飛行機!未来空想映画、制作開始
「ほー!ひゃー!これは!これは!」
パイロットフィルムの特撮場面でパノラマ4チャンネルのインパクトを訴えようとしたリック監督の目論見は砕かれた。
撮影所で上映した王都や郊外、飛行機から撮影したテストフィルムをヨーホー本社で役員試写をする破目になったのだ。
それでもこの映像と音響自体は絶賛された。
「是非!これで迫力ある映画を作って頂戴!」
「え~、気になるご予算ですが…」
「設備代と製作費合わせて1億デナリを越えなければいいわ!
あとパノラマの設備と4チャンネルの設備、幾つ用意できていくらかかるか試算をお願いね!」
「毎度ありー」
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翌日からパイロットフィルムの作成が開始され、アナモルフィックレンズと4チャンネル再生装置の生産計画が並行して試算された。
模型は今までリック青年が書き溜めたデザイン、内部図解、1m大の参考模型を元に、ポンさんがスタジオでの操演やカットの種類によって大きさや内部の仕掛けを決め、キューちゃんが詳細設計を起こした。
無論、パイロットフィルムに登場するものが優先された。
敵異星人の宇宙基地、敵円盤型飛行機、半地底要塞、巨大鋼鉄モグラ。
地球側は「ゴドラン」で使用された戦車、新鋭戦闘機に加えて巨大な空飛ぶ戦艦、輸送用ロケットが完成を急がれた。
全長版で想定される模型の2/3を作ることになる大仕事だ。更に。
「コイツを光らせるのは難しいなあ」とポンさん。
「ガラスだと高いし重い、衝撃ですぐ壊れる。
フィルムの素材、プラスチックか?あれだと撮影の熱に耐えられずにクシャっと溶けちまう。
熱に強いプラスチックがありゃいいんだがなあ」
「よし、確認に行こう!!アイラ!アイディー!」
妻二人を従え、魔導士協会へとダッシュ。
「出来たってさ~」
アイディーが発注先の魔導士達をゾロゾロ連れて来た。
実は強化耐熱プラスチックの開発は飛行機の開発と同時に、リック少年の依頼で盛んに研究されていた。
年間数百万デナリが彼の私財から投じられていたのだ。
耐熱素材とプラスチックを混ぜる、溶かしたものを表面に塗る、そもそもプラスチック原料からの抽出法を変えてみる、等々が試みられた。
そして出来たのが、高熱に特化したプラスチックや、冷凍に特化したプラスチック。
中には強度と柔軟さを併せ持ったFRP、既にその実力は新鋭飛行機で証明済みだったり、次世代の鎧に使われる予定の物まで出来ている。
庶民向けの安価なメガネも作られ始め、アイラは既にその試作品を使っている。
「この世で弱視に困っている人を助けられるし、可愛い眼鏡っ子が増え…」
そう発言したリック少年は二人の夫人に尻をつねられたこともあるそうだ。
耐熱プラスチックの試作品が、異星人の半地下要塞、高さ1.5mのほぼ半球で鋳造され、複雑な曲線を描く円盤状飛行機の木型に押し当てられて形を成した。
内部は光を放つ性質の蛍光塗料が塗られた。
放射線を帯び、毒性もある塗料なので取り扱いは厳重に行われた。
そして内部を電気照明で照らすと、この世のものなのか解らない、不思議な光を発した。
この不思議に光る半球、ドームから強力な熱光線が放たれる。
円盤も同様に半透明で光る。光も小さな魔石が円を成すように光ったり、星型の図形を描く様に変わったり、機械的ながら不思議な動きをする様工夫されている。
円盤の中央上部は飛行機の操縦席の様になっており、操縦士の人形が乗っている。
これも断続的な球状の熱光線で地球側を圧倒する。
鋼鉄の巨大モグラ、ゴレモルのヌイグルミはFRP製だ。
一度木でできた原型に細かい凹凸を張り付け、雌型を取って内部にFRPを張り付けた。それでも20kg。ゴドランよりは軽いが、結構な肉体労働だ。
地球側は木製の原型の上に板金で作られた。
色々と出来上がって来た特美倉庫の中で、ゴレモルの着用テストをするアックスを眺めてセワーシャが呟いた。
「これはもう、とっても大きなおもちゃ箱よね…」
「こりゃあちょっと軽くなったなあ!」
助手にゴレモルを脱がせてもらうアックスに、セワーシャは少しわらって濡れたタオルで汗を拭いた。
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新作「地球騎士団」は数多くの新機軸を盛り込んでいた。
宇宙の外の星に人間がいて、未来の技術で地球を襲う!
光る円盤飛行機に鋼鉄の巨大モグラ、巨大なドーム状要塞、空飛ぶ戦艦、未来の戦争絵図!
4チャンネル立体音響、しかも世界初、左右に広がり視界を覆い尽くすパノラマスコープ映像!
止めは、砲弾や炎ではない、熱光線が飛び交う未来の戦争だ。
これは前作「白蛇姫 愛の伝説」で補充された新人たちが頑張って合成素材を起こした。指導してくれたのは、合成班の親分、モンさん。
オプチカルプリンターが焼き出したフィルムには、「ゴドラン」で培った爆破から逆算した光線の発射、着弾加減が問題なく引き継がれた。
だが、これは序の口に過ぎない。
なにせパイロットフィルムには映画終盤戦、光線を吸収し、逆に送り返す地球側の切り札が登場するのだ。
リック監督が描き出したピクトリアルスケッチを見て、一同はおののき、そして覚悟を決めた。
「今は光線は白いだけだけど、いつか虹色に光って飛んでって出来たらいいねえ」
この時、
「やってやろうじゃねえか!」
と思った者が数人いたとか。
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テンさん監督と衣装合わせを行った。
敵異星人の服装は、何とフィルム素材製。
頭は全員同じ強化プラスチックのヘルムで、階層によって赤、黄色、青と色分けしてある。
そして目には黒い眼鏡。
誰が誰だかわからない、表情の無い軍団。
しかし、暑い。
通気性の無いフィルム製の服に、ヘルムに黒眼鏡。
本編撮影は外気を取り入れて、若干風がそよぐ中で行われた。
時に特撮班の世話に水分や塩分を届けるセワーシャにアイラ夫人が本編スタジオを見舞ったりする。
この二人はすっかり撮影所の聖女であった。
因みにまだ配役が決定していないので、異星人の親玉はアックスが演じている。
この男、なんでもござれである。
「チクショウ!」
居合わせた未婚の男達の視線は、セワーシャに甲斐甲斐しく世話されるアックスに厳しかった。
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音響も初めての4チャンネルとあって、
「まずはやってみよっか!」と軽いノリで始まった。
先ず画面上明らかに後ろから聞こえるべき音は後ろ2チャンネルに録音された。
後、残響音を前2チャンネルからイコライザーで作り出して後ろチャンネルに宛てた。
最後に爆発などの反射音を加える。
2チャンネル音響に加え、結構な手間となる。
そして、
「再生機の数は、精々20セット。
立体音響化を目指して4つ拡声器を用意している劇場が80館。
全部に行き届かせるのは難しいですね」
「ごめんねえ~、リックきゅん~」
二人の夫人が申し訳なさそうにリック監督に報告してきた。
「無理して事故を起こしたり不良品を作ったら元も子もない、確実に計画をこなす事の方が大事だよ。
残りの60館用には、2チャンネル音声のまま、途中イコライザーを噛ませて残響音だけ響かせるナンチャッテ4チャンネルにするかあ」
つまり、ヨーホー社主要20館だけは完全4チャンネル音声を、2チャンネル立体音響設備と拡声器が前後左右4基設置済みの60館では、2チャンネル音声の配線の途中に残響音を分離させる簡単な機会を噛ませて疑似4チャンネルを楽しんでもらおう、という案。
尚、アナモルフィックレンズの生産は年内で300。
なんとか封切り劇場には行き届くが、封切りが終わった映画を流す二番館、地方の村を廻る巡回劇場や貴族所有の映写機には行き届かない。
「数年ありゃー行き届くでしょー」
決して後ろを振り向かないリック監督であった。
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「では、先ずアナモルフィックレンズの開発費と300式の製造費!
ご予算は何と2千万デナリ!」
「「「ふむふむ」」」
見積資料を配って説明するリック監督。
「4チャンネル開発費と、既存主要劇場20館の改造費は何と4千万デナリ!」
「「「20館?!」」」
「リック君!ちょっと少なすぎない?」
「完全な4チャンネル装置は難しいのです。
でも4チャンネル化できそうな主要館60館、後部拡声器から残響音を流す2チャンネル拡張の疑似4チャンネルなら2千万デナリ!」
「それ、4チャンネル化したら無駄金になるの?」
「いえ、取り外して地方の劇場に、1ケ所数万デナリで移設出来ます」
「そ、そう。よく考えてあるわね」
「でだ、肝心の新作の制作費は?」
「パイロットフィルムで2千万デナリ、全編の制作費は加える事2千万デナリ」
「一億超えるじゃないか!」「とんでもない金食い虫だ!」
何人かの役員が否定する。
「いやいや待て待て!映画自体の制作費は4千万デナリだ!
後の費用は後々の作品でも活用できる、設備更新費じゃないか!」
「『敗将』も『勇敢なる七騎士』も、トーキーという投資が無ければ実現できなかった。
天然色映画も沢山製作が始まってる。
もっと長期的な目で見れば投資すべき金ではないか?」
長期的な視点を持った役員が援護する。
「設備投資については今すぐ取り掛かって下さい。
新作については、パイロットフィルムを見て判断します」
セシリア社長は現実的な決断を下した。
「必ず皆さんをまたまたアッと言わせて見せますよ」
「頑張ってリック君。
あなたの夢の、一つの上り坂なのよね?」
セシリア社長は、後に言うカラーワイドステレオこそ、劇場の一つの完成点なのではないか、そう考えた。
その先とは何か?
飛び出す映像。振動で激しく揺れる劇場。高速鉄道や飛行機に乗る様な高揚感を感じる劇場。場内の全てに映像が映る劇場。高熱や強風が吹く劇場。
どれも特殊過ぎて設備費や維持費が嵩む。
魔術師の力を使えば出来なくはない。
しかし、個人の技量に頼る特殊な仕掛けは数多く世間に行き渡らせる事は出来ない。
この4年間、リック監督の手によって激しく進化した映画機器の頭打ちを、セシリア社長はなんとなく感じていたのだ。
「星空へ行くか、ゴドランが暴れる世界を見せるか…」
その先に、万能の神の如く、同時に不思議な玩具に瞳を輝かせる少年の如きリック監督は何を夢見るのか、セシリア社長は気になって仕方がなかった。




