43.映画完成!ついでに大陸横断鉄道も完成!
いよいよクランクアップが近づいてきた。
最後の大仕事が、白蛇姫と若者が天界に向かって空を舞い上がる場面だ。
「人間の女にも蛇の心はごさいませんか?
ただ一筋の、女の妄執は、白蛇の本性ではございませんか?
男は。
男は、それが嬉しいのでございます!」
原典の説話には無い、ハッピーエンドに向かってセンベリ氏演じる若者が決意する。
リック監督のアイデアを、より強い男女の愛の物語にハベスト監督が仕上げた。
「お前達はこの世を捨て、相抱いて天界へ行け!」
何だかんだで連続して特撮映画に出演している大俳優スクリウス・ペルソナが高位の神官、東洋でいう禅師として出演した。
この世で叶わぬ恋を、人の手の届かない天上界で叶えようと、二人を天上界に送り出す。
これは飛行機が飛んだりゴドランが尻尾を振り回す場面で使われた、細い鉄の糸を使って二人を釣り上げ、下から扇風機で風を送る。
二人は天使の衣の様に長い薄絹を肩にかけ、まるで空を舞っているかの様に演技したのだ。
幾度かテストをするが…
「きゃー!ひいいーー!!高い!こわーい!!」
コーラン嬢は高い所が苦手だった。
それでも叫びつつ顔だけは笑顔で演じ、最初は噴き出していたセンベリ氏もついにはその姿を微笑ましく眺める様になって、宙を舞う二人は睦まじい様に見えた。
「ひいいい~!きいい!」
声さえ聞かなければ。
しかしコーラン嬢、大洪水の場面では水に浸され、最後は宙に吊るされと、実に体を張って純愛を演じきった。
時に愚かに、時に恐ろしく、しかし若者を一途に愛する白蛇姫の演技は余りに可憐で実直なものだった。
いつしかスタッフの中にも東洋の美女に憧れる者が続出した。
「まさに両国の友好だねえ」
と、最後の難しい合成場面をこなしつつ、リック監督はのんきに語った。
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音楽もエクリス師が学んだ東洋の主題を中心に、場面ごとの編曲が進んだ。
しかし。
「何というか、相手は蛇の化身でしょ?
何か音楽で、こいつは人じゃないぞって感じを東洋の楽器で表そうとしたのですが上手く行きません。
監督でしたらアイデアをお持ちでは?」
「はいはーい」
と出したのは
「ノコギリ?これをどうするんですか?」
弦楽器の弓をのこぎりの背中に当てて弾くと…
ひゅおぉぉお~
っと、夜中に風と共に何かの魂が飛んできそうな奇妙な音。
「この音楽ノコの音を後ろに流す事で、何と言うか非現実的な、妖しい空気を感じさせられませんか?」
「君の世界というのは、色々なことを考える人がいるんだねえ」
こうしてこの世界初の音楽ノコが、この世界初の天然色映画に起用された。
「あ、そうでした。音楽を演奏する前に、演奏者の皆さんに映像を見て貰った方がいいですよ」
「指揮者だけでよいのでは?」
「皆さんも天然色映画に興味あるでしょうし」
ゴドランの時の反省点だ。
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本編がクランクアップ。
スタッフに囲まれ花束を受け取ったコーラン。
しかし彼女は翌日、熱を出して倒れた。
「大丈夫。一週間は休ませて。
後、熱が下がったらウチの温泉に送り迎えして寛いでもらおうか」
リック監督が言い出した。
「何かそういう病気なのですか?」
「異国での長い仕事の上、体を張ってもらっていたからね。
その上、元々湿潤な国から来たんだ。
こっちの乾燥気味の空気に本人も気付かないうちに体力を奪われたんだ」
意外な事実にアイラ夫人は驚いた。
「風呂は欠かさなかったそうだけど、もっと豊かな湿気のあるウチの温泉で寛いでもらおうと思う。
1ケ月は休ませたいけど、どうかな?」
「解りました。お食事も向こうのものを用意しましょう。
あなたはお出かけするんですよね?」
「結婚して間もないのに、色々と申し訳ないねアイラ」
「遠い異国の大女優をお迎えできるんですもの、滅多にない事ですよ?」
本当に有難い妻である、申し訳ない事をする。
仕事が一息ついたら夫婦三人で旅行に行ってねぎらおう、そう決心したリック監督だった。
多少元気になったコーラン嬢は連日リック邸に魔動車で訪れ、温泉と暖かい霧に包まれるサウナで寛いだ。
リック邸の内装や調度品も、映画のセットから拝借した東国風のものが設えられた。
「こんな素敵なお湯があるなんて、リック様は東国の生まれなのではないでしょうか?」
「もしかしたら、異世界の知識の賜物なのでしょうね」
「あの方はどんな育ちをされたのですか?」
「お教えしてもよいのですが、その代わり、貴方のお国の話をお聞かせいただいてもよいでしょうか?」
「もちろんですわ!」
何だかんだで二人は打ち解けて、共に湯につかり、湯上りに盃を交わす仲にまでなった。
なお、アイディー夫人は映画の仕上げと新技術の開発に、リック監督と共に必死だった。
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合成もモンさんの合成チームから上がって来て、編集。
「改めて見ると、綺麗だなあ」
「そうでしょう」
ハベスト監督はコーランの美しさに自信を持っていた。
だがリック監督が讃えたのは、天然色フィルムの発色の事であった。
音声はゴドラン同様、モノラル版、2チャンネル立体音響版がシネテープを使って編集され、天然色ネガに焼き込まれた。
無音フィルムと音盤も製造されたが、トーキー映写機は相当に普及し、無音フィルムの生産数はだいぶ減って来た。
「もうじき4チャンネルに挑むかあ。あとはシネスコだなあ」
「レンズ磨くのタイヘンだけどね、もうちょっとかなあ」
「そうなると映画の没入感も相当なものになるね」
「あ、あたしガンバるからね~!」
「あんまり根詰めないで。
こないだそれで優秀なスタッフがごっそり抜けたから」
「う~、わかったよぉ~」
常に新しい物を考えているリック監督であった。
かくして編集、音付けも終えて、世界初の天然色、後に単に色=カラーと呼ばれるフィルムの第一作が完成した。
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「じゃ、もうイッチョ仕事を片付けるからね~」
試写会も待たずに、二人の妻に口づけしたかと思うとリック青年はスっ飛んで行った。
キリエリアとボウを結ぶ大陸横断鉄道。
その用地のほとんどは荒野。国交のない国の支配地域であった。
しかし古代から東西貿易に使われた道であり、富を齎す道でもあった。
そこを王国が使節を派遣し、鉄道の話を持ち掛けた。
「そんなベラボーなもん、作れるもんなら作ってみ」
と相手は完全に疑って、王国は二束三文で土地の使用権を得た。
その国々は、西の方から信じられない光景が迫って来るのを目撃したのだった。
それは、東に向かって伸びて来る、荒野を貫く石の橋。
「「「なんか来た~!!!」」」
リック青年はチート魔法で延々数千キロの石橋を築きつつ飛んで来た。
途中、幾つか山脈があったが、それら山脈も軟弱な地盤を避け、水脈を避け、極力直線に近い形でブチ抜いて飛んで来たのだ。
そして王国では膨大な線路を増産し、リック青年の作った橋の上に並べるだけの簡単なお仕事を続けた。
時速60kmの魔動機関車が1日で700kmを走り、途中30ケ所以上の駅を設け、総延長8000kmを二週間弱で走り抜ける。
大地の時間的距離を恐ろしく縮める大動脈が西へ伸びつつあった。
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リック監督がいない社内で密かに試写会が行われた。
誰もが拍手喝采だった。
過去三作と違い、「白蛇姫 愛の伝説」の主体は特撮映画ではなく、ハベスト監督が紡ぐ男女の愛の物語だった。
天界に迎えられた二人の愛に、ヨーホー経営陣も、俳優も、スタッフたちも感激した。
「なんとなくリック君が言っていたことが分かった気がします」
セシリア社長は、こういう男女のドラマ、人間のドラマこそが今後の映画界の主流になっていくのだ、特撮映画はあくまで特別なお祭りの様なものなのだ、そう朧げに感じた。
ただ、その映画の時代の起爆剤としてリック青年は派手な花火を打ち上げ続けて来たのではないか、そうとも考えた。
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リック青年がボウ帝国へ向かって陸橋を爆速で建設する前に、キリエリアは返礼の使節団をボウ帝国へ派遣していた。
未だ航続距離の短かった飛行機を何機も使ってだ。
途中燃料輸送機から給油を受けつつ、輸送機は引き返す。
最後の一機だけが帝都郊外に着陸し、帝都を訪れた。
『早くね?』
使節団到着から1年弱。船旅で2年近くかかるところを、キリエリア使節団は力業で1ケ月もかからずやって来た。
そして鉄道をボウ帝国の帝都まで敷きたい、ついては路線と駅の土地を提供して欲しいと願い出た。
ボウ帝国にもグランテラ大陸で鉄道というものが出来たという噂は聞えて来たが、使節団の持って来た映画を見て改めてその姿に驚いた。
『こんなものが帝都に出来たら、グランテラから大軍勢が攻めて来るぞ!」
『国交再開、止めね?』
そう言った意見も出たが
『儲かりそうじゃね?』
という意見も多く、
『出来る、ってんなら、やらせてみよっか』
と言う事となった。
そこに、リック青年が飛んで来た、文字通り。
しかも爆速で生えて来る石橋を連れて?来て。
『激ヤバ!』
とボウ王国側は仰天した。
遅れてこの石橋の片側に線路が敷かれて来たので、彼らは沈黙するしかなかった。
さらに遅れて魔道機関車に曳かれた豪華な客車と燃料輸送車がやって来た。
『鉄道の走行試験を兼ねてやってまいりました』
『お、おう』
鉄道はキリエリア使節団を回収し、飛行機に燃料を補給して帰路に就いた。
ボウ帝国の追加使節を伴って。